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星光記 ~スターライトメモリー~  作者: 松浦図書助
後編
131/144

第24章 白頭山要塞攻略作戦 05節

 「敵が追撃してこないな……」

 金小白が呟く。彼はヘルメス少佐の指摘したように、周到に退路へとサイクロプスと対サイクロプス兵器をもった歩兵を多数を埋伏していたのである。

 「来ないなら来ないでまぁいい。……残っている味方はどれほどだ?」

 撤退してからの被害はそれほどではないが、伊達幕府陣地への攻撃において受けた損害は甚大なもののはずである。

 「21機です。埋伏部隊を合わせて48機……」

 「えぇい……」

 とはいえ、先の戦闘が完敗に近い状況であると考えれば、被害そのものは抑えられている方だ。

 「ぺ、北京に逃げますか……?」

 「この状態で北京に逃げ込んでも先はない!ともかく白頭山要塞に後退して敵を一撃する。まだ48機もいるのだ!」

 彼は怒鳴るが、事実今逃げ込んだところで北京軍が彼らを受け入れることはないだろう。幕府軍に十分な被害を与えていないのであれば、譲り受けたサイクロプスや野砲を無駄にしただけの無能という扱いを受けるだけであろうし、朝鮮総督府に反抗し、伊達幕府と敵対した彼らを受け入れたところで外交問題にしかならないからだ。もし受け入れる余地が生まれるとすれば、彼らが幕府を痛打してからのみである。一時的に朝鮮全土を掌握しかけた時期であればさておき、白頭山要塞を残すのみとなった今では、その余地はないのであった。



 吹く風に わが身をなさば 玉簾 ひま求めつつ 入るべきものを



 「さて、白頭山要塞攻略戦の再開です。支援攻撃を行うので、バーン隊、ヒビキ隊は前進せよ。」

 ヘルメス少佐が命令を下す。作戦は、白頭山要塞に向かう隘路を探すのではなく、正面からの攻略である。

 「導爆線放て!」

 ヘルメス少佐が指揮する防衛軍の砲隊が、準備が整い次第各々で導爆線を放ち始める。要塞曲輪に地雷が設置されているためだ。昨日の攻略においては突貫工事で作られた曲輪であったため、十分な防備が行えていなかったようだが、この本曲輪はそうではない。曲輪自体も強固なものであり、周辺の地面に草木が生えず掘り返された形跡があることから、当然のように地雷が埋められていると判断できるのである。

 「おぅおぅ、すげーな。」

 バーン少佐が感嘆の声を漏らす。導爆線は地雷などを撤去するために、小型の爆弾を多数搭載したものだが、着弾後にそのラインに合わせて爆発が続いていく。その爆発により地雷が除去されていくのだが、導爆線の爆発にわずかに遅れて仕掛けられた地雷も爆発していくため、見た目としては戦場らしい華やかなものなのである。噴き上げ立ち昇る土埃の柱がそこら中に並び、戦場には硝煙の匂いが立ち込める。

 「同一ラインに3斉射します。準備出来次第放て!バーン隊、ヒビキ隊は、そのラインを使って敵曲輪に突入せよ!また、ニッコロ隊はバーン隊の後詰を、イシガヤ隊はヒビキ隊の後詰を行え!ケネス隊は我が隊の全面で敵の攻撃を防げ!」



 雷霆は空をかち割り

 砲弾は地表に降り注ぐ

 土塊は無残にまき上がり

 人魂は無慈悲にも消え失せる

 兵は盾を揃えて山岳を進み

 爆風は山腹にそれを押し返すのだ



 幕府軍の砲撃は散発的に、しかし組織的に朝鮮軍の急所を穿ち、朝鮮軍は進軍する幕府の兵に必死に砲撃を続ける。大盾を構えて進む幕府軍のサイクロプスは跳弾を意識し斜めに掲げ、陰に隠れてゆるゆると進む。直撃を受ければ盾は凹み、その衝撃でサイクロプスの足は幾ばくかとはいえ地面に沈むが、盾があってこそその死への恐怖に打ち勝てるのだ。そして各戦線を支えるのは、旗持ちの勇将である。戦場の先頭にはためくのは、バーン少佐のケルベロスの旗である。幕府王族当主ながら先鋒を務め、専用機ケルベロスが戦場を駆ける。そうなれば、一般兵など彼について必死に進むしかないのだ。

