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星光記 ~スターライトメモリー~  作者: 松浦図書助
後編
102/144

第17章 インドネシア解放作戦 02節

 「始まりましたね、シルバー様。」

 そう話すのはカタクラ大尉である。暫く地球を離れていた彼らにとってみれば、この地球を映す光景は感慨深いものだ。

 「そうですね。カタクラ、インドネシアはすぐに落とせるでしょうが、問題はフィリピンです。」

 シルバー大佐は、このインドネシア侵攻戦については特に問題視していない。圧倒的な物量に加えて、現地の人員を確保できた以上、多少のゲリラが発生しようともゲリラ狩りはそちらに任せることが出来るからである。主要地域を抑え、敵の機動部隊のみを撃破すればいい話であった。

 「フィリピンについては予定通り、別動隊のクラウン中佐が指揮する北海道制圧部隊が任務を終えてから、時期を見て合同で攻略を行います。それまではインドネシア地域の安定に努めて防戦に当たるしかないでしょうね。」

 「ゲリラ掃討の懸念ですか?」

 「そうですね…………。流石にフィリピンで内応するような勢力はいませんので、こちらで歩兵を送るしかないでしょう。こちらの軍には陸軍はそれほどいませんから、投入できる歩兵部隊も少なく、かといってインドネシア義勇軍から大人数を割くわけにもいかず、なかなか難しいところです。」

 「周辺を封鎖して威圧により降伏を求めるというのは?」

 カタクラ大尉がそう提示するのは、戦術的にはもっとも有効そうな方策である。戦争において被害を無視して攻める必要がある場所も存在するが、損害は少なければ少ないほど都合がいい。特にフィリピンを纏めるケネス・ハーディサイト将軍は現実的な思考をする将軍である。条件によっては降伏を申しである、という事は想定されることであった。

 「…………現時点で、降伏は、認められません。」

 苦虫を噛み潰したかのように、シルバー大佐はそう述べる。

 「え?」

 「……今現時点においては、無条件降伏であっても、そう簡単には降伏を認められません。」

 「……何故でしょうか?」

 当然ながら、その発言はシルバー大佐の思う所ではないことをカタクラ大尉は察し、そう問う。彼女であれば単純に作戦効率を優先するはずである。

 「国会です。」

 「…………なるほど。」

 つまり国会はそれを許さない、という事だ。総指揮官たる彼女には、そういう内意を告げられているのである。フィリピン軍の纏める東南アジア連合による侵攻によって、国土と合わせて多くの幕府軍人の命が失われている。その上、先の幕府執権イーグル・フルーレの反乱においても、この東南アジア連合との共謀であったという印象が強い。国民は報復のための血に飢えており、作戦効率だけを見て敵の降伏を許す、という事はできないという警告があったのである。

 「フィリピンは暫く囲みましょう。」

 シルバー大佐のその発言は、その間に戦略を考えたい、という事であった。



 無常憑み難し、知らず露命いかなる道の草にか落ちん、身已に私に非ず、命は光陰に移されて暫くも停め難し、紅顔いづくへか去りにし、尋ねんとするに蹤跡なし、熟観ずる所に往事の再び逢うべからざる多し、無常忽ちにいたるときは国王大臣親昵従僕妻子珍宝たすくる無し、唯独り黄泉に趣くのみなり己に随い行くは只是れ善悪業等のみなり、今の世に因果を知らず、業報を明らめず、三世を知らず善悪を弁まえざる邪見の党侶には群すべからず、大凡因果の道理歴然として私なし、造悪の者は堕ち、修善の者は陞る、毫釐もたがわざるなり



 「圧倒的ですね、我が軍は。」

 シルバー大佐はそう嘯く。既に、リ少佐の空軍部隊が露払いとして敵性航空戦力を駆逐しつつあり、設置されていた自動砲台のトーチカも爆撃し破壊しつつある。圧倒的な航空戦力による飽和攻撃であり、まさに向かう所敵無しの情勢であった。

