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星光記 ~スターライトメモリー~  作者: 松浦図書助
前編
19/144

第05章 敗戦の仙台と宇宙会戦前 02節

 入港する艦船の汽笛

 傷ついた艦隊の汽笛

 青空はまるで灰色に映り

 涼しき風は肌にまとわりつく

 敗残の身、押し寄せる不安

 将とあっては逃げるもならず

 この屈辱に身を任す

 鳥のように飛べたらと思いながら

 この独眼竜の眠る地に

 いつかの勝利を切望しながら

 今は雌伏の時を過ごさん



 「イシガヤの御屋形、そっちはどうでした?」

 「オニワか、問題ない。負傷はしているが、すぐに出撃しても短時間ならいけそうだ。」

 イシガヤに問いかけたのはヨシノブ・オニワという青年である。伊達幕府軍としては遊撃隊師団長大尉としてイシガヤの補佐官を務めているが、そもそも鬼庭家は200年前の戦乱の頃からCPGの重役として石谷家を支えており、100年前の伊達幕府独立戦争の際には石谷家の副将として戦禍に身を置いてきた一族である。これらの経緯により伊達幕府創建の頃に勲功を認められ準王族に列し、合わせて石谷家の宿老を兼ねている。現在の鬼庭家はCPGの実務的役職は有していないが、CPG社の株の有力株主の1人ではあり、経済界への影響力もそれなりにある。父はすでになく、伊達幕府の元勲であり祖父のツナノブ・オニワが健在ではあるが、既に隠居の身であった。

 「ギンには木星に戻るように提案し、そこで兵力を蓄えさせる。それについてはクラウンやヘルメスとも相談済みだし、CPG取締役会・株式総会の開催もすでに打診してある。」

 木星に戻ったとしても、戦力を集めるにはCPGの力を利用しなければならない。そのための算段である。

 「しかし油断は出来ませんよ。木星には先の執権、イーグル・フルーレがいます。」

 「んー。あのおっさんは油断ならないな、確かに……。」

 「あんまり油断したらまずいですよ。木星の黒脛巾の一部が消息を絶っています。」

 黒脛巾と呼ばれる工作部隊……これが消息を絶つなど尋常なことではない。そして今、本拠木星を預かるのは、先の執権にして、梟勇の名を欲しいままにしたイーグル・フルーレだ。その軍才は歴戦の将軍がその名を聞いただけで震え上がるほどであり、パイロット能力は相対した敵中隊が、彼一機のサイクロプスの為に全力で逃げ散る程である。それほど優れた治世家ではなかったが、それでも並みの政治家より高い人格と思想をもって、国民に頼りにされるだけの威風を兼ね備えている。そして……伊達幕府の北海道を攻め取ったナイアス・ハーディサイト中将とは昵懇の間柄であった人物である。

 「それについては懸念している。」

 「それで、こっちのことは?」

 「言わなくてもわかるだろ?」

 「言質をください。」

 保険を得るのは重要だ。思わせぶりな態度で相手を躍らせるのは、兵の常道である。

 「行政・経済はお前こと鬼庭右馬頭良信(オニワ大尉)立法・司法は伊達家臣、片倉備中守綱宗(カタクラ大尉)、軍事は俺の婚約者である神崎図書助夜緒音(ヤオネ大尉)、朝廷儀式は伊達家臣、真田左近衛将曹繁宗(サナダ中尉)を充てる。これらについては、すでに国会の認可を受けている。ポストに官位持ちのそれなりの家格の者を充てたのは、外交上の体面を気にしたからだ。なお、国政統括は蔵運内大臣香楠庭南都(クラウン中佐)が、外交統括は聖書中務卿経芽守(ヘルメス少佐)が行う。クラウンやヘルメスは軍籍を抜けて、しばらく文官として活動する。そして……俺は幕府執権として、征東将軍のギンと伴に本拠木星へ撤収する。」

 一見すれば、王族と王族家臣の歴々を並べた豪華な人事ではあるが……実際はこんな20代の若者だけで固めているのである。あまりにも人材不足としか言いようがない。此れより上の世代は先の幕府執権イーグル・フルーレの采配の中で多くの戦乱を潜り抜け、多くの指揮官は兵に率先して死んでいったのである。現在でも軍役にある将は火星方面軍のマーク・クラウン中佐、海軍司令のクキ・フジユキ少佐、空軍司令のリ・ミン少佐が50代前後と言ったところか。

