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星光記 ~スターライトメモリー~  作者: 松浦図書助
後編
103/144

第17章 インドネシア解放作戦 03節

 「サナダ中尉、敵から名乗りをあげよと通信が!」 

 サタケ大尉の通信を受けて、幕府軍の通信手がサナダ中尉にそう告げる。

 「よかろう。」

 現代の戦いで、ましてやこういった集団戦闘で名乗りを上げるなど甚だバカバカしい。だが、ここで名乗って一騎討ちを仕掛けることには意味がある。

 「私は、当代の伊達家家老職にして、伊達幕府軍遊撃隊師団長代行、真田従六位上左近将曹滋野繁宗中尉である!その祖は仙台真田家真田守信にして片倉小十郎が家臣である!」

 彼の祖は真田信繁とも真田信伊とも伝えられるが、いずれにしても現代においては、幕府の独立戦争時に片倉家に誘われて参戦し、伊達家の重臣として納まった一族である。

 「レムスのパイロットは、カタクラ大尉ではなくサナダ中尉であったか!俺は、故前執権奮熟射倶流様の家臣、佐竹倶重フィリピン軍大尉!その祖は坂東太郎と名を馳せた佐竹義重だ!幕府軍時代は大尉職であった俺よりお前は格下ではあるが、真田中尉の父上は幕府軍でも高名であったな!尋常に勝負せよ!」

 「よろしい、受けてたつ!」

 そうサナダ中尉が応えた直後、サタケ大尉のオルトロスが海底から飛び出し、2機のホーネットが放たれる。有線制御で限界はあるが、それでもオールレンジ攻撃を四方から行えるこの装備は脅威である。気を抜けば背中から撃たれることすらあり得るのだ。

 「こちらサナダ中尉。遊撃隊は各隊散開せよ。私はサタケ大尉と当面の間一騎打ちを行う!」

 「しかし……」

 異議を唱えたさそうに遊撃隊士の一人が呟く。

 「先の指示に加えて、さらに索敵に力を入れろ。敵はサタケ大尉一人ではあるまいし、大将格を囮とした伏兵戦術の恐れがある。」

 「了解しました!」

 たとえ一騎討ちを行うといっても、彼の本分は指揮官である。それを忘れるわけにはいかない。

 「しかし……、オルトロスに対しては接近戦に持ち込むしかないか?」

 近づければ、の話ではあるのだが、サナダ中尉の乗るレムスには決定打として使える兵装がない。可変機能と重装甲、高加速に特化した機体であって、ライフルやサーベルは一般機並みの攻撃火力に過ぎないのである。この状態の装備でサタケ大尉のオルトロスに致命打を与えるには、やはりサーベルに限るだろう。鎧通しよろしく、関節部等を接近戦で狙えば流石に壊破壊できるはずである。

 「よし、行くぞ!」



 「シルバー大佐、報告致します!」 

 前線から離れ本陣で指揮をしているシルバー大佐の下に、切迫したような声で索敵手が声を掛ける。

 「索敵手、なにか?」

 「サナダ中尉の隊がオルトロスのサタケ大尉と交戦に入りました。一騎討ちを繰り広げています!」

 「……一騎討ち?」

 幕府軍は兵数で圧倒している現状、数で圧さずに大将自らを危険に晒す一騎討ちなどというものは、有利を不利に変えるようなもので、戦術的には間違いなく愚策である。だが、彼女の重臣であるサナダ中尉は、家臣の中でも特に優秀な部類である。何か理由があるはずであった。

 「カタクラ大尉、サナダ中尉はどうしたのか、わかるか?」

 シルバー大佐も自らでは判断しかね、戦術参謀長のカタクラ大尉に話を投げる。

 「何か意図はあるとは思うのですが……。いずれにしても、一騎討ちは古来から戦の華です。報道部隊を回しましょう。」

 「……それもそうですね。そのようにはからえ。」

 だが、残念なことにカタクラ大尉も政治面はそれほど強いわけではない。軍事作戦上の権謀術数や謀略については、また話は別ではあるのだが……。

 「シルバー大佐、よろしいでしょうか?」

 「ファーサル参謀、どうした?」

 そこで声を掛けるのは戦略参謀として従軍しているファーサル・ロウゾ中尉である。

 「カタクラ大尉のおっしゃるように、一騎討ちは古来より戦の華です。効率はさておき、この死闘は多く民衆の中で語られ、報道などでも取り上げられるものでしょう。従って、サナダ中尉がこの一騎討ちで武勇を示すという事は、インドネシアの民衆に対する大きなアピールとなり、義勇軍を纏めることも容易になるものと考えられます。インドネシアから見れば余所者となる我々は、そう簡単に認められることはありません。特に将校としての働きなど、目に見えるものではありません。優れた将であればあるほど、その勝利はまるで自然に勝ったかのようで、見た目ではあまりにも容易なことにしか見えないでしょう。しかしながら、一般人にもわかりやすい個人的武勇を示せば、ある程度は認められやすくなる。是非にも広報用に、この一騎討ちの映像をご使用されるべきです。」

