第23章 ソウル蹂躙 02節
翌朝
ソウル城塞内郭に爆音が鳴り響く。数秒おきなどと言う悠長なレベルではなく、もはや連続で轟き続けている状態だ。伊達幕府軍戦闘機旋風改による爆撃である。旋風改は旧世紀の戦闘機に比べ小型であり、キャノピーが上面につき出した特殊な形態をしている。航空力学上はナンセンスな形状ではあるが、エンジンの推力が優秀であり、無理矢理に飛行可能な状態になっていた。これは、艦載機としても使用するこの戦闘機の容積を圧縮するためでもあり、また、大量のミサイルや爆弾を積むためのものでもある。航続距離や戦闘時間は一般的な戦闘機に比べて劣る部分でもあるが、一般的な戦闘機よりも運動性も高く、マルチロール機として運用ができるこの機体は優秀な性能として世界的にも評価されていた。前述の通り、その推力によって多数のミサイルや爆弾を装備することが可能であり、重装させれば爆撃機、軽装ならば戦闘機として機能する汎用機である。他にもレーダードームを付けて強力な偵察機としても運用されていた。プサンの幕府軍暫定基地や空母から発進した旋風改が、ソウル城塞上空に数百と集まり、反復爆撃を続ける様はあまりにも壮観である。
「カメラはちゃんと回して報道するのだぞ!」
イシガヤ少佐が命じる。この大虐殺を報道するのは国会への当てつけであり、且つ、世界中に物事の道理を知らしめるためである。数十万人が籠る城塞都市の建造物が、木端微塵に吹き飛ばされていく様は、なかなかお目にかかれるものでもない。核爆弾で一瞬にして破壊されるようなものでもなく、順次壊れていくその様子は、レトロチックでセンチメンタルなものでもあった。
「では、そろそろ仕掛けようか。」
午前の爆撃を完了し、イシガヤが陸戦部隊投入の指示を始める。
「黄泉路へと 垂らす蜘蛛糸 断ち切れて かくも怨みつ かくも悲しき、か。」
イシガヤがそうセレーナ少佐の和歌を呟きながら、ソウル城塞市への砲撃命令を下す。午前の爆撃によってソウル城塞市の外堀はぐるりと炎が渦巻いており、城塞から逃げ出すことは困難である。これは東京大空襲を模したものであるが、朝鮮の建物は木造主体ではないため、燃料を投下してわざわざ炎上させているものである。投下した燃料から想定して概ね2時間程は燃え続ける予定だ。また、この火の渦が巻く市内から逃げ出したところで、自動機銃が密に配置されているため、蜂の巣になるのが関の山ではある。その状況の中、イシガヤが命じたのは市中央部に対する徹甲榴弾による攻撃である。旋風改による空対地爆撃では地中に対する攻撃力が不足しており、地下施設への攻撃には徹甲榴弾など、やはり貫通力のある兵装が必要であった。ソウル城塞市中央部は地下繁華街、防空壕、軍司令部などで構成されており、伊達幕府はそれらに対して無差別に砲撃を加えている。防空壕には当然民間人が避難しているであろうが、軍司令部も地下にあるのだから巻き込んでも仕方がなく、いや、巻き込むことは当然の事であり、別に伊達幕府が批難される謂れはない事だ。軍は民を護るべきであり、それを盾のように配置している朝鮮国が悪いだけである。それで数十万の敵国民を死に至らしめても、たいした問題ではない。
「カタクラ、なかなかの作戦じゃないか。」
イシガヤはそういうが、これらは彼の意を汲んでカタクラ大尉が組んだ作戦である。一兵逃がさず覆滅させるための……。
「…………衛生兵、アールグレイのストレートティーとチョコレートを持ってこい。観覧する。」
現在司令部を置く旧長門級超弩級戦艦夕凪の艦橋から、イシガヤがそう伝える。数分してお茶を持ってきたのは、衛生兵ではなく彼の側室であるクオン・イツクシマ曹長であった。
