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星光記 ~スターライトメモリー~  作者: 松浦図書助
後編
106/144

第18章 インドネシア進駐後 03節

 「ケネス将軍、どうなされますか?」

 そう問いかけられたのは、フィリピン総督のケネス・ハーディサイト少将である。彼としてはどうしようもない状況なのであるから、そう問われるのは気が重い以外の感想などないのであった。

 「日本協和国幕府軍は、既にインドネシアへの進駐を完了させており、我々は日本とインドネシアに挟まれ、物流が大きく制限されております。最長2年程度は食料と主要物資は確保できる見込みですが、このままでは貿易産業も死に、経済的にもどうにもならないでしょう。」

 「…………それは分かっている。」

 ケネス少将は、そんな程度のことを聞いてくるな、とでも言いたい様子でそう応える。実際、長期戦に耐えられるように国家体制を整えてきたのは彼自身である。兄である亡きナイアス中将がアジアに覇を唱える中で、彼が本国を預かり経営してきたのだから。

 「幕府軍は、いずれ準備を整えて大軍をもってフィリピンに押し寄せて来よう。我々は兵力を集結させ、これを決戦で撃破することが肝要だ。少なくとも痛打することで、和平交渉の窓口も見えよう。故に、海上戦に備えて、各自準備をさせよ。」

 そういうが、彼自身信じてもいない内容である。兵士達はなるほどと準備を始めるが、彼の思惑は別にあった。だが、たった一人異議を唱える士官が現れる。

 「ケネス将軍!伊達幕府の軍勢は強力で、いずれも決戦志向の戦力だ!海上決戦では戦力的に不利でもあり、本土決戦をするための大事な兵力を失ってしまう!幸いフィリピン国は多くの諸島に囲まれた国家であるから、各島に多くの地対艦、地対空兵器などを据え付けて、幕府分に出血を強いることこそ、勝利への道ではないのか!」

 「サタケ大尉、新参は黙っていろ!」

 その異議を唱えたサタケ大尉に対して、ケネス少将はそう怒鳴りつける。

 「民心を束ねるには、軍人が率先して敵にあたり、そして戦果を見せてやるしかないのだ。例え本土決戦をしたところで、民心を得なければ長く戦うことはできない。インドネシアの結果を見ればわかることではないか!」

 「しかしそれでは作戦効率が!」

 本土決戦は国民の被害が確実に多く想定される。山岳などに兵器を埋伏していたとしても、市街地への流れ弾は多数発生するであろうし、同時に山岳等への攻撃も多数受けることから、その避難場所が失われる可能性が大きかった。その本土決戦を先に唱えるサタケ大尉に対し、臆病者だ、逃亡兵だなどと、フィリピン諸将から非難が渦巻く。

 「サタケ大尉、貴官の言いたいことはわかるが、我々は幕府との決戦を志向するのだ。戦意の低いものは決戦には不要である。先の戦闘でも活躍していたが、貴官のパイロット能力は評価している。1個中隊の親衛隊を任せる故、下がって奥の防衛部隊を纏めよ。」

 基本的には穏やかなケネス将軍だが、反論は許さぬ、そういった表情を以って告げる。

 「…………!」

 「サタケ大尉な、此処は引き下がる方が良い。」

 激高しそうになったサタケ大尉を、その補佐を務めるクルマ中尉が止める。

 「…………承知した。」

 軍才はあるにしてもサタケ大尉はまだ若い。こういった場合には老練なクルマ中尉の冷静な意見は重要である。不承不承ながらサタケ大尉はその意見に従うのであった。



 「奥に引っ込めだと!?左遷じゃないか!」

 自室で荒れるサタケ大尉を宥めるのは、当然ながらクルマ元中尉である。

 「サタケ大尉な、ケネス将軍はああいった選択肢を採るしかないのだ。彼が決戦に出ずに引きこもっていれば、彼の言う通り国民の心は離れ、そして指揮下の部下達も離反するだろう。それでは戦争はできぬ。戦は効率的にやりたいと思っても、人が効率的に動くわけはないのだ。」

 若い者は物事を効率的に考え、人も皆そのように動くと考えがちだが、しかしそんなことは無い。歳を取ればとる程、不合理な選択をしがちなのが、人間という生き物である。

 「しかし……」

 「…………ただ、他にも何か思惑はありそうだが。ともあれ、奥を任せるというのは、自分の親族を任せるということだ。信用の無い相手に任せることは無いだろうから、そう悲観することもあるまいよ。大尉、とりあえずは命令に従おうではないか。どのみち負け戦であるから、大尉も今後を考えなければなるまいよ。」

