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1歩先で笑う君を。  作者: 劣
5/30

姿なき作家が残したもの。


この手紙は紫乃しのさんに向けたものじゃない。

本を読んで、手紙に気付くであろう人へ向けたもの。

この手紙を書いた人物は、

紫乃しのさんが手紙に気付かないと分かっていた。

その上で、わざとここを選んだ。

…手の震えは“見えない相手”に対する恐怖心か。

震える手で便箋を持って、続きを読む。


__________


はじめまして。

紫乃しのの担当者様。


僕は宮丘みやおか 創静そうせいと申します。

__________


聞き覚えのない名前。紫乃しのさんを呼び捨てにしている辺り、

親しい人物だろう事は予測出来る。

手紙の字は、繊細だが力強さがあって綺麗だ。

名前からして男性だろうけど、

名前が書かれていなかったら女性の字だと思う程。

後インクの色が紫色なのが気になる。

……何故紫色?


__________


手紙を見つけたという事は、

僕の作品を最後までご覧頂けたという事でしょうか。

もしそうだとしたら、お礼を言いたい。


ありがとうございます。

あなたがこの本に興味を持ってくれなければ、

この手紙が陽を浴びる日は来なかったでしょう。


__________


何だか全て見透かされている様で気味が悪い。

しかし読むのをやめようと思わなかったのは、

綺麗な字のせいだろうか。…てか僕の作品って。

もしかしなくてもこの宮丘みやおか創静そうせいさんが、

かくさんだって事じゃんか。

じゃあかくさんの本が丁寧に収納されていたのは、

自分の本だったからって事?

偶然見つけてしまったこの部屋の持ち主からの手紙。

色々衝撃過ぎて言葉を失う。


__________


最後まで読んで頂いて、大変嬉しく思うのですが。

…申し訳ありません。

僕がその続きを書く日は、もう来ないでしょう。


僕は今、行方不明になっています。


__________


続く衝撃発言に、頭がついていかない。

この人は、何を言っているんだ。

本の続きが読めない事はショックだけど。

それ以上に、この言い方は。

まるで“自分が行方不明になる事が分かっていた”みたいな。


そもそも手紙はいつ書かれて、いつから本に挟んであった?

宮丘みやおかさんは、いつ行方不明になった…?

読めば読むほど、分からない事が増えていく。

3冊目が出版されたのが2年前。

3冊目が出版されてすぐか、しばらく経ってからか。


__________


荒々しい手段になりますが、こうする他なかった。

紫乃しのは難しい性格なので、

きっと手を焼いている事でしょう。

でも分かってほしい。 紫乃しのは悪い奴じゃない。

ちゃんと優しさを持った、良い奴なんです。


この本まで辿り着けたあなたなら。

安心して紫乃しのをお願い出来ます。

勝手な事を言っているのは承知しています。

ですがこれはこの手紙を見つけてくれた、

あなたにしか、頼めないのです。


心無い人だったらきっと。

この本の存在にすら、気付かず帰ってしまうでしょう。

ですがあなたは今。

仕事が終わったにも関わらず、そこに居るんでしょ?

あ、おサボり中でしたら話は別ですけどね。


きっと紫乃しのは無口だし、話したがらないと思います。

だからあなたは少しでもきっかけ作ろうと、

この部屋に来たのではないですか?

