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星光記 ~スターライトメモリー~  作者: 松浦図書助
後編
112/144

第20章 カレン・ハーディサイト 02節

 「サタケ大尉、爆発音ですが状況は?」

 そう問うのは、フィリピン国前総督ナイアス・ハーディサイトの娘にして、現総督ケネス・ハーディサイト将軍の姪のカレンである。親族や一部の要人家族を護衛する親衛隊を指揮し、この地下施設に退避していたところであった。こんなにも早くこの拠点を襲撃されるとは想定していなかったため、彼女らも驚愕せざるを得ない状況ではあったが、可能な範囲の迎撃準備は既に整えてはいる。

 「報告しよう。敵サイクロプス隊の10機がこの拠点周辺を探索している。おそらくこの拠点の存在に気が付き、ここを攻撃しようという算段だろう。」

 「勝てますか?」

 「こちらは1個中隊規模の15機で数は優勢だが、勝てるかどうかはわからない。敵の中にペルセウスがいた。敵は伊達幕府遊撃隊隊長にして、伊達幕府執権のイシガヤだ。」

 数の優勢は大きいが、しかし戦局が覆らないとは限らない程度の戦力差である。特に隘地での戦闘になれば有利な数を活かせないだろう。些か短慮な気のあるサタケ大尉ではあるが、戦力差をそうそう見誤るほど無能ではない。

 「イシガヤ様とは、どのような方なのですか?」

 「…………カレン殿の父上であるナイアス・ハーディサイト中将を討ち取った男だ。」

 それは先のイザナギ・イザナミ要塞沖宇宙会戦でのことである。兵力数で言えば倍ほどもあろうハーディサイトの追撃軍を、伊達幕府軍が乾坤一擲の特攻で蹴散らし、そして総大将のナイアス・ハーディサイト中将を討ち取ってしまった会戦である。先の釧路沖海戦と併せて、寡兵で大兵を退けた奇跡的な会戦と称賛されるが、実際にはただ奇跡が起こっただけの戦いであった。

 「…………どのような指揮官なのですか?」

 カレンが気丈にも質問を続ける。まだ幼さを残す彼女にとってはつらい話題のはずである。だが、軍を指揮する上では、敵の情報は少しでも有するべきであり、彼女はそこを弁えているのである。

 「イシガヤとは戦った事もあるが、自らサイクロプスに乗って指揮を執り、先鋒として突撃してくるタイプの指揮官だな。決して采配に優れている事はないが、隊長自ら突っ込んでくるため部下も続かざるを得ない。特に専用機のペルセウスの防御力と加速性能は高く、激水のように攻撃力には定評があるな。」

 それは先の木星会戦で翻弄された、彼自身の経験に基づく答えである。イシガヤ少佐が特筆して優れた指揮官かと問われれば疑問ではあるが、油断をしていい相手ではない。

 「粗暴で前線で指揮を執るような、戦術指揮官なのでしょうか?」

 カレンはそう問う。幕府軍の戦歴から言えば妥当な評価であろう。無謀にも大軍に突っ込んで戦功をあげてきた軍勢であり、イシガヤはその筆頭である。

 「いや、存外慎重な展開はする。戦術指揮官というよりは軍政家などのほうが近いのかもしれない。だがしかし、戦闘技術は荒っぽいな。」

 指揮能力としては確かにサタケ大尉自身よりは優れているが、かといって決して小規模の戦術指揮では勝てないと思えるほどの指揮官でもない。

 「……そうですか。狂将という仇名程には、危険な指揮官ではないという事でしょうか。いずれにしてもサタケ大尉、迎撃は任せます。」

 「了解した。」

 何にせよ今取れる手段は限られており、カレンとしては現状においてサタケ大尉の奮戦に頼るしか、とれる方策などないのであった。



 「イシガヤ少佐、ソナー解析が終わったぞ。」

 一方のイシガヤ率いる2個小隊は、順調に周囲の解析を完了させていた。新兵レベルの兵を半分含む状態ではあるが、素人集団の海賊軍をまとめていたマール中尉の統率力も寄与し、並みの軍勢程度の速度で完了していたのであった。降将としてまだ実績の少ない彼は、率先してそれらの処理を行っている。

