第21章 降服と戦争準備 05節
新仙台城議事堂。……天下に名だたる新仙台城の区画には、幕府の行政府が有する議事堂がいくつか存在する。城内に配置されているのは、この城が対サイクロプス戦、対航空機戦、対艦砲迎撃戦に備えた城郭であることが大きく、これらによって要人の安全を守るためである。イシガヤ屋敷ともそう離れてはいないことから、イシガヤ少佐はカレンを見送った後、その足で議事堂に訪問していた。
「用件は二つある。」
議事堂の一角では、クラウン中佐率いる近衛軍の幕僚衆が任務を調整しているが、それを流し目にイシガヤは併設された司令室に入り、そういう。副司令であるカナンティナント・クラウン中佐と、幕僚を務める防衛軍軍団長のヘルメス・バイブルが在席しているためであった。そして、その司令室の扉を開けた直後に、彼は先のように単刀直入に話を進めたのである。
「遊撃隊のマール・サンダー中尉を、今回の戦功をもって大尉に任命したい。遊撃隊も指揮官不足であるし、日は浅いが能力は充分だ。」
イシガヤの用件の一つはそれである。近況報告などは逐次行っているため、わざわざ雑談をする必要はないのだが、それにしても彼がそう短兵急に話し始めたのは、既に日が暮れようとしていたからであった。その理由に気が付いているクラウン中佐は、そのまま話を進める。仙台を訪れている以上は、ヤオネ大尉の元に早く帰りたいだろうからだ。
「ナイアス・ハーディサイトの娘を手に入れた武功か。幕府国会には喧嘩を売るようなものだが、軍の裁量のうちだ。マール中尉は軍歴自体は短いが、経歴からしても能力的には大尉で問題ないだろう。」
国会に対して喧嘩を売ると言うのは、フィリピンを降伏させる手柄をたてたカレンの事を評価することに繋がるからである。政府は本来、フィリピンを徹底的に討伐したかったのである。この件は、その邪魔をした事で得た武功であるから、そういう意味としては正しい。
「それにマール中尉はセレーナ少佐の家臣にもなっていたな。日本協和国伊達幕府に移民して日が浅い問題もあるが、彼女にも子飼いの将がいても良かろう。家臣であることを前面に打ち出せば、移民からの日数の事は曖昧にできる。」
クラウン中佐が述べる。先の宇宙会戦の後、登用を円滑にするためにセレーナ少佐は彼を家臣にしている。もっとも、少額の捨て扶持を出すことで、名目上そうしている、というレベルではあるが。クラウンとしてはわざわざセレーナ少佐と敵対する理由もないし、恩を売れると思えば安いものだ。また、幕府はもともと移民をある程度受け入れてはいるが、だからと言って軍でいきなり出世できるわけではない。当然ながら過去の経歴などや、幕府への貢献度をもって判断されていく部分がある。但し、幕府の少佐というのは特異な立場にあり、一定の家臣を抱えてその任務の負荷を軽減させることができるように法整備がされている。この家臣制度というものの抜け道を使えば、そのような登用も可能にはなるのであった。
「助かる。もう一つは、サタケとクルマの助命嘆願だ。これはケネス・ハーディサイト及びフィリピン国からの要請でもある。」
この件についてはイシガヤにもあまりメリットはないのだが、一応約束であるから上申しているに過ぎない。
「捕虜にしたサタケ元大尉とクルマ元中尉か……。」
謀反人の一党であって、木星においてはその関係者達を公開処刑にしているほどである。だが、この時点で問題があるとすれば、二人は既にフィリピン国に亡命している、という事である。犯罪人として引き渡し要求をする事は可能ではあるのだが、内政干渉にもあたりそうな内容でもあるため微妙なところなのである。基本的に幕府は、敵対しない限りフィリピン国に対する内政干渉までは実施しない方針で、自主独立を認める立場であった。
「現在はフィリピン軍所属であったのだから、フィリピンの意向に任せるしかないかもしれないな。一応その件については、私からも国会に投げかけよう。サタケ元少佐であればさておき、サタケ元大尉程度の立場ではさほどの脅威でもないしな。」
サタケ元大尉は元幕府軍大尉でも、政治的に関与し重要視される常設師団長の上級大尉という立場でもない。しかも木星軍の所属であったことから、地球圏においての価値はそれほど高くはないのである。生かしておいても支障はないというのは事実ではあった。
