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星光記 ~スターライトメモリー~  作者: 松浦図書助
後編
128/144

第24章 白頭山要塞攻略作戦 02節

宇宙世紀0284年4月3日

 今現在の朝鮮半島は、ケネス総督の指揮下で管理されているが、各地で暴動が頻発している状況にある。これに対してケネス総督は弾圧と収奪によって対抗しているが、当然ながら治安は最悪な状況である。特に既に時期は春。食糧不足の中で夏の小麦の収穫までもう少しといった状況で、世間に出回っている食料はほとんど底をつく時期である。民衆は食糧を求めては都市を襲い、奪い、殺し、そうやって勝った者だけがわずかな食事を得る、そういった地獄絵図が繰り広げられていた。都市によってはこれに対抗しようとする自警団も出始めてはいたが、たとえ小型機でも戦闘兵器は朝鮮総督府に徴発されるか破壊されるため、満足な防衛も出来ない状況にある。こういった中、朝鮮軍の残党が各地を跋扈し始めていたが、ケネス総督はこれを放置しているのであった。



 「銘鈴様、ここにおられましたか。」

 「金小白、進捗はどうかや?」

 朴銘鈴、つまり先の朝鮮王朴袁の娘であるが、彼女に声をかけたのは、先の亡き金首相の息子である金小白である。彼の父は首相としてその権勢を思うままにしていたのだが、幕府軍の侵攻作戦において銘鈴の父と同じ場所で殺害されていた。北京にいた彼は死を免れたが、名前や戸籍を変えて、こうして銘鈴の家臣となり幕府の釜山要塞に紛れ込んでいるのであった。

 「銘鈴様、北京からはサイクロプスを100機、野戦砲を多数譲り受けました。また、幕府の輸送部隊を襲い50機のサイクロプスと物資を奪い取る予定です。いずれも最新機種ですから、かなりの戦力と言えましょう。それに加え、白頭山要塞に朝鮮残存兵力も集結中です。一週間程で反抗作戦が実施できる見込みです。」

 金小白が意気込むのも無理からぬ戦力ではある。幕府に対抗するには少ないとはいえ、150機の最新世代のサイクロプスとなれば、並みの小国に勝るほどの戦力である。日本協和国や台湾国を除く他の多くの国では、最新機とはいっても1世代前の機体が主流である。加えて、現在の朝鮮総督府のサイクロプスは僅かに50機程度で、その主力もフィリピン軍の型落ち機が大半である。これは、フィリピン国としては最新機種は本土防衛のために残し、主敵を排除し殆ど危険のない朝鮮半島においては旧型で構わないという判断であり、幕府側もそれに同意し、ケネス将軍の周辺警護小隊のみ、最新機で固めている程度の状況であった。今回、幕府が平壌に向けて最新型のサイクロプスを輸送しているのは、北京に備えるためと報道されており、先行してサイクロプスを輸送し、荷卸してから釜山より旧フィリピン軍パイロットを送り込むという段取りのようである。無防備、ともとれるが、実際に元来の朝鮮軍は壊滅した状況にあり、対北京に対してなら釜山基地からの出撃でも十分間に合うため、あり得ない、という状況でもない。

 「わらわはそなたらに期待しておる。」

 「御意。」

 「ケネスのような仇敵、しかもジジイの後妻になどと悔しくてたまらぬ。わらわはまだ16歳なのじゃ。フィリピン総督を勤めたことがあるとは言え、先の亡きナイアス将軍の弟だったからに過ぎず、しかももはやただの亡国の将に過ぎず、こうして朝鮮総督に任じられたのは偉大な朝鮮王の血を引くわらわのお陰じゃ。わらわの事を恐れてか身分をわきまえてか、閨に呼ばれたことがないことだけは認めてやろうが、あれはわらわの目の前でイシガヤの猿が父を無惨に殺したとき、横に立って居たのじゃ。赦せる男ではない。早くわらわを拐って助けてたもれ。」

