外伝 シルバーの婿取り 03節
鬼姫は一つ目の巨人を駆り
まさに無人の野を征くが如く
名のある将とて羽虫の如く
ただ一閃の内に大地に叩き落す
あまりにも淡々と、あまりにも無慈悲に
目に映るもの総てを、ただ破壊し続けるのだ
シルバーの駆るエオスは、元々女神隊機のコスモ・ガディスを基礎ベースに開発しているため、それなりの機動力を持つが、背面に装備された2門の大型レールガンの重量でそれが相殺されている。それだけに、普通のパイロットであればバーン専用機ケルベロスに近接戦闘を仕掛けるなど簡単な話ではないのだが、彼女は三つ巴で戦闘を続けていたバーン機にいとも簡単に近づいた挙句、彼の機体を蹴り飛ばし踏み台にして地表に叩き落す。その余勢をかって迫るのはクスノキ機にである。だが、おいそれとそれを許すオニワ機ではない。クスノキ機を盾にしつつもシルバー機に対して狙撃を行うのだが、一方のシルバーはオニワ機に対してたった2発の制圧射撃を行った頃には、既にクスノキ機の胸部にサーベルを突き刺しているのであった。
「クスノキすら瞬殺かよ。」
イシガヤがぼやく。彼からすれば兄弟子ともいえるクスノキに対して、模擬戦でまともに勝利したことなどほとんどない。クスノキは工作部隊を率いることに長けているが、それに伴うサイクロプスでの近接戦闘なども相当な妙手である。
「とはいえ、クスノキもただではやられないか。」
というのは、シルバー機の背面レールガン1門と予備のサーベルラックが、クスノキの放った頭部バルカンによって破損判定を受けており、使用不可とされたからである。これも実戦であればバルカンの火力で破壊されるとは限らないものなのだが、あくまでペイント弾を用いた模擬戦であるため、判定は破損扱いである。だが、これで戦闘が楽になるかと言えば、そんな簡単な話ではない。シルバーは即時レールガン1門をパージし、その機体重量を軽減させる。片側だけであるため機体バランスは崩れるが、それらの調整は自動制御システム及び、手動入力で調整すれば対応できる問題だ。大型砲1門を失った彼女の機体の運動性は、それだけ高まる。
「二人がかりで……」
クスノキ機が撃墜されたことで、それまで戦闘をしていたバーンとオニワは急遽阿吽の呼吸で連携をはじめ、シルバー機に対抗する。二人とも別にシルバーを手に入れたいというわけではなく、単にお互いの力試しをしたいという程度の理由で開戦直後から鍔迫り合いの戦闘を繰り広げていたわけだが、その相手であるクスノキがこうも簡単に墜とされてしまっては彼らとしても面白くはないし、彼ら自身の実力が低いものと思われてしまう恐れすらある。で、あればこそ、ここは協力してシルバーにダメージを与えようという算段なのだろう。しかし……
「……も、だめかぁ。」
イシガヤは、モニターを見ながらそう嘆く。バーンとオニワはともに王族出身であって、名将として知られているカタクラ少佐や、オニワ長老からの薫陶を受けて子供のころから特別な訓練を受けている。年齢こそ違えど師は同じであり、加えて一緒に訓練をすることもよくあるのだ。したがって、その連携は完璧ではあったのだが……、シルバーもまた王族として同門である。
「いや、これは酷い。」
シルバーは瞬く間にバーン機のホーネットをライフルで撃ち抜き、急接近した上でまたしても彼の機体を蹴り飛ばす。彼とて同じ手は食わぬとぞとばかりにシールドで防ぐのだが、シルバーからすればそれで充分である。一瞬攻撃が収まる時を活かして、機体の姿勢を反転し今度はオニワ機へ狙撃を加えるのだ。オニワ機から見れば、シルバーを狙えばバーン機がその背後にいる状況であり攻撃を躊躇するわけだが、その躊躇が命取りである。シルバーは僅か3射でオニワ機の左腕、右脚、頭部を撃ち抜き戦闘不能判定を勝ち取る。オニワも撃墜判定直前に彼女の機体の背面レールガンを撃ち抜くが、パージされてそれでしまいだ。2基のレールガンを失ったとはいえ、機体の基本性能は落ちておらず、むしろ機動力がアップした状態で、ライフルやバルカン、サーベルと言った基本兵装はそのままである。
