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星光記 ~スターライトメモリー~  作者: 松浦図書助
前編
2/144

第01章 第1次釧路沖会戦 01節

 宇宙世紀0279年4月3日

 戦乱止まぬ世界において、今日この日、大きな変革が起きようとしていた。極東において軍事的アドバンテージを保っていた伊達幕府であったが、つい先ほど、地球連邦政府東南アジア連合盟主、フィリピン総督ナイアス・ハーディサイトから宣戦布告を受けたのである。日本協和国もまた地球連邦政府所属であり、伊達幕府の先代の執権はナイアス・ハーディサイトと昵懇の関係にあったことから寝耳に水の事であり、また彼は、演習の名目で日本協和国領海沖に伊達幕府の10倍に匹敵する連合艦隊を集兵していた事から、伊達幕府側は絶望的な局面に陥っていた。東南アジア連合の艦隊が交戦予定海域に到達するのは、もはや24時間もないであろう。

 「シルバー総司令、敵前衛艦隊、釧路沖に侵入しました。距離200海里。」

 伊達幕府軍通信兵にそう報告を受けた女性は、通称をシルバー・スターと言い、和名を伊達銀……すなわち当代の伊達幕府征東将軍にして伊達幕府軍の総大将である。当年20歳と言う若年ながら"蝦夷の鬼姫”の異名を持つ軍才に優れた女性であり、銀髪にも見える黒髪は美しく、そのよく通る声は兵達を良く鼓舞し、民衆からも絶大な信任を得ている。なお、地球連邦政府に各種制約を受けているため、伊達幕府の最高階級は大佐とされている。

 「索敵手、もう一度確認します。兵力と所属は?」

 シルバー大佐が問う。

 「ロシア第3艦隊、ロシア第4艦隊、フィリピン第6艦隊、パプワニューギニア第1艦隊です。過去の編成から察すると3個軍団級と推測されます。」

 索敵手が答える。極東の戦力としては、艦船数、戦闘機数は伊達幕府が質、量供に優れているが、人型兵器の数は伊達幕府は保有制限を受けている事もあり、諸軍に劣っている。内戦中の中国は別として、欧州連合と不戦条約を結び極東に兵力を集中させているロシア、東南アジア連合の盟主たるフィリピンの軍勢は世界的に見てかなり強力であると言えるだろう。

 「敵は後方のハーディサイト将軍率いる主力艦隊と、日本海方面のロシア第1艦隊、ロシア第2艦隊を待っているようですね。合流推定時間まで約20時間か。」

 敵軍が集結すれば幕府軍にとっては絶望的な戦いとなる。敵将はフィリピン総督、ナイアス・ハーディサイト中将。禿鷹将軍の異名を持つ当代屈指の名将である。彼は若くして新連邦政府に所属し、金・地位・名誉などの地盤を持たない一般将校からはじめ、叩き上げでフィリピン総督にまで上り詰めた男だ。その勢力圏はフィリピン、先日陥落させてたインドネシア、同盟国であり且つ生まれ故郷のベトナム、パプワニューギニア、友好国であるニュージーランド、ロシア等を含めれば、地球圏において最大の勢力を有している。

 「討って出ます。」

 シルバー大佐が呟く。

 「敵の先鋒を叩く。5時間以内に釧路沖100海里に艦艇を集めなさい。到着した艦をもって敵に当たります。」

 その言葉に兵士達が動揺する。とても勝てる見込みのある話ではないのだ。

 「座して死を待ち、国民を見捨てるには忍びない。総力戦です。間に合う限りの艦艇を集めよ。石狩方面からは伊吹級航空戦闘空母、神風級汎用ミサイル戦艦、函館と仙台からは、それに加えて、神威級高速巡洋艦、古譚級軽巡洋空母などを集結させなさい。後は釧路港の護衛艦隊で迎え撃ちます。他の間に合わない艦艇は石狩へ急がせよ。」

 通信士がおずおずと対応を始める。

 「クオン曹長もカリスト大尉も近くにいませんね。カタクラ大尉かニッコロ中尉は居ますか?」

 それらの名前は、主にシルバー大佐が幕僚として重用するメンバーである。幕府軍において幕僚は階級に拠らず、純粋に幕僚としての才能を優先して配置される。階級はあくまでも部隊指揮時の統率能力に拠るのだ。如何に張良や陳平のような鬼才の参謀が居たとしても、彼ら同様に指揮能力が劣るようでは大きな権限を与えるわけにはいかないのである。

