第05章 敗戦の仙台と宇宙会戦前 01節
伊達幕府は、ナイアス・ハーディサイト中将率いるフィリピン方面新地球連邦軍を旗頭にする東南亜細亜連合に敗北した。脱出艇や脱出させる戦力はカリスト・ハンター大尉の指揮で円滑に宇宙へ離脱しつつあり、幕府の主要人物、ならびに地球に残留する軍将校は、幕府首都仙台に集結しつつある。
「シルバー様……」
シルバーの前に立つ2人の若い青年将校の内の1人が苦しそうにシルバーの名前を呼ぶ。
「カタクラ大尉にサナダ中尉か、ご苦労。」
1人はツナムネ・カタクラと言う名前であり、遊撃隊師団長を務める19歳の青年である。カタクラ家は仙台伊達家に仕えていた片倉家の末裔を称し、6代程前から現在の王族ダテ家とは昵懇の家である。宇宙世紀0179年から始まった伊達幕府の独立戦争においては軍事指揮官として従い、ツナムネの祖父カゲムネ・カタクラはダテ家宿老となっている。もう1人はシゲムネ・サナダと言う名前であり、遊撃隊旅団長を務める18歳の青年である。サナダ家もカタクラ家同様に仙台伊達家に仕えていた真田家の末裔を称し、伊達幕府の独立戦争において軍事指揮官として従った一族の出身である。両人ともシルバー大佐と年齢が近かった事もあり、幼年から伴に軍学を学び過ごした関係であった。歳こそ若いが、片倉小十郎の末裔、真田幸村の末裔を称するだけはあり、統率能力や智謀は諸国の将軍に劣るものではない。
「シルバー様もご無事でなによりでした。しかし……シルバー様……妹君のヤマブキ様が…………」
カタクラ大尉が言葉を詰まらせながらそう言う。シルバーの唯一の肉親ともいえるヤマブキは、先の石狩会戦で戦死している。
「タカノブ達が言っておりましたが……ヤマブキが戦死とは本当に本当ですか……?」
信じたくはない、と言うような表情で、シルバーがカタクラ大尉に聞く。
「……はい。シルバー様、参謀本部を預かっておりました身として……申し訳なく……」
「カタクラ、貴方はそれでも良く留守を預かってくれました。此の戦争では多くの将兵が死にました……。王族とはいっても、死は免れ得ない。クラウン家からも分家から戦死者は出ておりますし、ロウゾ家の当主ファーサルは、一命を取り留めたものの足を切断。フルーレ家の当主バーンは意識不明の重態。イシガヤ家の当主……私のタカノブも負傷。そして……私のスター家はヤマブキが戦死。出撃した将兵の7割以上が戦死しているのです。生きている方が幸運でしょう。」
伊達幕府の5王家総てに被害が出て、しかも出撃した将兵達の多くが帰らない、あまりにも凄惨な戦いであったのだ。有力将校はほかにも空軍軍団長リ少佐が負傷、女神隊軍団長セレーナ少佐も重傷で意識不明である。出撃した兵など、戦闘機パイロットなどは9割以上が戦死したと報告が上がっている。……大変な損害である。どれほどの妻が夫を失い、どれほどの子が父親を亡くしたのであろうか。考えたくもない人数であろうが、それを命令し指揮したのはシルバー大佐その人である。たかだか妹一人の事をとやかく言える立場では無い。
「ヤマブキの遺体は……」
「持ち帰るわけにも参りませんので、兵達と伴に石狩の地へ埋葬しました。特にヤマブキ様の埋葬場所については、目立たないようにしております。」
そのようにカタクラが答える。
「敵に掘り返され辱められてはなりませんからね……。死に目に会えなかった事……心残りです。」
シルバーにとって、直系の肉親はヤマブキだけであったが、これで一人ぼっちである。フルーレ家のバーンは従兄には当たるし、血は繋がらないとはいっても夫のタカノブもいる。だが、本当に血を分けた親族が死に絶えてしまったというのは、寂しいものであろうか……。
春待たず 花山吹は 立ち枯れて 野辺を占めゆく 忘れ草かな
