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星光記 ~スターライトメモリー~  作者: 松浦図書助
前編
14/144

第03章 第2次釧路沖会戦 05節

 「艦を人質にされるとは……埒があきませんな…………」

 「左様の。」

 伊達幕府軍の猛襲を受けるハーディサイト軍の幕僚の言葉に、ハーディサイト中将は無感情に答える。埒はあかないかもしれないが、しかしいずれ敵は力尽きるであろう。無尽蔵に現れる敵ではなく、限られた数しか居ないのであるから。そう、普通に考えれば焦るほどの必要は無いのだ。

 「えぇいっ!質にされた艦は既に沈んだものとして攻撃を……!」

 「いいや参謀。いくら被害が増したとしても、味方を撃つ事は出来んよ。落ち着け。」

 「何故でしょうか?」

 「我が直下のフィリピン軍の事ならいざ知らず、占領したインドネシア、協力を受けるロシアやパプアニューギニアの艦隊に、我が軍が攻撃したとあっては遺恨が残るものだ。戦場において一番怖いのは、味方から撃たれる事。敵からの攻撃で被害が増加することが判っていても、味方討ちの中で信頼を失えば烏合の軍など簡単に崩壊してしまうものだ。」

 ハーディサイト中将がそのように伝える。戦というものは、効率的である必要はあるが、必ずしも効率的だからといって良いわけではない。命を他人に預け、そして敵と命をやりとりする戦場において、信義というものは効率に勝るほど重要である。

 「しかしこれでは埒があきません!」

 だが、その理由はともかくとして、参謀の気持ちはもっともな事であった。



 「サイクロプス隊は全機敵艦取り付き完了。戦闘機隊は急降下爆撃を!1隻でも多くの主力艦を撃破しなさい!」

 ハーディサイト軍の葛藤を傍目に、伊達幕府軍の展開は順調であった。幕府軍の主力戦闘機『旋風』の主兵装は対艦ミサイルである。戦闘機の高い運動性と高高度戦闘を行える性能に依存し、急降下爆撃による敵艦艦板上構造物の破壊を得意としている。また、ミサイルの換装によって対地爆撃、対潜攻撃も可能になる汎用機である。欠点は航続距離の少なさと戦闘継続時間ではあるが、前者は空母と合わせた運用、後者は全軍の短期決戦思想でカバーされている。

 「シルバー大佐、こりゃぁ撃てば当たるような状況で素晴らしいですが……」

 順調かに見えた作戦にも陰りは生じるものだ。

 「どうしたか?」

 兵の通信にシルバー大佐が問う。

 「弾が……」

 弾切れ……。兵器というものは無尽蔵に弾薬を積んでいる訳ではない。対艦兵装は威力が高い代わりに弾数が少ない。幕府軍の機体は各々対艦バズーカを二基もっているが、弾数は換えのカートリッジを含めて弾数は20発程度。一発の威力は戦艦の主砲一門に匹敵するが、艦を撃沈させるには当然数発を直撃させなければならない。そして、順調に戦闘が進むという事は、弾が無くなるという事だ。

 「弾切れの機体は?」

 シルバー大佐が各機に確認する。

 「6機……。手勢の3分の1か。弾切れの機体は3機編成で小隊を組み直しなさい。また、欠員がでた小隊は再度組み直しを。余った人員は私の小隊に加わりなさい。」

 伊達幕府軍は人口に対して兵数が少ないため少数精鋭の人員を揃えてはいるが、それ以上に戦場で編成換えを行える運用こそが、最大の強みである。必要に応じて部隊を解散、再編成、欠員の補充、これらの事を戦闘中に行えるように日頃訓練されているのだ。システムとしても先任の隊長を基点として、隊長が戦死した場合、同小隊の階級上位者が指揮を代わる。余所から欠員が補充されても隊長中の人間を変更しない。そういった即時編成に必要な状態も整えているのあった。再編の多い戦闘機隊などは先任隊長を務める曹長の指揮に中尉が従うと言う場面もままあるが、作戦効率を優先した結果である。乱戦時に必要なのは、拙速でも単一の指揮官の意志でコントロールされた小隊行動である。いちいち階級にこだわっていたら機を逸し敗北してしまう。