「それと別件だが、タカノブには先に言っておこう。釜山攻略の副司令は、セレーナ少佐を予定通り任命する。総司令は私が務めるが基本は後方待機のつもりだ。」
クラウン中佐がそう述べる。
「やはりそうなるのか……。しかし国会からはクキ少佐を総司令に、ナオエ大尉を副官にとの話ではなかったか?」
イシガヤがそう尋ねる。その話は政治的な都合もあり、徹底的に朝鮮半島を征伐する上でそれが可能な人材を国会が指名してきたものだからである。その都合、執権であるイシガヤも内容は把握していた。
「却下だ。」
が、クラウン中佐はそう述べる。
「軍専任の人事に口出しをさせるなど許されるものではない。それに、クキ少佐はともかく、ナオエ大尉ではやりすぎるだろう。国会はそれが望みなのだろうが。」
現在空軍常設師団長を務めるナオエ大尉は、戦は勇猛で強いが、性格的にはいくらか残忍なところがある。空軍は単独で援軍などに派遣されることも少ないため、さほどの政治力等は求めらず問題はないのだが、今回のように派遣軍の副司令とするには若干ネックがある人物なのであった。」
「しかしセレーナでは逆に弱すぎないか?」
イシガヤがそう述べるように、セレーナ少佐はどちらかと言えば優しい性格をした指揮官である。まともに指揮を執らせれば、国会が望むような人権無視の蹂躙戦を行えるとは思えないのだ。
「理由は二つある。一つは国会への当てつけだ。国会が蹂躙戦を望むというのならば、国会直属の女神隊に指揮を取らせてもよかろう。その女神隊が命令受諾を拒否するというのならば、国会は蹂躙を望まないという事だ。」
「なるほど。一理あるな。」
「二つ目は、武功の調整だ。セレーナ少佐の勲功は凄まじい。北海道攻略戦ではやや失点があったとはいえ、他の軍団長に比べての武功は大きく、国民的人気も大きい。釜山攻略は成功しても人気は落ちる可能性が高い作戦であり、失敗すれば単純に武功が落ちる。調整には都合のいい作戦だろう?」
「そうだな……。確かに、あまり過大な評価が増えるのは、本人にとってもよくはないな。」
既に20代の若さで、上級少佐軍団長に任命されているセレーナ少佐であるが、当然ながらやっかみもある。現状では方面軍軍団長である中佐の役は埋まっており、これ以上の出世は望めない。同時に、本人も別段出世を望んでいるわけでもないため、ほどほどに戦功を調整する意味合いでもあった。もっとも、この場合セレーナ少佐の出世を考えると、地球方面軍のクラウン中佐や、火星方面軍軍団長を務める彼の父マーク・クラウン中佐と立場がぶつかる、という考えもあるのかもしれないが。
「しかし、セレーナ少佐に全面的に任せるのは、こういってはあれだが、可哀想ではあるな。」
イシガヤが軍人としては微妙な言葉を述べる。彼女の性格を考えれば、大規模虐殺に対する耐性がそこまであるとは考えにくい。軍人としてはそれでもやれと言わればやるしかないのだろうが、この若さで極端にメンタルに負荷をかけて潰してしまう可能性、というのは好ましくはないだろう。
「釜山次第だが、タカノブ、お前も出陣の準備はしておけ。」
「俺?」
「先の要求の便宜は図ってやる。ナイアス・ハーディサイトの娘も手に入れたのだ。それなりに働いて貰わねば困る。」
「……まじか。でもそれしかないんだろうな。」
クラウン中佐のそれは、イシガヤ少佐の派遣軍指揮官としての戦績はそれほど良いとも言えないとはいえ、朝鮮討伐程度であれば特に問題のあるわけではないし、それなりに対応が取れる、という判断だろう。王族当主であることも都合がいいのかもしれない。
「それに、タカノブであれば羽虫のように人を殺すことも慣れているだろう。」
クラウン中佐がそういうのは、イシガヤが黒脛巾という工作部隊を有しているからである。この部隊を率いて、彼の権益を侵していた家臣団を粛清したことは、公然の秘密である。もっとも、証拠が全くつかめないとして、イシガヤ達が罪に問われることは一切なかったのであるが。
「それについては、クラウン家とバイブル家が静観していなければ、もっと楽だったんだが?」
イシガヤがそう嫌味を返す。幼少の時期にイシガヤ家が影響力を持つクリスタル・ピース・グループでおきたそれらの問題について、大株主としてある程度の権限を持つクラウン家やバイブル家はこれらを静観していた。