僕の勝手な想像です。違っていたら忘れてください。


心優しいであろうあなたに、お願いさせてください。

僕に出来なかった、 紫乃しののそばに居る事を。

あいつは1人で進んで行ける強さを持った人間です。

ですが、見かけによらず寂しがりなので。


どうか、どうか。

…救って。


__________


手紙は、そこで終わっていた。

分かったのはこの部屋の持ち主は、

宮丘みやおかさんという方だと言う事。

そしてその人は今、行方不明だという事。

宮丘みやおかさんと紫乃しのさんはどんな関係なんだ。

ちょっと親しいくらいじゃ、

こんな所に2人で暮らすなんて出来ないはず。


「す〜…はぁー」


深呼吸をする。冷静になろう。

手紙に並んでいたのは、紫乃しのさんを気遣った言葉。

それは宮丘みやおかさんにとって、紫乃しのさんが大切な存在だから。

きっと、紫乃しのさんにとっても。

宮丘みやおかさんは…。


頭をよぎったのは、床に並べられたあの絵たち。

俺が感じた“違和感”は、勘違いじゃなかった。

…あの絵は、どれも“未完成”。

風景のみが描かれたキャンバス。

きっとあの絵には、まだ“続きがある”。

掃除するために触った時は無反応だったのに対して、

出品の話をしている時は触られる事を嫌がった。


紫乃しのさんにとって特別だから。

思い入れのある絵を、お金で見られたくなかった。

紫乃しのさんにとってそれは、

お金なんかで価値を付けられない程、特別で大切で。

それを勝手に俺は。…あぁ、頭が痛い。

なんて無神経な事を。俺には配慮が足りない。


そんな事を考えていると、視界の端に机が入った。

何気なく机に目をやる。…待てよ?

そう言えば…。初日に紫乃しのさんに言われた事を思い出す。

俺はそっと引き出しに手を伸ばす。

何の変哲もない、普通の机の引き出し。


「『引き出しは開けないでください。』って、言ってたよな…。」


あの時は特に何も思わなかったけど、

わざわざ言うって事はそこに何かしらが入っているんだ。

じゃあ何が入っているのかって話になるが、

見られると困るもの、とか。開けるなと言うんだから。

でも見られて困るものだった場合、

もっと別の場所を選ぶべきだし絶対そうする。

“ここじゃないといけなかった”理由が、あった。


俺の中で天使と悪魔による会議が行われる。

開けるべきではないのは分かっている。

実際開けるなと、はっきり言われているのだから。

しかし中のものによっては、

宮丘みやおかさんに大きく近付けるかもしれない。

引き出しに手を、添える。

俺の見えないところで、確かに何かが起こってる。

震える手を、握り締めた。


「…ごめんなさいっ。」


俺はゆっくり、引き出しを開けた。

あっさり開いた引き出しに入っていたもの。

…あぁ、妙に納得してしまった。

確かにこれは、“ここじゃないとだめ”だなぁ。

俺は思わず頭を抱える。

“それ”は、手紙に書かれた事全てを肯定した。


「原稿、用紙と。…万年筆か。」


綺麗に収納されていたのは、

新品まっさらの原稿用紙と使いかけのインクそして。

…使い込まれた万年筆。万年筆に手を添えてみる。

使い込まれている事が見ても触っても分かるが、

きっと大切に使われてきたんだろうと思った。

インクの中身は半分より少なくなっていて、

瓶に貼られているシールは剥がれかけていた。

俺は何気なく、万年筆を持ち上げた。

俺の手には、馴染まない。

ふと裏返すと、名前が彫られている事に気付く。

…そりゃ、大切にするよなぁ。


宮丘みやおか創静そうせい。」


そこで何となく、インクの色と万年筆の色に納得出来た。

きっとこの万年筆は、誰かからの贈り物。

宮丘みやおかさんは小説を書いていた。

原稿用紙に手書きとは随分アナログな方法だと思ったが、

まぁそちらの方が好みな人なんだろう。

職業上自分で買う可能性もあるが、決して安い買い物じゃない。

自分のためにお金をかける様な人に。

少なくとも手紙と小説を読んだ時点では思えなかった。

宮丘みやおかさんの言葉の端に見えるのは、愛情や優しさ。


少し言い方は悪いが、

誰でも知っている様な名の知れた作家さんならまだしも。

少なくとも俺は、この本も作家名も知らなかった。

そんな知名度の人が、わざわざ自分で買うか?

