第22章 プサン攻略作戦 04節
セレーナ少佐にイシガヤ少佐から命令が伝達されたその日の夕刻、作戦の引継ぎとして二人は司令室にてお茶会を開いていた。
「セレーナ、まさに欺瞞だな。」
「何がですの?」
唐突にそう問われたセレーナ少佐は、ダージリンのセカンドフラッシュを口につけながら、イシガヤ少佐に問い返す。彼女は先の勧告で更迭を言い渡されたわけではあるが、別段気にした素振りも見えない優雅な様子のままである。現実的な話、イシガヤを前にして恐縮したところで特に意味はないのだから、当然ではある。
「この一連のプサン攻略戦の経緯だよ。……先に言うが、俺は人の命が散ることを好まない。」
「……それは承知しておりますわ。」
「ギンの意思はともかく、お前は俺がそれを利用してカナンと画策している事を理解できるな?」
カナンとは、幕府軍副司令のカナンティナント・クラウン中佐である。
「……わたくしには、何のことかさっぱりわかりませんわね。」
「白々しい事だ。だが、用心深いことは美徳だろう。では、つらつらと俺が意見を述べることは聞き流して構わない。」
「…………。」
イシガヤがこう述べるとき、概ねそれは政治的な話である。何故セレーナ少佐にわざわざそんなことを述べるのか、というのはあるが、それは彼女が特に信頼されているから、というところだろうか。
「……お前が思っているように、俺とカナンは、朝鮮総督に先の降将ケネス・ハーディサイトを充てる。我が側室にしたカレン・ハーディサイトの叔父にして先の禿鷹将軍ナイアス・ハーディサイト中将の弟、すなわち、幕府の民としては殺して余りある仇敵だ。」
「そうですか。」
「驚いて見せんと、知らないという擬態には足りんぞ?話はそれたが、ケネス将軍には朝鮮半島からの税と賠償金の収奪の厳命を命じる。軍備は……、フィリピン軍を少々と、対馬に西国鎮守府のマキタ少将にでも多少の応援を出してもらうつもりだ。」
「それでは造反がおきかねませんが?マキタ将軍の腹の内は読めません。少なくとも、敵対はしそうにありませんが。」
マキタ将軍は日本協和国の右大臣でもあるから、表立って幕府と敵対することはない。ただ、だからと言って、無条件に協力的とは限らないのである。
「マキタ少将は別に敵対することはあるまい。朝鮮国はそれでいい。我らには造反してもらう。いい具合に蛆虫が湧いたところで、造反者ことごとくを打ち据え一掃し、殺す。佐々成政のようにまとめてやってしまえばいいのだ。そういう話らしい。」
「ケネス将軍もですか?」
「……ケネス将軍は、大人しく従うならば生かそう。いずれにしても朝鮮を制圧してからの話だがな。」
「やり口が野蛮ですわね。反乱をおこさせ、その都度敵を一掃したら、どれだけの人命が奪われるのでしょうか?」
「しらんなぁ。どのみち、古今かの国と仲良くはできないのだ。根本的なところで。ならば、逆らうものは一掃してしまえばいい。この先10年は黙っていてもらいたいからな。それに、我らが寛大な処置をしながら反乱を起こす。どうせ適当な言い訳をしくさるだろうが、それに対応できるように筋書きを作らせてもいる。」
「念のいったことですわね。」
「俺は王だからな。数十年後に歴史問題をだされて賠償金を求められても困る。その対策はとらねばならん。」
イシガヤが皮肉気味にそういう。旧世紀においてそうやって苦しめられた日本の歴史を踏まえて言っているのである。いずれにしても、彼の考えが本人のものかはさておき、朝鮮半島は焦土化することが決められているのであろう。現状において地政学を考えれば、大陸への侵攻はあまり考えていないと思われ、さしあたってはアジア近隣の友好国との足場固めが優先である。その中で朝鮮半島の立地は最悪である。幕府の喉元にナイフを突きつけられているも同然の地勢だからである。だが、だからといってこの地域を制圧して自国の領土に組み入れることも得策ではない。幕府の地球での主力は海空軍であり、陸軍は機甲部隊は強力でも制圧用の歩兵は圧倒的に足りない。