 「了解しました。まぁ、なんとかしてみましょう。それに、ヤオネさんはしっかり守りますよ。安心してください。」

 オニワがそう伝え、

 「頼む。」

 イシガヤはそう言う。実際にそれは事実であろう。オニワにとってみればヤオネは叔母の孫で、祖父の養女である。その身内がイシガヤ家の婚約者となっている事は、オニワにとっても都合が良い事なのだ。

 「それで御屋形、新地球連邦軍からの停戦命令と、再度の同盟要請が出ています。また、『Knight.of.the.Round.Table.』からの同盟要請も出ています。」

 新地球連邦政府は既に形骸化しつつあり実力は無いが、いずれの軍閥もその流れを組むと自称している程度には神輿としての価値がある。今回の件で詰問状と同盟破棄を伝えたところこの反応であるから、やはり東南亜細亜連合の独断でこの侵攻作戦が企図されたのであろう。伊達幕府が同盟を破棄する場合、地球圏はともかくとしても、木星圏総てがほぼ間違いなく伊達幕府の勢力圏になってしまう。伊達幕府内の木星圏での純戦力だけでサイクロプス4500機以上。残る半数の新地球連邦影響下のコロニー国家群を各個撃破して余りある戦力である。100年前の独立戦争でイシガヤ家から半分を返却させ、ヘリウムなどの資源を調達している新地球連邦政府にとって、この同盟関係は死活問題であろう。ましてや木星圏の穀物の大半は伊達幕府のイシガヤ家が有する衛星エウロパで生産されている。これを防ぐべく同盟を維持する事は重要なのだ。そしてまた、『Knight.of.the.Round.Table.』は新地球連邦政府欧州連合軍のアーサー王の組織である。

「新地球連邦とは再度同盟を結んでおけ。あれは単に外務大臣ワタリの脅しだ。それと……円卓の騎士……陛下だな。」

イシガヤがそう呟くのには理由がある。伊達幕府の外交が崩れている中、こういった策を講じる事が出来るのは日本協和国朝廷の凪仁天皇陛下しか有り得ない。朝廷にとってみれば伊達幕府の戦力が失われた中、目と鼻の先で敵が虎視眈々と日本侵略を窺っている状態である。これをどうにかする方策を立てなければならないのだ。そして、欧州連合にとっても天皇の要請を請ける事は必ずしも悪い話では無い。同盟を組んだとしても現実的に何か援軍派遣など地理的条件から不可能であり、単に口を出す程度にしか過ぎない。要は、舌先三寸で伊達幕府に恩を売ろうというのである。伊達幕府の木星資源は欧州連合にとっても重要なものもあり、険悪になる事は必ずしも得ではない。また、この同盟でハーディサイトの東南亜細亜連合と欧州連合の関係が悪化したとしても、やはり軍事的衝突は地理的問題から当面考えられないであろう。当面はハーディサイトは亜細亜、アーサー王は欧州の事で手一杯である。

 「しかしアーサー王も青田買いとはなんとも剛毅なものだ。」

 「えぇ。」

 イシガヤの呟きにオニワも頷く。実際、先のように考えたとしても、現実に伊達幕府がそれだけの力を発揮するかは未知数ではあるのだ。今現在、世界は多くの勢力が割拠している。サイクロプス1000機以上を動員できる組織は、伊達幕府の他に『新地球連邦軍本部』、『新地球連邦軍欧州連合』、『新地球連邦東南アジア連合』、『コロニー諸国連合』、『新地球連邦火星独立軍』、『木星新地球連邦』の6組織である。これらはいずれも地球連邦軍がら独立した組織であり、根はみんな一緒だ。また、現在の乱世においてはこの組織に属さない有象無象の小勢力もまた多い。それだけに、伊達幕府の戦力が多いとは言っても、これら大組織とぶつかる事はそうたやすいわけでもない。