此の頃、シルバー大佐が詠んだ和歌と伝えられる。
一方、伊達幕府首都仙台、イシガヤ別邸。
「私に、残れ、と?」
そう問い返したのは、女神隊師団長ヤオネ・カンザキ大尉である。ヤオネは準王家に数えられるオニワ家出身の母を持つ娘であり、オニワ家の養子分としてタカノブ・イシガヤと数年前から婚約関係にある。本来は正室として納まるべき立場であったが、色々あってまだ結婚まではしていない。
「そうだ。ヤオネにしか頼めない。」
その問い返しに、イシガヤが断固としてそう言い返す。
「しかし……。仮に2人とも生きていたとしても、3年は逢えません。」
「あぁ。」
「……。」
ヤオネがやや冷たい目線をイシガヤに送る。別に寂しいというわけでもないが、流石にそう早くあっさりと決断された事が不満なのであろう。
「だが、ヤオネ……石谷の家に詳しく、軍才も政略も兼ね揃えていて、立場上貫禄があるのはお前しかいないのだ。」
そういうイシガヤの言い分はもっともではある。正妻である伊達銀……シルバー・スターは、あくまでも伊達家の当主。石谷家の事は詳しく無く、しかも軍総帥として木星に戻らざるを得ない。また、側室の厳島久遠は軍略に優れ、正式な側室として朝廷からも図書少允の官職も与えられおり立場も悪くないが、石谷家や政略には興味が無く知識が無いため役に立たない。家宰であり侍女長を務め側室にもなっている石ヶ谷空音は、当然石谷家を熟知しており、多少の軍略はあり政略にも長けているが、表向きは侍女のために対外的な貫録に欠ける。そういった中で、神崎夜緒音は古くから石谷家の内情を知っている上に、石谷家宿老にして準王家鬼庭家の血筋であり、朝廷から図書助の官職を与えられおり、師団長としての軍略や政略も兼ね備えている存在である。そう考えれば残すべきはヤオネしかいないし、仮にソラネやクオンを石谷家の代表として残したら、ヤオネが妻になった時に立場が悪くなるのは明白であった。
「でも……オニワ大尉では駄目なのですか?」
「オニワにはオニワ家当主としてやらねばならん事が山積している。とても手が足りまい。それにオニワはあくまで他人であり家臣だ。お前であればオニワの爺の養女として両家の事情に詳しく、顔がきくし……我が家の正室も同然のお前だ。この困難な局面はヤオネにしか任せられない……。苦労させてすまないが……頼む。」
「仕方ありませんね。分かりました。タカノブ、木星に私が付いていかないからといって、女の子をいっぱい囲わないようにしてくださいね。私が怒って私の婚期が遅れるので困ります。」
「な、なんだってー!いつ俺がそんなことをっ!」
「はいはい。ソラネさんやシルバーさんはともかく、クオンさんとヤマブキさんはそうでしたよね。」
ソラネは孤児であったがイシガヤに拾われてきて仕え、ヤオネと婚約するより早く御手付きになってしまっていた経緯もあるし、シルバーは政略結婚的な意味合いも強く些かやむを得ない部分はある。しかし、クオンはイシガヤが木星にしばらく行っていた際に半ば無理やり側室にしてしまった経緯があるし、ヤマブキは押しかけて来たもののそれを断りきらなかったという問題がある。
「……まぁ。山吹の葬式も挙げていないんだ。それは心配せずともいいさ。」
とはいえ、その山吹は先の戦闘で戦死してしまったのであるが。
「ヤマブキさんの事は……」
「人は死ぬ。それは遅いか早いか、それだけの違いだ。生まれた時から既に死は始まっており、死んだところで天地に還って行くだけの事。ただ、それだけの事だ。だが……俺はまだその境地にはない。ヤオネ、だからお前は死ぬなよ。」
「……勿論です。貴方こそ、死に急がないように。」
「気をつける。」
死に急いで長生きをしないであろうイシガヤであり、それを察しているからこそ、共にそういう言い方なのであろう。