 「我が旗艦、旧長門級戦艦夕凪を先頭に本陣の降下を開始します。遊撃隊を先鋒に、近衛師団のサイクロプス隊も降下を開始せよ。」

 幕府内においては巨大空母である伊吹級や双海級が旗艦として運用される事も多いが、この旧長門級は元々艦隊旗艦用に設計されただけあり、非常に強力な指揮管制艦である。全長200メートル強程度のコンパクトなサイズという事もあり、サイクロプス搭載数自体は10~15程度と少ないが、指揮ブロックの装甲や隔壁、通信索敵機能と電算処理機能は、同空母級よりも優れたものが搭載されている。また、海中・海上・空中・宇宙空間を問わずに運用可能であり、陸上への着陸及び大気圏離脱、突入能力を有する万能艦であった。これらは、総指揮官の安全を守り、円滑な指揮を続けるために備えられたものであり、旧時代の長門と同様に国家を象徴する艦艇である。

 「しかし、美しい空と海ですね……」

 シルバー大佐はそう呟く。散漫な敵の攻撃こそあれ、被害というほどの被害がない状況である。これほどの大規模軍勢を投入した割にはあまりにも拍子抜けな状態で、冷静沈着な彼女ですら、こうして現実逃避をしたくなるほどの優勢である。

 「シルバー大佐……」

 だが、そのシルバー大佐を現実に引き戻すべく、参謀長のカタクラ大尉が、恐れながら、という様子で彼女に呼びかける。

 「カタクラ、なにか?」

 「ニューギニア島に進軍中の空軍降下部隊、第1中隊の第1小隊と、第2中隊が全滅しました。」

 如何に優勢な状況とはいえ、被害が無いわけではない。当然ながら敵地への侵攻であるわけで、それなりの被害は出る想定である。

 「では、空軍第3中隊を投入せよ。」

 「はっ!」

 彼女は基本的には参謀を必要とせず、自身の判断で戦術展開をすることが多いが、しかしこの程度の些事であればイチイチ問わずに処理をして欲しいという気持ちはある。甲陽軍鑑にある『強すぎたる大将』の傾向がある事は彼女自身も自覚はしているが、改善はなかなか難しいところであった。

 「……シルバー様!」

 命令をした直後、カタクラ大尉から切迫した声で再度呼びかけがある。

 「なにか?」

 「第3中隊被害拡大!戦線離脱します、と!」

 「…………?」

 カタクラ大尉の報告に、シルバー大佐は首を傾げて手元の戦力展開分布図を確認する。今送ったばかりの部隊が即時壊滅するということは、そのポイントの友軍が極端に少ない、という可能性はあったからである。だが、パッと見てもそのようなことはあり得ず、周辺を含めて均等に戦力は配備されているのであった。

 「カタクラ、映像かなにかはありますか?」

 そうなると、問題はその地点にだけ強力な、何か、が居るという事である。

 「直ちにまわします。」

 カタクラ大尉の指示で回された前線の映像が艦橋上面のパネルに投影される。いずれも戦闘機隊から送られてきたものと考えられるが、映し出される友軍機には、どこからともなく発射されたレーザーが突き刺さっていく。右であったり左であったり、或いは上、下、様々な方向からのオールレンジ攻撃である。

 「ホーネット、か?いや、コードがありますね。……映像拡大せよ。」

 「了解。」

 シルバー大佐の指摘するものは、思念制御式で動かすビームまたはレーザー砲の事である。砲に推進器が付いたものであり、思念指示によって自由自在に動き回り、全方位からそして近距離から中・遠距離を問わないオールレンジ攻撃を行う代物だった。イボルブと呼ばれる超能力者であれば無線で使用できるが、有線のものは精神力の強い一般兵でも使用は可能である。ただ、コストに見合わない性能であるため、一部の専用機にしか装備されることは無い。

 「…………幕府のヘルやケルベロスのホーネット形状に酷似していますね。情報参謀、レーザー砲型番OLLC01が使われる機体名は?」

 シルバー大佐は型番で問う。戦争についてだけは知見の深い彼女からすれば、主要兵器の型番程度は暗記済みであった。だが、最新装備の情報については、現場で試験的に導入した機体がある可能性もあり、彼女であっても流石にすべては抑えきれていない。