 旋風は渦巻く

 戦場に黒煙を巻き上げて

 その足下に血と肉片を練り上げる

 その幾つもの渦は

 醜悪でそして怖い

 だが、風はいつかは止むのだ

 必ず止むときがくる

 幾つもの旋風の渦は

 次第に数を減らし

 そして凪ぎの時へと還っていくのだ

 その穏やかなる刻へと……


 ところで、シルバー・スター大佐の搭乗する機体……型式番号NZG-02-AMATERASU、この機体の戦歴は長い。今より約200年前の宇宙世紀0087年に初めて、現在の女神隊の有する女神機の試験機として、NZGM-001-COSMOSS・GODDESSがロールアウトしている。この機体こそが、この幕府を象徴する『女神の加護』を発現する機体、コスモ・ガディスの初期Ver.機である。この機体に搭載されるガディス。システムはその当時に運用されていたパイロット補正用の各種AIシステムを参考に作られた人工知能であり、往事のエースパイロット並の操縦補正をパイロットに与えるシステムである。ただ、このガディス・システムにも欠点がある。システムは当時の開発者の独特な設計により、完全にブラックボックス化されており、初期値でのコピーこそ出来るが、そもそもシステムの解析すら出来ない兵器としては欠陥があった。加えて、このシステムが使えるパイロットは限られている。特定のバイオリズムが基準となっており、その基準値に近い人間のみがこのシステムを作動させることが可能なのである。しかも、その起動条件は本当に基準値を満たす人物を除けば、100%発動するとは限らない、という酷いものであった。なお、この特定のバイオリズムとは、現執権タカノブ・イシガヤの先祖であり、開発者の配偶者であった女性のバイオリズムを中心に、現王族の先祖のバイオリズム基準となっている。このため、王族に近しく、あるいはイシガヤ家に親しくなりやすい人物の起動適性が高い傾向にあった。そして、このNZGM-001-COSMOSS・GODDESS1番機のAIをそのまま使用して建造されたのがこのアマテラスであった。現在伊達幕府国内に配備される女神機コスモ・ガディスや、ニンフといった機体は、この機体の劣化コピーとその改良機である。また、旗艦級の艦艇にも、補助的にガディス・システムは搭載されている。そして、アマテラスの特筆する所はシステムだけではない。目に見えて最も特徴があるのは、その装甲強度であった。材質自体が高価で特殊なものを使用している、という事もあるが、もしこの装甲を切断して見る場合、まるで日本刀のように異種金属が積層して居る事が解るであろう。とてつもなく長い時間を掛けて異種金属が何層にも積層され、そして鍛錬された鋼板であり、その強靭さは物理打撃、光特性、耐熱性いずれにも優れているため、実弾、ビーム、レーザーあらゆる兵器への耐性があり、同じ厚の装甲に比べれば圧倒的優位の性能を有するものであった。無論、その生産には膨大な原料コストや時間が必要であるため、通常の兵器用装甲として考えれば割が合うものではない。

 「まずは一隻。」

 そのアマテラスを操り、シルバー大佐が敵の空母を沈める。この機体にはもう一点特筆するべき兵装がある。それは、核分裂反応を利用した高熱放射ライフルである。これも高コスト過ぎて量産どころかまともな生産が出来る兵器ではないが、最先端の技術をふんだんに利用し、放射能汚染リスクをほぼゼロに抑え、強大な熱光線を放射するものであった。弾薬となる核物質の使用済残渣も厳重に保護され、厳重な密封の上、薬莢は投棄される。クリーンな戦術核兵器であった。



 「空母が、この距離で、かつ一発で墜ちるだと!?何が起こった!?」

 アマテラスの攻撃を受け、ハーディサイト軍の幕僚が慌てる。空母はそれなりの装甲が施されているし、対ビームコートなども施され、それなりに防御力はあるものだ。たとえ対艦兵器で攻撃を受けたからといって、一撃で撃沈するなどそうそうあるものではない。