「簒奪に動かなかっただけでも感謝して欲しいところだな。こちらの家臣も何人かは殺されているのだ。」
「ウチに手を出したらそりゃそうなる。まぁ、先のイーグルの反乱と併せて、ようやく黒脛巾の中も掃除が完了したから、まぁいい。」
これは不幸中の幸いと言ったところでもあるだろう。長く存在する組織というものは企業であっても腐敗していくものではあるが、要職についていた者達を大規模に粛清できたことから、現状ではイシガヤの手のもので固めることに成功している。これは私設工作部隊の黒脛巾もまた同じで、クラウン家やバイブル家でも利用していたこの黒脛巾のルートは、総てイシガヤが掌握できるようになっているのだった。
「イシガヤさん、それらの事はさておき……」
それまでおとなしく横に控えていたヘルメス・バイブル少佐が口を挟む。確かに王族同士で過去の事を咎めたところで、今の問題は片付かないため建設的ではないのだが、
「天皇陛下は朝鮮討伐に対して反対されていますので、イシガヤさんも叱られてきてくださいね。」
「えぇ……」
「明日午前11時にアポイントを取っていますので、しかと参内するように願います。」
「今の皇居京都の新二条城に移ったじゃん。ここ仙台じゃん。面倒なんだが。」
「よろしくお願いしますね。」
「……はい。」
彼女に睨まれたイシガヤは、おとなしくそう応じるのであった。
翌、新二条城。
現在の新二条城は、京都郊外に新規に建設された大規模要害であり、対サイクロプス戦や対艦隊戦を想定したものである。市内に作る案も当時はあったが、流石に文化財の多い地域を破壊するのは忍びないという事で、些か不便な山中に新規建設されていた。この天下の要害たる新二条城に今上陛下は居住するわけだが、同日午前、いつかのようにイシガヤの乗る純銀の騎士然としたペルセウスと、御供のサイクロプス数機が鎮座していた。
「石谷太政大臣、入りたまえ。」
そのように述べるのは、西国鎮守将軍を賜る槇田右大臣である。入室するイシガヤを待ち受けるのは、凪仁天皇陛下を筆頭に、多喜左大臣、槇田右大臣、蔵運内大臣、聖書中務卿などの見知った人物の他、スズキ・アース社の鈴木参議など、四位以上の地球における朝廷貴族が殆ど揃っている。なお、蔵運家や聖書(鈴木)家の官位が異常に高いのは、彼らが凪仁天皇のはとこに当たるためである。
「諸公よく集まった。石谷太政大臣は上座に参れ。これより臨時の朝議を開始する。」
イシガヤが到着次第、些か短気の凪仁天皇が自ら朝議を始めるよう宣告する。実際のところ、予定の人員が全員集まっているわけではないのだが、主要人物は集まったため構わない、という判断なのであろう。
「幾つかあるが、本題から始めようぞ。つまり、伊達幕府による朝鮮侵攻計画の事であるが、朕としては幕府の提案に反対である!」
この言葉に、各大臣は『やれやれ困った』『どの口がそんなことを言うのだ』と言いたげな様子で、彼らが天子の顔を見る。それも無理からぬ話で、先の朝鮮国の台湾侵攻作戦に際しては、友好国の台湾救援のため、天皇自ら兵を率い対馬に布陣し、朝鮮半島へ乗り込む寸前のあり様だったのである。セレーナ少佐に指示を受け、ヤオネ大尉が幕府軍を率いて台湾救援に向かったため、天皇の率いる皇軍は戦闘に参加せずに解散することになったのだが、割と本気で天皇が朝鮮への侵攻計画を立てていたことを知らない彼らではないのだ。
「今上陛下に置かれましては、世の大乱に御心を悩まされていらっしゃることと思われ、また大和による異国侵攻をよく思われないことも承知しておりますが、情勢的にはやむを得ないのではありませんでしょうか。」
そう述べるのは槇田右大臣である。西国を束ねる彼としても、幕府に核弾頭を撃ち込んだ朝鮮国は目障り、という事は当たり前の事実である。もっとも、彼自身は積極的に兵を出そうとはしないのだが、この辺りは単独で動員できる兵力が少ないことに加えて、侵攻作戦で発生する政治的な後処理を嫌っての事である。
「槇田右大臣の言う通りでございます。」
それに多喜左大臣も同意する。彼の場合にはロシアなどへの牽制部隊を運用しており、幕府の国土防衛作戦にも積極的に協力している立場であるが、政治的にはあまり主張はないため周りに合わせているだけであった。