 そういって銘鈴は金にしなだれかかる。銘鈴が惚れ込むのも無理はなく、金小白はまだ若く20代のイケメンで朝鮮国の中では優秀なため、北京に遊学し軍学を学んでいたほどの人物なのである。このため戦火から逃れていたのだが、今回はこうして朝鮮復興のために、わざわざ潜入してきたのであった。世が世であれば、朝鮮国の宰相を目指せたであろう彼の憤懣はやるかたなかったであろうが、現状の思惑としては、朝鮮復興とともに銘鈴を手に入れて、新たなる朝鮮王となりたい、というところであろう。そのため、こうしてリスクを冒した行動を取っているわけだが、結局は若さ故であった。



 「先の金首相の息子、金小白が後宮に潜入しているようですが?」

 後宮といっても別段美妃を囲っているわけではないのだが、そうケネス・ハーディサイト将軍に報告をするのは、彼の密偵の一人である。とはいえ、自前での調査には限界があることから、実際には幕府の正式な諜報部隊や、イシガヤ家の黒脛巾からの情報を譲ってもらっている、という状況に近い。情報を幕府側に管理されている、という事は、彼自身の謀反が不可能でありその意図が無い、という事がはっきりするため、彼としてはその方が都合がいい面もあるだろう。

 「金小白の事は構わん。放っておけ。」

 だが、その報告についてケネス将軍は一蹴する。心の底からどうでもいい、というような感じである。

 「……しかし、奥方の不貞を噂されますが?」

 実際に関係があろうがなかろうが、妻が他の男と密会している、という噂は総督の立場としてよろしくはない。

 「銘鈴を妻と思った事はない。私の妻は死んだ彼女だけだ。」

 ……よろしくはないのだが、彼からしてみればそんなことはどうでもいいのだ。フィリピン人の妻を持っていた愛妻家としても知られる彼のその発言は、真実その通りでもあるのだろうが、一方ではフィリピン国兵士達に気を使った発言でもある。このように朝鮮総督として任じられながら、彼の手勢はフィリピン国の兵士達であり、現状でもフィリピンが朝鮮国の直接的な宗主国であるからだ。少しでも野心があると捉えかねない発言は避ける必要がある。

 「しかし……」

 「金小白の身辺調査は続けよ。銘鈴はいつでも逃げれるように警備に穴を開けておけ。セレーナ殿とも話している。我々は間抜けを演じきれば良いのだ。」

 そこでセレーナ少佐の名前を出すのは、幕府軍の将軍の中ではもっとも広く、公正明大な人物として知れ渡っているからである。

 「ですが……、それでは失脚するのではありませんか?」

 この発言は、ケネス将軍の将来を慮ってのことだ。敗軍の将であるとはいえ、ケネス将軍の統治に不満のあったフィリピン国民は少なく、負けるにしても手堅く敗戦した彼の評価は依然として高い。現状でもフィリピン国の利益のためにこうして朝鮮総督として赴任しているため、今なお人気は下がっていないのである。

 「そうだな。それでいいのだ。」

 「……え?」

 「私の成すべき事は、フィリピン元総督として武勇を示しフィリピンの国益になるようにしつつ、自身は上手く失脚して表舞台から退場することだ。私がいつまでも力を持っていては、フィリピンの現政権にとっても国家運営上の妨げとなるし、幕府からしてみてもこのように仇敵だったものがいつまでも力を持っていては不安だろう。幕府現政権に不満の有るものは、追々我が姪の子や娘に子ができた場合に、反乱の先鋒として担ぎ出すこともありうる。だが、私が失脚し軍事的力を失えば、一先ずは安心と言える。軍事的な影響が無くなり、幕府の貴族として席がある程度では、何も成し得ないからな。そしてそうなれば、フィリピンが私のせいで幕府の将来に巻き込まれることはなくなるし、皆幸せになれる選択なのだ。」

 「…………。」

 言葉も出ない、というのはこういう事なのだろう。英雄であった男がこのように述べるのだから、もはや時代は変わった、とでも言うしかないのである。ケネス将軍自信は淡々としてその事実を受け止め、それに対応する行動を粛々と採る。引き際をわきまえる、という事はなかなかできない中での事であるから、やはり彼は英雄の一人ではあったのだろう。