 「そうか、マール中尉、それでどんな感じだ?」

 イシガヤもまた工作員としての技能は高く、彼の直属兵も同様なため、わざわざ聞かなくても状況は把握できるが、敢えて聞くのはマール中尉の力量を検分するためでもある。また、新兵達に手本を見せるためだ。自分でやる方が早かったとしても、部下の育成もしなければ長期的な戦争では兵員に不足することになるからである。

 「平山の内部は坑道になっており、かなりの深部まであるようだ。推定される出入り口は4つほどあるが、ソナーの探索外の部分もあるためすべてはわからない。」

 「一番近いところは?」

 「正面だ。」

 そういってマールがソナーの解析図面を全員に回覧しつつ、該当の地点にマーカーをつける。まさに、現状の地点から50mもしない程度の場所である。

 「OK。正面から突入しよう。対隔壁レーザーはあるな?」

 イシガヤがマール中尉に問う。

 「もちろんだ。」

 これは、前線で暫定的な工兵を務めることもある遊撃隊にとっては、標準的な装備の一つである。

 「イチハラ軍曹、護衛するから対隔壁レーザーを使用して、推定される出入り口を抉じ開けろ。」

 防御要塞であれば隔壁の厚さはかなりものではあろうが、この時代開けられない隔壁などはない。攻撃を守り切れる盾や装甲は存在しない。時間をかけてレーザーで焼切れば良いのだ。もっとも、その隔壁まで近づければ、の話ではあるが。

 「行くぞ。」

 しかしながら、この周辺はあまりにも静謐で、敵の攻撃を心配するなどまるで無用の様相である。考えられることは2つある。1つ目は防御するだけの兵力も無く守ってもいないか、ものの抜け殻となった要塞である可能性だ。この場合、当然ながら攻撃される心配などはない。2つ目は、敵が坑道の中で雌伏しこちらを待ち受けているか、だ。伊達幕府軍の宇宙要塞イザナミなどはそのタイプの要塞であり、敵を引き込んで要塞内部で敵軍を密集あるいは分散させ、もっとも有利な地形を利用して敵を駆逐するものである。それと同様な構造をしている場合、この入口に関して比較的防御していない可能性も否定はできない。その場合は、わずか10機での進軍はかなり難儀な事であろう。

 「マール中尉、ここの詳細座標をクスノキに報告しておけ。」

 「了解した。」

 念のためである。クスノキ中尉は本陣として航空戦艦伊吹級の氷月で待機しており、有事が起きればここから増援を行う準備がある。探索のために全軍を動かすのは危険であり、十分に予備選力を備えておく必要があるのだ。

 「イシガヤ少佐、開きました!」

 「よし。では準備を始めろ。」

 イシガヤの指示で各機が背負っていた鋼板2種を降ろし展開をはじめる。携帯用盾の一種であるが、一つは中空になって対衝撃性と軽量さを兼ね揃え、また表面コーティングによりビーム攻撃を拡散させる構造になっている。また、もう一つは、薄いながらも重量があり堅牢な構造をしている鋼板である。これは実弾の貫通を防ぐためとやはりビームを拡散させるためのものだ。通常、伊達幕府軍の工兵部隊が運用するものであるが、要塞攻撃、占領地の暫定防御など、多目的な戦場に対応する遊撃隊は、艦艇と同行戦闘をしていない限りこういった汎用武装を装備する習慣がある。ほかにも、先の隔壁突破用のレーザー、ソナー、あるいは要塞攻撃用の迫撃砲弾、撤退用の煙幕弾、閃光弾など、多岐にわたる兵装を装備している機体が多い。一つの難点は、これによって単一武装による一斉攻撃での突破力が削がれている事だが、遊撃隊にはその機能は求められておらず、必要な場合には後続の陸軍、海軍、空軍、その他主力部隊が対応することとなる。