 「ヘル、ケルベロス、オルトロス、コスモ・ガディスⅡ、フレイヤ、ペルセウスです。」

 「他にはありませんね?」

 「はい。」

 この内、ヘルは大破して廃棄が完了しているため除外される。また、ケルベロス、フレイヤ、ペルセウスは北海道降下部隊で使用されているため、この戦域にいる可能性はない。コスモ・ガディスⅡについても特殊な女神適性持ちではないと使用できず、機体自体が厳重管理されているため流出や反乱はありえない。不明瞭なのはオルトロスのみである。

 「消去法で敵機をオルトロスと仮定する。情報参謀、パイロット履歴は?」

 「直近まで、木星方面軍サタケ大尉の機体です。先の木星会戦でもイシガヤ少佐との戦闘履歴があります。。」

 「サタケ大尉はイーグルの乱の際に逃亡していましたね……」

 「御意。」

 このオルトロスは幕府軍の中でも王族専用機を作るために建造された試験機であり、技術流出の懸念はあったが、対策もとれないため放置していた機体であった。ただ、技術は流出したとしても建造コストが通常機より桁1つ以上多いため、量産などがされる心配は少ない。もっとも、量産こそされなくても、この機体1機の性能は一般機を凌駕するため、並みの機体を並みのパイロットでぶつけても撃破することは難しい逸品である。

 「敵は、反乱分子のサタケ大尉と仮定します。遊撃隊のサナダ中尉に通信を回せ。」

 そう言われた通信士は、急ぎ遊撃隊を指揮しているサナダ中尉に連絡をつける。

 「シルバー様、如何なさいましたか?」

 呼び出されて、遊撃隊の師団を采配していたサナダ中尉が応答する。彼もまたカタクラ大尉と同じシルバー大佐の重臣の一人であり、子供の時から一緒に行動してきた子飼いの部下である。年齢的にはシルバー大佐よりも1つ下であったことから前線での活躍はそれほど多くは無いが、指揮官としてもパイロットしても、能力的には優秀である。シルバー大佐率いる幕府軍が一時的に本拠木星に戻った際には、地球に残り禁裏の護衛や取次を任せられており、約3年に渡ってその重責を全うしている。本作戦においては、参謀本部を預かるカタクラ大尉に代わって、幕府軍遊撃隊を指揮し、機体もカタクラ大尉が普段使っている専用機レムスで参戦していた。

 「サナダ中尉、重要任務です。遊撃隊第2師団を指揮し、思念誘導式レーザー砲で友軍を邪魔する、オルトロス、サタケ大尉と思われる敵の軍勢を撃破しなさい。」

 「場所は?」

 「レーザー砲の動きからすると、戦区割りの三番海域、海底です。」

 シルバー大佐は、戦域状況と先の映像から、敵の居場所にあたりをつける。彼女が多くの名将達と比肩するのは、この神懸かり的に効く鼻のおかげでもある。単純な地形情報や視覚情報、或いは解析されている戦力情報や戦史における将校達の行動パターンからの脳内演算であって、超能力の類ではない。

 「承りました!」

 サナダ中尉はその命令を疑問もなく受ける。絶対の信頼であった。



 海底から迫る海蛇

 敵を捉え牙をむき

 海底に山の如く骸を築く



 幕府軍遊撃隊の師団長を代行するサナダ中尉が、その配下達に指示を下す。 

 「ヤザワ少尉は各部隊からの情報を纏めよ。キタバタケ少尉とカザマ少尉は対潜索敵が得意だな?」

 「はっ!」

 「では貴官らを中心として、戦闘機隊には索敵を中心とした行動を命じる。」

 「了解!」

 現代においては、海中での戦闘はあまり重視されていない。これは索敵技術の発達とアンチレーダー技術の発達により、非アンチレーダー下であれば一定深度の海底まで索敵できるようになったことに加えて、アンチレーダーが機能する海面近くの水中を含む空間においては、ミサイルや魚雷追尾を極力防げるようになったことに拠る。つまり、潜水艦や潜水タイプのサイクロプスは丸裸になっており、それらを運用することにおいては主要兵装での攻撃がし難い以外のメリットはなかったからである。今回敵が海中にいるのは、意表を突き、陸上よりも動きがとりやすいという程度の意味合いしかなかった。