 「さらに空母が撃沈!状況を確認しろ!!破壊状況をモニターに回せ!!」

 アマテラスの第二射を受けて、さらに空母が撃沈する。正体不明の攻撃を受けて慌てる幕僚達ではあるが、それでも状況確認のためにモニターを回し、被弾直後の動画と静止画像の分析を始める。

 「静止画分析によっても実弾は検出されない。動画を分析すると、艦橋から直撃して艦底部へ貫通、そのまま右に振れている様子に取れる。爆沈前の静止画を分析すると、艦が切断されているようにも見えるな……」

 「切断だと?」

 その幕僚達にハーディサイトが問う。配下に分析させ、上がった情報から決断するのが将の務めてである。

 「ハーディサイト中将、敵の攻撃はレーザーのようです。敵サイクロプスの攻撃は、味方艦の切断面が溶融しつつ滑らかに切断されていることから、強力な熱光線、レーザーと推測。あんな攻撃は防げません!」

 「慌てることなどない、落ち着け。敵のサイクロプスを拡大投影せい。また機種の照合を。」

 ハーディサイトは恐慌に陥りかけた幕僚達を宥め、司令部の収拾をつける。慌てたところで解決策が生まれるわけも無く、対策が取れるわけでもないのだ。

 「確認しました。敵機は形状から伊達幕府軍のアマテラスです。モニターに投影します!」

 「ほう……」

 モニターに映されるアマテラスの姿を見て、ハーディサイトが溜息を漏らす。華奢な機体は女性的なフォルムで艶やかであり、且つ勇壮さを醸し出す機体であったからだ。アマテラスと女神の名前を冠するにしては些か無粋ではあるが、この破壊力を考えれば妥当と言った所だろうか。

 「パイロット履歴で確認されているものは、スミレ・ダイドウジ、シルバー・スター、クオン・イツクシマです。」

 幕僚達がデータベースから慌てて情報を引き出す。流石に東南亜細亜に覇を唱えるだけの軍勢ではあり、情報の蓄積は多い。

 「スミレ少佐は退役後病没しておる。」

 スミレ少佐というのは伊達幕府執権イシガヤの祖母であり、優秀なサイクロプスパイロットであり指揮官だった。元々は地球連邦政府の若き女性パイロットであったが、伊達幕府の建国戦争においてイシガヤの祖父に降り、以後、イシガヤの祖父の副将として伊達幕府や地球連邦政府と戦った経緯を持つ女丈夫であった。伊達幕府の安定期には伊達幕府の幕僚を務め、その後は女神隊の初代軍団長を務めた。その勇武知略は近隣諸国にも伝わっており、ハーディサイト中将も若い頃には彼女の将器に憧れたものであったのだ。

 「だがそうなると……伊達幕府軍元帥シルバー・スター大佐か、イシガヤの側室のクオン・イツクシマ曹長が乗っている可能性が高いのぅ。」

 データを見る限り、あのアマテラスには一般パイロットは乗れないと判断できる。というのも、この機体は女神機の一つであり、伊達幕府で信仰される女神の加護のまさに根源となる機体だからである。

 「アマテラスの周囲の護衛機は?」

 「帝国の近衛軍第一師団です!」

 「ならばシルバーだの。幕府の近衛第一師団はシルバー大佐の直援部隊だ。アマテラスを潰せ。」

 ハーディサイトがそう判断を下す。シルバー・スターの過去の戦歴からすればこの戦場に居る可能性は高く、もしアマテラスのパイロットがクオンであれば、近衛軍ではなく女神隊辺りが周辺護衛をするはずである。

