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星光記 ~スターライトメモリー~  作者: 松浦図書助
前編
15/144

第03章 第2次釧路沖会戦 06節

 「鬼姫も狂将もまるで手負いの獣だの。」

 ハーディサイト中将が呟く。幾多の戦場を潜り抜けた彼であっても、流石に背筋がゾッとするのである。たかだかあの程度の敵軍に、ハーディサイトの軍勢はどれほどやられたのであろうか。これまで外交を駆使し彼我の戦闘と損害を避けてきた彼の軍にとって、この戦線はあまりにも凄惨過ぎる。これまでは進めば必ず勝てた、敵は逃げ散るだけだった、それだからこそである。

 「大和民族の恐ろしさよ。奴らはゲリラなど出来る民族ではない。今この戦場に勝利すれば、少なくとも日本は盗れる。だが……この桜のような散り方はあまりにも壮絶だ。」

 まさに死兵恐るべき。

 「中将、ここは御退きを。」

 「……うむ。」

 幕僚の提案にハーディサイトが頷く。もはや敵艦の突撃に耐えられない。艦と伴に沈むなど、責任のある将校がやるべきことではない。

 「一時退却する。脱出艇を出せ。後方の駆逐艦から指揮をとる。」

 「駆逐艦では危険です!」

 「いや、敵は空母や主力艦を狙い、駆逐艦を無視して動いている。安全なのは駆逐艦だ。ただ、問題は指揮にある。」

 駆逐艦の艦橋では、この全軍を円滑に動かせない。通信装置や索敵装置、そして情報処理装置のスペックが違い過ぎる為である。

 「だが、もはや勝敗は決した。多少損害が増えるのはやむをえん。」

 例え旗艦を失い、指揮系を乱したところで流石に勝てる。たとえ指揮を失った半数の艦が敗走しても負けることはありえない。もはや伊達幕府の軍勢は力尽きつつあるのだ。

 「全軍に告げる。これより旗艦を放棄、駆逐艦より指揮をとる。各自、敵を駆逐せよ。以上だ。」

 彼にとって旗艦を失ったことは痛い。だが、ここでシルバーとイシガヤを討てばなんの事はないのである。



 「退去は完了したか?」

 先に退去命令を下したイシガヤが訊ねる。もっとも、訊ねる人がいるのだから完了してはいないのではあるが。

 「退艦者、ゼロです。イシガヤ少佐、敵は眼前。ここで退いては武門の恥です!」

 顔を昂揚させて兵士がそう述べる。彼ももし此処で生き残ることが出来るのであれば、きっと良い勇猛な士官になったであろう。

 「よろしい、主砲!正面敵艦を薙ぎ払え!」

 だが、そんな事はただの幻想である。

 「うわっ!?」

 先の士官の声が上がり、艦橋内に爆風と黒煙が立ち込める。そして先ほどよりも大きな雷撃の音が艦内に響き渡る。

 「何が起こった!誰か!?何だこの煙はっ!」

 そう問うイシガヤにも解っているのである。ただ、解りたくないだけだ。その煙のカーテンが開けぬままあれば、あるいは……

 「……南無観世音菩薩。」

 彼の目に映る艦橋は、ただ艦長席のみが無事で、後は血だまりしかない。

 「ふむ……」

 だが、艦長席が無事で電装系が生きていれば一人でも操舵は出来る。ミサイルも主砲も撃てる。全く問題は無い。彼の手も足もあるし、まだ動く。

 「ふむ。」

 そして敵は正面にいる。考える必要すらなく、ただ真正面に、だ。