これは木星から多くの歩兵を輸送するには運用効率が悪く、そして費用が大きく嵩むためだ。兵器は壊れても作り直せばいいが、人員はそうはいかないし、死傷した場合にその家族の保護や医療費などが継続的にかかり治安も悪化するため、長期的な国家財政に大きな影響があるからである。つまり、それだけのデメリットを受けてまで手に入れるべき地域ではなく、完全に焦土にしてしまい、ナイフをへし折ってしまえば、あとは周辺海域を天然の濠として守ればいい、というのが、幕府の基本方針なのである。緩衝地帯と考えれば、ただ焦土があればいいだけで、都市も人も必要ないのである。
「では、俺は戻る。クオンはおいていってくれると助かる。」
「……承知いたしました。イシガヤさん、ご武運を。私は禁裏の護衛という名前の監視でもしておりますわね。」
「話が早くて助かる。宜しく頼むぞ。」
今上天皇は天下稀に見る英雄の気質はあるが、だからと言ってその役職柄幕府の思惑を批判せざるを得ないだろう。その際に万が一にも兵を動かされれば困る。禁裏護衛というのは、つまりそういった意味合いもあるのだった。
「タカノブ、お疲れ様です。」
部屋に下がったイシガヤ少佐を待ち受けていたのは、その側室でもあるクオン曹長である。王族でありながら不用心であるとも言えるが、それも妻に対しては全面的な信頼を寄せていることに加えて、工作員としても教育を受けているため、大半の問題は対処できる、という自負がある為であった。
「あぁ、クオンもおつかれさん。すまんかったな。」
二人は北海道降下作戦以降、ほとんど逢えていない。軍事作戦においては前線指揮官も務めるイシガヤも忙しく、一方クオン曹長もまたシルバー大佐の軍監として、各戦線に幕僚として作戦に参加していたためである。
「いえ、軍務ですから。ですがタカノブ、その娘は……?」
だがそんなことは軽く流し、クオン曹長が視線を投げ掛けたのはまだ幼さの残る少女、つまりカレンである。イシガヤが朝鮮攻略に彼女を伴ってきたのは、本拠の釧路邸がヤオネの出産で忙しかったため、信頼のおけるソラネに預けるに預けられなかったためであった。
「…………。」
「一応、直接聞いておこうかと思うのですが。」
腰まであるゆるく編んだ長い一本おさげの黒髪を撫でながら、彼女は冷たい目で夫を見る。先の通り直接逢えていない彼女ではあったが、同じく妻のシルバー大佐から詳細な報告は受けているのである。忙しい時に何をしているのだ、というのは、そう思って当然の事であった。
「クオン、まず最初に大切なことを言うが、俺はお前を愛している。」
「それは知っています。」
「……そうか、それはよかった。」
「で?」
「…………。」
そんなことを臆面も無く言ってのけるイシガヤに対し、クオンも慣れたものである。妻を何人も抱えているイシガヤではあるが、これは現代の王族としては別におかしな話ではない。特に石谷家は血族が少ないこともあり、血縁者を増やす目的で妻を増やすこと自体は政治的に当然のことである。そういった意味で政略結婚したのが、ヤオネ大尉、シルバー大佐であり、政治的に断れなかったのがヤマブキ曹長で、逆に政略的にタカノブを求めたのがソラネである。そういった意味では、クオンのみはイシガヤからたって求められての事であったので、そこについて疑う余地もないのではあったし、普段から言葉を含めて大切にはされていることは自覚しているため、甘い言葉を囁かれたからと言って判断を違えることはないのであった。
「ぶっちゃけて言うが、手籠めにでもしないと助けられんかったのだ。殺すには惜しい、許せ。いや、許してください、おねがいします。この娘は知っての通り、ナイアス・ハーディサイト中将の一人娘のカレン・ハーディサイトだ。」
イシガヤの紹介に併せて、カレンが頭を下げる。自己紹介をしようとしたところで、イシガヤとクオンは彼女を制止し、二人の話を続けるのであった。
「敵将の娘、というのはどう考えてるのですか。」