 「サイクロプス隊の半数は現状の作戦を継続。残る半数はアマテラスを狙え。配置は幕僚達に任せる。」

 「ハーディサイト中将、敵のレーザー兵器は?」

 「距離を取れ。弾数は決して多くはない。有効範囲を計測し、距離をとる事で防衛せよ。」

 ハーディサイトの軍勢は圧倒的な力を目の前にしても、落ち着いて作戦を継続する。それだけ、ハーディサイト中将への信頼が厚いということであった。


 

 「サイクロプスの性能の違いが、戦力の決定的差では無いですが、空母撃破5。シップエースと言う言葉も久しいですね。」

 シルバー大佐が呟く。サイクロプスが主力兵器となって既に200年。今もなお、サイクロプスが戦場の華である。しかしそうはいっても、艦艇がサイクロプスによって立て続けに5隻も沈められるような会戦は、今回のハーディサイト中将に拠る侵攻戦以外ではほぼ無かったのである。シルバーが久しいというのも当然であった。

 「ですが結局、戦いは数。」

 そしてそう続ける。彼女の乗るアマテラスがこれほどまでに強力な機体であっても、敵の戦力数は軽く伊達幕府の10倍を凌駕しているのである。敵はこちらの一撃を回避すればすむ攻撃であるが、しかしこちらは敵の十撃を回避しなければならない。あたらなければどうという事はない、というレベルではないのである。戦争においてはやはり数が重要であった。

 「アトミックライフル残弾1」

 シルバー大佐がアマテラスのアトミックライフルの残弾を確認する。どれほど威力のあるライフルでも、残弾にか限りがあるのだ。無尽蔵に数があるのであればどれほど楽であったろうか。

 「シルバー大佐!敵サイクロプス隊がシルバー大佐の所へ集中してきます!」

 アマテラスの残弾切れを察知したのか、敵のサイクロプス隊が攻撃を激しくする。あれだけの攻撃を受けて意気消沈せず、むしろ向かってくるのはよく鍛えられた軍兵なのであろう。

 「むしろ手間が省ける。ライフルの射線に敵を誘い込みなさい。射線は我が機から左右25度。味方機は敵艦に攻撃しつつ左右へ退避。」

 「はっ!」



 「ハーディサイト中将、何か?」

 モニターを見つめるハーディサイトからの指示に対して、幕僚が再び尋ねる。

 「サイクロプス隊を散開させよ。味方が右翼中央に寄り過ぎる。」

 「しかしハーディサイト中将、敵のアマテラスは弾切れの様子。今こそ反撃のチャンスです。」

 「確かに敵の攻撃は中止されている、しかしだ、敵機はライフルを棄ててはいない。」

 ハーディサイトがそう指摘する。アマテラスの有するアトミックライフルは、サイクロプス1機分ほどの巨大な長さを有するものである。もし弾切れならば、投棄してもおかしくないほどのものだ。

 「気をつけよ、散開するのだ。敵戦闘機と敵艦隊は?」

 アマテラスの動向を除けば、敵サイクロプス隊はそれほど致命的な脅威ではない。そろそろ弾も尽きよう。

 「敵戦闘機隊は三分の一程撃破しました。現状で右翼主力艦艇中心に反復急降下爆撃を受けています。また、敵艦艇については依然接近中。後15分程で衝突コースです。」

 上空は航空機、正面からは巨大戦艦。頭を抑えられては、ハーディサイト中将といえどもいかんともしがたいところである。しかしながら艦艇数はハーディサイト軍が圧倒的に勝っており、そのまま激突しても勝つだけが目的であれば問題は無い。だが、さすがに敵の思い通りになるのは気が進まず、ハーディサイトも若干航路をずらしてはいるが、これだ。

 「15分もあるならば敵艦を沈めよ!狙わんでもよいわ、ばらまけば当たる。数が当たれば沈もうほどに。」



 「シルバー大佐!!」

 伊達幕府軍のサイクロプス隊は敵に囲まれつつある。左右に展開して退避しようとしても、圧倒的な数の前にそう自由には動けないのだ。また、シルバー大佐の指示通り敵を正面に誘き寄せてはいるが、敵もその異常に気がつき決定的な集中まではしない。そして、この誘引の中で味方機は撃墜されてゆく。