 「ふむ。」

 艦橋の割れた窓から眺める空は青く、そして穏やかだ。

 「艦長!イシガヤ少佐!ご無事で!?」

 第二艦橋から通信が入る。

 「ふむ?足はあるようだ。無事かは知らん。」

 「艦橋に直撃を受けたようですが!?」

 「あぁ。みんな死んだ。」

 「なっ……」

 驚きの声を述べるオペレーターの声も、瞬く間に爆音に消える。

 「どうした?」

 もはやその問いに応える者などいない。

 「さてもさても。そういうこともあるな。」

 まるで軽く言い流し、イシガヤは操舵管を握る。

 「タカノブ!いつもバカなんだからー!」

 「ヤマブキ?バカじゃない俺ってなんだ?」

 もはや狂気に占められている彼に、石狩で東南亜細亜連合所属のロシア軍と交戦中のはずのヤマブキから声が掛かる。彼女はシルバーの妹であり、姉が嫁いで寂しいからとイシガヤの元に押しかけてきた押しかけ女房であった。王族の伊達家の娘ではあるが政治智謀統率にはさほど優れては居なかったが、幕府内でもトップクラスのイボルブの能力を活かして、パイロットとしては一流であった。

 「タカノブ!あんたがそんなんじゃ、私も安心して死ねないじゃない!」

 「ん?安心して死んでいいぞ?」

 「何さらっと言っちゃってんの!?酷くない!?」

 押しかけ女房ではあったが、気兼ねなく話し合える良い夫婦であった。

 「酷いのは任せろ。俺もすぐ逝くしな。」

 「……死なせないよ。」

挿絵(By みてみん)

 ヤマブキが悲しい顔をしながらそう述べる。

 「ん?」

 「敵旗艦まであと2分。」

 「割と早いな。」

 「でも敵艦にはハーディサイトは居ないの。彼は遥か後方の駆逐艦。」

 「ふむ。そういうこともあるな。」

 その実、ついさっきハーディサイトが旗艦を離れた事はイシガヤ自身感じていた事である。だが、この期に及んでどうこう出来るわけが無い。

 「それでも行く?」

 「行く。退いてどうする。そもそも退けんし、せっかく来たんだ。」

 「面舵5度。」

 「面舵5度。」

 ヤマブキの指示にイシガヤが何も考えずに従うが、その直後に数条の対艦魚雷が艦を掠める。

 「次は取り舵2度。」

 「取り舵2度。」

 やはり直後にビームが船体を掠る。

 「減速!」

 「減速。」

 戦闘機から投下された爆弾が艦正面に落ちる。もし減速していなければかなり危険なものであった。

 「ヤマブキ、最期まで助かる。俺は……」

 「私、タカノブと居たかった。」

 イシガヤの言葉を遮り、ヤマブキがそう述べる。

 「俺の魂を土産にするか?」

 「ううん。もってかない。」

 「構わんよ。大切な愛妻が持っていくならな。」

 「ううん。タカノブはまだ戦わないといけないよ。」

 「だるいな。」

 「まぁね。でも……他に出来る人は少ないよ。」

 「ふむ。」

 「国を造る事。例えばシルバーおねぇちゃんは優秀な将軍だけど、ただひたすらに戦うだけ。クラウン家のカナンにぃは優れた政治家だけど、利益や権謀を優先しちゃう。今上天皇陛下は優れた名君だけど、血で汚れてはいけない。セレーナ少佐は文武優れた大将だけど、乱世で勢力定まり、平時への過渡期に君足るべき人物だよ。タカノブは……」