 「シルバー司令、ニッコロ中尉なら釧路基地においでのようです。」

 「では呼べ。あと、ダージリンを用意しなさい。」

 「はっ!」

 危急存亡の時だからこそ、この紅茶というアイテムが必要になる。

 「お呼びで?」

 1刻程で伊達幕府陸軍師団総長補佐のニッコロ中尉が現れる。この釧路基地内で伊達幕府陸軍の教練を行っていたようである。彼は戦術家と言うよりは軍政家であり、些か政治能力が劣る陸軍司令である師団総長バーン・フルーレ大尉の補佐を任され、陸軍を取り仕切っている。

 「ニッコロ中尉、フィリピン総督のハーディサイト中将が大軍を率いて迫ってきています。前衛として3個軍団級の艦隊が釧路沖に侵攻中です。私はこれを迎え撃つ事に決めました。各所から釧路沖100海里に艦を集結させており、5時間後に迎撃を行います。貴方はそれに必要な艦隊編成を行い、参謀部を開設しなさい。釧路方面はニッコロ中尉に任せます。石狩方面はヘルメス少佐に任せなさい。また、苫小牧から国民を避難させますが、苫小牧・旭川方面はカタクラ大尉に参謀長を任せなさい。参謀部が機能するまではニッコロ中尉が主導し、各参謀部が機能を始めた後は参謀本部を苫小牧・旭川としてカタクラ大尉に委任するようにしなさい。」

 「はい。」

 「釧路方面においては、日本協和国への支援要請、各国との折衝、民間人の避難、戦力編成、釧路放棄時の処理など、一連の事を主導して行いなさい。本部は当座の間、国民の避難指揮をメインとします。釧路沖戦に向けての艦長選任など基本的な事はニッコロ中尉に任せますが、空母双海の指揮官はセレーナ少佐を任じるようにしなさい。前衛にセレーナ少佐、後衛に私を配置し、もし私が戦死した場合などは、セレーナ少佐を後任の釧路方面指揮官に任じます。また、クキ少佐は私の補佐に回しなさい。」

 「承知しました。シルバー様は当座どうなされますか?」

 「紅茶でも飲みながら、旗艦長門の準備を待ちます。」

 「了解しました。」

 この期に及んで考える策などありはしない。如何様な奇計奇策を弄しようとしても、それを行う時間などありはしないのだ。既に外交関係はハーディサイトに抑えられ戦略的に大敗北をしてしまった今、小手先の戦術で戦況をひっくり返せるほど、戦争は甘くはない。

 「シルバー様、ただいま到着致しましたわ。」

 「セレーナ少佐、早かったですね。貴女も紅茶を飲みますか?」

 シルバー大佐にセレーナ少佐と呼ばれた女性は、セレーナ・スターライトという名前であり、『帝國軍女神隊』と呼ばれる名目上は天皇及び政府直轄の軍団を指揮する軍団長だ。彼女は、大和民族とその混血民族中心の伊達幕府には珍しくアジア系の血を引かない北欧系の白人であり、長く美しい金髪、切れ長で涼しげな青い瞳、白く透き通る肌など、その北欧神話の神々のような威厳と合わさって容姿からして異彩を放っている。要塞防御や守勢の艦隊指揮に強く、周辺諸国からは鉄壁将軍の二つ名で恐れられている。

 「えぇ。シルバー様、せっかくですから外で飲みませんか?」

 「そうですね。」

 北海道の春はまだ寒い。釧路はそれでも暖かい方ではあるが、桜は五月中頃から。今の四月ではまだ蕾も閉じたままだ。

挿絵(By みてみん)

 「さて、シルバー様。紅茶を飲んで余裕をかまさなければならないほどお酷い戦況で?」

 セレーナが外に出たのは、人払いをして話すためである。

 「セレーナ少佐、ニッコロに編成を任せてはいます。そちらは万事恙無く終わるでしょう。しかし……。実際に敵の先鋒と戦うにしても2〜3倍の兵力。時間稼ぎとしても、負ける確率の方が高い。かといって、現在国民を避難させているものの、シャトル打ち上げと本州への避難完了にはいましばらくかかりますから、時間を稼がないわけにもいかないのです。」