 「わかっています。天照大皇神名をこそ宿す炎一閃。」

 シルバー大佐の呟きの後、アマテラスが最後の1発を放つ。これまでは対空母用に貫通力を上げるべく熱光線を収束させてはいたが、相手がサイクロプスであればそれほどの火力はオーバースペックである。実用としては各機の間接部の回路を焼き切る程度の出力があればいいのである。目には見えない熱光線が広範囲のハーディサイト軍のサイクロプスを襲い、その装甲表面を赤く灼熱の色に変える。中のパイロットまで殺したかどうかは判らないが、少なくともそれらは機能を停止させて、まるで蝿蚊のように海に落ちる。



 「中将……ハーディサイト中将………」

 「どうした?」

 まるで絶望でもしたかのような声を上げるオペレーターにハーディサイト中将が自ら声を掛ける。

 「サイクロプス隊が焼かれています……」

 「そうか。散開せよと命じたはずだが、何機落とされたのだ?」

 「30機余が戦闘不能です……」

 その報告にハーディサイトは眉をしかめながらしかし冷酷に告げる。

 「よろしい、誤差の範囲である。」

 決して少なくない損害ではあるが、伊達幕府軍とのこの会戦に置ける被害としては許容できるレベルである。ハーディサイトにしてみれば全体の判断の中で考えればいいだけだが、しかし30機以上も一撃で破壊されたことなど経験したことの無い一般兵にとっては、驚嘆し絶望しうるだけの攻撃であった。

 「敵のアマテラスはライフルを破壊し投棄したようだぞ。そのまま押し潰せい!!」

 敵機の様子について、冷静にモニターを見ながら指示を下すハーディサイトは流石であった。



 伊達幕府軍のシルバー大佐が、東南亜細亜連合のハーディサイトにサイクロプス戦を仕掛けている一方で、伊達幕府執権でありシルバーの夫であるイシガヤは作戦通り超弩級戦艦の大和で突撃を続けていた。

 「ふと、そう。ふと思うのだよ。」

 「どうかなさいましたか、イシガヤ少佐?」

 「緑茶をくれ。」

 「は?」

 唐突に緑茶を求められた士官は混乱しつつそう返す。まぁ、緑茶を求められるのはいつものことではあるのだが。

 「ここまでありえん戦線だと、思考がクリアにならんか?」

 「は?」

 そしていつも通り意味不明な発言を始める。

 「まぁ視ろ。敵旗艦までの特攻ルートだが、正面に装甲艦2、巡洋艦3、駆逐艦10といったところか?もはや時間の問題で抜いて抜けなくは無い。そして、そんな事はハーディサイトとて読み取っている。奴はイボルブだからな。」

 イボルブは進化した人類と称され、互いに思いを共感し、争いの無い世界への導き手と謳われた存在だ。だが、実際には他者の思考を読み取れるほどの高い感受性を利用し、敵の手を読む超能力兵士として利用された。ハーディサイトはその能力を持った一人である。もっともイボルブと言っても個々人の能力には開きがあり、またパイロット適性があるとも限らない。ハーディサイトが高い地位にいるのもイボルブ能力のせいではなく、高い知謀とそれを活かす度胸があるからだ。

 「イボルブ……ですか。しかし、イシガヤ少佐とてイボルブでしょう?」

 「……そうだな。……さて、軍旗は高らかに靡いているか?」

 「はっ!」

 伊達幕府軍のオペレーターがそうはっきりと伝えるように、大和の艦橋には大きな軍旗がはためいている。それは幕府の軍旗である白地に太陽と日輪と海豚の紋様であり、もう一つはイシガヤの軍旗である水色地に白線のはいった太陽と日輪と海豚と南無観世音菩薩の紋様であった。

