第03章 第2次釧路沖会戦 07節
「ハーディサイト中将!」
「どうしたか。」
天皇との会談を行おうとしていたハーディサイトではあるが、オペレーターの叫び声に駆逐艦の司令室に視線を戻す。
「敵に動き!」
その報告にハーディサイトは眉をしかめる。消えていたはずのイシガヤの意識が、復活しているのである。イボルブである彼にとって、その一事は信用できる感覚であり、そして重大な問題であった。
「イシガヤを討ち漏らすな!全軍に通達!」
「激しい通信障害です!この駆逐艦ではクリアできません!」
「工夫をしろ!発光信号でやれ!」
「中将!」
「今度はなんだ!!」
「天皇が…………」
「わかった。いいな、敵は討ち漏らすな。厳命するぞ!」
そう、ハーディサイトが指示を下した直後、モニターに淡光を纏うサイクロプス隊が映る。
「あれは……シルバーめが!!」
オペレーター達が驚くほどにハーディサイトが声を荒らげるが、シルバーの生存とその撤退について気がつかないわけが無かったのであるから、当然であった。
ハーディサイトが慌てて伊達幕府軍追討の指示を下す中、モニター越しにその後姿を眺めるのは、日本国朝廷の面々であった。
「陛下、宜しかったので?」
朝臣の1人が賢き所の操縦するサイクロプスに通信を行う。結果としてハーディサイトの邪魔をしたことになるのであるから、交渉前に心象を悪くすることは必定であった。ましてや、まるで狙ったようなタイミングである。
「朕が彼と交渉を行うは、護るべき朕の民が為ぞ。幕府の為ではない。」
そんな事を知ってか知らずか、涼しい顔をして賢き所はそう述べる。
「しかし、楠刑部少輔によれば、ハーディサイトの稼動戦力は10個軍団と。我が方5個軍団ではあまりにも差が。また、サイクロプス数が足りません。」
皇軍及び東国と西国の戦力の実態は約5個軍団である。先にハーディサイトは7個軍団と推察したが、気が弱っている時に敵の数は多く見えるものだ。無論、数が多く見えるように配置してはいるのだが。ただ、日本国は伊達幕府ほどではないがサイクロプス保有数に制限が掛けられている。5個軍団級の兵力はあるが、現代での主戦力となるサイクロプスとしての兵力は些か少ない状態であった。
「手は打っておるし問題はない。」
そんな朝臣の心配すら、露知らぬ顔でそう答えるのであるから、現代の賢き所は豪胆であった。
「どのような?」
「戦略的には、南京、台湾、印度に報告をしておる。日本が落ちれば次はその者どもの番だ。援護はせんでもよいが、ただちに自国防衛を固めよとな。皆慌てて準備を始めたわ。」
「それで?」
「されば、周辺諸国が不穏というは、なかなかもって怖いものよ。ハーディサイトやその同盟国も全力は出せまい。」
ハーディサイト中将は兵力を集中させ日本に攻めて来ている。本拠は同盟国ベトナム軍に任せている有様であった。そのベトナムにしても付近には南京軍、印度軍が控え、情勢不穏となれば他国防衛どころではない。まして今のベトナムはハーディサイトの勢力下にあり、完全独立とは言えず戦力も大きくはない。対する南京は北京と戦闘を繰り返してはいるが、それだけ戦い慣れをしているし、中華の半分を抑えるだけあり、陸軍戦力は大きい。インドは長く内乱ないまま国家を維持しており、疲弊も少なく戦力も充分。また台湾も日本国と対等の同盟関係にあり、両国の海軍技術を共有して精強な海軍を保有する。
「また、ハーディサイトの軍は10個軍団以上、我が方は5個軍団と言っても兵質が異なる。敵は戦闘で士気が下がり疲弊した軍。我が軍は国家存亡を賭け士気旺盛で充実した軍。ましてこちらには仙台城がある中、仮に戦えば、相応の被害を与えて見せようぞ。また、海戦に限らず陸戦も控えているのだ。その場合、敵は残った軍団で日本や本拠を防衛するのか?ロシア軍やパプアニューギニア軍は他国防衛をするほど親切ではない。せいぜい、占拠した日本を譲り受け、日本だけ防衛するのが関の山だ。それどころか、ハーディサイトを討てば東アジアに覇を唱えられる。牙を剥くかもしれんぞ。」
「まさかそのような……」