 「確かに。国民の避難は優先されますね。」

 「ハーディサイトの主力艦隊が到着すれば、兵力差は10倍近くになります。彼の意図を挫くには、前衛艦隊を叩き、予定変更によるタイムロスを狙うくらいしか策を思い付きません。」

 「前衛艦隊を叩くことが出来れば、艦隊の再編による時間と、敵の士気が下がる事により発生する僅かな時間が稼げますわね。」

 「地球方面軍の将兵の命を賭けて、1〜2時間でしょうが、貴重な時間です。」

 司令官として部下達を死地に追い込む苦しい決断ではあるが、人間性など全く無視して淡々と決めなければならない事もある。指揮官は部下を守るべきものではあるが、国民を守る部下達の指揮官でもあるからだ。

 「それで、シルバー様はどのような展開を想定なさっているのですか?」

 「艦隊突攻による乱戦を想定しています。兵質、練度、士気、武装、いずれも我が軍有利ですが、兵数が決定的に不足しています。正面からの撃ち合いではとても勝てないでしょう。しかし、乱戦であれば我が軍が最も得意とする戦法であり、敵が乱れれば我が軍の統率の高さが活きますから或いは勝機が生まれます。前提としては、敵が逃げない事が重要になりますが、戦闘機隊で敵の背を突きます。戦闘機数は我が軍が圧倒的有利ですから、それ自体は行けます。」

 「編成については?」

 「私が旗艦長門を率いて、主力艦隊を。セレーナには副将として空母艦隊を任せようと。」

 「ありがたく。しかし、海軍提督クキ少佐は?」

 セレーナが問うのも最もである。海軍戦力の采配に限って言えば、海軍提督である九鬼藤幸少佐の突破力と長年の経験の方が、セレーナを副将にするより有用であろうからだ。クキ少佐は伊達幕府将校の中では50代前半と軍歴が長く、各将兵達からの信頼も篤い。

 「クキ少佐には旗艦長門の指揮及び、全艦隊の掌握を任せます。私は"サイクロプス"で出るかもしれませんし、苫小牧・石狩等を含む総軍の指揮も執らねばならないため、戦術指揮官は別に必要です。また、突撃戦に限って言えば、クキ少佐の采配の方が適任でしょう。」

 クキ少佐の突破力についての評価は、シルバー大佐にしても同様の評価である。彼女の指揮の癖は、守勢寄りの精密な用兵ではあるが、今回のように損害を顧みずに突撃するような展開は、必ずしも得意というわけではない。得意ではない、とはいえ、クキ少佐に劣る事も無いのがシルバー大佐の恐るべき所ではあるが。

 「しかしシルバー様、わざわざ御身が出撃せずとも、わたくしやクキ少佐が出撃しましょう。シルバー様には劣るとは言え、凡百の将くらい軽くあしらってみせましょう程に。シルバー様はお退きになられたらいかがですか?もし王族が指揮を執る、というのであれば、クラウン中佐かヘルメス少佐を当てられたら宜しいでしょう。」

 「いえ、セレーナ、クラウン中佐とヘルメス少佐は石狩に配置します。軍事的な問題もありますが、比較的撤退が簡易な石狩方面に配置し、可能であれば生き残ってもらい、向後の軍政の調整を行わせる必要がありますから。」

 「このような事態になった責任は、日本協和国朝廷の内大臣を務め、かつ伊達幕府軍の政略を束ねるクラウン中佐等にあることは明白ですわ。」

 セレーナの発言は無理もない。不意打ちを受ける羽目になっているのは、軍政的な折衝の失敗以外にはない。ハーディサイトが大軍を有して演習を行っているにも関わらず、備えをしていなかったからだ。

 「私の夫であるイシガヤは日本協和国朝廷の関白を務め、伊達幕府執権として領国を治める責任者です。如何に無能で政略のほぼ総てをクラウンに任せているとは言え、責任は逃れられません。そして、幕府最高責任者として征東将軍を務める私もまた、その責任を逃れられないでしょう。」