 「では行くか。イチハラ軍曹、敵の伏兵が出現した場合、その時点ですぐにクスノキ中尉に増援を請え。無理に戦う必要はない。時間を稼ぎ、死なないように努めろ。」

 「……死なないように?」

 「そうだ。伏兵が攻めてくる場合、強いぞ。むやみに抵抗してもただの犬死だ。増援を待つように身を守っていろ。」

 「はっ!」

 イシガヤが指示を与える。とはいっても坑道自体は狭く、10機も一緒に行動する事は出来ない。マール中尉を先鋒に、イシガヤ機と他3機が続くだけで、残りは後方待機である。

 「正面に閃光弾。」

 マールの要請でイシガヤ隊のカワカミ軍曹が閃光弾を放つ。それを機体のモニターが自動補正で映像解析を行い、一瞬明るくなった正面の通路の状態を見極めるのだ。目くらましに使うだけが能ではない。

 「これ、要塞じゃないな。」

 イシガヤが呟く。無理からぬことだ。基本的に防御を施すべき場所に十分な防御兵器が配置されておらず、監視カメラなどに留まっている所が多い。

 「これ、要人の避難場所じゃないか……?」

 イシガヤが疑問を抱く。

 「進みますか?」

 「無論だ。」

 それならば、一挙に占拠して要人を確保する、という方法もある。人質というのはいつの時代も使い道はあるものだ。

 「後続に通達、我が隊はこのまま進む。坑道内のため通信が阻害される可能性が高い。注意せよ。イチハラ軍曹の部隊は周辺の出口の監視を慎重にな。ではいくぞ…………」

 「イシガヤ少佐、あぶない!」

 途端、イシガヤ機が跳ね上がり、有線制御式ビーム砲による攻撃がイシガヤ機ペルセウスの装甲を焼く。幸いにも強力な装甲の前に効果はほとんどないが、関節などの場所に直撃していれば行動不能になってしまう。なかなか厄介な攻撃だ。敵が待ち受けていることは確実だが、ではどれくらいが待ち受けているか、それが問題である。坑道は深く、下手をしたら数十機がいてもおかしくはない。

 「…………南無観世音菩薩。」

 言うや、ペルセウスが加速して坑道深部に突っ込んでいく。周辺に仕掛けられたトラップが炸裂するのもお構いなしだ。

 「ちょっ……」

 マール中尉が驚きの声を上げる間に、隠れていた2機の敵量産機をその大ランスで叩き潰し、坑道の曲がり角でペルセウスは悠然と直立している。決してイシガヤが優れたパイロットというわけではないが、その様子は明らかに異常ではあった。