 ファーサル中尉そう指摘する。彼は財力も武名も少ない王族ロウゾ家に生まれただけはあり、比較的一般的な人々の考え方や立場について考える能力には優れている。ダテ家やフルーレ家であれば武名、イシガヤ家であれば財力や工作活動、クラウン家であれば政治力でゴリ押せば良いが、彼にはそれら一切がないのである。若いながら、知恵を絞って無駄に大きい王族の看板を背負いつつ、世間を渡るしかないのだ。

 「ファーサル中尉の意見を入れましょう。友軍に告げる。索敵を中心に主戦闘を避け、一騎討ちの戦域を平定せよ。サナダ中尉とサタケ大尉の一騎討ちを観覧する。また敵軍にも告げる、一騎討ちを観覧すべし!」

 シルバー大佐はそう全軍に通達し、部隊の展開状況を組み替え始めるのであった。

 「むっ!?敵将め、この戦いを観戦させる気か!」

 「サタケ大尉、これもシルバー様のお気遣いであろう。」

 二人のパイロットはサーベルで切り結びながら、通常回線で言葉を交わす。

 「敵将も風雅を知るか。しかし、幕府軍はシルバー大佐を上に戴く限り、この先の国は保たんぞ!」

 サタケ大尉はそう怒鳴る。彼はイーグルの意見に賛同して反旗を翻したものの、本質的には日本自体が嫌いなわけではない。

 「亡きイーグル様は仰られていたのだ!シルバー大佐は名将たる器ではあるが、君主には足りない。上杉謙信のように道楽戦を繰り広げて、国家を富ますことはできないだろう、と。それを憂い、シルバー大佐を総司令に推薦したことを悔やみ、そして糺すために兵を上げたのだ!」

 「だからどうしたというのだ。」

 怒鳴り散らすサタケ大尉機にライフルの斉射を加えながら、サナダ中尉は冷静にそう言い返す。

 「君主に政治の才能がないならば家臣が補えばいい。君主に軍事の才能がないならば家臣が補えばいい。中国古典で賢人とされる伯夷や叔斉のように、望まぬ主君を批難し仕えず、そして隠棲して餓死することも一つの生き方ではあるが、臣下としてはいささか料簡が狭い。管仲がそう言ったように、上は総てを纏めることが役割であって、足りない事は臣下が補うものだ。幸い、シルバー様は自分の分限をわきまえ、軍事以外の足りない部分は夫や議会の意見を入れて判断できる賢明な君主である。身の程もわきまえず、反乱を起こしたイーグル前執権とは格が違う。そして、貴官は大尉という総司令と意見も交わし得る上位の格にありながら、諫言もせずに寝返ったのであろう?軽率に過ぎるのではないか。」

 サナダ中尉はそう滔滔と反論と批判を続ける。近づくために牽制射撃を加えながらではあるが、オルトロスの回避行動は素早くかすりもしない。その様子に余裕のサタケ大尉は、さらに反論を加えてくるのであった。

 「ともあれ、イーグル様は幕府を維持した名君だ。シルバー大佐では及ぶまい!シルバー大佐は先の決戦でも戦術ではイーグルに敗北し、治世においても反乱を許した以上は政治駆け引きもうまかったとは言えまい!戦力差があってはじめて、イーグル様に勝ったようなものだ!」 

 「だがサタケ大尉、結局のところ戦力差を用意することこそ大将の役割で、戦場での戦術行動は我々指揮官の仕事ではないか。そして、最後に生き残り勝ち残ったのは、シルバー様である!」

 サナダ中尉のレムスは牽制射撃を諦め、可変後の最大加速でサタケ大尉の操縦するオルトロスに近接する。近接してしまえば有線制御のホーネットを自在に操ることは困難であるし、お互いにサーベルでの斬り合いになれば、破壊力もそう大きくは変わらないためである。

 「サナダ中尉もなかなかやるが、しかし甘い!ホーネット!」

 サタケ大尉の放ったホーネットの砲撃は、レムスの背後からその肩を焼く。その正面にいるオルトロスにもレーザー攻撃はかするが、厚めの装甲に任せたお構いなしの攻撃である。