 そう言って、クルマ元中尉はサタケ大尉を宥めるのであった。



 「貴方がサタケ大尉ですね?叔父より話は聞いています。」

 奥、つまりケネス中将の親族や主要将校の親族が籠るシェルターにて、親衛隊を率いて到着したサタケ大尉に、少女ともいえない微妙な年齢の女性が声を掛ける。

 「貴女は?」

 「此処を預かるカレン・ハーディサイトです。よろしくお願い致しますね。」

 そういってぺこりと頭を下げるのは、日本の風習を一応調べたからであろう。全体的に幼さを残す仕草はあるが、この場を預かるからには、ケネス少将から見てそれなりに能力はあるとみられているという事である。

 「カレン殿は、亡きナイアス中将の御令嬢か。」

 「そうですね……。残念なことですが、父は他国を侵略しようとしたのですから、討ち取られたとしても仕方のないことです。……幕府の方に恨みはありませんよ。」

 出会い頭に彼女がそう伝えるのは、サタケ大尉とクルマ中尉が幕府の出身だからである。自らの身を守らせるのであるから、信頼関係は大事だ、という意思表明であろう。

 「カレンさん、その方たちは?あぁ、私はどうすれば良いのでしょう……」

 落ち着いているカレンとは対照的に、そわそわと場を歩き回るのは、幾らか浅黒の肌をした中年女性である。

 「叔母様、彼らはケネス叔父様が派遣してくださったエースパイロットですよ。此方は私に任せて、カリンさんとシェルターの隔壁内に籠るご準備を。」

 つまりケネス少将の妻である。彼女はフィリピンの有力者の娘であり、ある程度は政略的な意味合いを含んで、ケネス少将の妻に納まっているのであった。カレンは母もベトナム系であるが、ケネス少将は現地との融和のためにその妻を現地から求めたのである。この辺りのやりかたは、兄のナイアス少将と比べても温和であり、彼がフィリピン住民から支持されている要素の一つであった。

 「シェルター内の屋敷ならまだしも、隔壁内は暗くて嫌だわ……。私は入りたくはありません。娘のカリンに準備させますから、カレンさんはそちらの方をどうにかしてくださいね。」

 「…………はい。」

 本来から言えば年長である叔母が指揮を執るべきところだが、残念ながらそういった才能はなく、この奥の防衛はまだ17歳になったばかりのカレン・ハーディサイトに任されているのである。彼女の父は東南アジア連合の盟主を務めたナイアス・ハーディサイトであったが、娘である彼女には彼ほどの軍才はない。とはいえ、こういった劣勢の中で信用に足る指揮官は不足する中、彼女が頑張るしかないのであった。

 「さて…………」

 叔母が立ち去ったことを確認して、カレンはサタケ大尉達を執務室に通す。軍議をするのであれば、論理的な判断をする者のみで打ち合わせた方が都合は良いだろう。

 「少し、お話しがあります。」

 「ほう?インドネシアから逃げて帰った私の処分についてですかな。」

 サタケ大尉の発言には、多分に嫌味が含まれる。クルマ中尉にフォローはされたとはいえ、左遷された、という観念のほうが強いからである。

 「似たようなところです。ご存じの通り、サタケ大尉は私が預かることになりました。」

 が、カレンはそんな嫌味はあっさり受け入れて肯定する。

 「ほう……?」

 「ケネス元帥からの指示で、私が要人や家族を守る為の護衛部隊10機を預かることになりましたが、お聞きであろう通り、その指揮をサタケ大尉に任せたいと思います。これからよろしくお願いします。」

 「……護衛ですか?」

 「ご不満ですか?」

 カレンはそう問いかけはするが、表情はさもありなんという感じである。

 「当然です。伊達幕府と前線で戦わなければ、私の武名が泣くというものです。」

 「では、今は諦めて存分に泣いて下さい。」

 事前にサタケ大尉の人柄を調べていたのであろう。彼女はあっさりとそう返答する。

 「…………。なかなか御厳しい。それで、私を指揮官にするとは?」

 「近衛部隊の方達も優秀な人達で頼りにしています。しかし、サタケ大尉は敵である幕府軍のやり方を十分にご存じで、先の戦闘でも充分武勇を示しています。今ここで頼るのであれば、知識も経験もある貴方に指揮を任せた方が妥当であろう、という判断です。」

 「なるほど。私が裏切るとは?」

 「思っていません。調べた限り、たとえ私の首を持参したとしても、貴方は簡単に許されるとは思えません。また、此処で逃げても逃げる場所は無いかと思います。つまりは、戦うしかないでしょうから、信用しない理由はありません。」