 「よろしい。」

 結局の所、戦争は単純な行為だ。後世の人間はあの時こうすれば良かった等と結果論を語るが、現に、今、この戦場で戦う者にとっては、まだその結果は決まらないのだ。また、語られる戦術。机上で語れば冷静に采配も振れようし、敵味方の動きも無意識ながら恣意的に操作出来よう。だが、この場では、砲弾が飛び交い、味方の兵がハラワタをばらまいて死ぬようなこの戦場で、どれほど冷静に対処できるものか。敵もまた味方と同じく、冷静では無く、戦場の狂気という、この特有の興奮状態にある中で。今の彼の軍の行動は、そして未来にどう語られるだろうか?無謀な戦いを挑んだ狂人とされるか、勇敢に強敵に立ち向かった英雄とされるか。

 「是非も無い事。」

 行くべきは、ただこの先。未来はその先にしかない。今、判るものではない。

 「南無観世音菩薩。」

 その御名を唱え、その加護を信じる。敵中への突撃で、手を鮮血に染めるとも。今、伊達幕府の軍兵に出来る事は、ただ、それだけであった。



 「狂将よな。まさに。」

 ハーディサイトが迫り来る大和を視ながらそう呟く。無理も無い事だ。伊達幕府の民は、第二次世界大戦では戦闘機に乗ったまま敵艦にぶつかるという「カミカゼ」をやった民族の後裔ではあるが、それをまたこの時代に再現するかのような、古めかしさと狂気である。まさに敵艦の将であるイシガヤには、もはやハーディサイトの艦しか目に映っていない事が明白であった。これまでにいくらか艦の動かしながら回避を試みたハーディサイトではあったが、そんな事は御見通しと、今尚真っ直ぐにハーディサイトの乗艦に向かってくるのである。

 「敵艦なお接近!」

 「サイクロプスや戦闘機は対空砲で迎撃。敵戦艦へ砲撃を集中させよ。」

 ハーディサイトは尚も迎撃の命令を下す。それ以前にもどれほどの直撃を与えていたことであろうか、びくともしないかに見えるその戦艦は、アンチビームコートやビーム撹乱幕に加え、ぶ厚い装甲の化け物であった。

 「もはやただの撃ち合いか。しかし……数だな。」



 ハーディサイト軍に迫り続ける伊達幕府の大和に対し、繰り返される攻撃はもはや飽和攻撃であると言って過言ではない。幕府側の艦艇がどれほどの弾幕を張った所で、敵の反復攻撃には敵う訳が無いのである。

 「神風級『御旗』機関停止。『楯無』艦橋へ直撃、指揮が乱れています!」

 各艦虎の子のミサイルをほぼ撃ち尽くしている。それでいて突撃に付き従うのは、大和への防空支援の為である。もはや自艦の防御など知らないかというように、その砲門は総て大和上空に向けており、大和艦橋への敵の攻撃を緩和していた。

 「『神風』炎上っ!」

 「神風への支援停止。」

 「見殺しに!?」

 命令を下したイシガヤにオペレーターが叫ぶ。だがそんな事はお構い無しにイシガヤは別の指示を与える。

 「敵右翼を攻めるシルバー大佐の軍は?状況を報告せよ。」

 「今の所優勢に戦っています。」

 その優勢というのがどういう優勢かはまた別ではあるが、善戦はしているということだろう。半ば混乱状況の兵士が言い違える程度何ほどの事ではない。

 「ならばいい。ビームラム展開。全艦全速、衝撃に備えよ!」

 そしてイシガヤはそう告げる。なまじ逃げ惑うより、突き進んだ方が直撃は少ないものだ。大体、見殺しもくそもない。どうやったらうまく地獄に突っ込めるか、ただそれだけの戦争である。

 「各員、脱出の準備をしろ。大和は一人で操舵出来る。」

 大和は巨大であり多数の砲を構えるが、巨艦であるだけにスペースに余裕はあり、自動砲撃のシステムはかなり強力なものを搭載出来ている。

 「しかし、一人では被弾への対処やより有効な砲撃が出来ません!」

 「構わん。艦内に各自脱出を呼び掛けよ。装甲脱出艇を使えば、逃げ切れるだろう。」

 「了解。」

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