 「バーン隊が一番乗りだぜ!」

 日も中天に差し掛かった頃、白頭山山頂にその軍旗を掲げたのは、『地獄の番犬』の異名を持つバーン・フルーレ少佐であった。

 「状況を報告せよ。」

 「手勢29機。他は戦死か損傷して戦線離脱だ。敵の曲輪を完全に制圧。山頂の湖畔を渡って逃げようとするボートや機体を拿捕している最中だ。」

 バーン少佐はそうヘルメス少佐に報告する。これらの作戦は指示こそされていないが、やらないという選択肢はない。白頭山を西に進めばすぐに北京軍の管理区域に入る。北京軍と事を構えても幕府軍の戦力があればそうそう引けはとらないのだが、不用意に戦端を開くのも道理とは言えないからだ。

 「絶対に逃がさないようにしてください。撃墜、撃沈して構いません。」

 「了解した!」

 ボートやサイクロプスを狙撃する彼らの姿は、もしそこに報道陣がいたならば、非人道的な行為として批難されただろう。逃げ惑うサイクロプスの背中にはライフルの弾丸が突き刺さり、ボートはマシンガンによる水柱とともに冷たい水中に沈む。救援を出しているかといえば、現時点ではもちろんそんなこともしていない状況にあった。

 「しかしまぁなんというか……。人間狩りだな。」

 そうは言いながらもバーン少佐は攻撃の手を緩めることはない。そもそもとして言えば、この政治的な戦闘において、判断を下せる人選が今回の指揮官メンバーなのである。

 「ヒビキだよ!えっと……、朴銘鈴?と金小白?捕まえたよ!バーン、コレどうしたらいいの?」

 「でかしたヒビキ中尉!ヘルメス少佐に報告しておけ!」

 そんな中、ヒビキ中尉が二人の人間を捕らえて陣営に戻る。まともな拘束などしていないが、うまい事その巨大なサイクロプスの手で捕まえて、そのまま持ってきたようだ。衝撃で気絶しているようだが、生きてはいるようであった。

 「おっけ~!」

 そのヒビキ中尉はバーン少佐の指示を受けて、本営夕凪に戻るのであった。言い方を変えれば、人払いである。



 「ぶ、無礼者め!わらわは朝鮮王の娘、朝鮮総督の妻なるぞ!」

 意識を取り戻した後、確認のために引っ立てられた朴銘鈴が叫ぶ。戦場での謁見であるため、安全を期して幕府軍側はサイクロプスに載ったまま、という事が大きいだろう。一方の朝鮮残党軍側は、朴銘鈴と金小白が通信機付きの同じ檻に入れられている状態であった。他の捕虜は別途隔離されており、幕府軍側もヘルメス少佐、イシガヤ少佐、バーン少佐、ケネス将軍のみが出ており、それ以外の指揮官や部隊はセレーナ少佐の指揮で周辺の警護や平定に向かっているのであった。

 「ケネス・ハーディサイト将軍、彼女は貴方の妻と叫んでいますが、どうされますか。」

 冷たい声と視線でそう問いかけるのは、総指揮官であるヘルメス・バイブル少佐だ。

 「確かに、私の妻であった女性であるとは言えるでしょう。しかしながらテロリストに組して朝鮮総督府に反乱を起こした以上、妻と認めるわけにはいきません。また、彼女が妻であったことは身内の恥ですから、討伐のためにこのように参陣仕った次第です。」

