第19章 フィリピン近海会戦 01節
「北海道での一連の仕事は終わりましたので、フィリピン攻略に移ります。」
定例の軍議に際してそう述べるのは、総司令であるシルバー大佐である。北海道降下作戦及びインドネシア解放作戦は完了しており、両地域は既に平静を取り戻している。この2拠点を繋ぐ地域には、ケネス・ハーディサイトの統治するフィリピンが存在するが、彼らは兵を領国内に抑えながら、反撃ないし交渉の機会を狙っているのであった。対抗する幕府軍としては、インドネシアに駐留したままの軍勢がフィリピン南部を牽制しつつ、北海道降下部隊がその北部を牽制しているところである。作戦自体はもっと早い段階でも実施は出来たのだが、インドネシアの治安回復と国会組織の強化に力を入れる必要があったことに加えて、タカノブ・イシガヤとヤオネ・カンザキの婚姻や、ハーディサイト家の蝦夷鎮守将軍解任の朝議など、王家として対応が必要な事柄が多かったために、実行することが出来ていなかった。この間、ケネス・ハーディサイトより何度か和平交渉の話が届いていたが、幕府議会は無条件降伏以外の交渉を拒絶している状況にある。条件も一切示さない無条件降伏の要求を丸呑みするような国家はまずありえないことで、この条件は実質的な交渉拒否であったが、少なくともこの段階においては、フィリピンへの相当レベルでの侵攻を行った後でない限り国民は納得せぬであろうし、フィリピン側としても問題の大きさを自覚せぬであろう、という理由に拠るものである。
「降下作戦より既に2ヶ月経ちましたが、フィリピンからは無条件降服の申し出はありません。条件付きの和平交渉では我々の目的を達成することができませんので、このまま攻め入る事にします。」
シルバー大佐がそう述べる。幕府の目的は東南アジア圏を勢力下に置くことである。自治は認めるが敵対されては困る、というのが理由であり、アジア圏に覇を伸ばす事で、彼女達の所属する新地球連邦組織の再編と強化を実施するためであった。
「先の降下作戦において、朝鮮軍より核攻撃があった事については詰問使を送っており、対馬や北九州には西国鎮守将軍槇田右大臣の軍勢が守備のために配置されます。また、ロシアへの抑えとしては東国鎮守将軍多喜左大臣の軍勢が北陸と青森に配置されます。また、凪仁天皇は侵攻戦に反対の意思表示をなされたため、現在の御所である新江戸城は、幕府の防衛軍が厳重に警備する次第となりました。もっとも、新二条城の方に退去されるおつもりのようですが。」
しかし実際のところはただのプロレスに過ぎない。天皇側としては侵攻戦の許可は出せないという基本事項があるため、幕府がこれを軟禁した形にしての作戦実施になっただけである。つまり、責任を天皇に負わせないための措置だ。内々では意志疎通がなされているため、東西の鎮守将軍はそれぞれ国の防衛任務につき御所を離れ、御所は幕府防衛軍が制圧して警備した形となる。この上で、侵攻軍は幕府が総て責任をもって編成するのである。
「防衛軍の統率は軍団長のヘルメス少佐に一任します。また、北海道防衛についてはクラウン中佐に任せます。近衛軍第二師団を中心に残存部隊をもって守護しなさい。戦闘物資などの集積は釧路を中心とし、遠征軍の兵站も任せます。そして遠征軍ですが、セレーナ少佐に混成約3個軍団を預け、これを先鋒にフィリピンを強襲し揚陸。後詰は、私自身が2個軍団規模の輸送護衛艦隊を率いて進軍します。」
北海道降下作戦において延焼した釧路湿原の消火作業により、さほどの活躍を示すことが出来なかったセレーナ少佐であるが、本作戦においては大将格としての指揮を委ねられる。それなりの会戦が想定される中、混成軍での艦隊戦においては、彼女の指揮に勝る将校が少ないためである。ベテラン軍団長のクキ、リ両提督はインドネシアに配備されており、総大将のシルバー大佐が掃討軍の司令を務めるにはリスクがあるという判断であった。
「セレーナ少佐の指揮下にはカリスト大尉、オニワ大尉、カタクラ大尉、ワキサカ大尉、エン大尉他主要師団長を預けます。艦隊も双海級戦闘空母双海と鷹野を預けますので、他は任意に編成して敵海軍を平定しなさい。」
「承りましたわ。」
