私を残してくれる物語。
これは普通じゃない。
ネジが消えた人のお話、なんてね。
思い返せば、私の人生は幸せだったと思う。
ごく普通の家庭、ごく普通の生活。
私はそんな、しがない子供だった。
でもようやく、子供という枷から解放されて、翼を持った大人になる。
大人は素敵だ。もちろんそれに伴う責任もあるだろう。でも、
私にとってそれは、一つの区切りのようなものだった。
昔から先延ばしにする癖が拭えない。
これだって本当は、中学校を卒業する頃にしようと決めていたのに。
でも、忘れていたわけじゃないんだ。
本当はずっとそうしたかった。
だけど、子供の責任は親が取らなくてはならない。
それが、なんとなく嫌だった。
高校を卒業する頃には、それはすっかり育っていた。
とても優等生とは言えなかったけど、大人たちの言う通りにしてきたつもり。
それで大人たちは褒めてくれたし、頼り甲斐があるとまで言われた。
それでよかった。
それが目的だったんだから。
高校の頃、ネットで友達を作った。
彼は優しくて、自分よりも他人を優先してくれる人だった。
まぁ、私は彼のことが気に入っていたわけで。
仲良くなるのに、そう時間はかからなかった。
ただ社会的な問題を一つ上げるとするならば、私達の考えの根底に難があったということ。
でも、だからこそ、私達は互いに意気投合をした。
そうして私は二十歳になっていた。
いつの間にか日々は過ぎ去り、私にとってそれは苦痛でしかなかった。
「もういいんじゃない? 遠くへ行ってしまおうよ」
彼の囁きは、いつしか交わした私達の約束だった。
「それもそうだね」
そう返す音の葉。
善人が聞けば困惑するような言の葉。
その盟約を交わすために、私達は初めて会うことにした。
彼は意外にも整った顔立ちで、私と同じ匂いがした。
遠い空を視る瞳。
ここにいて、そしてそこにいない顔。
月明かりに照らされた彼は、青白く美しい様を返している。
「ねぇ、怖くないの?」
そう問いかける言葉に、彼はゆらりと笑った。
「全然」
ここまでも同じだ。
私も怖くはない。
感情のセーフティーなんてものがあるなら、きっと壊れてしまったのだろう。
「じゃあ、また」
そういって告げる別れと彼と共有したソーダ、一飲みの惜別。
これで、彼とは本当にお別れになってしまったのだけど。
何故か私は行けなかった。
当然、怖かったわけじゃない。
なのに、行けなかった。
私は彼と別れることになってしまった。
こんな事になるなら、淡い希望など持つべきではなかったのかも、なんて。
少し詩人めいた考えがよぎって、掻き消す。
確かに一人考えることは多いけれど、詩人になったわけじゃない。
詩を詠んでこの気持ちが晴れるなら、とっくの昔に"普通"になっていると思う。
読んでいた本を閉じる。
「人間失格」
唯一の理解者を失って、哀れにも道を進み続ける私。
彼の生き様は私と似ているような気がして。
だから、今夜もう一度行こう。
彼と別れた場所へ行って、彼を見送った幹に触れて。
私ももうすぐそこへ行く。
今度は、一人で逝かせたりしないから。
サイダーをパキと開けて、一飲みの祝杯をあげる。
さようなら。
この物語は誰にも読まれることはないのだろうけど。
それでも良かった。この道の先に、あなたがいるような気がするから。
きっと、独りじゃないなら寂しくないよね?
どうか、あなたのいる場所が天国でありますように。
そして、私も
今から逝きます。
See you in heaven