 ケネス将軍はそう粛々と答える。哀れには思っているのだろうが、彼もまた長らく人の上に立つ立場を維持してきた男である。無知蒙昧で哀れな少女の叫びとて、道理を曲げてまで擁護する事などないのだ。そして、元々難しい立場にある彼の一挙手一投足は、愛娘であるカリン・ハーディサイトの将来にも関わるであろうし、元々統治していたフィリピン国にも影響が出るのである。当然ながら、切り捨てなければならない膿は、切り捨てるほかないのである。

 「わらわのおかげで総督に返り咲いた男が!無礼な!!」

 だが、そう叫んだところで何が変わるわけでもない。

 「小白!わらわの愛しい小白!そなたを助けるためにこうなったのじゃ。どうにかせよ!!」

 助命を請うような先の発言をしながら、舌も乾かぬ内に敵勢力に味方をしたという自白をするあたり、頭が痛くなるほどの無能さであろう。もっとも、年頃の娘に過ぎない彼女が、君主の子女として十分な教育を受けていなかったのであれば、それ相応程度の言動ではあるだろう。だが、立場的にそんな言い訳は通じないし、敵を前にして十分な対応を取ったカレンや、気丈な従姉が傍に居たとはいえ大人しく対応を取ったカリンに比べれば雲泥の差のある態度である。

 「朝鮮軍指揮官、金小白である。少なくとも我々は貴国の捕虜となった以上、捕虜としての待遇を求める。国家間戦争における捕虜の待遇については、昨今おざなりになりつつはあるが、しかし国際法上で決められた約束事である。」

 流石に金小白の方は馬鹿ではない。北京に遊学して軍学を修めているだけはあり、国際法についてもそれなりに知見を持ち、一角の大将としての振る舞いを取れている点については評価するべきであろう。しかし、問題は根本的なところだ。

 「金小白、先にケネス総督が述べた通り、貴方達はテロリストであって朝鮮軍ではありません。」

 「なんだと!?いや、我々はこうして朝鮮王朴袁様の子女である朴銘鈴様を盟主とし、朝鮮軍の残党を集めて組織した独立軍だ。これを朝鮮軍と言わず、テロリストとするのは道理ではあるまい!」

 慌てたように彼はやや早口でそう述べる。無論、『普通の状態』であれば、彼のいう事には一理があるし、残党軍は正規軍相当として認められるところであったろう。だが、それはあくまでも前提条件が整っていれば、である。

 「『国際法上』と言いますが、国際法上はケネス将軍こそが朝鮮軍総督であり、彼の指揮下にある軍こそが正規の朝鮮軍です。彼に従わない軍事勢力は、詰まるところ朝鮮軍を騙るテロリストに過ぎない、と言えるでしょう。」

 「なっ……」

 つまり、伊達幕府が莫大な献金をしてまでケネス将軍を朝鮮軍総督として新地球連邦政府に認めさせたのは、このためであったのだ。国際法を管掌する新地球連邦政府が認めていない国家や軍は、総て正規軍ではなく、反乱軍なりテロリストである。新地球連邦政府の現行法においては、テロリストに対する人権は存在せず、人間として扱う必要すらないのだ。各地で戦乱が長く続くこの世界では致し方のない事であり、かといってむやみに殺してしまうよりも奴隷に落として労働力を得るための方策でもあったのだが、人権が無いことについては同じである。

 「いや、だが…………」

 ヘルメス少佐の答えに真っ青な顔をして金小白はそう言い澱むが、幕府からしてみればどうでもいいことである。

 「イシガヤ少佐、発言を許可します。このテロリストをどうしたらいいとおもいますか?」

 イシガヤに問うのは、彼が幕府執権だからでもある。軍務中であるから必ずしも彼の意見は必要ないが、敢えて彼女がこう聞くのは、その責任を彼に押し付けたい、という心理が働いているからだ。

