第03章 第2次釧路沖会戦 04節
「シルバー大佐、敵サイクロプス発進。敵空母位置同定しました。」
敵軍のハーディサイト中将が部隊の展開を始めた事に合わせ、伊達幕府軍のシルバーもまた展開を開始する。艦艇による砲撃戦が一区切りつかなければ、戦闘機やサイクロプスの発艦が難しいからである。無理に展開すれば敵味方の砲撃の巻き添えになるからだ。
「よろしい。サイクロプス、戦闘機各隊発進。また、空母双海は作戦を終了。仙台へ後退せよ。ここからなら戦闘機隊は帰還可能です。また、傷ついて釧路へ帰還出来ない機体は、先の戦闘で小破し航行不能になった古譚級軽巡洋空母に着艦し、備え付けのボートで撤退せよ。
空母である双海は頑丈ではあるが、速力が他艦よりは遅く火力に乏しい。突撃の邪魔であるから仙台に後退させ、友軍の拠点にさせる方が無駄に沈めるより価値がある。
「さて……」
シルバー大佐がモニターに戦艦大和を映す。彼女にとっては大切な夫の指揮する艦である。必ずしも良い夫と言う訳ではないが、それでもこの場において逃げ惑う夫ではなく、撃沈するまで彼女の指揮の下に狂ったように突撃指揮を執ってくれる夫だ。さしあたって……中央が壊滅以外で崩れる事は考え難く、安心である。
「サイクロプス隊と戦闘機隊は私に続きなさい。敵の右翼、空母艦隊を殲滅します!」
「敵旗艦を叩くのではっ!?」
シルバーの命令に指揮下の兵が声をあげる。圧倒的劣勢の中、万が一にでも敵の大将首をとれば、戦況は大きく変わる可能性があるのに、だ。
「敵を本土で暴れさせない為には、まず空母を叩く方が効果があります。あの艦隊さえ叩けば、東国、西国の艦隊で渡り合えます!」
ハーディサイトの首もさることながら、まずはなにより時間稼ぎ。民が逃げる時間を確保しなければならず、そして残る日本国の民に事を気にかけねばならない。
「しかし……」
「私がここにいるように、ハーディサイト中将が旗艦にいるとは限らない。彼はサイクロプス乗りではないから、いるとすれば指揮可能な艦のいずれかでしょう。空母に居る可能性とてあるのです。」
「ハーディサイト中将、敵戦闘機隊が発進。我が右翼に接近してきます。」
「儂を狙ってこないだと……?」
オペレーターの報告に、珍しくハーディサイトが疑問の声を上げる。もし此処で万が一にも勝つ気があるならば、大将首を狙うしかないからである。それをしないのだから、既に負けることは織り込んでの事か、と納得せざるを得ない。死兵というのは厄介だ、と、ハーディサイトは内心ため息を漏らす。
「右翼に……」
「陣形を維持。むやみに変えてはならん。敵戦闘機へはサイクロプス隊を向かわせい。敵の戦艦へは戦闘機隊を。戦闘機対戦闘機ではこちらが数に劣る分不利だ。」
「イシガヤ少佐、味方は敵右翼に仕掛けるもよう。」
「敵は崩れたか?」
崩れてくれたらいいのに、とでも言うようにイシガヤが問う。
「いいえ。陣形を維持するようです。戦闘機隊接近中。かなりの魚雷及びミサイル攻撃が想定されます。」
「魚雷はそう心配するな。ミサイルは撃ち落とせ。」
希望に反し、現実とは残酷なものである。
「……進め。」
希望も現実もともかく、既に合戦の賽は投げられ、今やただ空中を舞うだけである。突き進む事が任務であるのだから、何をおいても突き進まなければならない。
「敵戦闘機隊、大和を迂回し神風級に向かいます。」
まずは弱い方から潰すという算段だろう。敵にとってはその方が頭数を減らせて対処はしやすい。
「神風級のミサイルはあと何分あるのだ?」
「全力で撃ち続けて十分です。」
「意外とあるな。ならば神風の援護を。艦尾第三主砲と第二副砲の弾丸を散弾へ換装。神風上方に支援砲撃を行いつつ……」
神風級のミサイル攻撃の嵐はそれなりに強力である。もしこれが通常規模の艦隊戦であれば、このミサイル斉射で敵の主力艦隊を壊滅させることもありえないとは言いきれないほどの飽和攻撃である。むざむざと見捨てるよりは、少しでも長持ちさせるに限る。
「我が大和はこのまま前進。」
「単艦で!?」
オペレーターがそう驚愕するのも無理はない。死にに行くことくらい解っていても、あまりにもあからさま過ぎる特攻だからだ。
「大和はその為の艦だ。」
その一方、イシガヤはそう言い捨てる。
「南無観世音菩薩。また、あらゆる女神の加護によって、我が民を護り賜え。」
粛々と突き進む死出の黒船の姿は異様であるが、その傍ら、右翼に突入したシルバー大佐も奮戦の最中であった。
「主力艦隊の突撃もなかなかのもの。よし、戦闘機隊、密集型雁行陣展開。敵空母に取付きミサイルを投下せよ。」
シルバー大佐の指示の下、斜めに戦列をとった戦闘機隊が敵サイクロプス隊をすり抜ける。戦闘機の防御力は低いが、サイクロプスと比べて戦闘速度は圧倒的に早い。当然である。飛ぶことを目的として作られた戦闘機と、陸戦も空戦も可能に作られたサイクロプスでは、その空力特性や基本設計が決定的に異なるのだ。戦闘機はその違いにより、空戦能力はサイクロプスに遥かに勝る。それにしても、当たらなければどうということはない、とは良く言ったものだ。対サイクロプス用の装備がメインのサイクロプスの攻撃など、そうそう小型高速の戦闘機に当たるものではない。