 ヤマブキは僅かに言い淀む。

 「ん?」

 「基本的に無能だけど。」

 「知ってる。」

 「乱世を破壊して、時代を創る英雄を得て、去る事か出来る人物だよ。タカノブ、タカノブは私の事が一番ではなかったと思うけど、私には一番だったよ。」

 僅かに寂しそうにしながら静かに笑うヤマブキは、いつもの明るいヤマブキとはまた違っていても、イシガヤにとってはとても愛しい妻である。

 「そうか……ヤマブキ。」

 「ん?」

 「いや……」

 言葉にすれば、それは、その複雑な思いは褪せる。心は乱れて渦巻く。言葉が出てきそうで出てこない。ありがとうの言葉は適切ではない。

 「何だろうな……何だろう。ヤマブキ……そう、ただ……。ただ、また同じ蓮の上で逢おう。我侭を言うがな。」

 「……良いよ。」

 伝わったのか伝わらないのか。ヤマブキとて優れたイボルブだったのだ。それ以上に、愛する妻なのだ。明白な言葉にしなくても、伝わってくれると信じるしかない。

 「タカノブ、そろそろ行くよ!!」

 僅かに明るい顔になったヤマブキが叫ぶ。その横顔は、小ぶりだが鮮やかな黄色の花をつける山吹の名に相応しい、彼女の可愛い顔であった。

「了解だ!」

 艦に刺さるビームやミサイルが激しい。だが、まだ艦は動く。もはや目前の敵旗艦にぶつかるだけだ。



 敵のビームが装甲を焼き

 すでに艦橋は壊れ

 魚雷が艦底に突き刺さり

 海水は船内に満ちる

 この朽ちゆく大戦艦は……

 栄光ある大和の名前と伴に

 海底へと沈み逝くのだ

 船首ビームラムが敵旗艦に突き刺さり

 敵艦を切り裂きその装甲を溶解させ

 轟音とともに溶け出したその鋼の塊は

 二つの大戦艦同士を溶接させ

 まるでその二つは元からそうであったように

 一つにまとまってそして消えてゆく

 無様に醜悪に、まるで一つのものとして……



 「うぅむ……」

 ハーディサイト中将が呻るが、壮絶としか言いようがない。旗艦と旗艦がぶつかって大破するなど前代未聞の事だ。

 「ハーディサイト中将、敵軍、残るは戦闘機とサイクロプス数機です。」

 「味方の損害は?」

 「戦力の三割は戦闘不能。また二割は撤退に移っております。」

 「……。」

 確実に勝ったとはいえ、酷いものである。だがしかし特攻してきたイシガヤの意識は消えたようであるし、彼にとっての目下駆除しなければならないのはシルバー大佐である。

 「追撃を……」

 「中将!」

 「どうしたか?」

 通信士が慌てた声を上げる。

 「テンノーから緊急通信です!」

 「天皇だと?通信と映像を回せ。」

 追撃戦をしなければならない段階で迷惑な事ではあるが、しかし天皇からの通信とあってはそう無碍にする事は出来ない。圧倒的優勢のままに戦争が終わったのであれば話は別だが、思いのほか損害が多い現状である。

 「なんだ……アレは…………」

 モニターには、純白……まさに曇り一点無い真っ白な装甲に包まれたサイクロプスが映る。それには、銃火器などの武装は一切見当たらず、兵器と言うにはあまりにも神々しい装飾が施されている。まさに神代の神話から切り取ってきたかのような機体であった。さらにその下の滑走路や周辺地区には、真っ白に塗装された空中戦艦などの戦闘艦、同様に白く塗装されたサイクロプス、戦闘機が整然と隊列を作る。

 「うぅむ……」

 白い塗装は戦場では目立つ。好ましい色ではないが……

 「美しい……」

 ハーディサイト中将がその白い軍勢を見て溜息を漏らす。その光景はこの世のものとは思えないほどの神々しさである。

 「これは……皇軍ですな…………」

 「皇軍?」

 ハーディサイトは幕僚に問う。

 「日本協和国の主、天皇直轄の精鋭部隊です。噂には聞いておりましたが……」

 「さらに外周にも艦隊がおるな。」

 「軍旗から見るに、左側が東国鎮守府将軍タキ中将の旗、右側が西国鎮守府将軍マキタ少将の旗の様です。」

 「むぅ……」

 ハーディサイトが低く呻く。彼が見るに、皇軍はざっと7個軍団ほどの軍勢である。現状の彼の戦力はすぐに動けるものが約10個軍団ほどで優勢ではあるが、しかし先の戦闘で将兵は疲弊しており、また伊達幕府軍の狂撃に彼の軍勢の士気は大幅に下がっている。あれほどの狂行が仮に続くと考えれば、とてもではないが味方の士気は保つ事が出来ないであろう。