 「さて、金小白の件は彼の自由にさせておいて良い。しかし銘鈴がもし状況を理解して救いを求めてくるならば、助命嘆願程度はしてやろう。だが、状況を理解せずに逃亡するならばそれまでだ。如何に若年なりとは言え、それなりこのことを思案できなければ、指導者の血族としては生き残ることなど覚束ないものだ。彼女が浮名を流したところで私には関係ないし、影響はない。放置しておけ。」

 ケネス将軍は幾らか憐れむような表情をしながらも、統治者の顔のままそういい捨てるのであった。



 「ケネス司令!平壌へ陸送中のサイクロプス50機あまりが、朝鮮軍残党に奪われました!」

 朝鮮総督府の兵が慌てた様子でケネス将軍のもとに参上し、そう報告をする。幕府軍から預かった最新機種のサイクロプスを、しかも50機もの数を奪われたなど、前代未聞レベルの失態である。同時に、その戦力をほぼ掃討していた朝鮮軍残党のどこに、それほどの戦力を奪い取れる力があったのだろうか、という疑念すらある状況だ。

 「報告ご苦労。サイクロプス隊を3小隊用意し、2日後に平壌周辺に向かわせる。平壌周辺の駐屯軍がいれば、直ちに兵を退かせよ。その際に、基地などは焼き払って後退するように。」

 だが、兵の気持ちも知らぬように、ケネス将軍はただ冷静な様子でそう伝えるのだ。

 「いえ、しかしそんな場当たり的で遅くては……」

 兵がそう懸念するのも無理な話ではない。サイクロプスを50機も奪われたという事は、敵の兵力はそれ相応に巨大なものである、と、言う事だろう。そして、それと同時に、奪われたサイクロプスを実践投入されたら、それだけで少なくとも50機のサイクロプスが敵兵力として存在することになる。そこにサイクロプス3小隊9機から15機程度の兵力で出撃したところで、どうにかなるものでもないだろう。

 「そんなことより、調査中の金小白はどうしている?」

 しかしその兵の懸念など関係ない様子で、ケネス将軍が問うのは金小白の事である。朝鮮軍の残党が動くとすれば、必ず金小白が裏で糸を引いているはずだからだ。

 「この数日見かけないようです。また、釜山基地周辺に朝鮮軍残党が集まっているという報告もあります。」

 といっても、それはサイクロプスではなく歩兵や工作員の事である。釜山郊外に集まってきている難民の事だが、一般に飢えているはずの難民にしてはそう飢えているようにも見えず食料を保持しており、ガタイの良い男性比率が圧倒的に多いという不審点があるのだ。

 「なるほど……。命令を変えよう。明日、私自ら釜山軍基地の兵を率いて出撃する。兵はほぼ全て、30機で出撃だ。基地については、サイクロプスなどの襲撃には備えよ。もっとも敵のサイクロプスが近場に出てくる心配はない。北西15㎞程度にある金井山城周辺に残存部隊は展開しておけ。視界も開けているし問題ない。歩兵の潜入程度なら慌てずに対処すればよい。」

 「何かあるので?」

 その問いは、慎重なケネス将軍らしくない兵の動かし方であるからだ。

 「金小白が潜入してくるかもしれんな。銘鈴が攫われても、奪還しなくてよい。追っ手を差し向けるような演技だけはしておけ。この件は、秘匿しておくように。」

 ケネス将軍は兵にそう言い含める。無論それだけではない。彼が出撃するに合わせ、敢えて薄い防御になるよう、防衛隊を配置していくのであった。



 「ケネスが自ら出撃しただと!?50機を丸々我等に奪われて焦ったのか?こんなに簡単に陽動に引っ掛かるなど、たいした男ではなかったのだな!」

 金小白はそう豪語するが、それも無理な話ではない。現在のところ彼の思い通りに進んでいるからだ。

 「よし、この隙に銘鈴様を奪還する。歩兵30人で潜入し、銘鈴様を確保。直ちに白頭山要塞へ撤退する。陽動には小型サイクロプスと爆弾などを使い、釜山基地北面から簡略な攻撃を仕掛ける。また、釜山郊外の偽装難民たちにも暴動を起こさせろ。その間に歩兵は西側市街地方面より潜入し脱出。良いな!?」