 「サタケだな。」

 「……は?」

 イシガヤの唐突な言葉にマールが聞き返す。

 「敵将は、亡きイーグル王の側近であったサタケ少佐の息子であるサタケ大尉だ。」

 「なぜ判る?」

 「ふん。俺とてイボルブだぞ。だが、手っ取り早く言えば、あの優先制御式ビーム砲はサタケ大尉機であったオルトロスのものだ。」

 そう言い捨てたイシガヤの表情は暗い。

 「……何かあるのか?」

 「この先はペルセウスで突っ込むには坑道が曲がりくねっていすぎる。俺は伏兵への対処が苦手だ。」

 「イシガヤ王よ、そういった先鋒は私に任せればいいのだ。」

 「わかっている。すまんな。」

 武田勝頼でもあるまいし、ということだ。本来、大将自ら先鋒を務めることなどする必要はない。確かに幕府軍は伝統的に指揮官が前線に立つ傾向が強いが、それにしても、である。加えて、イシガヤは決してエースパイロットではなく、第一線で縦横無尽に戦うには技量が低すぎる。欠点を補って余りある傑作機ペルセウスを使用しているとは言え、無謀ともいえる行動ではあるのだ。ただ、この混迷期に求められるのは、沈着冷静で間違えることのない大将ではなく、力強い意志を示す大将である。多くの民衆はこの戦乱が続く時代に飽きており、平和への変革を求めている。現に先の執権にして朝敵となったイーグル・フルーレは、エースパイロットとしても優秀で、前線で戦い多くの民を導いてきた。名実ともに建国戦争当時からの英雄である。そして執権になって以来、その数十年の政策と戦乱の中で多くの自国民を死に追いやってはいるが、未だに根強い人気を誇っているのだ。イシガヤ自身も狂将として、良くも悪くも異名を取る程度の評価はあるし、十代から多数の戦場を経験してきた実績もあるが、亡きイーグルに比べれば経験は浅く、年若でもあり軽視されがちである。だが、もはや建国戦争当時を生き抜いてきた英雄は亡く、中堅ともいえる年代の将校の多くを長い戦乱で亡くした幕府にとっては、イシガヤのような若年の指揮官が時代を定めなければならないのだ。若いからこそ決断できることもあるが、その責務はあまりにも重すぎる。

 「マール中尉、優先制御式ビーム砲への対応は可能か?」

 「少なくともイシガヤ少佐よりはマシだと思うが。」

 「……確かに。では任せる。」

 伏兵が居るといっても、幸いな事にこの坑道には大型レーザー、大型ビーム兵器が実装されていない。これらは坑道内の外壁を見ればわかる事ではあるが、レーザー熱によって焼かれた部分も無く、ビーム粒子によって溶解した部分も無い。それらが装備していれば何度も試射を繰り返すはずであり、それらの痕跡がないという事は伏兵のみに気をつければ良いという事なのだ。また、この坑道を進む限りは一度に大軍を相手にする可能性もまず無い。狭すぎて一度に投入できる兵数に限りがあるのだ。少数戦の継続ならば、幕府軍の高性能機側にも勝機は充分あるだろう。

 「時にマール、この戦乱どう思うよ。」

 「唐突に何か?」

 「栄耀栄華も儚いものだ。考えても見ろ、このフィリピンを統治していたナイアス・ハーディサイト中将と言えば、世界に名を馳せた英雄中の英雄であり、その軍事能力は兵卒から中将に成り上がり、フィリピン、インドネシアを切り取り、パプアニューギニア、ベトナムすらその軍事的影響下に収めるほどであり、内政面ではこの十数年の間、国内の不満を巧く解消しながら恙無く統治し、外交面では東南アジア連合という地球でも指折りの勢力を作り上げた。それが今やこのザマだぞ。」

 「センチメンタルだな。統治者としては良くないぞ。」

 イシガヤの語り調にマールが忠告する。

 「それもそうだが…………」

 幕府は初代のマサムネ王を失って後、幸運にも名将の誉れ高い亡きイーグル王の治世にすぐに移り変わり、また亡きオニワ長老やカタクラ長老といった英雄達が、巧く国家を運営してきた。そして今はイシガヤの代に変わり、英雄と指折りするほどの将軍は減ったが、それでも国を支えるに足りる若い将軍が幾人も控えている。一方でこのフィリピンは違う。確かに現状の将軍達も無能ではないが、ナイアス存命中に比べれば格段に劣るし、一般的な将軍という枠を超えない程度である。膨張政策を維持してきたナイアスの政策を継続できるほどの人材は居ないのだ。