「左様な。しかしながら朕は敷島の天子であって、天下の諸国を改めて朕の膝下に置く気はない。ただ、天下万民の平和を祈り、そして安寧を求めるのが朕の仕事である。従って、朝鮮国の侵略など赦されることではないのだ、と、思うのである。」
「いや、我々も侵略したくてしようとしているわけではないのですが。」
イシガヤも天皇の言葉対して、反論とまではいわないがそう反応を返す。
「鈴木参議、疾く説明せよ。」
「……御意。」
額の汗を拭いながら、鈴木参議が報告を始める。無論冷や汗である。彼はもともと石谷家の影響下にあったクリスタル・ピース・グループ(CPG)の地球事業部の子会社を、半ば敵対的に独立させた経緯がある。現状で、言うほど敵対関係にあるわけではないが、そのCPGの名誉会長が、今、目の前にいる石谷太政大臣なのである。
「インドネシア、フィリピンなどにおきましては、幕府の実力もさることながら、今上陛下の御威光によって周辺諸国の方々にご協力いただき、平和裏に問題を解決されたかと思われます。インドネシア、フィリピンにおいてもそれなりの被害は出ておりますが、大規模な戦闘であった割には被害も少なく、今後は日本協和国と手を取り合って治世を進める、との約定がなされました。」
「左様。鈴木参議は、朕のために骨を折ってこれらの交渉をまとめてくれておる。」
「……お言葉ありがたく。つまりは、このように敵対的であった国であっても周辺国に協力を願い、被害を抑えて協力できる体制を取れたのですから、なにも朝鮮半島を蹂躙しなくてもいいのではないでしょうか、というのが趣旨でございます。」
鈴木参議はそう述べるが、はっきり言って彼の言葉は軽い。本来キレ者である彼がこんな程度の低いことを述べているのだから、それはそれで意味がある事なのである。
「なるほど……」
それと同時に、今上天皇がスズキ社長にそう述べさせたのは、イシガヤ家に敵対的な行動をとり、フィリピン側とも接点を持ったスズキの立場を擁護するものでもある。発端がどうであったかはともかく、実際に天皇の命令を受けて行動をしていた部分があるのならば、幕府としてもスズキの行動について処罰することは難しいのだ。
「陛下、お尋ねいたしますが。」
「石谷太政大臣、よいぞ。」
「……いかなる場合であっても、陛下は朝鮮国討伐を反対なされる、と?」
「然り。」
「なるほど……。」
イシガヤはその答えに思案顔となる。確かに、対馬の事があったとはいえ、天皇の立場としては戦争を仕掛ける、という事は問題があるのだろう。先の時には台湾防衛戦の戦端が開かれたと同時期に救援目的で朝鮮討伐に向かったのであれば、それは既に相手から開かれた戦端に相乗りして戦闘に参加した、しかもそれは友好国の救援目的であった、という言い分は成り立つ。だが、今回のようにすでに終わってしまったこと……、数か月前に核ミサイルを撃たれたとはいっても、その時点で会戦が発生せずに外交交渉に移ってしまった状況において、幕府から戦端を開く、という事は、『天下の安寧を願う』という天皇の本質的な役割からは逸脱してしまう。
「…………。」
そして、イシガヤが先ほどから感じている天皇からのプレッシャーからすると、彼は含み笑いをしているような感じである。それはつまりそういう事だ。
「では……、来て早々に申し訳ありませんが、幕府執権たる私は退席させて頂く。」
そう言いながらイシガヤは片膝を付く。御前から下がるにしても些か無礼な態度である。
「待たれよ石谷太政大臣!陛下の御前から朝議も終わらぬまに退席など、無礼ではないか。」
些か大仰な物言いや身振りでそう咎めるのは、槇田右大臣である。立場として、幕府の人間がそう咎めるわけにもいかず、些かぼんやりしている多喜左大臣ではそのような芸当もできないことから、彼が言い出すことが適任であった。
「右大臣殿、しかしながら幕府としては陛下の意見に反対である。国民と国会が納得しない。故に退席させていただく。」
イシガヤは、些か演技ががった尊大な物言いに変えてそう述べる。
「では、議論を打ち切ると、そういう事でよろしいか?」
「その通りだ。……たとえどのように陛下が反対したところで、幕府は朝鮮に兵を進める。」
「それでも止める、と、申せば?」
要点であろう。槇田右大臣がそう目をギラつかせて問う。
「……武力をもって押し通る。」
「では、場合によっては二条を囲うとでもいうのか?」