 「それでどうしますか?」

 オニワが期待の目を向ける。若さと言うのはそれなりに人を野心家にするものだ。

 「期待するなよ。俺は、旗頭になる気は無い。」

 その期待をイシガヤが一蹴する。彼にとってみれば別に世界の覇権など必要なものではないのだ。

 「地球圏における兵力は、宇宙軍を含めて新地球連邦本部がサイクロプス約10000機、欧州連合が6800機、東南アジア連合が8400機だな。但しこれには旧式で戦闘に耐えないものが多く含まれているから、実質の戦力はこの半分といったところか。」

 イシガヤが少し思案する。伊達幕府の4500機は総て現役機であり旧式機は数えられていない。それから考えれば伊達幕府の単独での戦力は圧倒的であると言えよう。ただ……

 「とりあえず目先は欧州連合と組む。欧州連合の盟主アーサー王は、伝説のアーサー王の生まれ変わりとも評される天下の名君である。彼の動きを注視しながら地球圏に足場を確保しておくことは肝要であろう。後々どうするかはまた考えれば良いのだ。彼とてそんな先までの事は考えていまいよ。」

 その実、アーサー王はイシガヤとは比べ物にならない程の野心家である。伊達幕府の覇権を認めるとは到底思えない人物ではあるのだ。ただ、それはそれとして現在どうするかが先ずさしあたっての課題である。

 「そうですか……。仕方ないですね、承知しました。さりとて、我ら地球圏に残る兵は危険と隣り合わせですが?」

 オニワがそう言うのも無理はない。現在日本協和国の戦力は4〜5個軍団分程度に過ぎず、東南亜細亜連合を撃退できるだけの戦力ではない。その内、伊達幕府においてはせいぜい1個大隊程度分の戦力しかないのだ。そんな状況でありながら、近隣も当然ながら欧州連合にも援軍を望むことは不可能である。今回の会戦でハーディサイトの軍を痛打しているとは言え、状況は芳しくない。

 「だからこそ、お前に一切を任せる。行政・経済が伊達幕府地球方面軍が取り得る最大の方策だ。お前の責任は俺が取る。好きにやれ。」

 「……わかりました。」

 まだ23歳のオニワにとっては重過ぎる任務であるが、他に人がいないという問題もある。致し方ないと言えば致し方ない事情ではあるのだ。



 新仙台城。

 旧仙台城跡の奥にそびえる伊達幕府首都の城は、近代科学の粋を集め天下に難攻不落の大要塞として名高いものである。難攻不落と言えるほどの防御力を有するのは戦争を目的として作られたというよりも、日本協和国天皇の玉体を護持するべく、強化を重ねた結果である。それだけに対艦防御、対サイクロプス防御、陸戦兵力防御などに加え、テロ対策設備もふんだんに施され、日本協和国内の兵力、そして民衆ですら、場内の聖域に侵入する事は不可能なものである。同様な御所として、西国鎮守将軍の新二条城、東国鎮守将軍の新江戸城が日本国内に存在している。

 「陛下、鬼庭右馬頭藤原良信にございます。御拝謁奉り、恐悦至極にございます。」

 その新仙台城の帝座の間において、祖を齋藤実盛とする奥州伊達氏の家臣茂庭氏の同族にして、伊達幕府建国以来の家柄である鬼庭家の当主ヨシノブ・オニワが、今上天皇の膝下に頭を垂れていた。

 「よい。鬼庭は格別の家柄。」

 今上天皇が言うように、オニワ家は準王族という日本協和国の中で特別な地位にある家柄である。順位から言えば、伊達家、多喜家、槙田家、奮熟家、老蘇家、蔵運家、石谷家、聖書家、鬼庭家と、第9位の家柄であり、その財力は石谷家、伊達家に続いて3位であった。鬼庭家が準王族に数えられるのは、200年以上昔から石谷家の重臣を務め伊達家などとも親交があったことに加え、伊達幕府の建国戦争において重要な役割を果たした為である。これらの属性は今なお継続しており、現在も鬼庭家は石谷家の宿老を務める事に加え、石谷家が累代会長を務める大企業クリスタル・ピース・グループの名誉副会長を務めている。実質的な経営権を行使する事はほぼないが、その保有する株式から得る配当は莫大なものであった。

