第24章 白頭山要塞攻略作戦 04節
「再進軍開始せよ!」
14時、ニッコロ隊の行方不明者探索が終了したところを見計らって、再度サイクロプス隊の要塞進軍が始まる。主目的は砲撃による要塞の第二曲輪破壊にあるため、進軍自体は侵攻することで防衛軍の砲戦部隊前面を防御する目的である。このため、各サイクロプスは防御力の高い大盾を前面に展開し、ゆるゆるとした速度で慎重に進軍を開始するのであった。
「徹甲弾砲構え!目標は指示通り!」
ヘルメス少佐の号令で、白頭山第二曲輪まで10㎞弱の位置に近づいた幕府防衛軍の各サイクロプス隊は、指示された座標に照準を合わせる。座標は観測からセレーナ少佐の幕僚達が割り出したものであり、曲輪壁面の亀裂や地形から、徹甲弾という杭で穿つのに都合がいい場所を選んだものだ。
「では、放て!」
その号令のままに、大型の徹甲弾、小型の徹甲弾が一斉に放たれる。いくつかの砲弾は正面土塁の壁面に防がれるが、半数程度は目的の曲輪壁面に深々と突き刺さる。
「大型砲は次弾装填。小型砲は順次砲撃なさい。」
小型砲は通常砲を利用しているため、威力は劣るが連射性に勝る。だが、当たったところで壁面の傷を多少広げる程度の効果しかない。一方の大型砲は連射性能に大幅に劣るが、痛打力は抜群である。だが、それとて曲輪を破壊するには至らず、所詮は深く突き刺さるだけのものだ。だが、それで十分である。
「大型砲で10斉射まで続けます。次弾放て!」
天の原 ふみとどろかし 鳴る神も 思ふなかをば さくるものかは
「徹甲弾による砲撃終了。各隊、レールガンの準備を行いなさい。」
既に時は15時、進軍の進捗は当然悪いが、現状では予定通りである。
「レールガンに電力を回します。各機、スナイパーの護衛を厚くせよ。」
このレールガンの消費電力は大きく、量産型サイクロプスの消費電力だとそのほぼ全てをエネルギーチャージに回す必要がある。長い年月に融合炉は小型化しており、旧世紀であればサイクロプスの1機で一つの中都市規模の電力を賄えるほどではあるのだが、それでも十分とは言えないのであった。
「電力チャージ完了。砲の射撃限界の3斉射まで行います。……撃て!」
ヘルメス少佐のフレイヤが放つ専用のレールガンに併せて、各隊の合計10門のレールガンが座標指定で放たれる。その攻撃は先に撃たれた徹甲弾が直撃した座標であり、ひび割れた壁面の隙間に激しい衝撃を与える。そして先の徹甲弾は衝撃熱で融解し、楔のようにより深くに突き刺さっていくのだ。
「次弾装填急ぎなさい。」
そうはいっても電力のチャージには10分ほどは掛かる。その間、その砲撃の衝撃に驚きを隠せない朝鮮軍の野戦砲が防衛軍の砲戦部隊を狙い撃とうとするが、護衛部隊の大盾に防がれてしまう。そして、必死になって砲撃をしようとする野戦砲は、前衛で幕府軍陸軍を率いるバーン隊の狙撃によって破壊されるのであった。
「次弾放て!」
次射もまた同じ座標への攻撃である。それによって穿たれた第二曲輪の壁面は、衝撃によりふくらみ、楔はより深くに突き刺さり、そのひび割れを大きくしていく。
「…………第三射、放て!」
その最後の斉射後、第二曲輪は轟音とともに土砂を巻き上げながらあっけなく山腹に崩壊していく。時間は既に16時近く。幾らか日が暮れかけた時刻であった。
「そろそろ日が暮れます。全部隊後退し、明日に備えよ。」
既に第二曲輪を破壊した以上、残るは本丸のみである。だが、これからの攻撃であればさすがに夜半にかけての攻略になるわけだが、アンチレーダーでレーダーがまともに使えない中、視界の悪くなる状況での要塞攻略は避けたい意向である。これは、本丸に向かう上でトラップ等の設置が懸念されることに加えて、兵の疲労でそれらに気が付く集中力の低下を恐れたからである。
「10㎞程後退し、簡易野戦陣地を組みます。布陣や野戦築城はセレーナ少佐に一任しますので、よろしく行いなさい。周囲の警戒はケネス将軍に任せます。いいですね?」
「了解しました。」
「承知。」