「囲う。……陛下の玉体に傷をつけようとは思わぬが、我々に異見を述べるというのであれば、弓矢をもって御相手することになるかもしれんな。……朝鮮討伐に当たっては官位などを要求するかもしれないが、それも追認いただく。」
イシガヤの要求は、天皇の意見など聞かないし、天皇に言うことを聞かせる、といった、朝臣の言葉としては非常に尊大な内容である。
「石谷太政大臣、流石に朕の皇軍をもってしても、そちらの率いる幕府軍に勝てる見込みはない。だが、臣としての分を超えた発言であろう。本日は下がってよい。頭を冷やして改めて出直してまいれ。」
「……御意。」
平伏してから退出するイシガヤを見ながらも、いくらかワクワクとした雰囲気を出す凪仁天皇は、その実、幕府と一戦してみたいとでも考えているのであろう。立場上許されないだけで、軍事的才腕にも恵まれた彼ではある。が、もちろんそんなことは許されるわけがない。戦ったところで、皇軍及び西国鎮守府、東国鎮守府の軍をすべて併せても先のフィリピン軍の総戦力に届かない状況であるから、幕府軍を打ち倒せるほどの戦力にはならない。そもそも戦う前に、食糧、鉱物資源、燃料、電子部品など、あらゆる物資を木星圏から輸入している日本協和国にとって、それら物資を止められるだけで長期戦を行うことが出来なくなるのである。幕府に擁立されて建国されたのが、この日本協和国であるため致し方のないことではあるのだが、逆に言えば、それを承知で今上天皇は幕府に反対の立場を表明しているのであった。
「茶番だな。」
新二条城を背に、イシガヤの載る銀色の巨兵であるペルセウスは、天照す陽光を反射し、綺羅として立ち上がる。肩背に装備していた巨大なランスの矛先も上に上げ、石突を地面について固定する。
「思いのほかお早いですが?」
付き添いであったマール大尉以下のサイクロプス隊もまた、そのペルセウスに続いて萌葱色の量産機を立ち上がらせる。彼らの機体はペルセウスとは異なり、マット調で陽光を浴びても反射することなどない、戦場における視認性を落とした塗装がなされている。
「各機、幕府の軍旗を揚げよ。新二条城から仙台に戻るぞ。」
「まだ城内ですが?」
マール大尉が問う。城外に出てからならともかく、城内で幕府の軍旗を揚げるというのは、儀礼上問題がある行動である。天皇の御前に兵を並べて威圧するのと同じことだからだ。天皇の兵であれば、揚げるのは錦旗や皇軍の旗でなければならないだろう。
「茶番のために必要なのだ。構わん。」
その指示に従い、幕府軍のサイクロプスがすべて『日の丸にイルカと日輪に陽光』の幕府軍旗を掲げる。今回はペルセウスも、イシガヤの個人旗ではなく同様に幕府軍旗であった。
「各機、長巻を装備せよ。矛先はペルセウスと同様にあげておけ。」
それらはぱっと見としては単に儀仗に見えるかもしれないが、この場においては戦闘への備えを意味する。御所においては武装解除が基本のため、武器の準備をすることは基本的にあり得ない。その準備をしているのだから、まさしく異様な光景である。
「5分程したら退去する。それまで待機。」
その異様さに気が付いた、御所に平素から詰める報道陣が急ぎカメラを回し始める。イシガヤがすぐに動かないのはこのためだ。まさしく茶番以外の何物でもないのである。
「出でて去なば 心軽しと いひやせむ 世のありさまを 人は知らねば……。」
イシガヤがそう詠むのは伊勢物語の和歌の一つである。
「さて、5分程経過したな。では、退去する。各機我に続け!」
そういったイシガヤは、カメラを構える星海新聞社にペルセウスの手を振って見せてから、近接兵装の装備を維持したままの状態で新二条城のサイクロプス置き場から出る。出た後、門前にて振り返り、御所に対してランスを掲げてからの退去である。もちろん威嚇行為を意味するため、朝臣の態度としては問題のあるものだ。
星海新聞
宇宙世紀0282年9月16日 本日緊急の朝議が行われたが、予定終了時刻よりも早く伊達幕府執権の石谷太政大臣が退出。その際に新二条城御所内にて愛機ペルセウスの武装と幕府軍軍旗を掲げ、退出後の城門前においては、城内に向かってから改めてその白銀の大ランスを天高く掲げられた。朝廷と幕府において何らかの問題が発生したものと推測されるが、天皇陛下に対する行動としては不適切な対応であるため、各紙は状況の詳細を確認中である。