その頃、伊達幕府に対して勝利を収めたナイアス・ハーディサイト中将は、伊達幕府執権を務める石谷家の邸宅があり軍港を備えた釧路の地に足を踏み入れていた。
「これが北海道の地か……」
「ハーディサイト司令?」
感慨深げに呟いたハーディサイトに、その部下がどうかしたのかと聞く。
「いや。イシガヤがまだ仙台に居ると聞く。歯がゆいな。」
「攻めますか?」
「兵の損耗が激しい。今は無理だ。」
北海道を制圧したハーディサイト中将がそういうのも無理な話ではない。仙台はイシガヤ家が天皇守護のために丹精こめて作り上げた要塞都市なのである。力攻めをすれば損傷が馬鹿にならない。1個軍団程度など軽く吹き飛ぶだろうと想像できるだけの城である。そして、そこに兵力を集結させている天皇もなかなか油断できそうに無い人物のようだ。
「暗殺部隊を展開しますか?」
「そうだな。一応しておけ。」
といっても、暗殺できる可能性など皆無に近い。イシガヤ家は私設工作部隊黒脛巾を抱えている事で有名だ。そんな輩に暗殺を仕掛けても返り討ちが関の山だろう。
「しかし驚いたな。これが雪か。あまり間近に見たことはない……」
ハーディサイト中将が感慨深げに言うが、この時期に釧路の雪はそれほど積もっているわけではない。それでもまだ山隅や路側にはいくらかの雪が残っている程度だ。
「この世の栄華もまた、この雪のようなものだ。」
永遠に溶けない雪はない。いつかは無くなってしまうものだ。彼は土で汚れて解けていく路肩の雪を見ながら呟く。
「直にみるのは子どもの頃に故郷のベトナムで見て以来だな……。娘にも美しく雪の降る景色を見せてやりたいものだ。」
「ハーディサイト中将、如何なさいましたか?」
「いや。釧路の機雷の撤去作業はどうか?」
「だいぶ掛かりそうです。主要な軍事施設は破壊尽くされており、修繕しなければ使えません。」
「宇宙港だけでも整備を急げ。幕府軍を追撃するぞ。釧路の雪は大丈夫か?」
「雪ですか?」
フィリピン出身の兵士が不思議そうに問う。
「そうだ。フィリピンと違い北海道は雪が降る。荒れればフネは出せないぞ。天候の確認も怠るな。」
「了解しました。天候の確認も致します。」
「儂はコロニー国家群に援軍を求めてくる。急げよ。」
「はっ!」
ハーディサイト中将の思惑は、伊達幕府の要人が地球圏にいる間に野戦で限りなく多くの指揮官を屠る事だ。伊達幕府の首都である仙台、宇宙要塞イザナミ、イザナギを攻略するのは簡単な事ではなく、たとえあまり経験の無い宇宙戦をしたとしても、野戦で決着を付けなければならない。本来は北海道攻略戦という一大奇襲で多くの王族を屠る予定であったのだが、伊達幕府の想像よりはるかに速い撤退と激しい抵抗の結果、思惑通りには進まなかったのである。特に問題なのは、王族当主をただの1人とて討ち取っていない事だ。もし、イシガヤ、シルバー、クラウン、この何れかでも討ち取っていれば、伊達幕府も戦力立て直しに相当の時間を必要としたはずである。しかしながら、経済を握るイシガヤ、軍事を握るシルバー、内政外交を握るクラウンの何れも生きているとあれば、早ければ3年程で戦力を立て直してくるであろう。伊達幕府の木星領には4000機を数えるサイクロプスが存在し、東南亜細亜連合の戦力に1国で匹敵または圧倒する底力がある。当然、それなりに手をまわして奇襲を掛けたハーディサイト中将はあったが、この予定の齟齬はかなりの痛手であった。
「ところでハーディサイト司令……」
思案顔のハーディサイト中将に対し、やや遠慮がちに部下が声を掛ける。
「なんだ?」
「イシガヤ邸を発見いたしました。いかがなさいますか?」
「ふむ。政庁に使えるかも知れんな。見てみよう。」