 「マール、サタケが来るぞ!」

 蛇のように有線制御式ビーム砲が薄暗い坑道を這い、そして迫る。

 「うぬぅ!」

 マールの機体が狭い坑道で跳ねる。ビーム砲は2基。通常の人間の精神力で操作可能な範囲の個数とも言えよう。

 「おいマール大丈夫か?」

 「あまり大丈夫ではない…………。」

 被弾状況はたいしたことはないが、これを長時間受け止めるのは流石に厳しいのであろう。

 「だよな。全機機体を伏せろ。」

 「どうする?」

 イシガヤの発言に対して、マール中尉が質問する。伏せたところで敵に狙われるだけだ。

 「撃ち落す。伏せていれば攻撃は上からしか来ない。」

 「それは確かにそうだが、どうやって進むのだ?」

 イシガヤの指示は進軍であるから、伏せたまま進軍するということも難儀である。

 「滑りやすいように盾を下に敷いて足のスラスターをふかせば良い。」

 「防御はどうするのだ?」

 「当たる面積が小さいから問題なかろう。」

 「…………。」

 そういう乱暴きわまるやり方もあるにはある。

 「では行くか。」

 イシガヤの指示の下、常識はずれの移動が始まる。サイクロプスで匍匐前進をするようなものだ。先鋒をカワカミ軍曹にし、後衛をイジュウイン軍曹、ニイロ伍長として、間にイシガヤとマールを挟む長蛇の隊形である。先頭と最後尾が一番狙われやすいが、有線制御式ビーム砲を撃ち落せるとしたらマールかイシガヤであり、また指揮を執る能力があるのもイシガヤかマールであるため、二人は可能な限り安全な位置で行動する方が良い。それが軍隊というものである。

 「南無三……!」

 背上から敵のビームが降り注ぐ。流石に暗闇の中のせいか敵の狙いは緩慢になってはいるが、それでもほぼ一方的に撃たれている不利は変わらない。ただ、撃たれるたびにビームの粒子で坑道内の粉塵が発火し、僅かながらもそのビーム砲の場所を判然とさせている。狙い目はそこだ。

 「深闇に 命削りて 咲く花を 手折りて摘まん 初夏の夕暮れ」

 イシガヤ機のヘッドバルカンが放たれる。口径も小さく、どちらかといえば対人兵器またはサイクロプス戦での牽制兵器であり破壊力はさほどではないのだが、有線制御式ビーム砲自体が小型であるため、ヘッドバルカンでも当てれば破壊できる程度の代物である。

 「イシガヤ少佐、その腕で良く当てたな…………」

 マールが驚くのも無理は無い。イシガヤが射撃で敵を撃墜した光景すらほとんど記録がないのに、有線制御式ビーム砲などという小さな的を撃墜して見せたのだ。

 「あれ?知らなかった?」

 イシガヤがマールの言葉に素で返す。

 「俺、狙撃判定Aだから。」

 「なんだと……?ではどうして普段当たらないのだ!?」

 「焦ってるから……?あれだよね、人間落ち着きが肝心じゃん?トリガーハッピーでハッピーになってしまうのだ。」

 つまり、目の前の敵に興奮して、ただ乱射してしまうというだけである。ある意味、それがあるから彼が前衛を務めるパターンが多いわけではあるが。

 「…………。それでイシガヤ少佐、もう一基のビーム砲は俺が撃ち落したぞ。」

 「マジデ!?」

 「あぁ。」

 「お前もよく落とせるな、あれ。」

 前述の通り、小型の砲が縦横に動き回っているものを撃ち落とすのだから、難易度は相当なものである。

 「ところでカワカミ軍曹、損傷はどうか?」

 そう尋ねるのはマール中尉である。

 「はっ!幸い命は無事ですが……、機体の損傷度合いが酷く、戦闘継続できません。」

 「イジュウイン軍曹とニイロ伍長は?」

 「イジュウインです。脚部を損傷しました。移動は可能ですがバランスが保てません。」

 「ニイロです。こちらは無傷です。」

 流石にサタケ機オルトロスといったところだ。木星でエースパイロットとして名前を馳せたサタケ機の攻撃を受けて、この程度の損害で済んでいるのだからだいぶマシであろう。

 「わかった。では2機は此処で待機し、後続のイチハラ軍曹に救援を請え。ニイロ伍長は2人の護衛を。イシガヤ少佐、我々だけで進もう。」

 伏兵の兵数によるが、ペルセウスの性能であれば敵と接触してからでも撤退できるという想定である。その場合マール中尉自身は盾にならざるを得ないだろうが、それは降将として、元部下達のためにも功績を欲する彼としては当然のことである。

