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1歩先で笑う君を。  作者: 劣
29/30

人生証明。

※暴言的表現の含まれた内容がございます。

※苦手な方はお避けください。


それから、後期に向けての準備は順調に進んだ。

…俺の絵も、展示される事になった。

あの後もうだうだ悩んで、泣きもした。

けれど兄妹とのわだかまりが解けた事で、

絵に対して前向きに考えられる様になった。

周りからの後押しもあり、

もう1度描いてみようと思えた。


久しぶりの筆に戸惑い、

感覚を取り戻すのに随分時間がかかった。

道具も全て燃やした為、馴染みのない道具に苦労した。

そんな俺にせきは感覚が戻るまで、

根気よく付き合ってくれた。


いつ振りか、2人で絵を描く時間。

当たり前だった時間が今ではとても特別なものに思えて、

そう考えるとまた少し泣きそうになった。

…こんなに泣く事、今までなかったのになぁ。


長い期間筆に触らなかったが、身体は筆を覚えていた。

感覚さえ取り戻せば、楽しくて仕方ない。

少しの間、自分の思うままに絵を描いた。

ずっと、怖かったはずなのに。

気付けば恐怖心は消えてなくなった。


社長や誠司せいじさんにも手を貸してもらい、

自分の仕事をこなしながら絵を描く日々。

慣れない事ばかりで忙しかったが、

好きな事を夢中でやれた日々は充実していた。


時に時間を忘れて、徹夜した日もあった。

この時ようやく紫乃しのさんの気持ちが分かった気がする。

紫乃しのさんに言うと、

『やっと分かってくれました?』と笑っていた。


絵を描く場所は紫乃しのさんの家の一室を

借りていたが仕事がしやすい様にと、

社長が会社の会議室を準備してくれた。

それも奥の方の会議室で、防音完備。

社長が出る様な、大規模な会議の時しか使えない部屋。


『部屋なんて他にもあるんだから気にすんな!励めよ!』


照汰郎しょうたろうさんもまた、笑っていた。

誠治せいじさんが呆れていたけど、

どうにかしてくれた様だった。

それからは絵を描いては休憩がてらパソコンに向かい、

また筆を取ってを繰り返した。疲労感はなかったが、

気絶する様に寝ていた事があってさすがに怒られた。


紫乃しのさんの方も順調で、

予定通りに後期開展日を迎えられそうだ。

ひと通りパソコン業務を終えた今日は、絵に集中出来る。

あとは実際に会場に行って、イメージに沿った会場作りがある。

すると滅多に人が来ない会議室に、ノック音が響いた。


「はい、どうぞ。」


「よう、調子どう?」


紙袋を振って見せながら入って来たせき

後ろには紫乃しのさんが居た。

宮丘みやおかさんがこっちに用事があって、

それの付き添いらしい。

そこに丁度俺のところへ行こうとしていたせき

鉢合わせたので一緒に来たんだそう。


せきが持って来た紙袋の中は、

ちょっとおしゃれそうなお店のバーガー。

どうせ昼食取ってないだろって、そんな訳…ん?

……。言われて、お腹が減っていた事に気付く。

せき紫乃しのさんもまだらしく、

このまま3人で食べる事になった。


「絵は、順調ですか。」


「はい、おかげさまで。完成まであと少しです。」


「は〜!!なんか俺が緊張してきた!!