クオンがそう問う。敵将の娘を妻に迎えて、身の破滅を起こした武将も当然歴史上多い。
「無論興奮する。」
「……。」
だが、イシガヤの回答は暢気なものであった。
「……いやまぁ、それはさておき。武田信玄の諏訪姫のようにはせんよ、それは安心しろ。」
「そうですか。骨肉の争いは醜いですからね。」
武田信玄の側室は敵の娘であり、長子の義信が亡くなってから、その敵の娘である諏訪姫との息子、勝頼を後継者に据えたため、武田家は内部崩壊を起こしていることを示唆している。それ故に、イシガヤは先にもシルバー大佐の前で後継者について明確に述べたのであり、それを聞いているであろうクオンにもそう伝えたのである。
「カレン、クオンは我が愛する妻であり、幕僚である。心して尊重せよ。いいな?」
イシガヤはそう言ってカレンに話を振り、併せて挨拶を促す。
「……承知しました。奥方様、ナイアス・ハーディサイトの娘、カレンと申します。タカノブ様に忠誠を誓い、石谷家のお役に立ちますよう務めますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。」
カレンが些かたどたどしく答える。とりあえず生きるために側室になることを承諾した彼女ではあったが、まだそれも日が浅く、彼の妻になったということについては心の整理などついていないのだから、クオンのプレッシャーに圧されてそうなっても仕方がない。さしあたっては妻同士の力関係などを確認することで手一杯であるため、大人しくしているしかないのだ。
「クオン、しかし今回の件、お前が戦術参謀であった割りには手緩かったな。」
「私はタカノブと違って虐殺は好みませんし、シルバーさんにしても内心はあの和歌通りでしょう。セレーナさんの言い訳が本心ですから、私が手緩いと言うわけでもないです。」
「……それもそうか。」
クオン曹長はシルバー大佐の影武者を務めるほどに容姿が似ているが、戦術判断もそっくりなのである。このためシルバー大佐の軍監として戦術参謀を務めることが多々あるのだが、クオン曹長がそういうならそうなのだろう。
「そうですよ。タカノブほど虐殺はできません。」
「俺とて虐殺が好きなわけではないよ。ぶっちゃけ気が重い。だが、これが出来るのは俺だけだ。」
海軍のクキ少佐、空軍のリ少佐も非道な作戦は実行できるが、王族ではないため政治的意味合いが軽くなるし、後はヘルメス少佐と言ったところだが、彼女も今一つ悪党にはなりきれないタイプである。イシガヤはその点強引で悪辣な作戦を採る事にも慣れているし、もともと専横の家臣団を粛正したことも公然の秘密として知られているため、評価が落ちるということもない。王族当主でもあり、幕府執権でもあるから、彼が作戦を進める事は政治的に都合が良かったのである。
「正直弱音を吐くが、クオン、しばらく軍務ではなく俺の側にいてくれんか。軍務ではお前にも飛び火するし、内々でな。」
そして、イシガヤがクオンに頼るのも無理からぬ話ではある。肉親の居ない彼にとって、最も早くに妻になったクオンが、最も長い家族なのだから。
「仕方ないですね、わかりました。あちらこちらで女を作られては困りますしね。」
「確かに。」
「確かに、じゃないんですけどね。」
そう呆れ気味でため息をつくクオン曹長ではあるが、彼女の立場でそれ以上どうにかできるものではない。庶民出身であるから政治的には弱い立場であり、実家に帰るといっても帰る実家もない。そもそも王族に嫁がされた時点で、その身の自由は無いのである。そういった中でイシガヤは配偶者としては大分マシな部類であるため、彼女としてもある程度の問題は目をつぶっているのであった。
「女神隊撤退に伴い、幕僚を再編成する。」
翌日、侵攻部隊を集兵したイシガヤ少佐が各将校を見渡しながら述べる。女神隊は撤退したものの、それ以外の部隊は引き続き作戦に従事している。また、それに加えてフィリピンから集めた陸軍歩兵部隊が新たに参戦していた。