俺の勝手な想像に過ぎない。言ってる事失礼だし。

だけど自分で買った可能性は低いとしか思えない。

何より気になったのは、その色。


万年筆の色は、紫色。

紫色のボディに、星が散りばめてあるデザイン。

デザインや細かな造りから滲み出る高級感。

これを贈った相手は多分、 紫乃しのさん。

インクは万年筆に合わせて、紫色にしたのかも。

きっと手紙もこの万年筆で書かれたものだ。

どんな経緯でこれが贈られたのかまでは、分からないけど。

また頭が痛くなる。もし、もしも。

本当に紫乃しのさんが贈ったものだとしたら。

俺は無意識のうちに、下唇を噛み締めていた。


「… 宮丘みやおか創静そうせいさんは、

これを自分の意思で、置いて、姿を消したのか…。」


突然、大切な人が。何の前触れもなく。

自分の前から姿を消したとしたら。

…計り知れない、恐怖。痛み。悲しみ。絶望。

相手が自分にとって大きな存在である程、傷は深くなる。

考えれば考える程に紫乃しのさんの痛みを感じ、

宮丘みやおかさんが分からなくなっていく。

手紙や万年筆からは、とても優しそうな雰囲気感じるのに。

どうして全てを置いて。

彼はここから、姿を消さなければいけなかったんだ。


部屋の様子や万年筆が残っている事から、

宮丘みやおかさんは本当に“突然”、

姿をくらませている事が分かる。

半端な覚悟じゃなきゃ、そんな事出来ない。

自分の大切なものを置いて、なんて。

もういい、こうなったらやけくそだ。

何が何でも突き止めてやる。どうして今の状況になったのか、

宮丘みやおかさんは今どこに居るのかも。


「まずは…!」


万年筆を元の場所に置き、引き出しを閉める。

急いで帰る準備をしつつ、メールを打つ。

相手は誠治せいじさん。内容は今どこ居るかという事と、

居るのだとしたら時間を頂けないかという事。

メールを送信してから、勢いよく作業部屋に入った。


紫乃しのさんっ!!

少し早いですが、今日はこれで失礼しますっ!」


「!?…あ、はい。」


普段無反応な紫乃しのさんも、

俺の勢いに驚いて返事をしてくれた。

俺はそのままの勢いで家を出て、急いで会社へ向かった。

途中でメールの返事が来て、会社に居る事が分かった。

時間も取れるとの事。それなら尚更急がねばと、

全力で会社へ向かった。

その後メールで『ゆっくりでいいからな。』と、

誠治せいじさんからメールが来たのは言うまでもない。

それから約1時間後。


「お、お待たせ、しましたぁ…」


「おぉ思ったより早かっ…あ〜お疲れ様。」


小会議室に居るという事で入っていくと、

誠治せいじさんと社長が待っていた。

汗だくの俺に苦笑いしながら水を出してくれる誠治せいじさん。

そう。今回の本当の目的は社長。

ちょうど企画が片付いて、社内も落ち着きはじめたらしい。


「お前がわざわざ呼び出してくるなんて、初めてだよな?」


にこにこしている社長。社長のノリはうざいから、

関わらないが基本。だが今回ばかりはどうしようもない。

にっこにこで早くもうざい社長に、愛想笑いで応える。

…すでに帰りたくなって来た。帰ろっかな。

そんな気持ちを必死に抑え、本題に入る。


「今日は急に時間を取ってもらって、すみま…」


「なぁに固くなってんのさ!いつも言ってんだろ?」


「…。」


あ〜うざい。…おっと、思わず顔に出してしまった。

社長はいつもこうして俺に対してごちゃごちゃ言ってくる。

別に緊張してるんじゃなくて、

俺はただの社員であんたは社長な事を分かってほしい。

どっかでおちょくりスイッチ押したかな。くっそう。

おちょくりスイッチは、変なタイミングで発動する。

おちょくりスイッチの電源どこだよ、本当に。


「え〜っと、実は聞きたい事があって。

紫乃しのさ…じゃなくて!