真琴(まこと)の新作見れるのは当日だっけ?」


「そう。当日は小さくだけど、

お披露目会出来る時間貰えたから。」


「弟さんと妹さんも、来るんですよね?」


「来なくていいって言ったんですけど。

本当に人の話聞かなくて。」


なんてない会話を交わしながら、バーガーを頬張る。

正直に言うと、俺も緊張している。

それもそうだ、これは俺の問題だけじゃない。

紫乃(しの)さんの名前に傷をつけない様に、

せっかくここまで順調なんだ。

半端な絵で、台無しにしたくない。


真琴(まこと)っ!怖い顔になってる。

大丈夫だよ、君なら。」


「…そう、だな。」


無意識に表情が曇っていたらしい。

まぁ緊張して、気にしたところで。

俺は俺の絵を描くしかない。


紫乃(しの)さん。」


「え、はい。」


食べかけのバーガーを置いて、紫乃(しの)さんに向き直る。

背筋を伸ばして、真っ直ぐ目を見た。

言おう言おうとして、言えなかった事。

後期が始まる前に、伝えなくちゃいけない事。


「本当に、この様な機会を、ありがとうございます。

それだけじゃない。あなたは沢山の世界を見せてくれました。

あなたの担当になれて、幸せです。

どうかこれからも、よろしくお願いします。」


「…!それはこちらのセリフです。

真琴(まこと)さんとだったから、ここまで来れました。

ありがとうございます。まだまだ、お世話になります。」


深く頭を下げると、紫乃(しの)さんも頭を下げた。

顔を上げた時、紫乃(しの)さんは少し照れた様に笑っていた。

紫乃しのさんと出会ったばかりの俺が見たらきっと、

驚いて倒れるんじゃないかってくらい眩しい笑顔。

そして、(せき)に向き直る。

(せき)は気を遣ってか、黙ってバーガーを頬張っていた。


(せき)、今まで散々逃げて、悪かった。

酷い事も言った。なのに信じてくれて…。ごめん。

(せき)の言葉は、俺を支えてくれてたのに、

俺は、酷い事しか、言えなくて、」


「…真琴(まこと)。」


「…だから、だから。これからは、絶対、

良いもん見せてやる。(せき)が信じた時間を、

無駄にはさせない。また、信じていて欲しい。」


「!…ははっ、真琴(まこと)らしいなぁ。

何年、君を待ったと思ってんの?

安心しろって。君を信じてない時間なんて、

出会ってから1秒もないんだから。


あと!“ごめん”じゃないだろ?」


「…あぁ、そうだった。

ありがとう。本当に、ありがとう。」


お互い少し、涙目になって、誤魔化す様に笑った。

それからは3人とも別の仕事があった為、

食べてすぐに解散となった。

次の日から一気に忙しくなり、

あっという間に後期開展当日を迎えた。


開展から30分後に、俺の絵の公開イベントなるものがある。

俺はいらないと言ったのだが、

紫乃しのさんはやるの一点張りで聞き入れてくれなかった。

お互いの妥協点として、小規模でと俺が折れた。

紫乃しのさんは思った以上に頑固なんだ。


俺の絵が展示されている会場に、人が集まり始める。

展示されている絵には、布がかけられている。

前期の時同様に、少し挨拶をして布を取る。

想像していたよりはるかに人が多く、

用意していた椅子は急遽撤去となった。


代わりにレーンを作り、止まらず歩いて見てもらう形になる。

前期の紫乃しのさんの絵が好評だった為、

良くも悪くも注目されてしまった。


『_彼は俺が絵を描く上で、凄く影響を受けた方です。

当時大学生だった彼の絵を見て、心を奪われました。

放心状態で、しばらく魅入ったのを覚えています。

ですが絵の作者が彼だと知ったのは、ずっと後の事でした。


_俺も、彼も、多くの壁に絶望しました。

もう何度、心が折れたか分からない。

それでも今ここに居るのは、絵が好きだからです。』


手に取ったのは少し前に紫乃しのさんが

インタビューされた記事が載っている雑誌。

見開き2ページに渡り、取り上げて貰えた。

そこに映る紫乃しのさんの表情は、

初めの頃よりずっと明るく柔らかかった。


『どうかそんな大変さだったり、

思いだったりが絵を通して伝わる様な、

そんな絵を描きたいです。


もちろん絵自身をしっかり見て頂いた上で、です。

求め過ぎだという声が聞こえてきそうですが、

すみません。これが本心なんです。


ですが必ずしも、肯定して欲しい訳ではないです。

万人受けするものを描いている訳ではないので、

否定する人が居て当たり前です。

ですから、否定して頂いて構いません。


分かって欲しいのは、否定されても

“好きをやめない”という事です。


否定されたからと言って、

俺たちは意思を曲げたりしません。

もちろんその度に傷付いて時に泣く事だってあります。

でも気付いたんです、曲げる事の方がずっと辛いって。


_強い、ですか?