 「近づいて油断したな!ホーネットが無力化されたわけではないぞ!」

 「流石は木星のエース……!」

 サナダ中尉とて腕はいいが、しかし機体性能差が苦しい。幸いにして肩部の損傷は大きくはなく、装甲が焦げた程度で済んではいるが、これが一般機であれば腕部は吹き飛んでいた可能性が高い。彼が衝撃を受けて驚いたタイミングに合わせて、サタケ大尉は距離を取り始める。これに慌ててライフルを牽制に撃ち放つが、当たらないし当たったところで致命打にもならない。

 「それ、もう一度行くぞ!ホーネット!」



 蜂襲う前に後ろに囲まれて逃げる場も無き恐怖ありけり



 「掛ったな!」

 オルトロスのホーネットを盾で防ぎ始めたレムスに対し、サタケ大尉が声を上げる。直後、彼によって精密な操作がなされているそのホーネットが、レムスのシールドジョイント部に直撃し破壊する。砲撃ではなく物理的にぶつけていったのである。専用機にはビームやレーザーに対し、耐性を持つようなコーティングがなされていることが多いが、しかし物理衝撃だけは防ぎようもない。

 「……っ!変形機構が……」

 サナダ中尉は唸るが、このレムスのシールドは飛行形態時にはノーズとなるものであり、破壊されてしまうと変形不可または著しい空力特性の低下をもたらすものであった。

 「変形などさせんよ。さぁ、サナダ中尉、尋常に斬り合おうじゃないか!」

 オルトロスのビームサーベルとレムスのサーベルが交錯し、虚空にプラズマを輝かせる。出力でいえばオルトロスのほうがいくらか強力ではあるのだが、それでも出力で押し負けるほどの性能差ではない。機体性能も接近戦だけに限ればそれほど大きな違いはないはずである。だが、流石に木星のエースとして知られるサタケ大尉の連撃は重く、サナダ中尉のレムスの装甲は少しずつ焼け落ちていく。オルトロスも既にすべてのホーネットを撃ち尽くし、若干のビームライフルの残弾を残すだけであり近接戦闘に始終するが、それはある意味圧倒的な有利を確信しているからである。互いに致命傷を受け得る近接戦闘においても、そんなことは間違ってもあり得ない、若くして専用機を授かったサタケ大尉にはそれだけの自信があるのだ。



 「サナダ中尉がこれほどまでに押されるとは……。」

 レムスとオルトロスが鍔迫り合いの斬り合いを始めた中、本陣に位置するシルバー大佐がそう嘆く。

 サナダ中尉は世間的な知名度はそれほど高くはないが、パイロット能力としても幕府軍の中でトップクラスに位置している。同型機を操る場合に、彼に勝てるパイロットなど指折り数えられる程度であり、その彼に対して機体性能差が多少上回るとはいえ、これほどまでに圧倒するサタケ大尉の技量はよほどのものである。パイロットとしては並みよりも上程度に過ぎないイシガヤに負けたという印象から軽視してしまっていたが、実際には戦術指揮能力差に拠ったものだったのだろう。

 「カタクラ大尉、サナダ中尉を飛ばして遊撃隊に命令を与えなさい。オルトロスの行動と想定退路、そして海底地形図を見るに、敵は南方2キロ程度離れた海底に伏せている可能性がある。周辺について念入りに索敵させなさい。」

 「はっ!」



 「サナダ中尉!敵部隊を発見できました!」

 戦闘中ながらそう報告するのは、索敵任務を行っていたキタバタケ少尉である。

 「場所と数は!?」

 「お二人の位置から、おおよそ南方2キロの海底。数はサイクロプスで10機です!」

 「伏兵か。…………各隊、対潜武器を準備せよ。」

 「了解!」

 サナダ中尉は戦闘しながらではあるが、部隊に対して伏兵殲滅用の準備を整えさせ始める。



 「サタケ大尉、海底の伏兵がばれたようだぞ!」

 もう一方でもそう伝えるのは、サタケ大尉の部隊指揮を預かるクルマ中尉である。

 「対潜装備を要した部隊が、こちらを半包囲するように動き始めている。ばれないように動いているつもりだろうが、注意してみればわかるぞ。」

 戦争経験が豊富な彼は、そういう勘が働く。理屈だけでは無いのだ。

 「クルマ中尉、撤退は可能か?一騎討ちは優勢だが、しかし相手も強く決着がつかぬ。伏兵もばれたならば潮時だ。」 

 頭に血がのぼっていたかに見れるサタケ大尉ではあるが、無能というわけではない。大きな戦果は無いが、それでも抵抗はしたと示せたはずである。客将が忠義を示す上で、最低ラインは既にクリアしたといえよう。