紗浦さうらさんについてなんですけどっ!」


「へ〜、名前で呼びくらいには

上手くいってるみたいで良かったわ〜。」


語尾に(笑)がついてそうな言い方の社長。

言われると思って言い直したのに、遅かったか。くっそう。

そんな俺らのやり取りを見て、呆れ顔の誠治せいじさん。

てかこの調子だと全然話が進まない。


「一旦おちょくるのやめて、真面目に聞いて貰えます?」


「え〜だって久々じゃん話すの〜。」


照汰郎しょうたろうさん気持ちはわかりますが、

これ以上は本当に嫌われますよ。」


誠治せいじさんの一言でようやく大人しくなってくれた。

やっぱり誠治せいじさんに同席してもらって良かった…。

きっと2人だったらずっと話進まなかったな、これ。

短く息を吐いて、気持ちを切り替える。

俺はこんな事をするために急いで会社に来たんじゃない。


誠治せいじさん、前に電話で聞いた事覚えていますか。」


「あぁ。作家さんの話か?名前は確か…。」


かくさんです。」


俺が名前を言った途端、

呑気にあくびしていて社長の目元が微かに動いた。

それは一瞬で、すぐにまたあくびをした。

…やはり社長は何か知ってる。

すると誠治せいじさんがスマホを見せてくれた。


「これこれ。俺が持ってる本。」


そこに写っていたのはあの表紙のしっかりした3冊の本だった。

まさか、持っていたと思わなかった。

紫乃しのさんの家にあったものと特に大差はない。

誠治せいじさんの事だ、きちんと管理して保管してるんだろう。


「結構前に買った本だけど、確かまだ続編が出てないんだよ。」


「これが、 紫乃しのさんの家にもありました。」


「あぁ一度行った事がある。本で溢れかえった部屋があったな。」


少し考える仕草で答える社長。

ふと誠治せいじさんを見ると何故か驚いた顔をしている。

すぐに表情を戻したが、明らかに驚いていた。

…?


「実は、この本の3冊目に。手紙が挟んであったんです。」


2人の表情が強張ったのが分かった。

少し部屋の中の空気も重く感じるのは、気のせいだろうか。

2人が繋がっているのかは分からないが、

どちらにも聞きたい事が出来た。

今はとりあえず、慎重で簡潔に話をしよう。


「手紙を書いた人物の名前は、 宮丘みやおか 創静そうせいさん。

このかくさんという方の本名だそうです。

そしてこの方は現在…行方不明だとか。

社長、教えてほしい。あんた、 紫乃しのさんと何処で出会ったんだ?」


「…。」


社長は何も答えない。

ゆっくり目を閉じて腕を組み、何かを考え始めた。

誠治せいじさんに目を向けると、じっと社長を見ていた。

重い重い空気が流れる。…沈黙を破ったのは、社長。


「これは、俺の“見落とし”だったなぁ。

まさか手紙を残してるなんて。

…“あいつ”から言い出した事なのにこれじゃ俺が悪者だ。」


呆れた様子の社長は机に置いていた缶コーヒーを一気飲みする。

そして真っ直ぐ。俺の目を見た。思わず肩が跳ねてしまった。

目が合うと、にやりと笑った。

そっと、口が開く。


「なぁ真琴まこと。知るからには、腹くくれよ。」


「…。」


「今言える事は、そうだなぁ。

…俺は“とある人物”に頼まれて、あの画家の入社を受け入れた。

もちろん紗浦さうら 紫乃しのの絵はすごいと思うが、

入社のきっかけは“頼まれた”からだ。」


“とある人物”。わざわざ言葉を濁すのは、

それが誰かを明かす気はないという事だろう。

じゃあ絵に惹かれて、なんて。嘘だったという事か。

きっとその“とある人物”を隠すためについた嘘なのだろう。


「良いか真琴まこと。これだけは覚えとけ。

気遣って避けてばかりじゃ、いつまで経っても真相は闇の中だ。」


社長はそれだけ言うと立ち上がり、部屋から出て行った。

誠治せいじさんもその後を追い、部屋を後にする。

…言い逃げされた。社長の言葉がぐるぐるとまわる。

心当たりなら、ある。 紫乃しのさんの事だろう。

だけど、直接聞けとでも?

さっき気遣いをとかって、決めたばっかなのに。

頭を抱えて、ため息が出る。

現状すでに煮詰まってしまっている。

…他に方法が思いつかない俺は、途方に暮れていた。


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