それは…少し違います。これは俺の__』


「…人生の証明だから。だっけ?」


「…たちばなさん。」


後ろから声をかけられ顔を上げると、

(たちばな)さんだった。


「初めから強い人間なんて居ない。

絵を描く事で、“生きている事”を証明する。


それは人それぞれで、

たまたま紫乃しのとお前にとっての証明が

“絵を描く”事だっただけ。」


「…。」


「な〜に辛気臭い顔してんだ、緊張か?」


俺の頭をガシガシと撫でてくる。

…セットする前で良かった。

勢いが強過ぎて、寝癖みたいにされてしまった。

今日の(たちばな)さんはどこか上機嫌。

仕事の電話がかかってきたらしく部屋を出て行った。

その後すぐにスタッフさんが来て、

寝癖にされた髪をセットしてくれた。


朝はいつも通りの髪型で館内を歩いていたが、

人前で挨拶をするのでそれなりにしなくてはいけない。

事前の打ち合わせで相談していたので、

得意だと言うスタッフさんに頼んでいた。


「…もうすぐですね。」


「そうですね。」


「何だか自分の時より

緊張してきちゃったなぁ。」


紫乃(しの)さんは段取りの書かれた紙に目を通す。

宮丘(みやおか)さんは集まってくる人たちを見ながら、

そわそわその場を行ったり来たりしている。

イベント中、(たちばな)さんと宮丘(みやおか)さんは

関係者スペースから見る事になっている。

始まる15分前になると宮丘(みやおか)さんは

ひと足先に関係者スペースへ移動して行った。


(たちばな)さんはここには居なかったが、

会場を覗くと関係者スペースに居た。

宮丘(みやおか)さんと楽しそうに話す姿が見える。

俺と紫乃(しの)さんはスタッフさんと

最後の打ち合わせを済ませた。

時間が近付くにつれて、心音が大きくなっているのが分かる。


当初は椅子を用意した上で目の前に

人が居る状態で挨拶をする予定だったものが

移動しながら見てもらう形になったため、挨拶形式も変更。

一応絵の前に立つが後ろの人にも聞こえる様にマイクを使って、

スピーカーから音を出す事になった。

……恥ずかしい。


「この度は、この様な機会を頂けました事、

心より感謝しております。本作品が皆様にとって、

どのように見えるか未知数ではありますが…」


軽い挨拶をして、頭を下げる。

優しい拍手たちが、俺に降り注いだ。

そして絵の隣まで移動して、ようやくお披露目。

布に手をかけて、止まった。


布を取れば、絵は公開され、多くの人の目に映る。

どう思われるだろう、こんなものかと言われるかもしれない。

せっかくの紫乃(しの)さんの展覧会なのに、

がっかりされるかもしれない。

途端に不安が脳内を支配して、布を持つ手が震えた。


「…真琴(まこと)さん?」


「…。」


呼ばれて、はっとする。

横を向くと心配そうに俺を見る紫乃(しの)さんが居た。

それもそうだ、急に動かなくなったんだから。

紫乃(しの)さんの顔を見て、雲が晴れた様な気がした。

肩も少しだけ、軽い気がする。


「…いえ、何でもありません。」


「じゃあ、行きましょう。」


せーのと小さく呟いた紫乃(しの)さんに合わせて、

一気に布を取った。会場は一瞬、静まり返る。

俺は何だか怖くて、振り向けなかった。

盗み見ると紫乃(しの)さんは、口を開けて絵を見ていた。

声をかけようとした時、後ろからひとつだけ拍手が響いた。

驚いて振り向くと、(たちばな)さんだった。


「た、(たちばな)さ…」


__パチパチパチパチ


続く様に宮丘(みやおか)さんが拍手をして、

あっという間に会場内は拍手に包まれた。

すぐにスタッフさん達が誘導してくれ、

列は少しずつ進んでいく。

その間、拍手が鳴り止む事はなかった。

目の前がチカチカして、過去の日々が蘇る。


『勉強はどうした。』


ごめん、良い子じゃなくて。


