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星光記 ~スターライトメモリー~  作者: 松浦図書助
後編
126/144

第23章 ソウル蹂躙 04節

 夕焼けに染まる大地

 一面の廃墟

 かつて栄えた都市は跡形もなく

 動くもの亡き宵は清けき



 「拍子抜けだな。」

 そう呟くのは昨日ソウル城塞市を焼き払ったイシガヤ少佐である。旧長門級超弩級戦艦夕凪のラウンジで、カタクラ大尉、ニッコロ大尉、ケネス将軍と伴に朝食を取っている。人払いをしているため、メンバーはこれだけであり、つまり密談のための食事である。また、内容はバターたっぷりの甘いフレンチトーストと少しの野菜、そしてイングリッシュブレックファストの茶葉で淹れられた紅茶である。これらはカレンが用意させたもので、亡きナイアス・ハーディサイト中将が疲れた時に好んで摂っていた食事である。精神的な疲れを緩和させ高揚させる成分が入っていることから、彼のストレスもかなりのものであったのだろう。

 「イシガヤ少佐、朝鮮王は討ち取ったと聞きますが、まだ朝鮮王の捜査を兼ねた残党狩りを続けるのですか?」

 そのようにカタクラ大尉が問う。ここに控える重要人物たちは、当然ながらイシガヤが朝鮮王朴袁らしき人物を殺したことを承知している。だが、そのことについては緘口令が敷かれており、現時点でも朴袁の所在は不明とされ、引き続き探索が行われている最中であったのだ。しかしカタクラ大尉が言うように、既に殺した人間を探すというのもナンセンスだ。もちろんイギリス王アーサーなどへの牽制のため、ソウル要塞自体を攻略した事は報道されていた。

 「いやカタクラ大尉、それはそれで意味はあるでしょう。殺したのがほぼ100%朝鮮王だったとしても、証拠が残っていません。少なくとも、イシガヤ少佐が捕らえた娘の確認が済むまでは、『念には念を入れて』捜査を続けた方が良いかと。それに、他都市のインフラ設備等も捜査にかこつけて破壊することも可能ですから、無駄と言うことは無いでしょう。」

 そのようにニッコロ大尉が補足する。カタクラ大尉にしてみれば無駄な戦闘継続かもしれないが、政治的に朝鮮半島を壊滅させると決めている以上、それなりに大義名分を持たせたまま破壊活動を続ける事が上策である。

 「なるほど。それで朝鮮語を話せる人物を総て本艦から移動させたのですか。」

 カタクラ大尉が納得したように頷く。つまり、捕らえた娘の特定を遅らせるために、現地語を話せる人物を総て排除したのである。カタクラ大尉は戦術判断能力や指揮能力については優秀ではあるのだが、この辺りの政治の機微については、彼の主君であるシルバー大佐と同様に些か疎い面があった。では作戦参謀総長をこの辺りの機微がわかるニッコロ大尉にすればいいかというと、ニッコロ大尉の方は冷徹で残虐にも見える戦術指揮は苦手とするため、それもできないといった状況であった。

 「娘は適当に衰弱するように痛めつけても良い。特定を遅らせるようにしろ。正し、痕は残らないように、また殺さないようにしろ。後で使うからな。」

 「了解しました。」

 イシガヤの指示をカタクラ大尉は承諾する。物理的にでも薬物でも、やり方はいくらでもあるのだ。

 「しかしイシガヤ王、これ程までに破壊の限りを尽くしては、朝鮮国を占領してもどうにもなりませんが、どのように収拾をつけるのでしょうか?」

 ケネス・ハーディサイト将軍が問う。戦争は終わらせ方を考えてやるものだからだ。ケネス将軍の問うように、インフラを破壊して回り、治世のために必要なもの一切が失われていく中で、占領政策を採ろうと思っても採る方法が無くなるためである。例えば通信網が残っていれば各地に命令を飛ばせるし、物流網が残っていれば幾らか遅れても手紙等を送ることもできる。空港などが残っていれば航空機などで連絡手段を確保することもできるだろう。だが、それら一切を運営するためのインフラは、現在幕府軍が破壊して周っている最中である。

 「それだ。そも、この席に貴官を呼んだのはその相談をするためだ。」

 イシガヤの言葉にケネス将軍は頷く。フィリピン義勇軍の指揮を執り続けているとはいえ、ケネス将軍の技量が認められて将軍に任じられているわけでもなく、フィリピンや降将達に対する政治的なパフォーマンスで任じられているに過ぎない。内々の軍議と思われるこの場所に呼ばれるなど、何か用があるからに違いないのだ。

 「ケネス・ハーディサイト将軍、貴官な、朝鮮総督になってくれんか。」

 イシガヤは紅茶を啜り様子を窺いながらそう言うが、ハーディサイト将軍も即答しかねるものである。この話は、決して栄達を約束されたような話では無く、むしろ逆を意味する話だからだ。

