第22章 プサン攻略作戦 02節
「ふぅ……」
「どうした?カリスト大尉。なにやら落ち込んでいるようだが。」
命令を受け、軍の編成を行っていたカリスト大尉であったが、先のクラウン中佐とのやりとりもあり意気消沈気味である。そこに声をかけたのは、同行する遊撃隊のサイクロプス部隊指揮官であるクスノキ中尉である。カリスト大尉とは懇意の仲ではあるが、現状では恋人というところまでは進んでいない関係であった。
「……はい。作戦について…………」
「そうか。」
「クスノキ中尉はどうお考えですか?」
「聴いてどうする?」
「聴きたいんです。」
カリスト大尉がそう問いかけるのは、彼のことをもっとも信用したいと思っているからであろう。
「そうか。私ならば作戦指示の時点で、敵の武力どころか経済まで徹底的に蹂躙するように命じるだろう。インフラ関係だけではなく、国会の方針をさらに厳しくするようなものだ。」
だが、クスノキ中尉はもっとも薄暗い世界を牛耳る人物の一人である。期待しているような優しい答えなど返ってくるはずもない。だが、それはそれで、もっとも信用したい人物から、もっとも悪辣な答えを聞くのだから、指揮官として冷静を取り戻すのには最適であるのかもしれなかった。
「……なぜですか?」
「武力を支えるのは経済力。民を支えるのもまた経済だ。これを悉く木っ端みじんに粉砕してしまえば、敵は当面再起不能に陥る。民は餓えて多くが命を落とすだろう。だが、武力もそれだけ下がる。敵は徹底的に潰し、可能であれば根切りにしてしまう方がよい。工作員としてみればそういった作戦に従事することが普通で、至極当然の当り前のことだ。」
「そうですか……」
「そうだ。私はタカノブにも、カナンティナント殿にも忠告はしてきた。甘すぎると。これは戦争なのだ。負けるということは自国民を危険に晒すということ。負けないためには敵を討ち滅ぼすしかない。タカノブにしても、足元では敵将の娘を助けるために側室に加えるなど、正気の沙汰ではない。家庭内は問題ないとしても、このようなやり方は、後々その身を亡ぼす元でしかないだろう。」
クスノキ中尉は愁いを帯びた表情でそう述べる。ほかにも思うところはあるのかもしれないが、彼とて、弟分であるイシガヤ少佐の安全を祈らないわけではないのである。だが、立場上、これ以上強行に反対することは難しかったであろうし、工作員を束ねる立場として不信感を持たれぬようにする必要もあるのである。一門衆扱いを受けているとはいえ、彼とイシガヤは既に血は遠く、イシガヤがそれなりの人物ではある以上、私設工作員たる彼の生殺与奪の権限を持つのはイシガヤであり、これに抗いきることは難しいためであった。
「……でも、敵とはいえ、人の命はこんな安いものでしょうか?」
ただ、それでもカリスト大尉は優しい。だからこそそんな言葉が浮かんでくるのである。
「カリスト大尉、君は人の死に対して過敏になっている。君は指揮官なのだぞ。」
「人の命を預かる立場だからこそ……」
「大将足れば、民を愛し兵を愛することは重要だ。だが、大将は何よりもまず勝つ、せめて負けないようにしなければならない。人道などはその後に考えよ。戦国の名将朝倉宗滴とて、『武者は犬ともいへ、畜生ともいへ、勝つ事が本にて候』と述べている。敵の国民の命などは、まず勝ってから考えればいいのだ。」
「……はい。」
カリスト大尉は項垂れつつも頷く。
「君は疲れているのだ。降下作戦以降も戦闘で多くの将兵が戦死し、その中でも君の旗下は数多い。気持ちはわかるが、死者に冥府へ退きずりこまれるな。」
「……はい。でもどうして、私まで名指しで指名されたのかな……」