 「あぁ。有線制御式ビーム砲を再装填されると厄介だしな。残留メンバーは、直ちに援軍を請え。クスノキを呼び出して10機ほどは連れてこさせろ。ではこっちはいく。マール付いてこいよ。飛ばすぞ!」

 「ちょ……」

 ペルセウスが強引な加速を始める。坑道の奥の角を激突寸前に蹴り飛ばし方向転換をする。曲がり角には敵が待ち伏せている可能性もあるが、危険を承知の上での突撃である。先頭はイシガヤ機ペルセウス。ペルセウスに通常装備されているシールドは特殊鋼材を利用した特注品である。高出力レーザーですら短時間は耐える事が可能なほどだ。

 「さて……、サタケは、いるな!」

 イシガヤのペルセウスにビームが降り注ぐ。対ビームコーティングが施された装甲がほとんどのダメージを弾いてはいるが、それも無限というほどではない。

 「マール中尉、サタケ以外もいるから牽制や撃破を任せるぞ。」

 「わかった!」

 突出するペルセウスのランスが一振りされるごとに、近くの敵機が吹き飛び行動不能となる。その場所に誘導するのがマールであり、また吹き飛んだ敵機にトドメをさすのもまた、マールである。イシガヤのペルセウス自体は無造作に突っ込んでいるだけではあるが、これを活かすマール中尉の技量はなかなかのものだ。

 「さて…………」

 数機を戦闘不能にしたところでそう呟いたイシガヤ機の先に、一機のサイクロプスが立ち塞がる。幕府軍陸軍軍団長バーン・フルーレ専用機ケルベロスを建造するときに試作されたプロトタイプであり、このオルトロスという機体もまた高性能機である。通常装備はビームライフルとビームサーベルに加えて、優先制御式ではあるが、空間を自由に飛び回りオールレンジの攻撃を加える思念制御のホーネットと呼ばれる、ビームまたはレーザー砲が搭載されている。性能に突出した部分はないが、全般的にスペックが底上げされた機体である。

 「サタケだな。」

 「イシガヤ、久しぶりだな。」

 イシガヤが少し悩む顔をする。普段ならサタケ機に問答無用で襲い掛かる彼であるが、サタケ機とは全く関係ないところを悩むような節で、坑道の奥を眺める。

 「マール中尉、後続はおよそどれくらいで到着できる?」

 「イチハラ軍曹の後続であれば、おそらく5分程度で到着できるだろう。しかしクスノキ中尉の後続となると、しばらくかかるだろうな。」

 「では、マール中尉、オルトロスを足止めできるか?」

 「いくらかは可能であろうが。……何かあるのか?」

 「そうだな。あいつらには怒られるが、この先にいい女がいる。今行く必要があるのだ。」

 「女…………?」

 「マール、任せるぞ!ここを守れば、お前の功績は相当なものだ!すべてチャラにして余りあるほどにな!」

 イシガヤ少佐はそう言い残して、マールとの直接回線を切る。

 「サタケ、相手は俺ではなく後ろのマール中尉がしよう。俺は先に行くぞ。」

 「逃げるのか!?」

 「三下は黙っていろっ!」

 「イシガヤ!貴様の後方部隊は俺の部隊が今頃攻撃を加えているはずだ!覚悟しろ!」

 「それがどうした!」

 サタケ大尉のオルトロスを大ランスで横薙ぎに蹴散らし、イシガヤは坑道の奥に機体を進める。後方部隊はサタケの別働隊に襲われているし、マールも量産型のサイクロプスで専用機クラスのオルトロスと戦う有様であるが、それはそれである。

 「逃げるのか!?」

 「喋る前に目の前の敵の相手を頑張るんだな。」

 イシガヤはサタケ大尉の挑発を無視する。考えるまでもなく彼はここの守備隊を指揮しているのだから、此処を通したく無いだけだろう。だが、サタケのことなど玉さえ確保してしまえばどうとでもなるのだ。

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