 「難しいところだが、敵が花も実もある大将であれば、何とかなるでしょうな。お任せくだされ。」

 「どうやって?」

 「こうやって、だ!」

 クルマ中尉が手勢に指示を与え始める。それに合わせて海底からサイクロプス部隊が出現し、戦闘陣形を取りつつ見事な速度で周囲に展開されていく。



 「サナダ中尉、敵隊です!」

 「我が隊も攻撃準備!敵の包囲はするな、逃げ道はあけるのだ!」

 窮鼠猫を噛むと言うように、完全な包囲は敵を必死にさせて被害が拡大し得る。サナダ中尉は突然海底から出てきた敵に慌てながらも、そう冷静に対応を始めるのであった。



 風をいたみ 岩うつ波の おのれのみ 砕けてものを 思ふころかな 



 「我こそはサタケ家寄騎のゼン・クルマ中尉である!一騎討ちに割って入らせて貰おう!」

 そう名乗りを上げながら、手練れの老将が迫る。



 「シルバー様、サナダ中尉が、敵のクルマ元中尉に捕まったようです!」

 本陣で指揮を執っていたシルバー大佐に、そう一報が入る。

 「先のご指摘のあったポイントあたりからサイクロプス10機が出現し、クルマ元中尉が名乗りを上げながら戦闘に乱入。サナダ中尉の周辺部隊が、圧されて混乱に陥っているようです。」

 彼女のモニターにはその前線の様子が映しだされる。流石に数勝ちしているサナダ中尉の部隊は壊乱するまでには陥っておらず、踏みとどまってはいるのだが……、全体的に敵軍に翻弄されている、という状況は正しい。場慣れしているクルマ中尉の采配は、その規模の用兵術に関して見事なものである。しかし、圧されて逃げられた、とあっては都合が悪い。

 「今のサナダ中尉では、クルマ元中尉には及ばないようですね。よろしい、私がエオスで出撃しましょう。カタクラ大尉、ここの指揮は任せます。」

 「承知しました。」

 カタクラ大尉に代わることで本陣指揮能力は若干落ちるが、彼とて実戦慣れしている遊撃隊の軍団長補佐である。この程度の戦であれば充分対応出来るだろう。

 「ファーサル中尉、如何に?」

 シルバー大佐が問う。何を如何になのか、という点であるが、流石に同じ王族として接点の多いファーサルは、内容を理解してアドバイスを行うのである。

 「敵は、オルトロス及びその他友軍撤退のための時間稼ぎと、遅滞戦術を行うようです。此処は撃破されずに、逃がすことが肝要かと。」

 「…………うむ。では、こちらは任せます。」

 彼女としては、撃破するべきならやれなくはない、という立場ではあるが、しかしそれが良いかというとそうではない。ファーサル中尉は言い方は丸めているが、つまり撃破するな、というアドバイスをしたのであった。現状で、サナダ中尉とサタケ大尉は熾烈な戦いを繰り広げており、それは広報用の映像に記録されている。だが、シルバー大佐が仮に軽く敵を撃破してしまったとあっては、サナダ中尉もサタケ元大尉も、所詮はシルバー大佐の足元にも及ばないただの小物、という評価に落ちてしまうのである。彼女自身の武名を高める事にはなるかもしれないが、使える部下は増やしておく方が良い。

 「では出撃する。サナダも、もう少し育てなければなりませんね。」

 戦というものは、決して天才的な将校だけでもって勝敗を決するものではない。良く戦場の空気を読み、兵の押し引きを心得た熟練の現場指揮官達こそが、実質的な戦術を受け持ち、そして勝敗を決するのである。先の執権イーブル・フルーレの行っていた、独立戦争以来続く長い戦いの歴史により、幕府軍における熟練指揮官達の多くは戦死し、若手の天才的な才能を誇る将校達を中心に、軍を動かさざるを得ない状況に陥っているのである。戦争規模が小さい間は、必要となる将校の数は少なくてもどうにか回ったが、全軍でサイクロプス4000機、その他兵力も膨大な数になった今、絶対的な将校の不足は明白であった。今回の事も顕著なことである。幕府軍においてはクルマ元中尉ほどの実戦経験を有する将は少ない。理論上は同格であってもサナダ中尉は圧されているし、彼女自身も、先の宇宙会戦で亡きイーグルやサタケ元少佐の采配に苦戦した経験がある。戦争は理論でありながら理論だけではなく、直に肌で触れて試行錯誤したことがあるかないかは、用兵効率を大幅に左右させる要素であった。人の心の波は、どうしてもそうでなければ把握しきれない。もちろん、サナダ中尉のような秀才の将校の潜在能力は、クルマ元中尉のような熟練指揮官に劣るものではないし、机上の上ではむしろサナダ中尉のほうが遥かに優れてはいるだろう。だが、現実の指揮においては、サナダ中尉では指揮を執って初めて兵達が動くが、クルマ元中尉のレベルになれば、細かく指揮を執らずとも兵達が動く。これはもはや理論では説明できない、間であり指示であるのだ。まともな指揮が執れない混戦になった場合、この違いが戦況を決定付けるのである。