憂鬱そうに彼女が答える。一番強行に反対意見を述べた彼女への命令としては、何かしらの意味があるにしても、まるで報復のような感じを受けなくはない。無論、クラウン中佐がそのような人事をするわけはないのだが、状況的にはそれと同じことなのだ。
「……知らないのか?」
「えっ?」
「国会からはクキ少佐を司令とし、ナオエ大尉を参謀長にするように達しがあったはずだ。それを、ギン大佐とカナンティナント中佐の二人が軍事に口出し不要と断り、同時に執権たるタカノブが戦時法によって両者の言を押し通した。」
「どうしてそのような?」
クキ少佐とナオエ大尉は猛将型の人物でもあり、たとえそれが殺戮戦であっても的確に実施できるような気性の指揮官である。国会の要望通りのことをするならば、確かに彼らを選ぶことが一番適切であろう。
「…………幕府の国民は、朝鮮半島の徹底的破壊を求めている。私自身も、相当の制裁は必要だと。民は憎んでいるのだ、敵を。先の戦争で肉親を失った民は。そして、その感情に棘をさした彼らを。国会の議決は圧倒的多数が朝鮮の徹底的破壊に賛成だった。国民世論もそうだ。だからこそ、仁に過ぎる王族の介入を恐れて、国会はこの作戦を強行決議を許したのだ。反対意見は現在も少数派に過ぎない。政治上、それだけは覚えていたほうがいい。」
クスノキ中尉はそう断言する。つまり、状況を少しでも緩和しようとしての人事が、この度のセレーナ少佐とカリスト大尉の起用という事なのである。
吹き抜ける夜風、昇る月。波間に揺れるは、玩具の艦隊。
宇宙世紀0282年10月18日
セレーナ少佐率いる伊達幕府軍は、朝鮮国の海上戦力を既に一蹴し、プサン港を制圧。部隊を揚陸して都市へ攻め込んでいた。これも、宇宙世紀0279年10月に発生した台湾国防衛戦において、朝鮮艦隊の多くを撃破していたことが大きく、この後の海上艦隊の再建を行わなかった朝鮮国は、ほぼ無抵抗な状態のまま、幕府の侵攻を許したのだった。
「プサン包囲。友軍12個師団。敵軍推定4個師団。先の戦闘でプサン近郊のダム、発電所、ガスタンク、高速道路、鉄道を破壊。友軍損害約5千人、敵軍損害約12万6千人。敵民間人損害6千人。陸戦部隊のインドネシア義勇軍は勇猛なるも、統制が効かず苦慮。以上、報告を終わります。」
カリスト大尉がそう言って通信を切る。クラウン中佐への定例報告である。現在伊達幕府はフィリピンの治安回復と朝鮮討伐を平行して進めており、朝鮮方面は方面軍司令としてクラウン中佐が、実働部隊指揮官としてはセレーナ少佐が指揮を執っている。
「セレーナ少佐、プサンを包囲中ですが、民間人が20万人程は残っていると思われます……」
「民間人の避難は、プサン港を攻略した直後の3日前から毎日呼び掛けましたわ。」
カリスト大尉の疑念を含んだ問いかけに対し、けだるい声でセレーナ少佐が言い返す。
「……えっ?」
「『……えっ?』ではありません。プサンには民間人は居ないということですわ。」
「いや、現に居るじゃん?」
「民間人偽装ゲリラなら、20万人程居ると聞いていますわね。」
そのセレーナ少佐の発言に、カリスト大尉の表情が青ざめる。その意味するところはあまりにも明白である。
「ところで、総司令シルバー大佐からの通信です。」
「こんなときに!?クオン曹長、読み上げて!」