シルバー大佐の命令に、セレーナ少佐はそう応えるのであった。
平和はタダではない
安寧もタダではない
外交や政治といった醜悪な戦争の中で
束の間の休戦を享受する事でしかないのだ
それを一体何で贖うのか
贖える内は、平穏なのであろう
御前を退いてセレーナ少佐は幕僚を集める。今回の副官は、先の北海道降下作戦で先陣を務めたカリスト大尉である。この他に預けられた大尉クラスも、いずれも優秀な第一線級の人物である。
「さて皆さん、シルバー様はまるで余裕を持って敵を伐てるかのように仰いましたが、実のところ今回の作戦はそんなに余裕のある戦力差ではありません。」
セレーナ少佐は多少思案気味にそう述べる。
「えぇ!?」
その言葉に衝撃を受けたのか、カリスト大尉が声をあげるが、驚いたのは、どちらかというとセレーナ少佐にいつもの自信が見えないからであった。
「ケネス・ハーディサイト将軍は地味で活躍の目立たない方ですが、比較対象が亡きナイアス・ハーディサイト将軍という稀代の名将であるからであって、実際には充分名将に分類される方ですわ。留守居の役割が多かったために外征での活躍が乏しいだけで、国内での軍勢管理については過去にこれといった失点は有りません。インドネシア解放戦などでの民心離反については課税強化もあったせいですが、これは、ナイアス将軍亡き後の軍勢建て直しのためには致し方の無いことでしたし、北海道戦線ではその甲斐もあって、彼らの損害数よりも我々の損害数の方が遥かに大きいものでした。」
セレーナ少佐の述べるように、特に旭川戦線においての幕府軍の被害は大きいものであった。カリスト大尉の率いる先鋒部隊は何部隊もが壊滅し、艦艇も相当数が撃沈されている。これらはハーディサイトの軍勢が、巨大サイクロプスを防衛の要に集中させたためである。それでも彼らが短期間に敗北したのは、単純に圧倒的な兵数負けであったからに過ぎない。快勝したかのように見える戦いであったが、実態はそうでもないのである。
「従って、今回の作戦も油断はできません。それでもシルバー様はあぁ言わざるを得なかったのですから、我々としてはシルバー様のご期待に添えるよう、活躍しなければなりませんわね。」
実際に想定される敵の軍は約3個軍団規模である。これをシルバー大佐は自ら5個軍団規模の戦力を持って叩き潰そうと考えていたわけであるが、総司令が最前線に立つことを不安視した将校達が彼女を説き伏せ、前衛艦隊をセレーナ少佐に任せて、敵艦隊を平定した上で敵地に乗り込む、という風に差配したのである。その分作戦効率は落ちるのではあるが、彼等の顔を立てるためにはそう言わざるを得ない部分があり、セレーナ少佐もシルバー大佐を前線に出すことに反対であったためそれを受けたのであった。また同様に、シルバー大佐の艦隊の援護は、イシガヤ少佐が務めることになっている。彼もまた王族ながら前線に立つことが多いが、海上作戦での能力が高いわけでも無く危険を伴う会戦と想定されるため、またシルバー大佐を抑えるためにそのように配置されたのであった。但し、彼の主要部下はセレーナ少佐に預けられているため、遊撃隊の主力は実質的に配備されているのであった。
「では、編成を申し付けます。」
指揮下部隊の配属はセレーナ少佐の専任事項である。幕僚といちいち相談して決めてもいいのだが、既に彼女の中で配備は決まっているのであった。もっとも、このメンバーからすれば、考えたところで似たような編成にしかならないのではあるが。
「第二艦隊カリスト大尉。神威級巡洋戦艦双葉を旗艦とし、神威級巡洋戦艦を8隻、霧島級護衛駆逐艦を16隻、古潭級軽空母を4隻配備します。古潭級のサイクロプス隊は遊撃隊を集中配備し、クスノキ中尉、マール中尉がそれぞれ古潭級軽空母に座乗し、各50機のサイクロプス隊を統率しなさい。また旋風型戦闘機10機を索敵用に配備します。」