 既に釜山要塞に散々潜入していた彼にとっては、地理も潜入経路も勝手知ったるモノである。精密な内部地図を有しているため、防衛網が甘いのであれば兵を入れるなど簡単なことだ。重要な軍事施設部分については流石に難しいが、銘鈴の住む居住区周辺の守りはあまりにも甘く、その使用人として雇われている朝鮮人の多くも買収済みである。

 「都合がいい気もするが、このチャンス、逃す手はない。行くぞ!」



 運命の神は女神である。彼女を手に入れようと思うのならば、殴りつけたり突き飛ばしたりすることも必要だ。そういった者にこそ、運命の女神は靡くのである。故に、沈着冷静に対処するよりは、むしろ果断に行動したほうが良いのだ。



 「銘鈴様!こちらへ!」

 散発的な銃撃音の中、金小白率いる歩兵小隊が後宮を我が物顔で闊歩し、囲われている朴銘鈴の元に到達する。朴銘鈴の後宮は、彼女の嗜好に合わせて作られている。このため、幕府が管理している建物に比べて瀟洒ではあるが、一方で防御力は殆どない。これらもあって、朝鮮総督府の兵士たちは、銃弾が跳弾したり壁などを貫通したりする恐れを考えてまともに応戦や抵抗をしておらず、金小白の思うがままにさせている状況にあった。

 「小白!待っていました!早くわらわを助けてたもれ!」

 まるで悲劇のヒロインかの如く、銘鈴は歓喜の涙を湛えて金小白に駆け寄る。これがドラマであったならば感動の一場面に違いない。

 「御供は連れていけませんが、よろしいですね?」

 「構わぬ!わらわが先ず逃げることこそが優先じゃ。」

 銘鈴は自分の家来の事を一顧だにしないが、家来達としてもこの反乱軍に組する事には判断に迷うものが大半である。連れていかれても困るし、金小白側としてもついてこられても困るのだ。

 「馬を用意しております故、私と伴に!」

 後宮から出た先には、彼が用意した白馬と護衛騎兵が待機している。どこから用意したのか、見た目はそれなりに整った近衛騎兵のようないでたちである。

 「やはり小白は、わらわの白馬の王子様だったのじゃな!」

 銘鈴がそう喜ぶそぶりを見せるが、敢えて馬を用意しているのにもわけがある。インフラが崩壊している朝鮮国においては、車両で走行できる道路がほとんどなく、線路はもちろんの事、空路も朝鮮総督府に抑えられているのだ。荒れた山野を逃げるのであれば、馬が一番早い、というのが彼の判断であった。無論、郊外に出れば小型サイクロプスなどの用意はされているので、それまでの事だ。こうして、無事朴銘鈴を確保した李小白は、朝鮮軍残党を率いて反撃の烽火を上げたのである。



 国破山河在

 城春草木深

 感時花濺涙

 恨別鳥驚心

 烽火連三月

 家書抵万金

 白頭掻更短

 渾欲不勝簪

  (杜甫)



 蜂起した朝鮮軍残党に対し、朝鮮総督のケネス将軍は釜山軍港以外の基地を完全に放棄し、同基地のみの死守を命じた。これによって勢いを増した朝鮮軍は総数150機程のサイクロプスを各地に展開し、地域からの物資収奪をはじめ、朝鮮総督軍基地の破壊を実施。伊達幕府軍の偵察によれば、向こう3年は籠城に耐えられるほどの、食糧等の物資及び貴金属を含む資金、また朝鮮総督軍が残した弾薬などの接収がされたと伝えらえる。収奪地域、つまりこの場合釜山軍港周辺を除く朝鮮全土の民からは怨嗟の声が聞こえたが、朝鮮軍残党としては幕府に対抗することが優先であり、朝鮮総督府を含む幕府陣営は、朝鮮の民衆の事などどうでもいいという態度であった。

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