「バーンは後退するのか。」
そのまま仕掛けると思えたバーン機であったが、地表に降下して距離を取り始める。シルバー機にもライフルが残っているとはいえ、狙撃用のライフルではなく、遠距離射撃用のレールガンは既に無い。バーンとしては近接戦を仕掛けるより、まだわずかに残っているホーネットを用いて遠距離からの攻撃を仕掛けた方が良い、という判断なのだろう。だが、その判断も普通なら正しくとも、『蝦夷の鬼姫』とも呼ばれるシルバー相手では判断が甘いとしか言いようがない。
「えぇ…………。どうすんだよこれ。」
イシガヤがそういう間に、シルバーはライフルで総てのホーネットを撃墜し、バーン機に迫る。イシガヤの操るホーネットならともかく、技量の高いバーンの操るホーネットであるから、これを撃墜できる時点で相当に頭がおかしいレベルの技量である。だが、それだけにはとどまらず、装備をパージして機動力を増したシルバーの操るエオスは、最大速度でバーン機に迫る。バーン機も後退しながらライフルを撃ち続けるが、紙一重で躱される上に、退き撃ちではスラスター方向を集中できないため速度が出せない。牽制射撃を行いつつも、全力で追い迫るシルバー機の速度にかなうはずが無く、あっという間に距離を詰められるのだ。だが、近接戦闘が苦手なバーンでもない。諦めて迎撃態勢を取る彼に対して、シルバーが勢いに任せてビームサーベルによる斬撃を加える。一方、回避不能と即断したバーン機もまたビームサーベルでそれを受け止めるため、空気中の塵が荷電粒子によってチリチリと負荷を帯びて発光し、鍔迫り合いの様相となる。だが、それで終わるわけではなく、先ほどまで蹴りを食らっていたバーン機が逆にエオスの脚部を狙って蹴りを繰り出すのだ。
「……間合いが甘い。」
それを目で見るやシルバーはスラスターを噴かして機体を上方に回転しながら逃がしつつ、バーン機の背後に回ろうと動きを加える。バルカン砲での牽制もセットだ。人型のサイクロプスは、人間らしい行動をとることが出来るためパイロットの戦場における空間認識をより正確に保つことが出来るメリットがあるのだが、人型ではあっても人間ではないため、こういった人外のアクロバティックな行動も可能である。もちろん、超重量の機体であるためアニメにあるような高機動戦闘などできようはずも無いのだが、それでも重機のような鈍重さではなく、人間の意表を突ける程度の運動性は確保されている。
風誘う 蝦夷の桜は 華やかに 乱れ咲き散る 定めなるとも
「バーンがこんな簡単に墜とされるとは聞いてない。マジでどうすんだよこれ。」
機体背面に斬撃を受けたバーン機は大破判定。実戦であればエオスのビームサーベルの威力では耐えられるかもしれないが、あくまでも模擬戦である。
「残機が少なすぎる。…………最後に残っていると厄介だから仕掛けるか。」
既に優秀なパイロットは残っていない。この状況でまぐれ勝ちということも無いだろうが、最後に残っていたものが勝者となってしまうならば、イシガヤもおちおち隠れ続けているわけにもいかないだろう。それなりに戦って撃墜されてみせるしかないのだ。
「一気に行く。」
イシガヤは呟くと、機体を飛行形態に可変させる。運動性は低下するが、移動速度は上がるため便利な機能である。現在の戦域であれば、最大加速すれば10秒もすれば接敵である。
「まぁまずは…………、牽制かね。」
イシガヤは機体のノーズ部分に搭載されている大口径ビームキャノンを拡散砲設定で発射する。