「捉えきれん!」
ハーディサイト軍の士官が叫ぶ。サイクロプスの装備ではとても戦闘機隊を捉え切れる物ではない。時代遅れの戦闘機とはいえ、伊達幕府軍の戦闘機旋風の機動性も数も、彼らにとっては厄介な代物であった。
「各機マシンガンで弾幕を!」
とは言っても、この一般的な120mmマシンガンは対サイクロプス用だ。戦闘機相手には2発も当たれば落ちるだろうが、そもそも弾丸が大きく弾数が少ない。さらには発射速度も決して早くはないのだ。速射に優れた口径の小さな武器……いわば戦闘機を落とすには12mmマシンガンで充分だが、それがあるかといえば、それもない。また、多少なりは持っている散弾も絶対数が少ない。今の時代、戦闘機は副次兵器として使用されてはいるが、主力兵器ではない。これに伴い対抗兵器も対サイクロプス用になっているのだ。わざわざ戦闘機用装備をストックさせる軍などそうそうある時代ではない。
「えぇい……埒があかんな……」
ぶんぶんと蝿のように飛び回る伊達幕府軍の戦闘機を前に、ハーディサイト軍の兵士は戸惑うばかりであった。
ハーディサイト軍が不慣れな対戦闘機戦をしている中、伊達幕府軍は順調に突撃を続けていた。
「シルバー大佐、戦闘機隊、敵前線を突破!」
連絡係を務めるサイクロプスパイロットの1人がシルバー大佐にそう伝える。数と速度で押し込んで前線を突破する……無論片道前提ではあるが、その作戦は想定どおり成功している。これらは、突破されているハーディサイト中将の指揮が無能というよりは、死兵となった伊達幕府軍の猛撃に既存の戦術がまったく通じておらず、兵士たちの覚悟も違う、というからに過ぎない。
「それは重畳。サイクロプス隊は我に続け。前線を突破する!」
伊達幕府の戦闘機隊は青天空高くを突き抜け、巨人のサイクロプス隊は紺碧の海面すれすれを駆け抜ける。彼らの目的は敵主力艦を痛打することだけであり、生き残る事など二の次である。ただただより多くの敵を撃破粉砕し、そしてその武名を遍く天下に知らしめるだけの戦いであった。
「前線を突破したサイクロプスは敵艦に取り付きなさい!取り付いてしまえば敵も攻撃しがたい!」
戦闘機隊への攻撃を諦めつつあるハーディサイト軍のサイクロプスを撃ち落しつつ、シルバー大佐が無謀が指揮を執る。しかしそれしか勝機など無いのだから、がむしゃらに突き抜けるしかないのだ。猛撃の中、正気など必要ではない。
「敵艦に取り付いてしまえば、敵サイクロプスは味方艦を気にしてライフルを使えまい。故に、サーベルで切り掛かってきます。全機接近戦に備えよ!」
「はっ!」
「また、艦上からライフル、バズーカで味方の乗っていない艦を攻撃せよ!」
「はっ!」
シルバー大佐が次々と下す指示に、指揮下の兵士達は無条件に従う。蝦夷の鬼姫の渾名がつくほどに兵士たちに畏怖され、名将の誉れ高い彼女であるからこそ、兵士達は安心して従うのだ。これが他の将であったらこうは行かなかったであろう。敵のサイクロプスを無視して敵艦を狙う様は、傍から観れば常軌を逸しているが、しかし圧倒的に数で劣る敵サイクロプスなどを相手にしていては単純に負けるだけなのである。ともかくも敵サイクロプスの母艦を減らし、整備や着艦に手間取らせ、少しでも日本本土への到着を遅延させることが肝要なのである。
「我ながら……」
自嘲めいてシルバーが呟く。それもやむを得まい。冷静沈着、そして芸術的な指揮であると評される彼女の指揮とは程遠い、戦術もクソも無い、まるで手負いの獣のような強襲である。
「……大和は?タカノブ、通信はまだ生きてますか?」
そしてふと思い出したように夫であり、片翼を担うイシガヤの大和に通信を送る。もはや敵を食い破るか、それとも途中で力尽きるか、それだけの戦いである。いちいち暗号通信など使う必要も無く、通常の回線である。
「あぁ。こちら大和。イシガヤだ、通信は生きている。」
その声を聞いて僅かに安堵したのであろう。多少は落ち着いた声でシルバーが続けたのは、単に戦況の確認であった。
「大和は一直線に突撃中。以上!」
イシガヤも突撃中、通信に力を裂く余裕は無い。あまりにも単刀直入で乱暴な報告を行い、そして通信を切る。シルバーから見える限りでも、大和に突き刺さる敵の銃弾はあまりにも無数で、被害状況の確認も相当忙しいであろう。
「ふふっ……」
その様子に、シルバーが珍しく笑う。
「シルバー大佐、何かおかしいことでも?」
どこか嘲笑めいて、しかし余裕の見えるその笑いに、配下の兵が質問する。この状況で笑い出すなど、どれほど豪胆であるのか、あるいはどれほどキチガイであるのか、そのどちらか、あるいは両方か、というところか。
「……いいえ。」
これほど劣勢な戦況下に生まれた笑いを噛み消し、まじめな表情を演じてシルバーが続ける。
「さぁさぁ!敵軍切り刻んで敵艦海の藻屑にせい。掛かれっ!」