冗長に述べる凪仁天皇の言に、朝臣が絶句する。
「いやある。奴らは我らと違い、複数の国の利害で動いておる。どうして他国のためだけに兵馬を動かせようか。」
「しかし陛下、ハーディサイトが攻め来ない確証もありません。」
「そうだ。しかし、奴はそこまでリスクは侵さん。幕府の者は若く、あのような凶行に走ったが、奴は熟練の将。一か八かの勝負にはでんよ。」
「さようですか……。して、陛下はどのようにお考えで?このまま退くとも思われませんが…………」
「戦わず蝦夷をやろう。北海道の地は冬の用兵に難はあるが、海が凍結して使えぬ程ではない。ロシアとアジアを結ぶのに都合がよい中継地だ。」
簡単に言えば、凪仁天皇の目論見は時間稼ぎである。ハーディサイトは齢六十を越える。いくら名将といえども、後二十年陣頭に立てるわけではあるまい。そして、彼には後を託す程の後継者はまだない。対する日本国は、シルバー大佐、カナンティナント中佐、セレーナ少佐などの二十代の勇将に加えて凪仁天皇自身がいる。誰か一人生きていれば、軍は問題なく動かせよう。また、伊達幕府が動けば木星の大戦力がある。故に戦力建て直しの時間を稼ぐことが肝要であった。
「陛下、ハーディサイトが通信に復帰しました。」
「よろしい、まわせ。」
「これは天皇陛下、失礼しました。」
しばらくして、追撃の指示が終わったのであろう、ハーディサイト中将が通信に復帰する。
「ハーディサイト殿、既に戦闘は終わったと見えたが、まだ交戦中であったかの?」
「さようで。おかげでシルバー大佐など主だった将を仕留め損ないましたぞ。」
「朕は戦に疎い故、ご迷惑をおかけしましたな。」
「全く迷惑ですな。して陛下。通信を頂いておりながら此方から問いますが、陛下にはその身の安全を保証するとお伝えしたにも関わらず、配下の衆は大変心配されているようですな。仙台にそれほどの軍を備えていらっしゃる。」
「さよう。大和の民は朕の身を案じてくれておるようで、朕も兵どもの忠義に感じ入るとともに、彼等が暴発せぬか苦慮しておるところだ。今は朕自ら兵どもには武器を納めるように申し伝えておる。」
「その割に、御自身でサイクロプスを操縦されているようですな。いささか軽率ではありませんかな?」
ハーディサイトが指すのは、天皇が操縦する純白のサイクロプスである。新地球連邦政府に届出がされているデータを見れば、名前は名無しとして登録されており、化け物染みた性能のアマテラスをベースとした設計によって、運動性及び装甲強度はアマテラスと同等以上のものであった。現状でモニターに映る機体は非武装に見えるが、ツルギという実体剣に加えて、カガミという強力な盾、そしてマガタマという思念誘導式のビーム砲ホーネットを有しているはずであった。性能は、まさに一国の主が乗るのに相応しい機体であるといえる。
「ハーディサイト殿、よくぞ気がついた。されば、だ。身一つで各艦各部隊に撤退せよと伝えるよりも、サイクロプスで直接各艦橋に乗りつけ、また各部隊の陣所に乗りつけ、撤退を促しておる。その方が断然早かろう?無論、戦う意思が無い事を示す為、朕も武装を解除しておる。」
「さようではありますな。」
一応同意はするが、主兵装のホーネットは無線式のビーム砲であるから、武装解除しているようにみせて待機させることなど簡単であった。
「朕はハーディサイト殿に迷惑をかけぬよう、兵の干戈をもっとも効率よく納めさせておるところである。」
ハーディサイト自身もホーネットを扱えるイボルブであると知りながら、そのように堂々と言い逃れるのは、なかなか喰えないものである。
「では、陛下は戦うつもりは無い、と?」
ハーディサイトがそう釘をさす。返信によっては無条件降伏を受諾するかどうか、と、言うことに繋げられよう。少なくとも、ハーディサイトの侵攻戦に口を出させぬようにしなければならない。
「戦いは悲しみしか産まぬ。朕は争いを望まぬ。」
「戦わぬ、と。では我々が北海道へ侵攻する事に異議はありませんな?」
「さればだ、北海道の統治権……蝦夷鎮守府将軍職をおってハーディサイト殿に任せよう。」