 「実の所、貴官の扱いについては苦慮していたのだが、可愛いカレンの叔父であるから無下にはできまい?」

 そう言った意味では、イシガヤの心を捕らえた姪に感謝せざるを得ないケネス将軍である。元々の彼の立場からすれば、幕府からは相当な恨みをかっているため公開処刑にされても仕方のない立場である。また、フィリピン国の閣僚も納得しているとはいっても、結果からすれば彼はフィリピンを売り渡したような立場である。今このように将軍職に残っていること自体がレアケースなのだ。

 「貴官も分かる通り、朝鮮統治は難問である。実のところ、西国探題のマキタ少将や台湾王朱籍殿にも依頼したが断られたのだ。そして、我ら幕府も統治する気はない。だが、一旦は誰かに預けねばならん問題だ。」

 「……。」

 イシガヤの話に対して、ケネス将軍は頷くこともしかねて黙り続ける。マキタ少将や朱籍総督が断ったのは、面倒であるという理由もあるかもしれないが、もちろんそれだけではない。

 「然るに、朝鮮をフィリピンの属国の扱いとし、その朝鮮総督として貴官に統治を預かって欲しいのだ。無論、失敗の可能性の方が高い任務である。代わりといってはなんだが、人質として預かっている貴官の娘カリンは返すし、失敗しても一定の立場を守れるように、日本協和国の貴族として迎え入れ、従五位侍従に任じ、合わせて百済鎮守将軍の号を授けるように依頼する。また、カレン名義で私の有する木星コロニーの土地1000坪と20億円相当の金塊を即分与する。加え朝鮮王の娘は貴官が後妻に迎え入れよ。フィリピンには賠償を求めていないが、多少なりここでも役に立ってはもらいたいところだ。」

 イシガヤの内容は、それなりにケネス将軍とフィリピンの事を考慮したものではある。フィリピンは現在外交関係については一定の制約を受けているが、それ以外の内政業務に関しては幕府の影響を受けていない。今回の朝鮮侵攻についてもフィリピン側から応援を言い出したことでもあり、実質的には求められていたこととはいえ、厳密に言った場合には友好国への軍事協力という内容であり、幕府から強要された出兵ではないのである。また、彼から示されたケネス将軍への役職任官と資産分与については、日本協和国に亡命して中級貴族並みの立ち位置を確保する上では、最低限困らない程度の内容と言えた。多すぎればやっかみを受けるし、少なすぎれば体裁を確保できない。カレンがイシガヤの側室に入っていることから考えても、向後の事は現状であまり気にする必要もないため、無難な内容ではあった。

 「かなり危険そうな御発言ですな……。」

 だが、そうった甘い話は、甘い話ではない。これだけの譲歩を先にしているからには、相当に不利な内容であることは間違いないのである。

 「日本は前世紀に酷い目にあったからな。中国の属国から解放してやり、併合を求められたから併合してやったら、やたらと戦争犯罪を犯し戦争中は高麗棒子と蔑まれる有り様だったのだ。しかも日本の持ち出しでインフラ整備、ハングル文字による識字率向上、衛生面の向上で、近代化と人口数増大をもたらしたと言うのに、戦後は植民地支配による収奪だと罵られ、1000年恨むと言われたのだ。まだ1000年経っていないからな。」

 「なるほど……」

 イシガヤが唾棄するかのように述べたその言葉にケネス将軍は頷く。

 「朝鮮を支配するには中国がやったように、犬のように扱えばいい。徹底して高圧的に弾圧せよ。統治の失敗は考慮済みでむしろ問題はない。」

 「…………。」

 それはつまりそういう事である。

 「また、収奪は好きなようにして構わない。」

 「……左様ですか。いずれにしても、私に拒否する力はないのでしょうから、承りましょう。」

 「そうだな。うまく回せば、出世は出来ずともその身や家族らの安全は充分確保できる。努めてほしい。」

 「御意。」

 イシガヤの要請をケネス将軍は受諾する。実際、敗軍の将である彼としては、使い捨てられても致し方のない立場である。あまりにも難易度が高く思える朝鮮総督という任務を受けるのには、ある意味では最適な人材であるかもしれないのだ。彼がここで幕府の心象を良くしておけば、幕府のフィリピンに対する統治も当然当たりが柔らかくなるであろうし、降伏してフィリピンに逼塞した国家に携わってきた要人たちの一部も、国際的な風当たりも良くなるに違いない。無論、あくまでも幕府が地域に覇を唱え、地域政治が安定化することが前提ではある。だが、彼の役割がそれ自体であれば、そう務めるのが最善なのであった。



星海新聞

 宇宙世紀0282年11月30日 カナンティナント・クラウン中佐及び、副将のタカノブ・イシガヤ少佐の率いる伊達幕府軍の朝鮮征討軍が、問題となっていた朝鮮討伐を完了させた。11月上旬の段階で朝鮮王朴袁は戦死しており、捕虜の中にその娘である朴銘鈴が居たことが調査の結果判明したという。朝鮮王朴袁の一族は多くが戦死または行方不明となっているため、先のフィリピン国総督ケネス・ハーディサイト殿がこの朴銘鈴を後妻とし、朝鮮総督に赴任する予定と政府報道官が伝えた。

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