野戦築城はセレーナ少佐のもっとも得意とする分野である。近年では有名なオーストラリア会戦においてもその手腕を発揮し、直近ではこの朝鮮攻略戦における釜山軍港の縄張りも彼女が行ったものだ。実行部隊としては遊撃隊を率いるイシガヤ少佐が活躍する。戦場での工作に対応するため、遊撃隊の隊士は野戦築城に必要なノウハウを教育されており、それら用の武装も装備しているのであった。各機、重量が増え戦闘用の武装や弾薬は減るものの、サイクロプスで使用できる、作業用のスコップのようなもの、斧のようなもの、つるはしのようなものを分散して装備しており、作業員よろしくその20m弱の機体を用いて現場作業をするのである。陸軍や女神隊の機体には装備されていないため、それらの部隊は主に資材の運搬や周囲警戒が任務である。が、このような状況でできることは少ない。基本的には視界を確保するための森林の伐採や、それら伐採した樹木を周辺に土塁代わりに配置したり、想定される敵の侵攻経路などへ乱杭や逆茂木として設置したりする事位であった。それでもないよりはだいぶマシなのが現状である。陣地の上空は超弩級戦艦の夕凪が構えているため問題はないのだが、陸上からの侵攻についてレーダーで把握しきることはできない。周辺の森林に隠れて、サイクロプスや、より発見が困難な歩兵による侵攻があった場合には、これを察知することが難しいのである。
「敵が夜襲を仕掛けて来る可能性は高いので、十分備えるように。」
ヘルメス少佐が重ねて指示を行う。残すところは本丸だけであるが、第二曲輪を崩壊させたといっても敵のサイクロプスを多数討ち取ったわけではない。現状では白頭山周辺をぐるりと囲む曲輪に、敵は分散しているが、延べ数でいえばまだ100機程は健在であろう。この数を本丸に詰めることは出来ないし、詰めたら詰めたでその密集地帯に砲撃を喰らえば防御もしにくく被害が増える。つまるところ、この余った兵力を使うには野戦に持ち込む方が良いのだが、数で劣る朝鮮軍に勝機があるとするならば、乱戦に持ち込んで数の不利を少しでも穴埋めする事であろう。これが出来るのは、つまり夜戦などによる強襲に他ならないのである。
「金小白、戦況はどうかや?」
そう問いかけるのは、朝鮮軍残党の盟主として推戴されている先の朝鮮王の娘、朴銘鈴である。彼女は、先のソウル攻略戦で父を目の前に殺されながら、運よく生き延び、そして先のフィリピン総督ケネス・ハーディサイトの後妻とされていた。しかしながら、目の前で親を殺された恨みや、王族でありながら既にフィリピン総督ですらなくなったケネスの後妻にされたことに不満を持ち、こうして反乱軍に参加したのである。
「銘鈴姫様、敵のサイクロプスを10機程撃破したようです。しかしながら、白頭山要塞東面の曲輪が破壊され、現状では本丸を残すのみとなりました。」
「そ、それでは、負けてしまうのかや!?」
「夜襲を行いましょう。敵は夜襲に備えているようですが、なおこちらには地の利があります。敵に比べて戦力数は劣りますが、夜戦で乱戦に持ち込めばその数の不利も覆せましょう!」
金小白がそう述べるが、実のところ現状ではそうでも述べるしか他に手がないのである。破竹の勢いで朝鮮半島全土を制圧していた時期であれば、北京へ朝鮮統治権を手土産にその傘下に降るという方策もあったのだが、北京との国境線である白頭山まで押し込まれてしまった現状にあっては、戦功も無く降ることは難しかったのである。
「愛しき小白の勝利を祈っておる。憎き伊達幕府の軍勢を討ち、勝利をわらわの手に持ってきてくりゃれ。」
「御意!」
その目を熱っぽく潤ませて金小白を見つめる銘鈴に対して、彼は自分を納得させるかのようにそう応じるのであった。
「各機、分散して警戒を行う。敵を見かけても攻撃しようと思わず、直ちに敵発見の閃光弾を打ち上げよ。その際、警戒班は無理せず撤退をして構わない。」
ケネス将軍がその手勢に号令をかける。戦艦夕凪を中心に、幕府軍が円陣のような布陣で夜襲に備える中、ケネス将軍の部隊は最外周で警戒に当たる。最も危険な任務ではあるのだが、昼間の戦闘にほとんど参加せずに鋭気を養っていたことに加えて、もともとは朝鮮総督としてこの反乱鎮圧の責任者であったことから、この任務を当然として受けたのである。
「では各機展開!抜かって国家の失態と晒すなよ!」
彼はそう言ってフィリピン軍兵士たちを叱咤するのであった。
宵闇を 静かに影は 撃ち抜いて うつろふたまの 数多なるかは
「ケネス隊より、閃光弾3。西、南、北の3方向から上がりました。報告では正面西側が最も多いようですわね。推定50機以上。」
旗艦夕凪より、セレーナ少佐が作戦司令のヘルメス少佐に報告する。
「夜番の責任者は?」