「っ!」
不意を突いた攻撃ではあったが、シルバーは機体を回避させ、一部の攻撃は人並み外れた技量でビームサーベルで斬り払って難を逃れる。威力は抑えているとはいっても、荷電粒子がチリチリと空気中の塵芥を巻き込んで発光する様はなかなか見ものである。
「面倒だ、グレネードミサイルも全部だ。」
現代のミサイルは、アンチレーダー下では精密誘導は行えないが、画像識別によりある程度の誘導性は持たせられる。大型艦相手ならそれで十分ではあるが、流石に20m弱の全高で、動き回るサイクロプス相手では如何ともしがたいレベルである。だが、それでも運よく当たれば撃墜できることもあるし、牽制程度にはなるものだ。とはいえ、エース級のシルバー相手ではカトンボのように頭部バルカンで撃墜されるのが関の山である。それでもイシガヤがそうするのは、戦場での見栄えのためだ。イシガヤは頑張って戦ったが、シルバーに撃墜された、という評が欲しいのである。
「イシガヤ機か、しかし甘い!」
「なんとー!?」
イシガヤ機の接近に気づき、既に回避行動をとっていたシルバーは、アクロバティックな動きをしつつも的確にイシガヤ機に反撃を加える。シールドで構成された機体の先端ノーズ部分、テールスタビライザーの両方にビーム砲が命中するのだ。2発中2発の着弾であるから抜群の命中精度……、もしくはイシガヤの回避が下手なだけだが、一方で着弾個所が致命傷ではないため撃墜判定には至らない。
「どの道接近戦で片を付けられてやる!」
イシガヤはスラスターを最大に吹かせた後、サイクロプスを可変させ、飛行形態から人型形態にさせる。近接戦をするならば、やはり人型の方が運動性が高いため、相手の動きに合わせられやすく、かつ、ビームサーベルを使用可能になるためである。
「これで終わり…………」
イシガヤ機が加速してシルバー機に接近する最中、イシガヤ機のガディス・システムが起動開始する。古い機体ではあるが、新機体設計ためにガディス・システムも導入されていた。イシガヤのガディス・システムへの適性はそれほど高くはないのだが、全く起動しないというわけでもないのだ。
「いやまてこらっ!」
イシガヤは自力による機体制御を諦め、慌ててガディス・システムの停止処理をかける。彼の先祖のエースパイロットの戦闘データなどを読ませたものであり、機体を人工知能が操作する状態になるため、思わぬ動きをしかねないのだ。その刹那の間にもイシガヤ機とシルバー機のサーベルが交差し、空気中に帯電した塵が光を放ってバチバチと弾け散る。双方の荷電粒子の反発によってサーベル同士の鍔迫り合いとなり機体が停止することで、まるで長時間時間が制止したかにも思える体感時間ではあるが、実際は一瞬のことだ。シルバーは機体を捻り回避を試みるが、イシガヤ機のサーベルは勢いに任せてシルバー機のコクピット前面を掠り、そのまま彼女の機体の背後に直進し落下する。その背面にシルバーがライフルで3点射撃を行い、そのままの勢いでイシガヤ機は地面に激突する。
「…………撃墜されました!」
アナウンサーの叫びが戦域に木霊する。
「シルバー様が撃墜されました!」
一瞬の出来事に、判定を下せている実況アナウンサーを除き、観客達は衝撃の事で歓声を上げるでもなくモニターを見続けている状態だ。
「いやどういうことだよ!」
その静まり返る観客席には、アナウンサーの叫びに重ねてねられてイシガヤの怒声も響き渡る。面倒に思ったのか、全チャンネル向けで怒鳴っているので、戦域に丸聞こえだからだ。
「シルバー様が撃墜されました!勝者はイシガヤ王です!」
「いやマジでどういうことだよ!!俺が撃墜されたはずだ!」
「シルバー様のコクピットに斬撃が直撃しましたので!」
「してない!掠っただけだ!」