 「……そうだな。……正直言って、捕らえてここに連れてくる前に、さっさと殺しておけよ、という感想しかわかないのだが。捕らえてしまったせいで面倒が増えたじゃないか。」

 嘆息しながらそう応える彼の表情は浮かないものである。

 「考えても見ろよ。捕らえて国会に引き渡せば、公開処刑は不可避だ。そうなったとして朴銘鈴の無様な様を国民に見せれば、夫であったケネス将軍の評価が無駄に落ちるし、それにあわせて俺の妻の評価にも影響する。少なくとも、ケネス将軍は我々の期待に応えてくれたはずだ。バーン少佐にはもう少しそういうことを考えて欲しい。」

 「……いや、なんかすまん。」

 ため息をついたイシガヤ少佐に対して、年嵩のバーン少佐は困惑しつつも謝罪の言葉を述べる。軍事的にはイシガヤの方が先に軍団長にはなっていたのだが、もともとは兄貴分のような立場でもある。流石にこのような演技くさい非難のされ方には慣れていない。それを横目で見ながら、ヘルメス少佐が言葉を続ける。

 「それでケネス将軍はどうお考えですか?」

 「……私の進退を含めて、総指揮官であるヘルメス少佐やイシガヤ少佐の意見に異論はありません。全てお任せしたい次第です。」

 「……なるほど。殊勝なことですね。しかし、現時点では朝鮮総督なのですから、そのように卑下されずともよろしいでしょう。」

 「お言葉ありがたく。」

 ヘルメス少佐の問いに、ケネス将軍はそう言うに留める。実際に彼の進退は幕府軍に握られている、といっても過言ではないのだ。

 「さて、ヘルメス少佐も意地が悪い。結局のところ、二人はここで消すしかなかろう。連れて帰っても手間なだけだ。国会としては先の通り公開処刑をしたいだろうが、ケネス将軍と身内である俺としては、それはそれで面倒が増える。」

 「そうですね。」

 震える金小白と朴銘鈴の様子を流し目に見ながら、ヘルメス少佐はそう淡々と述べる。殺しますとも殺しなさいとも言わないところが彼女の性格を表すようなものだ。

 「……私が殺しましょうか?」

 ケネス将軍はその様子を見て申し出るが、

 「それには及ばん。仮初の妻だったとしても、自ら殺すのは流石につらいだろう。我々はそこまでの踏み絵は求めていない。」

 そう言いながら、イシガヤがペルセウスの指先を操作し、二人を捕えている檻の扉を開ける。当然ながら二人は困惑するが、自然な流れでライフルの筒先が向けられ、慌ててその檻から逃げ出すのだ。そこを、シールドに取り付けられた拡散ビーム砲から金属粒子が放たれ二人の影を蒸発させる。

 「跡形もない……。ミンチより酷いな…………」

 その流れに言葉も出ないケネス少佐や、冷静な表情なまま特に動きのないヘルメス少佐に対して、バーン少佐が顔を青ざめながらそう述べる。

 「そんなこと言うなよバーン少佐。ハンバーグを食いにくくなる。」

 が、もはや興味は失せた、とでも言いたげにイシガヤはそう言い捨てるのだ。

 「金小白と朴銘鈴は逃げ出そうとしている最中に撃たれて死亡だ。逃げ出したのだから、止めるために発砲しても仕方なかった。……これで用件は終わったな。さっさと撤収準備をするぞ。」

 そう言って、イシガヤはペルセウスを帰投するために白頭山へ背を向ける。機体の背には『南観世音菩薩』の旗印がはためくが、意識しての事ではないだろう。『紅顔いずくへか去りにし、尋ねんとするに証跡なし。つらつら観ずる所に往事の再び逢うべからざる事多し。』と修証義に言うが、証跡どころか跡形すら残らない。世は常に、無常であった。



 戦場に吹く風は心冷ややかに

 棚引く雲は人魂のように

 空は青白く澄み渡り

 その何もかもが、虚しい

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