「タカノブ、緑茶を持ってきました。お茶請けはチョコレートではなく梅干にしました。」
「そうか、すまんな。」
モニターを注視しながら、彼はそう彼女に謝辞を述べる。心ここにあらず、といったところか。
「吐き気が出ればチョコレートではもどしかねませんから。」
「あぁ、そうだな……。ありがとう。」
クオンの言葉に、今度は彼女の顔を見ながらイシガヤはそう感謝を述べる。
「いえ。」
普段戦場では鎮める効果のある緑茶を求めるイシガヤが、興奮作用のある紅茶やチョコレートを求めたのにも意味はあるのだ。イライラしてるのは似たようなものだが、虐殺を前にしては気が重く、鬱気味なのである。ましてやその映像が流れているのだ。平然と虐殺命令を下す事こそできるイシガヤではあるが、必ずしも精神的に強いわけではない。それに対して、クオン曹長は鎮静作用のある緑茶の方を勧めたのである。彼の精神状態で下手に興奮していれば、むしろ吐くのでは?という気遣いであった。
「クオン、お前は大丈夫なのか?」
虐殺シーンが流れているため、イシガヤは一応妻を気遣うが、
「女の方が血にはなれてますから、タカノブよりはマシでしょう。」
クオンの方は平然とそう返す。
「なるほど。流石俺の妻だ、剛毅で怖い奴だ。」
「お褒めの言葉ありがとう。」
それが誉め言葉かというと何とも言えない部分はあるが、実際彼は称賛しているのである。
「あぁ、だからこそ信頼してる。」
映像に映る多くは砲撃が突き刺さり土煙を上げる光景や、焔が町並みを包み鉄筋などを溶かしていく光景ではあるのだが、時折映るものが悲惨である。焼け焦げた子供の焼死体、爆弾で飛散した元々は人間であったであろう肉塊、まだ死体なら良い方で、ぐちゃぐちゃになってもなお蠢いている人だったものなど、とても見るに耐えないものすら映ってくるのである。指揮官として目をそらすわけにはいかない事実であり、命令を下したものの責務として、それらはっきりと見届けなければならない。
「イシガヤ少佐、欧州連合のアーサー王より緊急通信です!」
「クオンは自室に下がれ。通信開け。」
おそらくはこの行為に対する非難声明であろう。イシガヤは、この艦橋に映される映像を、そのまま世界中の一般放送に流しているのである。
「イシガヤ王、久しぶりだな。」
「映像通信は久し振りですな、アーサー王殿。そちらの国政などいかがですかな?我々は幸いにも……」
通信を繋げたアーサー王に対して、イシガヤは平然を装い、何てことないかのような言葉を続ける。
「いや、世間話は後にしてもらおう。率直に言うが、朝鮮での虐殺を中止せよ。」
無論、アーサー王はそんなことは承知の上で、そのように要求するのであった。
「虐殺とはなんの事ですかな?我々は普通に戦争をしているだけです。」
「映像に映っているような民間人殺害の事だ。」
イシガヤのしらじらしい言い訳を無視して、アーサー王はそう指摘をする。映像に映るのは、一方的な武力行使であるのだから、そう見えるのは当然のことだ。
「我々は民間人犠牲者を出さないよう、攻撃の数日前に避難勧告を完了済みです。今もなおソウル城塞という軍事施設に立て籠る者は、当然ながら軍属でしょう。これら軍属を殺傷するに当たっては、可能な限り国際法に則って対応していますから、死者が多いことをもって虐殺と非難される謂れはありませんな。」
「普通に考えれば、民間人が避難しなかったと考えるべきであろう。」
イシガヤの言う事はもっともではあるが、実際にはアーサー王が正しい。だが、それを承知の上での作戦実施なのである。
「ならば、避難させなかった朝鮮王に責任がありますな。我が国が侵略された際は出撃戦力の9割以上の将兵を失いながら、なお国民の避難を完了させましたからな。あの時は1日もありませんでしたが、我々は今回、数日の時間を設けている。」