 「シルバー様、潔いお言葉ですが、国主としては如何かと。」

 「貴女が王であれば、このような事態にもならなかったでしょうね、セレーナ。しかし今は既に手遅れ。」

 「……。」

 「セレーナ、私の策、ハーディサイトの策、どう読みますか?」

 「ハーディサイト中将は戦術的な無理はしないでしょう。最大の目的は東亜細亜に陣取り、木星に大戦力をもつ我々の影響力を奪う事と考えますわ。東国・西国までは必ずしも欲していないでしょう。向こうは、我が地球方面軍を撃破すれば事足ります。」

 幕府軍の地球方面部隊が壊滅すれば、同盟関係にある台湾、モンゴル、オーストラリア、友好関係にある南京などまでハーディサイト陣営に靡くだろう。

 「また、さしあたって我が軍が敵前衛艦隊と交戦に入っても、勝機は敵にあります。万一敵が敗れても、我が軍の被害の甚大なるは明白。懸念される日本協和国の東国鎮守府、西国鎮守府の兵力、台湾艦隊の動向を確認しながら、また必要があれば日本や台湾へダミー艦隊を展開しながら、ゆっくりと北海道へ侵攻してくるでしょう。これまでの彼の采配を見れば、急遽前衛艦隊の救援に来て、かつその勢いで北海道を席巻することは無いかと考えますわ。」

 「ふむ。セレーナもそう読みますか。」

 「それを考えれば、先ず一戦は悪くは無いでしょう。ただし、おそらくその突撃戦で稼げる時間は少ない、と思われますわ。我が方が乱戦による艦隊決戦を選択するならば、通常の艦隊戦より遥かに速く決着がつきます。そして我が方にはそれ以外の選択肢は無いでしょう。」

 「そうなると……」

 シルバーがふと首をかしげる。基本的に彼女の戦術判断はセレーナと同じである。従って副将に配置する割合も高く、また互いに発生する微妙な誤差からより良い方策を考えるのに適している。

 「シルバー様、時間稼ぎのためには水際で再度の交戦が必要になるかもしれません。敵の侵入経路と思われる石狩には陸戦兵力を。釧路には無人防衛システムを配備。さらに集兵しきれなかった艦は釧路へ『捨て奸』にするべきかと。」

 『捨て奸』とは、日本の戦国時代に島津家が使った戦法の一つである。撤退路の各所に死兵を配置し、彼らが全滅する間に撤退する時間を稼ぐ、という非情な作戦だ。

 「釧路は『捨て奸』ですか。そうですね、配備を一部変更しましょう。」

 「輸送可能な陸戦兵力は石狩へ。帯広・根室付近の長距離移動不可の防衛兵器は釧路へ集めましょう。」

 「シルバー様、固定砲はともかく戦車は水際防衛に不向きです。仙台か青森へ移送すべきかと。」

 「そうですね、手配しましょう。」

 幾らかの推考を得て、その作戦は決定された。



 戦争とは無惨なものだ。敵味方双方に戦う理由があり、敵味方双方に大義がある。攻められれば、守らなければならず。守るためには、攻めねばならず。それで後世に善悪を語られようとも、将軍が将軍である限りは、血塗られた中に決断を下さなければならない。



 「旗艦長門、オールクリア。全艦艇微速前進。クキ少佐、長門は任せます。」

 そうシルバー大佐が指示を与える。例え鬼才とはいえ、僅か20歳ばかりの女性が50歳を過ぎた老提督に指示を出す光景と言うのもシュールではあるが、実際にそれだけ格の違いがあり、互いにそれらを受け入れた上での事である。なお、長門は伊達幕府軍の有する旗艦の呼称であり、現在の長門は300m弱と小型ながらサイクロプス2個小隊を艦載可能で、実弾式の大型二連装砲や強力な魚雷発射管を有し、旧世紀で連合艦隊旗艦を務めた長門型をイメージした形状となっている。

 「了解した。」

 クキ少佐が淡々と答える。些か緊張はしているにしても、10代の頃から戦場を駆け、叩き上げで戦乱の中で軍団長まで上り詰めた彼の威風は並々ならぬところである。

 「セレーナ少佐、乗艦双海級大型戦闘空母双海、双海級水面、双海級御陵、双海級撫子、古譚級各軽空母は駆逐艦を連れて右舷前方へ展開せよ。」

 シルバー大佐が空母を前面に出すという常識外の配置を行う。艦隊決戦で火力になり得ない戦力は捨てても惜しくはない、という、冷酷な決断である。双海級は全長800mに達する大型空母であり、戦闘機にして120機以上、あるいはサイクロプス隊を含む完全装備の2個師団を輸送可能となっている。