 「なるほど。一理ありますな。」

 それは至って合理的な判断である。確かに彼が逃げようと思ったところで、地の利の無いフィリピンにおいてはなかなか厳しいものがある。人種的にも言語的にも外国人レベルの彼では、追われて逃げきれるような簡単な場所ではないのである。幕府にとってみても彼は反逆者の一人であるから、現状における逃亡は、遅かれ早かれ死を意味しているといっていい。

 「さて、現状では私は戦の事が解りません。お話を聞いた限りでは、厳しいとのことですが、サイクロプス残数3800機の敵に対して、我が軍が1800機も居るのですから、地形を活かして抵抗すれば、伊達幕府軍を退けることが可能だと考えているのですが……。普通に考えれば全数を投入することは不可能でしょうし、7〜8割程度しか投入してこないのではないのでしょうか?また、防衛側は地形を活かして迎撃砲などを配備すれば、それなりに効果はあるのではないかと、素人ながら思っています。サタケ大尉の見解を教えてほしいのです。」

 カレンが拙いながらサタケ大尉に見解を述べる。考え方としてはあながち間違っていないところは、流石にナイアス・ハーディサイトの娘といったところか。

 「なかなか難しい所ですな。平原で同質の兵力で戦ったとしたら、ランチェスターの計算式を用いる場合、相手が7割だとしても我が軍が全滅したときに、伊達幕府軍は2600機ほど残存する計算になります。」

 「そんなに?」

 「はい。兵数差というのはなかなか馬鹿にできないほどの戦力差になるものです。」

 「そうですか…………。では、幕府軍は何故父の軍勢を打ち払えたのでしょうか?」

 カレンはここで幕府軍が勝ったとは言わない。戦術的には幕府軍が勝ったとは言えるが、幕府側も完全に目的を達したわけではない。甚大な被害を受けて地球圏から一時離脱するほどの影響を受けたわけで、ナイアス中将の軍勢を撃破したことをもって勝利したとは、とてもではないが言えない状況であったからだ。この辺りは彼女の矜持というわけではなく、正確に物事を判断で来ている証左であった。

 「幕府軍は運が良く、ナイアス中将は幕府軍を甘く見た結果、という事でしょうな。戦というのは、勝った側は運が良かった、と言うだけの場合があります。実際のところ、釧路沖会戦で東南アジア連合が痛打されたのは、幕府軍の攻撃が急所に直撃した結果に過ぎず、宇宙戦においてナイアス中将が討ち取られたのもまた、ペルセウスが運よく前線を突破できたからでしょう。ただ、あれほどの突破力を最初から想定していれば、負けるような戦力差ではありませんし、備えが足りなかったという点では、ナイアス中将の失点でしょう。」

 「なるほど…………」

 「しかし、カレン殿のおっしゃるように、少しでも勝機を探すのであれば、地形を活かした戦闘しかないでしょうな。局地的にであれば、数的有利を狙える可能性もありますから。つまり、ケネス元帥の志向する決戦では、勝つことは難しいかと思われます。幕府軍は新兵が多いといっても、機体性能はすべて最新機種相当であり、決戦志向の編成や武装が多いわけですから。」

 その発言を聞いて、何か思う所があるのかカレンは頷く。

 「いずれにしても、私はサタケ大尉にここの防衛を任せたいと思います。何をどうするにしても、私はここで伊達幕府に抵抗し、それなりのダメージを与えなければ立つ瀬がありません。この坑道シェルターを守るのに十分な改装はできないかもしれませんが、必要な権限は与えますので、サタケ大尉の思うように防衛網を構築してください。よろしくお願いしますね。」

 カレンとしては交渉ルートが潰されている以上、何らかの結果を生み出すためには、激しい抵抗を見せるしかない、という判断しかできない。無条件降伏すら許さないという態度だと聞いている以上は、他に選択肢などないのだ。落ち延びるといっても、そう簡単なものではない。まだ完全に制海権が失われたわけではないにしろ、フィリピン南方のインドネシア周辺は幕府軍に抑えられ、北方は台湾からの圧力がある。

 「…………承りました。」

 サタケ大尉もこの点については似たようなもので、謀反人としては幕府に容易く降るわけにもいかず、戦う以外に選択肢がない、とも言えるのであった。その中でこの配置は決して満足の行くものではないが、1パイロットではなく一手の将として任せられるため、立場としてはまだしもマシな状況ではあったとは言えるだろう。


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