シルバー大佐からの直々の指名で軍監として参謀を務めるのは、クオン・イツクシマ曹長である。元々からして女神隊士であるから適任ではあるのだが、彼女は総司令であるシルバー大佐と戦術思考が酷似していることから、シルバー大佐が特に必要な時には、このように自分の分身のような役割を担わせているのである。夫をイシガヤ少佐と同じくしていることからの気安さもあるが、北海道降下作戦以降は戦場で酷使されており、イシガヤ少佐とは完全に予定がすれ違っている状態であった。いずれにしても、今回はまだフィリピンを離れられないシルバー大佐への報告役として、彼女はこの戦場に派遣されていた。
「シルバー大佐からの通信を読み上げます。『心ならず 君に授けし 梓弓 涙に的の 霞むとも引け』以上です。」
そう和歌が読み上げられる。幕府で正式な命令にし難い内容を和歌に託して伝える伝統がある。悠長ではあるが、それなりに意味はあるのだ。
「繰り返します。『心ならず 君に授けし 梓弓 涙に的の 霞むとも引け』以上。」
「なっ……」
カリスト大尉が息を呑む。意味はこうだ。この命令は不本意ではあるが、セレーナ少佐に与えた指揮権限において、例え苦しい心情であっても敵を討ち滅ぼせ。即ち、この状況においては、民間人であってもまとめて滅ぼせ、という意味である。
「シルバー様に伝えなさい。『心ならず 君に預かる 梓弓 今日ひとたびは 怨みても引く』以上。」
セレーナ少佐が返歌の通信を返す。不本意ではあるが、攻撃を実行するということである。
「シルバー大佐に返信終わりました。」
「では、攻撃を開始します。クオン曹長は戦術参謀として友軍の進撃路を策定せよ。カリスト大尉は遊撃隊を指揮し、文化財・非戦闘区画などの保護にあたれ。前衛部隊指揮は陸軍ニッコロ大尉と女神隊ヒビキ中尉が先導に当たりなさい。」
ニッコロやヒビキといった指揮官を前衛に充てるのにも理由はある。この二名は幕府内では実戦経験が多く、ある程度の政治的判断力もあるため、あらゆる局面において動揺する恐れが少ないのだ。加えれば、セレーナ少佐の指揮下での活動経験も多く、互いに行動を読みやすい。一方でカリストに後衛指揮させるのは、比較的人道的で兵担や衛生兵管理が得意である点と、政治的判断力に劣る部分での措置である。
暁に空は朱に染まり、まさに煌めく数百の巨兵
各々火砲を携えて、その姿深紅に染まらん
都市を攻囲する布陣、ただ一兵も逃げる隙も無し
如何程の魂、この紅蓮に消えるものかや
「各員に告げる。蹂躙せよっ!」
セレーナの号令一下、幕府軍の急降下爆撃が始まる。その業火にプサンの空は紅に染まる。退去勧告は出した。しかし、逃げない人や逃げられない人も数多くいたはずだ。だがそんなことはお構いなしに、弾丸やミサイルという雨粒が大地に降り注ぐ。もはや止まるものではない。
「汎用戦闘機旋風改による第一波爆撃により、敵対空砲台の推定位置同定しました。荒嶺山、金蓮山周辺です。データ転送いたします。」
幕府の艦隊は既に朝鮮国軍の機動部隊をすべて撃破しているため、水営湾に神威級高速巡洋戦艦などの陸上へ実弾砲撃可能な水上艦を並べている。また、この後方海域には霧島級護衛艦と空母艦隊を配置し、この空爆を行っているのである。セレーナ少佐は旧長門級超弩級戦艦夕凪に乗艦し、これらの艦隊を指揮しているのであった。
「データを基に艦砲射撃開始せよ。」
迎撃用の火砲を撃破するのには、艦砲などによる攻撃が良い。戦闘機に積む爆弾より高火力で、いくらかの防御が施されていても貫通するからだ。また、幕府の艦艇は主に実弾砲のため、放物線軌道で敵の正面障壁をクリアできる利点もある。
「順次報告します。」
クオン曹長が述べる。
「プサン正面要塞砲沈黙。プサン空港沈黙。駅舎大破。市庁舎大破炎上。浄水場大破。全造船所大破。主要ガスタンクコンビナート大破炎上。石油コンビナート小破炎上。戦闘機隊は継続して高速道路、主要道路、鉄道網を破壊中です。また、港湾周辺都市への爆撃が一巡次第、プサン主要都市である東莱区への攻撃を行います。」