 「動きが止まった!?」

 ハーディサイト中将が天皇との通信で一瞬追撃の手を緩めることになった事は、シルバー大佐にとっては幸いであった。

 「直ちに撤退します。全機帰還せよ!戻れないものは降伏を許します!捕虜交換の際に必ず引き上げます!」

 実際問題、既にハーディサイトの旗艦を潰した今、これ以上戦ったところで死ぬだけである。敵の艦列が崩れたっている今、退く退かないに関わらず、敵は再編成に相当な時間を割かれるはずである。それが1時間か2時間かは判りかねるが、それくらいあれば少なくとも地球からの撤収作業には間に合うはずであった。作戦通りであればもはやほとんどの人員を撤収させているはずであるし、充分時間は稼いだのだ。

 「シルバー様!?」

 撤退を指示しながら、沈みつつある大和の方にシルバー大佐がアマテラスを向けるのを見て、護衛の兵が驚きの声を掛ける。

 「タカノブを連れていきます。あなた達は早く逃げなさい。」

 「シルバー大佐!ご冷静に!イシガヤ少佐は我々がっ!大佐!!」

 如何に戦場では冷静冷徹に指揮を執るシルバー大佐であっても、この戦場の狂気に当てられてはもはや正気ではない。ましてや、一大決戦は終わり、その緊張の糸が解けつつある今となっては、だ。


 それはまるで夢のように

 このわずかな時間で消えた命は

 あまりにも多く……

 この業……

 もはや絶句の2文字を持ってのみ

 その壮絶さがあらわされるのか……

 言葉にするのもおぞましい程の

 今……この……時……


 焼け落ちた電探。飛散したガラス片。充満する血のニオイと死臭。飛び散った……

 「タカノブ!生きていますか!!」

 シルバーが、もはやこの世のものとは思えないほどの地獄の光景……大和の艦橋で横たわる夫に声を掛ける。

 「……さぁな。」

 「無事で!!?」

 その弱々しくも聞き慣れた声に、シルバーが駆け寄る。

 「銀か……ギン…………ヤマブキが死んだ…………」

 「ヤマブキ!?」

 彼女は妹のヤマブキの名前を聞いて動揺はするが、ヤマブキはこの釧路戦線には居らず、石狩戦線に配置している。大切な夫の言葉であってもまるで現実味はなく、それよりもまず傷付いた夫の心配のほうが先であった。

 「助けてくれた。ぐっ……」

 「タカノブ!?大丈夫ですか!?」

 「たぶんヤマブキが助けてくれた。俺は……まだ逝かない……」

 「手当を!」

 「ギン……少し冷静にな……先ずは退く。手当てはまだ後でいい……。くっそ痛いけどまだ死なんよ……。早く前線から撤退する……それが肝要……」

 「連れて行きます!」

 イシガヤの苦しげな助言を聞いて、シルバーは急ぎ彼の肩に手を回し、アマテラスの手のひらに乗せる。手に乗せさえしてしまえば、後は機体を操作してコックピットに押し込めばいいだけだ。彼女にとって幸いであったのは、イシガヤが小柄で重量が無かった事である。

 「前線から撤退します。タカノブ、しばらく我慢してくださいね。」

 彼女を比較的冷静に押し戻したのは、前線から撤退という言葉のせいでもあったのだろう。戦闘に関する言葉には無条件で判断できるほど、彼女は戦争狂であったから。

 「シルバー様、早くお退きを!」

 冷静さを失ったシルバーに対しても、近衛軍と女神隊のパイロット達は懸命に護衛を続けていたのであろう。彼女はまた、戦場においては兵達に慕われる指揮官であった。

 「あなた達……ありがとう。……では、退きます!散開しつつ撤収!」

 直後にアマテラスと女神隊機のコスモ・ガディスが透明な黄緑色のオーラに包まれる。この原因不明のオーラは、伊達幕府内では古くから女神の加護として謳われ、信奉の対象ですらあった。現実的に起こる現象は、機体に装備された女神システムと呼ばれる人工知能によるデータ書き換えと最適化、過去の戦闘データから適切な対応を推定し、パイロット補正を強化する事である。損傷した機体ではあったが、幸いにも女神の加護により最大のパフォーマンスを発揮する事が出来たのであった。

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