『また絵か?いつまで餓鬼気分で居るつもりだ。

これ以上、呆れさせないでくれ。』


ごめん、こんな息子で。


『出来損ないがっ!今までお前にどれ程の

金と時間をかけてきたと思ってる!!』


…ごめんなさい、育ててくれた恩を返せなくて。

大嫌いだった、なんでこんな親の元に生まれたんだって。

なんでこんな奴と血が繋がってるのかって。

自分が嫌で、嫌で仕方ない。


でも、それでも、俺が今こうして生きているのは、

あんな親でも、くそみたいな人でも。

…育ててくれたから。

今の今まで、憎んでしかこなかった父親に初めて。

謝りたいと、礼を言いたいと思えた。

それと…見て欲しくなった。


俺、出来損ないなんかじゃなかったって。

無駄じゃなかったんだって。

もちろんりょうみのりと比べたら、

きっと平坦な道じゃなかったけど。

ずっとずっと苦しくて辛い道のりだったけど。


「間違いじゃ、なかったんだな…。」


真琴まことさんっ!あそこ_」


紫乃しのさんの目線の先は、関係者スペース。

そこにはたちばなさんと宮丘みやおかさん。

いつ来たのか分からなかったが、りょうみのり


…母が、居た。


泣き崩れそうな母を、みのりが支えている姿が見える。

どうして、ここに居るんだ。

また勝手な事して、親父に怒鳴られるのは“母さん”なのに。

そこで、思い出す。


父は俺に関する学校行事に参加する事はなかったが、

母は、母さんだけは、必ず来てくれた事。

それに、初めて絵を描いた時、

褒めてくれたのは、母さんだった。


真琴まことは、魔法使いみたいだねぇ。』


浮かんできた母さんの笑顔は、きらきらと輝いていた。

父に何かを言われて、怯える母さんじゃない。

そうだ、小さい頃。

数少ない絵本の1つがとても綺麗な絵で、

自分もこんなものを描けたらって。

母さんはすぐにスケッチブックとクレヨンを買ってくれた。

当時から父は厳しかったから、内緒だよって言って。


そうして描いた絵は、目も当てられない様な

酷いものだったけど。母さんが笑顔で褒めてくれて、

それがどうしようもないくらい嬉しくて。

気付けば、絵ばかり描いていた。

…あぁ、どうして忘れていたんだ。

与えてくれたのは、母さんだったのに。

いつかの母さんとの会話。


『ねぇ真琴まこと。』


『なぁに?』


『絵、描くの楽しい?』


『うん!将来ね、絵描きさんになりたいんだ!

お父さんには、怒られたんだけど…。』


『そうねぇ。あの人は、不器用なのよ。

真琴まことに意地悪したくて、言ってるんじゃないの。

真琴まことにはまだ、分からないかもしれないけど。

少し、優しくするのが下手なだけなのよ?


ねぇ真琴まこと、これだけは覚えてて。』


ごめん、母さん。覚えててって言われたのに。

忘れて、反抗ばかりして。挙句には、泣かせて。

心配ばかり、させた。あぁ、俺は、どうしてこうも、

救いようのない程どうしようもないんだろう。


『お母さんはね、真琴まことの人生だから。

真琴まことが好きな様に、生きて欲しいの。

好きな事をするってね、思うより難しい。

もしかしたら、嫌いになるかもしれない。


でも、それでいいと思う。だって人生だもの。

色々あってこそ、生きてるんだって思えるものなのよ。

それに、素敵じゃない!好きがあるって。


だからいつか、どんな夢でもいい。

叶える事が出来たその時は、私に見せて欲しいの。


“幸せな人生に生きてるって、証明してね。”』


母さんはずっと、味方だった。

母さんが、俺に絵を与えてくれた。

俺は今日まで、どれ程の優しさに気付けず来たんだろう。

両目から溢れる大粒の涙は、

俺と紫乃しのさんに向けられた照明によって輝く。


「ごめん母さん、遅くなって。


_これが、俺の人生なんだ。」


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