「作戦参謀総長を遊撃隊カタクラ大尉とし、副長を陸軍ニッコロ大尉とする。軍は数分割して行動するが、兵科分けで将を統括し、その将の裁量で分隊の指揮編成を行え。」
方面毎に分けるか、兵科毎に分けるか、或いはそれ以外か、幕府においては割りと指揮官の裁量に任されている。イシガヤが今回そのように分けるのは、繊細な方面毎の指揮を執れるほど采配に優れていない事や、編成の偏りの都合である。
「最先鋒部隊は遊撃隊第1師団とし、指揮官をマール大尉とする。遊撃隊は歩兵を付随しない汎用機械科であるから、雑兵を気にせず進撃せよ。マール大尉は幕府軍師団指揮は初めてではあるが、先の宇宙戦では我が軍を敵に回し大軍を指揮して良く奮戦している。采配に期待する。」
「承知しました。」
降将であるマールを抜擢するのも、実力以上に政治的意味合いが強い。ましてや指揮下の戦力は幕府最精鋭とも言える遊撃隊で、将兵の多くに幕府の貴族の子弟が含まれるのである。先の戦功で大尉に昇格したマールの実力を試す上でも丁度いい役割である。元々宇宙海賊として艦隊を指揮していた彼にとってみればさほど問題のある兵数ではないが、それでも幕府軍では勝手も違うであることから、力量の見せ所であった。
「また、先鋒には歩兵付随の幕府陸軍2個師団をあてる。統括はニッコロ大尉が兼務せよ。」
「承ります。」
マール大尉の部隊はサイクロプスや小型サイクロプス、車両だけであるため、敵地の突破を重視する編成である。一方のニッコロ大尉は陸軍師団を指揮し、実際の制圧部隊の先鋒を務める役目であった。
「次に制圧部隊であるが、フィリピン義勇軍1個師団をあてる。指揮はハーディサイト将軍が行え。」
「…………承ります。」
ハーディサイト将軍は亡きハーディサイト中将の弟で、まさに先のフィリピン攻略戦での敵将である。怨みもあるだろが、死刑を免れ身の安全が保たれる為であり、指揮下の将兵達の身やその家族の安全を保証させるためには、それなりに活躍をしなければならない事情がある。裏切れば幕府に人質に取られているも同然の将兵の家族が殺されるであろうし、そんな自体になろうことなら、指揮下の将兵にハーディサイト自身が先に殺される。裏切ることさえ出来ない惨めな立場ではあるが、それでも軽装歩兵1万を指揮し将軍としての参戦である。
「同じく制圧部隊として、インドネシア義勇軍3個師団をあてる。指揮はハイネス将軍とする。」
「承ろう。」
インドネシア義勇軍はフィリピン義勇軍とは異なり正規の編成である。旧式機も混ざってはいるが、幕府軍から供与された兵器も多数使用しており、少なくとも朝鮮陸軍に劣らない兵装を整えている。
「次に砲兵として防衛軍第1師団をあてる。指揮はファーサル中尉が執れ。」
幕府防衛軍は主に砲兵科からなり、水際防衛での砲撃戦を想定した軍団ではあるが、今回は攻城用に運用される。指揮は王族の一人であるロウゾ家のファーサル中尉が執る。先の第二次釧路沖会戦で撃墜され片足を失った彼ではあるが、義足を付けての参戦である。幕府軍の士気が高く規律が守られるのは、このように王族でも陣頭に立つことによっていると言えよう。
「ソウル市外への対人兵器の敷設などの工作活動は、遊撃隊第2師団をあてる。指揮はクスノキ中尉が執れ。」
このような任務に遊撃隊及びクスノキ中尉があたるのはいつものことである。貴族子弟の他に工作員で構成された人員配備であるため、こういった工作戦への適性が高い軍団であった。この統率をイシガヤ家の私設工作部隊黒脛巾を指揮するクスノキ中尉が執るのは、適材適所である。
「……承知。」
「そして、空軍は私自らが統括する。補給線はクラウン中佐に任せるので、我々は攻撃のみに気を遣えば良い。」
主要な幕僚を重要な師団指揮官として任命して後、イシガヤは順次それ以下の指揮官に部隊を預けていく。人型兵器サイクロプスにして約700機、小型人型兵器2000機、戦車1000台、陸戦歩兵5万、戦闘機500機を投入する攻城戦である。