 「ありがたき幸せ。本日は急ぎで重要な事をお伝えに参りました。」

 そのオニワが伝令のような役を務めるのだから、相当な事である。

 「ほぅ、朕に用か。」

 「はっ。早速ですが、主君である石谷関白太政大臣藤原隆信の関白太政大臣職を返上しに参りました。」

 「ほぅ……」

 御簾越しに今上天皇が息をつく。別段驚く事でもない、という感じだ。

 「陛下を地球にお残しすることは、非常に心苦しく思いますが、我が国は一時的に木星に撤退し国力を蓄えた後、再び日本に戻ってくるつもりでございます。そのため、主君は朝儀に列することが叶いません。故に、関白職は東国鎮守将軍の多喜左大臣源一氏様か、槙田右大臣平宗次様にお譲りしたいとの事。」

 「関白職は今日の朝廷において、日ノ本を代表する重要な職務。地球にいなければ勤まるまい。」

 オニワの申し出に今上天皇が頷く。

 「して、石谷はどうするつもりか?」

 「はっ、願わくは、主君の官位を石谷家当主が当初に任じられる少納言に戻して頂きたく。」

 「関白返上は赦す。少納言を名乗っても構わぬが、幕府執権であるからには太政大臣を名乗るが良かろう。」

 「ありがたき幸せ。」

 「しかし、その伊達幕府はどうするのだ?朕も詳細までは知らんのだ。首都も仙台にあるが、これもどうするつもりだ?朕は別に二条城や江戸城に移っても構わぬが、防衛のみでいえばこの仙台城が最も頑強であろう。もしもハーディサイト殿が迫りくるようであれば、朕自らサイクロプスにて諸卒を指揮しても構わぬと考えておる。」

 「仙台は多喜様にお預かり頂く予定でございます。また、私を含め幕府要人数名や政務官、蔵運内大臣は地球圏に留まる予定ですが……陛下にはこの幕府預かる仙台城から槙田様の二条城か多喜様の江戸城へお移り頂きたく。仙台にあられては、伊達幕府の戦禍が玉体に障る可能性がございます。」

 日本協和国において西国鎮守将軍の槙田家、東国鎮守将軍の多喜家と、伊達幕府とは別の政務機関となっている。厳密に言えば日本と言う国として天皇を中心とした朝廷と言う政務機関である程度統一した内政外交を行ってはいるが、いずれも個別にその権限も持つという状況である。謂わばかつての幕藩体制という形に近い。この中で伊達幕府のみが征東将軍に任じられ幕府を開いているが、それでも征夷大将軍という伝統的な日本全体の大将としての官は名乗っていないという、複雑な政治体制であった。なお、伊達幕府の首都は仙台、西国鎮守将軍の首都は京都、東国鎮守将軍の首都は東京として、各々強大な天皇守護の城を築き、朝廷は数年毎にこの城の間を移動しながら政治を執り行っている。

 「我らとしても、木星にはサイクロプス4000機以上を抱え、これ以後戦力を強化する予定にございます。なるべく早急に日本に復帰する所存。」

 「わかった。しかし、朕は戦を望まぬ。良いな?」

 凪仁天皇がそういうのは、平和の象徴たる天皇としての表面的言動としてはともかく、実体として別に平和主義者だからと言うわけではない。真意としては、幕府が戦争を起こしたとしても責任は取らない、という宣言だろう。これは東南亜細亜連合が北海道を占領した現在、東国、西国に在する国民を何としても守らなければならないからである。伊達幕府が木星に退去すれば、当面は伊達幕府の国民は安全であるから、やむを得ない仕儀であり、幕府の政治的立場を犠牲にして火の粉を払い得るという通達でもあった。

 「御意。では、慌しく申し訳ありませんがこれにて退席いたします。まだ撤退軍を整える任が残っておりますれば……」

 「ふむ。幕府の武運を祈っておる。」

 それが賢き所の本心であった。



 青天高く風は澄み渡る。若草の奏でる調べ、小鳥囀る音曲。

 「オニワ殿、それは真か……」

 そのように呟いたのは、伊達幕府防衛軍軍団長ヘルメス・バイブル少佐の次兄にして、大企業クリスタル・ピース・グループの地球方面事業を統括するクリスタル・ピース・アースの社長を務めるスサノオ・スズキであった。バイブル家は5代前に当時の伊達家当主と伴に戦った女性の末裔であり、それを準王族としての由来にしているため王族当主のみバイブル(聖書)姓を称しているが、その女性は三河鈴木氏出の地球連邦政府将軍と婚姻して鈴木姓となったため、分家は総てスズキ姓を称する流れとなっている。