 「また、ヤザワ少尉は情報をまとめつつ、インドネシア義勇兵の編成を頼む。護衛に第1小隊をつける。先の任務に専念し戦闘行為は護衛に任せよ。」

 「了解。」

 「他の隊は、第2小隊を先頭に斜めに布陣。我に続け!」

 彼は、直ちに戦闘偵察機及びサイクロプスによる索敵部隊を展開する。敵の正確な場所の確認は、戦の要である。そして、

 「機会ではあるな。」

 サナダ中尉はそう呟く。オルトロスとサタケ大尉と言えば、彼の上官でもある遊撃隊軍団長のイシガヤ少佐が、木星において激突した機体であり、専用機ペルセウスを以ってどうにか渡り合った相手である。有線制御式の思念誘導砲に加えて、強靭な装甲と高い運動性を誇り、一般機を遥かに凌駕した機体であった。一方、現在彼の乗るレムスもまた専用機である。可変機構を有しており、サイクロプスの中では圧倒的な空中戦性能と、加速による突破力を有しており、装甲もまた一般機には優る。可変機構が実装されなかったとはいえペルセウスのプロトタイプだけあり基本性能は強力だが、武装は軽量化のために通常のビームライフルとビームサーベルのみである。オルトロスに比べた場合は運動性では勝るものの、攻撃力と耐久性で劣るため、彼の腕の見せ所である。



 「敵機はレムス、カタクラ大尉機だな。」

 海底に潜むのは、シルバー大佐の予想通り、先の木星会戦で反乱軍を指揮していたサタケ大尉である。彼もまた幕府においては師団長の格として軍勢を指揮していたが、パイロットとしても能力は高く、本戦においてもすでに10機以上の戦闘機を単独で撃墜している。

 「サタケ大尉、早くフィリピンへ撤退をした方が良い。インドネシアでは民意が無い故長くは戦えぬ。」

 サタケ大尉が意気軒昂に敵を撃破する一方、そう忠告するのは、クルマ中尉である。彼もまた、サタケ大尉とともに反乱軍に与していた元幕府軍退役軍人であるが、敗戦後の逃亡先として、フィリピンまで同道していたのであった。

 「しかしクルマ中尉、そう易々と退くわけに行くまい!」

 サタケ大尉は、苦虫を噛み潰したかのようにそう怒鳴る。

 「亡き御父上ならそうなさる!」 

 クルマ中尉はなおそう食い下がる。サタケ大尉の父は、伊達幕府軍の前執権イーグル・フルーレに忠実な部下であったが、イーグル反乱の際にその与力として参戦し、イーグル戦死後も生きながらえていた。その後かつての同志であった、故フィリピン総督ナイアス・ハーディサイトの縁を頼り、こうしてフィリピンまで落ち延びていたのである。彼の父は元々幕府軍団長の職にあったこともあり、その知識と才能を買われて亡命には成功したのだが、しかし歳であった。木星から地球、ましてや気候風土の違うフィリピンの環境に耐えられず、つい最近病没してしまっていたのである。軍才は幕府軍随一とも言われるシルバー大佐と艦隊戦をして、一歩も譲らず互角以上に戦った彼の父であれば、こうして不遇な立場に置かれることは無かったかもしれないが、実績の乏しい彼自身はフィリピン軍将校に疎まれ、即座に属領インドネシアに追いやられていたのであった。人の世はまさに無常である。

 「クルマ中尉、父であればそれでいいが、俺は新参の客将だぞ!幕府軍でも戦績は振るわず、フィリピンにおいては実績は皆無だ。幕府軍の下級大尉であれば、世間一般には中佐格と同程度であっておかしくないところを、こうして大尉として扱われた屈辱……、幕府軍と戦って実績の一つも作らなければならないだろうが!」

 「サタケ大尉、生きてこその実績だぞ。」

 「分かっているが、しかし後で聞こう!まずはあのレムスを撃墜するまでだ!」

 戦場の空気に飲まれているかと言えば、そうであると言えるし、そうでもないとも言える。サタケ大尉の言う事も一理はあって、実績がなければ、此処で下手に動いた場合に内通を疑われることもあり得るのである。

 「…………わかった。」

 そう考え、クルマ中尉も一応は納得する。

 「では、レムスのパイロット!名乗りをあげて貰おうか!」

 サタケ大尉は通常回線で、そう要求をするのであった。

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