カリスト大尉に配備されるのは概ね2個師団相当の戦力である。それも幕府軍では馴染みの深い在来艦艇であった。神威級は、巡洋艦クラスの高速巡航能力と実弾タイプの主砲や魚雷を揃えた、前時代的な印象の艦艇である。とは言え対ビーム装甲なども持ち、艦艇同士の撃ちあいであれば戦艦と比べても遜色ない火力を持つ。艦隊戦を得意としていた幕府軍の要となる艦艇である。それを護衛する霧島級駆逐艦もまた実弾の主砲と魚雷を揃え、中でもサイクロプス戦中の対空弾幕を張ることに特化した艦艇となっている。古潭級軽空母については低コストのサイクロプス及び艦上機のキャリアーであって全通甲板を有する艦艇である。双海級や伊吹級空母とは異なり、これといった兵装は付いておらず、輸送効率を高めた艦種であった。
「第三艦隊ワキサカ大尉。双海級戦闘空母鷹野を基軸に、古潭級軽空母16隻、神威級巡洋戦艦6隻、霧島級護衛駆逐艦24隻を与えます。サイクロプスは500機強、戦闘機80機を配備します。」
この双海級鷹野も海上空母であり、戦闘性能も有するものである。サイクロプスと艦上機の運用のために設計されたもので、古潭級の全長が250メートルに対し双海級は全長800メートルとあまりにも巨大である。左右対称で約400メートル程度の甲板とその後方には格納庫ならびにエンジンブロックで構成された2つの空母を、中央指揮所としての機能を備えた200メートル程度の潜水可能艦で繋げた三胴艦構造となっている。小回りは効きにくいが接続部となるフレキシブルアームを巧く機能させて旋回力を維持しており、また三胴艦としての安定性は抜群に高い。サイクロプスまたは艦上戦闘機を混成で最大150機程度収容可能あることに加えて対空砲を多数備えており、2連装46センチレールキャノンを2基有するため、幕府の誇るコスト度外視の切り札であった。
「第四艦隊エン大尉。神風級ミサイル戦艦御神を基軸に神風級ミサイル戦艦6隻、神威級巡洋艦6隻、霧島級護衛駆逐艦24隻、古潭級軽空母4隻、サイクロプス100機、戦闘機10機を与えます。」
「承知した!」
彼に預けられる神風級ミサイル戦艦は強力な火力を有する。20発以上のミサイルを同時発射可能であり、そのミサイル群の瞬間火力は並大抵の艦艇なら一斉射で粉砕できるレベルの代物である。通常火砲と異なり炸薬による爆発効果に加えて、アンチレーダー下でも機能するように画像分析による一定の追尾性をもたせらている。ただ、基本的には目的方向への飽和攻撃が志向されたものであった。
「残りの戦力は双海級双海を旗艦とし、わたくし自らが指揮をとります。」
セレーナ少佐の指揮する戦力は、双海級空母双海を中心とした、サイクロプス輸送艦隊である。内訳としては、音羽級サイクロプス輸送艦26隻、霧島級護衛駆逐艦36隻、サイクロプス800機、戦闘機80機といったところである。機動兵器にして延べ、総兵数サイクロプス1500機、戦闘機180機。大規模な艦隊であった。
宇宙世紀0282年6月1日。セレーナ・スターライト率いるフィリピン攻略軍は仙台港を発った。哨戒しながらの航海のため5日程度の日数となるが、幾らか懸念されていた敵のゲリラ的襲撃も無く、平穏な旅路を続けている。台風の時期にもまだ早いため、波が高いという事もなく、比較的良好な天候である。これらのこともあって奇襲的な攻撃ができないという可能性もあるが、いずれにしても、会敵予想当日は空高く晴れ渡る戦争日和。正面戦で双方に相当の被害が想定される、実力が顕著に出るであろう戦いになると予想されていた。
「艦隊右舷、バタン島都市バスコ市が視界に入ります。地対艦ミサイルなどに注意。ルソン海峡を経由してバリンタン海峡を通り、ハブヤン諸島北東方面に抜けます。揚陸予定はフィリピン北西部、ラワグ市。」
ラワグ市を目標にしながら、敢えてハブヤン諸島を通るのは、艦隊決戦への誘いである。セレーナ少佐としては、シルバー大佐の露払いを務める関係で、彼女の安全を可能な限り担保するため、早急に敵の主力艦隊を撃破したい、という都合がある。これに伴う艦隊決戦が発生すれば損害は予想されるが、一方で艦隊決戦をしない場合にゲリラ的襲撃を受けるのとどちらがマシか、という点では熟考の余地はあるだろう。ともあれ、セレーナ少佐は艦隊決戦を志向し、それに対してフィリピン軍のケネス・ハーディサイト将軍も決戦を目的として艦隊を進発させたという情報が入っていた。