 「スズキ殿、お願いいたします。これも国のため……」

 そのスズキ社長に対して、若きオニワ家の当主であるヨシノブが首を垂れる。

 「しかし困る。私の家とて準王族バイブル家の出だ。家を潰すわけにはいかない。」

 そのように拒否するのは、密謀の一翼を担って欲しい、という内容だからである。

 「今地球圏にいて、王族に準じ力のあるものは私だけだ。密謀の一翼を担うには確かに順当な選定であろうよ。貴様らは若すぎるし、貴様の祖父殿は歳をとりすぎておる。しかし私にも娘が居る。12歳の可愛い娘だ。お前にはまだわからんだろう。幕府の法では兄弟はともかく最低でも国賊の直系3親等内の血族には連座刑が待ってる。私の命はともかく、どうして娘までも差し出せようか。」

 「それは……」

 「……。」

 スズキは言葉に詰まるオニワの顔を見つめる。死ぬ可能性のある事に対し、どれだけの対価を払えるか、それを提案するべきは全権を担うオニワなのだ。

 「では……私に娘さんをください。貴方は準王族バイブル家出身といっても今は分家で、私は準王族オニワ家の当主です。立場が違う。王族の寵を受けた者には、国会といえどそうそう害を与えることは出来ません。たとえそれが朝敵の娘であったとしても、これは覆らないでしょう。」

 「お前は私の娘の仇敵になるかもしれない男だぞ!それを貴様は!」

 もし密謀が露見し、スズキが制裁を受けるとすれば、オニワが率先してそれを行わなければならないだろう。密謀の露見に伴う被害を抑えるためには、そういった処理が必要に決まっているのだ。

 「しかし私にはまだ妻もない故、正妻に迎えいれ生涯守り通します。何卒。」

 「王族にはまだファーサル・ロウゾがおるわ!嫁がせるならば、お前より歳も近く適任ではないか!」

 「ファーサル殿はいまだ戦傷で目覚めておりません。そもそも……」

 オニワは冷たい言葉を続ける。

 「そもそも、この地球圏に残られる時点で、いずれにしても東南亜細亜連合との密約が無ければ、CPGアース自体が立ち行かないでしょう。制海権は抑えられ、自由貿易は困難となる。スズキ殿が地球圏やCPGアースを捨てて木星や火星に逃れるというのであれば話は別ですが、果たしてそのような行為が王族出身者に許されるとお思いなのでしょうか。」

 オニワがそういうのは、別に黒脛巾などによる暗殺を行う、など、そういった卑劣な手段を使うという示唆ではない。そんなことをしなくとも、伊達幕府の民衆が許さないだろう、という事だ。伊達幕府の王族は多くの特権を持っているが、それらが許容されているのは王族が高潔さを求められているからである。事実、未だかつて高潔さのない王族が当主になった例は無く、必然的にそれが暗黙の了解となっているのである。まるで敵前逃亡をするかのような行為をすれば、逃げた所で生活に支障が出るし、その悪名で娘の将来に暗雲が立ち込める事は必定であった。

 「むぅ。」

 「他の王族の側室になさるより、私の正室になにとぞ。」

 そういってオニワが頭を下げる。策謀の問題さえなければ、本来オニワ家との縁談自体は良縁である。オニワ家はCPG社の副会長の家柄であり、財力もイシガヤ家に次ぐものだ。

 「……しばらく考えさせてくれ。」

 「国家存亡の時、お時間はありません。」

 考えたいという事は、必ずしも不可ではないという事であろう。そこを突いてオニワが回答を迫る。

 「…………。」

 「何卒。」

 「……わかった。やろう。」

 苦虫を噛み潰したような表情でスズキが答える。内心はどうであれ、そういうしか選択肢など無いのだ。

 「ありがたく。では、即日婚儀を執り行い、以後の策を展開致しましょう。」

 オニワはオニワで能面のような顔で伝える。

 「わかった。私の命はくれてやる。お前達若者だけでなんとかして見せよ。」

 スズキにはおそらく滅亡への道をたどるしかない。それを既に自覚し、行動するという覚悟を決めた。

 「お任せください。」

 オニワとしてもまた、その覚悟を見せられては、そう答えるしか無いのであった。

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