イシガヤが怒鳴る。模擬戦であるから掠っただけでも判定された可能性はあるだろうが、それにしても浅いはずだ。イシガヤ機の先の被弾ですら撃墜判定ではないのだから、それくらいなら撃墜判定はされないはずである。
「コクピットにサーベルが掠ったのはわかっている。だがあんなのでは実戦では墜ちない!全力で抗議するぞ!」
「いやそもそも…………」
アナウンサーは戸惑ったような声で言葉を濁す。
「そもそも何だよ!?」
「シルバー様のビームサーベルが大破判定されていたので、鍔迫り合いが無効と判断され、直撃判定です!」
「えっ……?」
判定用のモニターに映し出されるのは、イシガヤが最初に撃ち込んだ大口径ビームキャノンの粒子が、僅かにシルバーのサーベルの柄に接触する映像である。確かに、当たっているかといえば当たっているのは事実ではある。
「その程度では壊れないだろう!そもそも壊れたら使えないはずだ!」
「模擬戦ですので…………」
「断固抗議する!」
勝つ気の全くなかったというより、勝ってしまうと都合が悪いイシガヤは、何とか判定が覆らないか反抗を続ける。妻たちに文句を言われることがわかりきっているからだ。
「私と結婚するのは嫌ですか?」
「嫌とかそういう問題ではない!」
だが、直接シルバーからそう問われてしまえば、流石のイシガヤも嫌とは言えない。参加自体が強制であり、ここに居る時点で拒否の選択肢はなかったからである。
「サーベルの大破判定に気が付かなかった私の失態ですが、勝ったのは貴方です。ルールに従い私の夫になってもらいますので、よろしくお願いしますね。」
「待った!」
「待てません。」
「そこを何とか!」
「ダメです。」
「えぇ…………」
シルバーは、自らの結婚だというのにそう淡々と作業を進めるかのように、イシガヤの抵抗を無視して手続きを進め始めるのだ。それは別にイシガヤに好意があるというわけではなく、ただ純粋に、イシガヤが勝者だったから、という理由でしかない。
「こちらに名前を。」
シルバーは、墜落したイシガヤ機のコクピットを無理やりこじ開け、彼の眼前に婚姻届けを突き付ける。当然自分の名前は記載済みで、証人には育ての親とも言えるカタクラ長老と、なんと凪仁天皇の御名が記されたものである。伊達幕府元首たる伊達家当主の婚姻なのだから、天皇の名前が書いてあってもおかしくはないのだが、だからと言ってすでに用意されているというのは驚きでしかない。だが、流石にそこまでされていると断ることは容易ではないのだ。
「ま、まだ心の準備が…………」
「3秒待ちます。」
「えぇ…………」
有無を言わさず、というのはまさにこういうことだ。
「はい、書きましたね。」
天皇の名前を恨めし気に見ながらしぶしぶと名前を書いたイシガヤを見下ろしつつ、シルバーは自機に戻るとコクピット映像を全体放送に繋げる。
「諸君!今ここに、私とイシガヤ王の婚姻はなった!」
歓声とともに、失望のブーイングが会場を埋め尽くす。シルバーに婿入りしたい貴族は多い中で、世間的に評判の悪く、しかも既婚のイシガヤが夫になるのだから、当然と言えば当然であろう。だが、そんなことは欠片も気にした様子もなく、シルバーはその婚姻届けを掲げて、満足げにモニターに映し続けたのである。
宇宙世紀0275年6月
こうして、伊達幕府の棟梁たるシルバーの婿取りは決まった。軍事的に最大の影響力がある伊達家と、経済的に最大の影響力がある石谷家との当主同士の婚姻は、王族の権力が集中し強大な独裁政権の誕生も危惧されたものの、伊達家当主のシルバー及び、石谷家当主のタカノブが伴に参内して天皇の許可を改めて得て、その許可の下に婚姻を結ぶ形式を改めてとったため、朝廷や国家を脅かすものではない、と認識され、国民にも比較的好意的に評価されたのであった。