「索敵情報に拠れば、敵はハブヤン諸島に艦隊を分割して伏せているようですわね。ハブヤン諸島周辺海域はアンチレーダーの濃度が濃く、目視以外での確認ができない状況とのこと。事前情報からケネス少将自ら采配を執っているとのこと。油断していい状況にはありませんわ。」
艦橋に各艦隊司令と通信を繋げた状態で、セレーナ少佐がそう伝える。一部現地の郷導を使った情報収集の他に、現在も汎用小型戦闘機旋風の索敵機バージョンを使用した索敵を実施中ではある。
「セレーナ少佐、敵がハブヤン諸島に伏せているとして、そこに突っ込んでは深刻な被害を受けるのでは?そもそも、敵が艦隊決戦に出てくるかが不明瞭かと思うのですが。」
そう問うのはエン大尉である。これについては他のものも同様なようで、カリスト大尉とワキサカ大尉も画面越しに頷いている。
「艦隊戦に出てくる理由ですが、戦術的には確かにあまりメリットはありませんわね。ここは非常に政治的な判断ですわ。」
「……どのような?」
彼らとしては実際その点が些か腑に落ちない、といったところなのである。艦隊決戦での被害そのものは、幕府軍は伝統的に決戦志向であるためにそれはそれ、と割り切る事は出来るのだが、何故そうなるのか、という点が不明瞭で、不安があったのである。
「貴方がたもご存じの通り、ケネス・ハーディサイト将軍はたびたび当国に対して条件付き降伏の申し出をしておりますわ。賢明な彼は、まともに戦争をしては我々に勝てない、という事は重々承知なはずです。しかし申し出は条件付き降伏。それも要求はそれなりに大きなものですわ。何故そうなるかはわかりますわね?」
「まだ戦ってもなく、勝てなくても相応の被害を与え得る戦力を持っている中で、降伏すれば国民感情的にも問題があるからでしょうか?」
「そういうことですわね。そもそも、無条件降伏をしてしまうと、どんな要求を突き付けられるかわかりませんし。幕府の怒りに震えるしかありませんわ。そんな恐怖の中、意気軒高で兵力を有している部下たちが黙っているわけがありません。……では、彼が降伏をなお考えている場合、どうすればいいですか?」
「…………!?」
「なんということだ、兵力を減らすために艦隊戦をするというのか!」
驚いて口を閉ざしたエン大尉とは対照的に、ワキサカ大尉は声を上げて驚く。なお、カリスト大尉はまだ良くわかっていない様子で首を傾げる。
「それゆえ、わたくしは艦隊決戦になると踏んでいるのですわ。とはいえ、兵力を減らすためとはいっても、彼らにとって艦隊戦に持ち込めればそれはそれでメリットがあります。」
「……運が良ければ勝てるかもしれないし、勝てないにしてもこちらに甚大な被害を与えて和平を有利に進めることが可能かもしれない、とでも?」
エン大尉がそう述べるが。実際に決戦ともなれば、幕府軍が大損害を受けたり、負ける可能性は十分にあり得る。
「そうですわね。加えて、如何様な敗北をしたとしても、大々的に戦った上での事であれば、国民も納得する可能性が高くなるでしょう。」
「なるほど。」
「ゲリラ戦を展開すればそれはそれで勝利の確率はありますが、いずれにしても物量で我々に勝てる程の算段はないでしょう。ベトナム戦争時のアメリカとは異なり、我々の政府は被害が出ても徹底して戦うつもりなのですから。下手に退いては政府も国民も許してくれません。それは向こうも流石に理解しているはずで、ゲリラ戦をすれば双方の被害が大きく、憎悪も深刻なことになりますわ。つまり、政治的に賢明な判断をするならば、なかなか選べる状況にはないのですわ。」
戦術的に判断するなら、幕府に取れる最良手は決戦回避であろうが、先の通り幕府としても早急な露払いや、国民感情もあってそう簡単にはいかない。待ち受ける敵に突っ込んで撃破する、というのが、政治的には妥当な判断なのである。
「したがって、敵は負けるために決戦を志向してはいますが、かといって勝つ方法も考えている。我々の艦隊を始末すれば、それはそれで和平交渉に進める可能性がありますから。したがって、敵を過少評価せず、油断なく当たる必要がありますわ。」
セレーナ少佐の発言に、ワキサカ大尉、エン大尉、カリスト大尉が頷く。結論としては、全力で潰しに行けばいいだけである。政治的な思惑は、戦場には必要ないのだから。