「今の時間は正面を陸軍第二師団のニッコロ大尉、後背を遊撃隊第一師団オニワ大尉の半個師団です。」
「では、敵を引き込みつつ、ニッコロ大尉を南方及び西方面に、オニワ大尉を北方面に展開。ケネス隊は情報を収集しつつ、後退して夕凪直下に一時後退し再編成。他の部隊も戦闘準備し、順次参戦させよ。また、夕凪より周囲に照明弾。」
「承知しましたわ。」
夜戦においては、乱戦に持ち込まれると被害が拡大しやすく不利になりやすい。特に、友軍は密集する傾向があるため、敵が雑に撃った攻撃でも友軍のどこかに被害が出る可能性があり、一方で敵の側は味方を囲うように散開しているため、攻撃は狙わないと当たらない。だが、それはあくまでも大前提の話である。昼間は早めに作戦を終了し、その後の野戦築城にて簡易な虎口を作り、配置部署の分断を行っている幕府軍においては、程度の問題であった。
「照明弾投下しつつ、夕凪は上昇しますわ。よろしいでしょうか?」
敵を引き込むという事は、旗艦である夕凪に接近するという事だ。巨大な船体を持つ夕凪はその装甲強度も高いものではあるのだが、流石に近接で撃たれればただで済むものでもない。
「構いません。アンチレーダーの濃度も併せて上げなさい。状況に応じて夕凪は後退しても構いません。サイクロプス隊でケリを付けます。」
「承知いたしましたわ。」
野戦において艦艇の役割などほとんどない。既に準備を終えた以上は、後はサイクロプス隊の役割であった。
「小白様!第1小隊壊滅しました!第4小隊もです!」
「何だと!?状況を説明しろ!」
幕府の備えを外から囲む朝鮮軍残党であったが、予定通り半包囲までは成功したものの、敵をほぼ撃破できないまま接城してしまっている。通常であれば、夜戦でここまで見事に包囲して見せたのだから、相当な被害を与えて然るべきであった。
「幕府軍の曲輪がかなり強固で……。第1小隊は手前の土塁と障壁を飛び越えようとしたのですが、サイクロプスをジャンプさせた際にハチの巣にされて全滅。第4小隊は曲輪の隙間から正面切って突入したのですが、隙間の奥の左右から攻撃を受け、損傷過多で後退しました。戦闘の継続は出来ない状態です。」
「土塁や障壁といっても僅か10mかそこらではないか!」
金小白がそう怒鳴るのも無理からぬところで、幕府の陣地に張り巡らされた土塁や障壁は、その範囲は広いとは言っても高さはさほどではない。20mもあれば話は別だろうが、簡単に突破できるだろう、と思えて当然のものなのだ。
「飛び越えようとした第1小隊からの映像によると、内部を掘り下げて、掘った土を盛り上げて土塁にしているようです。加えて、機体を屈めて対応しているようで、こちらから見てもあまり敵の内部が判然しないものかと。また、敵部隊は散開して各々盾による防御陣地も内部に構成しているようで、なまじ撃ち込んでもあまり効果はなさそうです。そもそも迫撃砲などの曲射砲がないため、正面土塁を無視しての攻撃がほとんどできませんが……。」
「こちらが高さを取れば、内部を狙えよう!」
これもまた当然の意見である。そもそも相対的に高い場所にいるとはいえ、さらに高さを加えれば十分内部は狙えるはずである。塹壕だと考えても、高所から撃てばいいだけだ。
「その結果が、第1小隊です。向こうからも丸見えになるのなら、狙われるだけです。高所を今更用意し、防御しながら撃ち込むというのは難しいかと……。」
「では土塁を壊して進むしかないのではないか!」
そのまま突き進んでは左右から攻撃を受ける、というのであれば、土塁を壊すしかない。土塁は急造されたものであるから、壊すこと自体はそれほど大変ではないはずだ。
「その通りですが……。敵側からは手榴弾のようなもので攻撃をしてくる部隊もあるようで、取りつくのもなかなか……」
「こちらにはないのか!」
「手榴弾タイプの武装など、実弾重視の幕府ならともかく、我々にはありません。完全に使い捨ての実弾武装など、高コスト過ぎてとても……。」
「えぇい……。」
ここで、後世に彼の失敗として語られるのは、直ちに後退しなかった事である。だが、それも心理的には無理からぬものであった。
「小白様!幕府軍より焼夷弾です!我々の後方に撃ち込まれています!」