「しかし倫理的な問題があろう。」
「さようで。宣戦布告もなしに我が軍に核ミサイルを撃ち込んできた朝鮮軍には、然るべき制裁を与えなければ倫理的に問題がありますからな。」
「言葉遊びを、そういうことではない!」
『言葉遊び』というのは、まさにその通りの事だ。呼びかけに応じず避難しない民間人は軍人と称し、倫理的問題で指摘された事項は、別の事項に話をすり替える。これは敢えて意図的に行われている発言なのである。
「まぁ、我々は少なくとも侵略などしてしませんよ。各国の解放と、先の戦争に対する報復を行っているだけです。一時的に各国に軍監を派遣してはいますが、独自の主権を認めておりますからな。倫理的な問題であれば、アーサー王率いる欧州連合による諸国侵攻の方がよほど問題です。」
そう言われてアーサー王は押し黙る。現在欧州連合が交戦している欧州諸国は、欧州連合への恭順を拒否しただけで侵攻を受けているのである。被征服国は幕府軍のように独立を約束されているわけでもなく、ただの侵略なのであった。
「しかしだ、天皇は伊達幕府の方針に反対だと聞いているぞ。臣民として主の意見は汲むべきではないのか?」
その発言に対してイシガヤが鼻で笑う。
「天皇は大事だ。我が国の存在意義でもある。だがしかし、我々の意見を聞かないならば軟禁でも島流しにでもすれば良いのだ。天皇とは御旗に過ぎない。古来そのようなものである。」
それはかつて多くの天皇がそうであったと同様の事に過ぎない。権威とは別に、特別に神聖であったのは僅かな期間に過ぎないし、神の末裔と言ってもイシガヤとて藤原姓である以上は天児屋根命と言う神の末裔である。必要なのは天皇と言う歴史に基づいた権威による正統性の付与なのであって、それ以外のなにものでもないのだ。
「イシガヤ王、お前は長生きできんな。」
「それはお互い様だろう?さて……。話は終わりだ。私はそろそろ出撃して朝鮮王にトドメを刺さなければならない。失礼させていただく。」
「主旨は理解した。いずれまた。」
伊達幕府は内々に、『円卓の騎士』というアーサー王の支持基盤組織に参加しているが、これはあくまで緩い友好関係を結んでいるに過ぎない。欧州連合としては戦争中のため、多くの資源を有する伊達幕府との円滑な交易は十分な魅力があり、一方の幕府軍側は戦争における他国の支持を得る、という意味において欧州連合の価値は大きい。だが、本質的な国家ビジョンは大きく異なっているため、果たしていつまでこの友好関係が続くか、という点では疑問が残る関係ではあった。
イングランド王国通信 速報
伊達幕府、朝鮮への攻撃は虐殺ではないとの見解。
本日、日本協和国伊達幕府が放送している朝鮮王国ソウル城塞市への残虐行為に関し、伊達幕府執権石谷王は虐殺には当たらないとの見解を示した。これは本日午後アーサー王陛下自ら石谷王へ本件に関する抗議を申し送った際に直接示された見解とされ、攻撃宣言から数日経ってからの攻撃であり、民間人避難の時間は充分且つ、城塞という軍事施設に立て籠る以上は総て軍属であるとの見解を伝えたとされる。また情報筋に拠れば、伊達幕府の行為に関し日本協和国元首である天皇陛下が遺憾の意を示されたが、伊達幕府はこれを無視しているとの内容が伝えられている。また伊達幕府内部でもこれら一連の行為に対する反対勢力が存在すると伝えられ、先のプサン攻略軍司令を務めた鉄壁将軍セレーナ・スターライト軍団長の本土召喚は、残虐行為に対して非難したことによる更迭であったとの情報が飛び交っている。なお、本日夕刻にはソウル城塞は陥落するものと考えられる。