 「了解しましたわ。」

 セレーナ少佐はそれを当然として請ける。軍とはそういうものである。

 「リ少佐、貴方は艦首拡散メガビーム砲装備の伊吹級航空空母伊吹及び各艦を指揮して後方に待機。」

 シルバー大佐が続けて空軍提督のリ少佐に命令を与える。彼もクキ少佐に並ぶ古参の幕府軍軍人である。台湾国出身であったが幼少の頃に日本協和国に帰化しており、伊達幕府軍人として登用されて今に至る。クキ少佐に比べると数歳若いが、伊達幕府空軍軍団長としての熟練の采配は、諸国も知る所である。彼の指揮する伊吹級は500m程の全長を有し、80機弱の直援戦闘機かサイクロプス隊を含む1個師団級の戦力を有する飛行空母で、特徴は艦首に拡散メガビーム砲が搭載されている事である。

 「了解だ。」

 そうリ少佐が応答する。

 「コニシ大尉、貴方は神威級高速巡洋戦艦を指揮し、左舷後方に陣取りなさい。エン大尉、貴方は神風級ミサイル戦艦と装甲艦を指揮し、中央我が長門前方に位置せよ。」

 シルバー大佐は続けて伊達幕府海軍師団長のコニシ大尉とエン大尉に指示を与える。雁行の斜陣に近い変わった艦隊配置である。通常の対空戦に展開するような輪形陣でもなければ、突撃陣形としての単縦陣でもない。この5時間の間に戦力は思いのほか整っており、陸海空軍3個軍団の内、およそ2個軍団の主力艦隊と戦力を用意できたのは僥倖であった。

 「では、全艦、進撃せよ!!」

 采配代わりの軍刀で敵を示し、まるで事も無げな表情のまま、シルバー大佐が怒号した。



 一方、ハーディサイト中将率いる軍の先遣艦隊司令であるフィリピン第6艦隊指揮官エドワード少将は、伊達幕府の動きに苦慮していた。

 「エドワード少将、帝国艦隊進撃を開始しました。」

 通信兵が報告する。

 「迎え撃つか、退避するか……」

 エドワード少将がそう逡巡するのも無理な話ではない。彼自身も艦隊指揮経験はそこそこあるとはいえ、単独艦隊を指揮した実績は無く元来は官僚肌の人物である。先遣艦隊の指揮官に任じされているのも同盟国艦隊の調整のためであり、場合によっては一定の外交処理を行う必要があるためである。そして、伊達幕府軍に優位な戦力を保持する中で、直ちに反撃されると想定していなかった事が大きい。

 「エドワード少将、我がロシア軍は迎え撃つぞ!」

 ロシア艦隊を指揮するロマロフ少将が唱える。ロマロフ少将はロシア軍の中では勇将と知られ、実戦経験もそれなりに多い。

 「ロマロフ少将、しかしハーディサイト中将の本隊と合流してからの方が……」

 「現状でも我が方の総兵力は多い。また、敵の戦闘機は数だけは多く、撤退しても我らの艦隊が捕捉されるのは明白だ。撤退よりは正面からぶつかった方が有利である。」

 この意見は当に事実ではある。近代では戦闘機による空対空戦、地対空戦が廃れつつあり、伊達幕府などの特殊な指向を持つ軍を除いて、対戦闘機戦用の装備や訓練はあまり実施されていない。現実に戦闘機隊による飽和攻撃を受けると、伊達幕府側は戦闘機のみの損害で大規模な戦果を挙げてしまう恐れがある。この点、正面からぶつかれば艦隊戦となり、互いの砲火で戦闘機隊の動きもある程度拘束され、相互に被害を受ける結果となる。艦隊対艦隊、サイクロプス対サイクロプスでの戦闘でなら、東南亜細亜連合の先遣艦隊の方が圧倒的有利だ。また心理的にも撤退戦は逃げたい気持ちが先行し、士気は下がり統率も乱れるため損害が増えやすい。

 「……そうですな。全艦隊進撃せよ。サイクロプス隊発進用意。艦隊陣形は横一列。」

 ロマロフ少将の意見に諸分艦隊の司令官が同調し、先遣艦隊と伊達幕府艦隊との決戦が決定された。

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