「宜しい。」
セレーナが頷く。
「それと、一般道路及び避難民への攻撃は手が足りないため後回しにしています。」
「それならば仕方ありませんわね。」
セレーナの口調はいつも以上に平淡ではある。クオン曹長は手が足りないというが、副砲の角度を3度も変えればすむ話でしかない。だが、その言い分をわかっていて認めているのだから、セレーナ少佐の思惑は、そういう事である。
紅蓮の炎が町を焼き
我らが心は砕け散らむ
四面楚歌
嗚呼、目に映るは敵のサイクロプス
まるで巨狼大蛇に蹂躙され
ついに迎えるラグナログの如き
終焉
廃墟
まさに廃墟
我らの家、無く
我らの命、無く
我らの心、泣く……
廃墟、廃墟、廃墟、廃墟、廃墟、廃墟、廃墟、
廃墟、廃墟、廃墟、廃墟、廃墟、廃墟、廃墟、廃墟、
廃墟、廃墟、廃墟、廃墟、廃墟、廃墟、廃墟、廃墟、廃墟、
総ては燃えつきて灰塵と化す
「空が赤い……。小日本の猿どもが!俺たちの街を!」
朝鮮軍プサン守備隊司令が罵りの声を上げる。旧東莱邑城址跡に本営を構える朝鮮軍であるが、ほとんど抵抗もできぬままに一方的に蹂躙されるだけの戦況である。十分な防備を固めていなかったつけではあろうが、無残極まるほどの状況であった。
「司令!プサン要塞がもちません!」
「いったい敵はどれだけいやがる!」
「三番基地…消失。続いて…五番消失……」
「消失っ!?」
「あり得ない数の砲弾です…」
赤い空を覆う鉛色の雨。従来なら一般的なビーム兵器などの攻撃を受けても対ビームコーティングなどである程度は弾き返せる要塞構造ではあるのだが、実弾による質量攻撃を喰らっては如何ともし難い。弾丸の質量攻撃を防げるのは、物理的に厚い装甲のみである。近年においてはコストのかかり過ぎるこれら実弾兵器が減っていたとはいえ、基地すらコスト低減しようというのは正気の沙汰ではない。
「空軍を展開して敵砲を破壊しろ!特攻してもだっ!」
「司令、空軍はほぼ壊滅!」
「なにっ!?」
「圧倒的戦力差です!10倍どころではありません!無理です!」
「援軍は!?北京の連中はどうした!?」
彼がそう言うのも無理な話ではない。もともと朝鮮軍が日本に反坑的立場をとっていたのは、北京戦力をあてにしていたからでもあるのだ。政治情勢から言えば、南京政府は伊達幕府軍と比較的友好的な関係にはあるが、北京政府は従来より敵対的である。この支援を長年受けていたのが朝鮮国であり、朝鮮を突破されれば北京の危機にも直結するため、こう考えるのも無理もない状況ではあったのだ。
「南京からの敵軍侵攻に備えるため援軍は出せないそうです……」
その北京軍も南京軍との抗争で身動きがとれない。この南京軍の動きは伊達幕府の扇動と買収によるものだが、彼らは知らぬことだし、知っていても今さら対応出来るものではない。
「……逃げるぞ。」
「司令!?」
「私には家族がいる。妻も幼い子供もいる。こんなとこで死ねるか!」
「王や姫君はっ?国民は!?」
「しょせんは他人だ!俺は逃げる!死ねるか!忠誠心なんてくそ食らえ!生きていなけりゃ話にならん!」
司令という身分の者が言うことではないが、ある意味では潔いとも言えるだろう。
「司令!!?てっ、敵の強襲部隊です!」
「なっ!うわぁぁぁっ!」
天井が崩れ、彼の目にはメカニズムの塊でできた巨人が映る。
「た、助けて!」
その言葉は最後まで言えたのであろうか。巨人の攻撃のあとに残るのは、ただ挽き肉だけである。