「ほう…………」
これは難しいところだ。ハーディサイトからすれば、ハーディサイトの要求によって領土を割譲させる、というのが最低限理想的な所である。しかしながら天皇は領土は割譲しないが、日本国の官職を与えることによって、実質的な支配権を認める、と言う事であるからである。支配権を認めさせながらなお、それを破談にして侵略をするというのは、諸外国に向けてもあまりいい立場になるとは言えない。先手を取られた、という事であった。
「統治は認めるが、しかし……、伊達幕府の民が北海道を逃れる事を見逃して欲しい。」
天皇が加える。これもやり方が汚い。最初に自らが譲歩したように見せて、相手にも譲歩を求めるというやり方である。実際には何も譲歩していないにも関わらずに、である。
「それは不可能だ。取り逃がした幕府将校が民間人に紛れて逃げてしまうではないか。」
「朕は争いを好まぬが、民は護らねばならん。」
「…………。」
「…………。」
双方に言葉の応酬を止める。互いの腹積もりを思案しているのだ。正直なところ、ハーディサイト中将としては、このまま全面戦争への突入は避けたいところである。仙台城及びその付近に展開する日本国の軍勢を相手にする場合、甚大な損害が発生し得る上に、それで得られる利益というものは少ない。確かに、戦力は勝っている以上、天皇を討ち、日本国を手中に収めることは不可能ではない。だが、その場合に日本国統治の正当性を認めさせる手段が少なく、ましてや伊達幕府軍を勢い付かせるだけになる可能性を否定できない。戦闘で凪仁天皇が死没した場合でも、伊達幕府は木星に彼の息子である雪仁親王を抱えているのである。諸国を糾合して、雪仁親王による地球圏復帰作戦を行われたら、外交上些か不利であった。事実、シルバー大佐の祖父が伊達幕府軍を主力とする日本国の軍勢によってこの地を占領したのは、天皇の綸旨によるものであったのだから。だが、肝心のシルバー大佐達を討ち取れて居ない現状において、そんな事を言っていられる状態ではない、とも言えた。一方で、日本国としても対応は微妙なところである。全滅覚悟で抵抗し、天皇含めて討ち死にを遂げれば、伊達幕府による地球圏復帰のいい口実にはなるのだが、そのためには多大なる出血を強いて、自らと国民を犠牲にしなければならない。出来ることであれば戦いは避けたいはずであった。
「ハーディサイト将軍。」
その中で先に声を掛けたのは凪仁天皇の方である。
「なんでしょうかな?」
「伊達幕府の者は木星へと逃れるようであるが、指揮官級の者は衛星イザナギ・イザナミ要塞に一旦篭るようだ。そこに居るのは武官のみで、朕がどうしても護らなければならないような、武器を持たない民草とは違う。」
「ほう……。陛下はそこにて決戦をせよと?しかし宇宙要塞で篭城されれば、あまりにも我が方不利であろう。」
「重ねて申すが、朕は戦を望まぬ。しかし、もし戦を仕掛ければ、武門の誉れ高い伊達の末孫である以上は、篭城など武門を汚すような戦はせぬであろう。」」
これは難しいところである。伊達幕府の主要人物を討ち漏らした現状において、日本国とも戦わずに伊達幕府とのみ戦えるチャンスではあるのだ。伊達幕府軍は先に述べた通り、木星に戻ればサイクロプスの大軍を用意する事は可能である。勿論、主要な指揮官が残っていた場合、だけであるが。従って、かなり無理をしてでも伊達幕府軍と決戦をする事には大きな意味がある。一方で、ハーディサイトは宇宙戦は不慣れである。無論、防衛の観点から衛星軌道付近での戦闘は何度か経験しているが、大規模戦というものはなかった。この点は伊達幕府も同じではあるが、宇宙軍を常設している分だけは有利であった。とはいえ・・・・・・伊達幕府を攻めるにあたっては、イザナギ・イザナミ要塞の撃破も視野に入れていた彼であった。
「…………いいでしょう。」
故に、ハーディサイトはそう応える。
「では、ハーディサイト将軍、よきにはからってもらいたい。」
そして一方の天皇は、不適な笑みを袖で隠し、サイクロプスの操縦席からそう伝えるのであった。