この焼夷弾はソウル攻略戦に使われたものと同じタイプのもので、いわゆるナパーム弾である。それ自体としての破壊力は少ないが、燃焼物がない場所でも長時間燃え続ける効果があり、今回使用されたのは照明代わりとしてである。朝鮮軍残党の攻撃を避けるために上空に退避した長門級夕凪より、幕府軍陣地を囲む朝鮮軍残党をさらに囲むように、広範囲にバラまかれているのであった。
「えぇい!ともかく!いったん敵を押してから考えるぞ!」
そう怒鳴りながら、金小白は全軍を幕府軍陣地に進める。ただで退くわけにはいかない、と考えたようにも思えるが、実態は後退する事への恐怖が勝ったためだ。後方に上がる炎自体に怯えたわけではない。だが、その炎周辺を通る際には、彼らの機体は無防備にも闇の中で光に晒される。つまり、狙撃されやすいのである。狙撃される恐怖に比べれば、まだしも突撃してしまった方が良いのではないか、と思うのは、一つの戦場心理である。そして実際に、この状況で勝利を掴もうと思うのであれば、必ずしもそれは悪い手ではないのだ。唯一にして最大の問題点は、幕府軍陣地が常軌を逸する堅牢さであったことだろう。
「そこまで頑丈とも思えない構造だというのに、なんだこれは!」
構造物は、土や樹木を中心として要所に鋼板を展開しているような状態であるため、崩して崩せないほどの構造物ではない。だが、崩さず通ろうとするには障害となる部分が多く、留まったり崩して通ろうとしたりするには、横合いから攻撃を受けやすい縄張りである。また、土塁は中途半端に硬い材質ではなく土を盛ったものであるため、衝撃吸収性と変形性に優れ、崩せなくはないのだが砕き割るようには簡単ではないのであった。
「えぇい!バズーカで吹き飛ばせ!」
一般的な装備のビーム砲では、土砂による熱拡散や粒子拡散が起こりやすく効果的ではなかったことと、マシンガンなどでは弾丸が土塁に吸われるだけで充分な効果が無かったのである。
「発射だ!」
幕府軍を囲む朝鮮軍残党は、各方面からバズーカをその土塁に撃ち込み始める。衝撃で吹き飛ばそうというのは、間違いではない。だが、問題があったとすれば、弾数が限られていたことと、その土塁が1枚だけではなかった事であろう。
「次弾装填!土塁を崩せ!」
その砲撃によって流石の土塁もところどころ崩れ、その隙間から金小白は部隊の突入を命じる。
「だ、ダメです!」
「何がダメか!」
「土塁を完全には壊せていないので、突入しても隙間から攻撃を受け、味方の被害が増大しています!それに、一枚目の土塁の先は、足元がぼこぼこし過ぎて機体で走行させる際に足を取られて制御に時間がかかります。そこを狙われて……」
指摘される土塁の内側は、サイクロプス相手とすればかなり浅いが、障子堀の様に半ば格子のようにぼこぼこと穴を掘られた状態である。機体はある程度自動制御されるために躓いて倒れる機体は少ないが、それでも倒れる機体もいれば、移動停止時に姿勢を崩す機体も多いのであった。その僅かな隙を幕府軍に狙撃されるため、想像以上に受けている損害は多大なのであった。
「既に半数以上が中破状態です!」
「被害がデカすぎる!……やむを得ない、後退する!算を乱して一気に撤退しろ!」
金小白の命令を受けて、朝鮮軍残党はもはや統率も取れないかのように後退を始める。幕府軍の追撃や狙撃を考えれば、陣列を整えるよりも早く、一分一秒でも早く後退し、炎上箇所周辺を一気に抜けて、闇夜に染める山麓に隠れた方が良いのだから仕方もないだろう。この場で陣形を整えようとするならば、相当な愚将ではあるのだが、流石に金小白はそこまで間抜けではない。
「ヘルメス少佐!敵軍後退していくぞ!追撃をするか!?」
「いえ。こちらは破損した土塁周辺に盾を構え、迫撃砲の射程範囲までの砲撃とします。周辺警戒はニッコロ隊、土塁修復はイシガヤ隊とケネス隊で実施。バーン隊とヒビキ隊は休息をとりなさい。」
送り狼を提案したバーン少佐に対して、ヘルメス少佐はそう指示を与える。敵がどう逃げるか不明だが、要塞から出撃してきた以上、安全なルートがあるはずである。敵を追撃しこのルートを探し当てれば、難儀な白頭山要塞の攻略が楽になるだろう。
「敵将の動きは、まぁ、並み以上の将才はあるように思えます。そうであれば、流石に退却路に伏兵などを配置しているでしょう。宵闇に紛れての追撃は危険です。追撃しながら敵の要塞に乗り込むなど……、先にカリスト大尉が成功していますが、偶然と幸運の産物です。」
「確かに……!」
「明日は先鋒を任せます。ゆっくり休息してください。」