 「サナダ、退け。」

挿絵(By みてみん)

 戦場に到達したシルバー大佐がそう述べる。

 「シルバー様、自らお越しで!?」

 混戦の中で必死に対応していたサナダ中尉は、シルバー大佐の動きに気が付かないほどであった。

 「そして、クルマ元中尉、久しぶりですね。」

 シルバー大佐は、混戦の戦場にあるまじき、落ち着いた涼しい声でクルマ中尉にそう問いかける。

 「これはこれは……シルバー様。大将自らお越しになるとは…………」

 「サナダは、大事な私の家臣ですから。さて、クルマ元中尉。貴方の智謀も采配も見事なものですが、退く、というならば、今回は見逃してあげましょう。」

 と、いうのも、サナダ隊を押していたクルマ中尉の部隊であったが、そのサナダ隊を直ちに掌握したシルバー大佐を前にして、既に不利も有利もない、正面からぶつかる状態の陣形に再編されてしまっているのである。こうなれば数で勝る幕府軍が圧倒的に有利である。如何にクルマ中尉が熟練の指揮官であっても、シルバー大佐ほどの鬼才には流石に敵わない。

 「流石は蝦夷の鬼姫。…………参りましたな。」

 しかもその上で、彼女の放つ攻撃が彼らの部隊の装甲を薄皮1枚ずつ削っていくのである。ぱっと見では奮戦しうまく回避しているようにも見えるが、実態はただ手加減されているだけである。唯一まともに回避しているのはサタケ大尉のオルトロスだけであった。

 「『君がため 惜しからざりし 命さへ ながくもがな と思いけるかな』。私も、まだサタケ大尉のおもりをせねばならん。サタケ隊はこれにて撤退させて頂く。サタケ大尉、よろしいな?」

 「分かった。この場は甘えさせていただく。俺の権限で話ができるフィリピン軍には、すべて撤退の連絡を行う。……さらばだ!」

 苦虫を噛み潰したかのような顔をしながらも、クルマ中尉に急かされてサタケ大尉がそう決断し撤退の指揮を執り始める。混乱を抑えて手勢を纏め、影響下にある部隊を纏めて撤退させる手腕は、敗将にありながらも流石のものではあった。

 「遊撃隊は、サナダの六連銭と幕府軍旗、そして錦の御旗を掲げよ。」

 「追撃は?」

 シルバー大佐の指示にサナダ中尉が問う。通常であれば、此処は追撃して一機でも多く敵を討ち取るような場面である。

 「不要である。残敵を掃討しつつ、インドネシア首都ジャカルタに凱旋する。サナダ中尉は手勢を率い、その先導をせよ。」

 「御意。」

 だが、シルバー大佐はファーサル中尉の思惑通り敵を討たずに逃げ散らかすに任せる事とし、周辺地域の平定を急ぐ。その思惑を幾らかは察し、サナダ中尉は改めて兵をまとめ、その陣営がみすぼらしく見えぬように威容を整えるのであった。



 こうして、シルバー大佐の率いる伊達幕府軍は、無事にインドネシアへの降下作戦を成功させた。ハーディサイト軍は主力をフィリピンに撤退させていたこともあり、サタケ大尉の部隊他いくつかの部隊が抵抗したのみで大きな抵抗はなく、加えて、進駐先のインドネシアでは議会と義勇軍が伊達幕府側に寝返っているため、フィリピン軍残党の掃討を概ね3日で制圧を完了させてしまった。迅速に終わった残党討伐は都市機能や市民に大きな被害を与えることも無く、拍子抜けの状況であったが、唯一の華は、初日に行われたサナダ中尉とサタケ大尉の一騎討ちである。前時代的ではありながら、人々にロマンを魅せつけるかのようなこの映像は、インドネシア国内や日本国内だけではなく、世界各国で広く報道されるほどで、サナダ中尉の声望を高める事には成功したのである。

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