イシガヤ家と言えば大企業CPGの最大株主且つ会長であり、先祖の功績で木星の衛星エウロパを有するほどで、個人資産は圧倒的に世界一だ。加えて、現在は伊達幕府の執権を務め、栄耀栄華を極めているとも言える。加えて、伊達幕府の大将征東将軍シルバー・スターを始めとして寵姫数名を侍らせてもおり、どのような屋敷か興味が湧かないこともない。
「こちらです、司令。」
案内されたのは、釧路港から内陸に5km程入った釧路湿原手前の平地である。その平地は2km四方はあると思われるが、かろうじて人の背丈を超える程度の簡単な塀が巡らせらせてはあり、屋敷へ続く良く音が響く石畳の道路の脇は、深く白い砂利と黒い砂利が交互に敷き詰められた殺風景なものである。ところどころにある飾りも丈が低くせいぜい20cm程の高さであり、場所によってはそれが乱杭のようにまばらに配置されて、ささやかな電飾を施したコードが巡らされていた。この庭を抜けると寝殿造の屋敷が現れる。水濠と堅牢な壁に囲まれているものの、建屋は平安時代かと思われるもので、装飾は華美ではなくシンプルで丈夫な造りであった。高さもせいぜい2階建て程度の高さであり、屋敷近くの櫓台の方が高いほどである。この櫓から見れば、庭一面が見通せるものであろう。この屋敷に住んでいれば、内部はある程度見えるとはいえ、簡単には暗殺出来ないと断言できる侵入不可能な構造である。もし侵入しようとすれば、道路で音が響き、砂利とロープに足は取られ、しかも櫓からは丸見えである。
「これがか……」
屋敷そのものは質素ながらも王族が住むには恥ずかしくない程度に優美ではあるが、決して豪華な造りとは言い難い。内装はよりシンプルであり、高価な骨董品や絵画等はほぼ置かれていない質素なものである。立ち去る時に持って逃げたかと言えば、屋敷の荷物はほとんど残されたままでありそのような事もないであろう。そしてこれらの外観状のもの以外にかなりの地下構造を有してはいたが、サイクロプス格納庫等の目立った設備がある他は、通常の居住区となっておりそれらもまたシンプルなものであった。ハーディサイト中将のフィリピンの屋敷も質素な造りではあるが、それよりも、である。
「しかし……あのイシガヤの屋敷と言いながらこんな程度か。」
一通り内覧したハーディサイト中将が興味を失った態でそう言う。
「防御はしやすいが、あまりにもシンプル過ぎて政庁代わりに使える代物でもないし、和調過ぎて儂の趣味に合わん。他の使えそうな建物は無いのか?」
」
「フルーレ家の屋敷は如何でしょうか?」
「ほう。フルーレといえばイーグル・フルーレ殿の屋敷だな。」
イーグル・フルーレは伊達幕府の先の執権であり、伊達幕府の独立戦争の頃から戦場に立ち、若い頃はエースパイロットとして、老いては世界でも稀に見る手腕の猛将として知られた、ハーディサイト中将の古馴染みである。ハーディサイト中将に比べれば、内政、外交、経済の手腕は劣るものの、第一級の人物であるには変わりなく、軍事能力では寡兵良く大兵を破り、大兵を以っては敵を蹂躙し尽くす程優れた将軍だ。流石に歳で執権職を退き木星に隠遁しているが、その武名による影響力はなおも健在である。
「今は息子のバーン・フルーレが屋敷の主です。」
「よし、そちらにしよう。イーグル殿の屋敷であれば申し分なかろう。」
イーグルもさほど華美を好むわけではなかったが、流石にそれなりの装飾を施した洋風の建築物を好む事は知っている。イーグルの妻は伊達の娘……シルバー大佐の叔母であり藤原姓を称してはいるが、フルーレ家自体は旧世紀はアメリカ大陸にいた白人種と言われている。そういった事もあり洋風建築を好むのかもしれないが、何にせよ和風建築よりは使い勝手が良いに違いない。