大人の余裕に、ダサい俺。
翌日。
今日は展覧会の会場を紫乃さん宮丘さん、
橘さんと一緒に見に行く。
朝早い事もあって俺と紫乃さんは車に揺られ、寝そうになる。
比べて橘さんや宮丘さんは、
いつもと変わらぬ様子で何か楽しげに話をする声が聞こえた。
会場についてすぐに、先に着いていた業者の方と挨拶を交わす。
業者の方の説明を聞きながら、会場内を見て内装を話し合う。
作品数は今ある分と、描く予定分で足りそうか。
そんな事を考えていると紫乃さんがみんなから少し離れて、
業者の方に話をしている姿が視界に入る。
実は今回の展覧会で1枚、 紫乃さんが格別こだわっている絵がある。
他の絵ももちろんこだわっているのだがそれ以上に、だ。
今話しているのは、その絵を置く予定の場所。
何の作品を置くのか、教えて貰えなかった。
宮丘さんや橘さんも知らないらしい。
俺たちを置いてけぼりに、業者の方と真剣に話をしている紫乃さん。
そんな姿を見て、 宮丘さんは嬉しそうに微笑んでいる。
その作品はまだ取り掛かっていないらしく、最後に描くのだそう。
まぁ出展するのなら、今後いくらでも見る事は出来る。
変にしつこく聞くのも、 紫乃さんに嫌がられるだろうし。
ふと橘さんは1人、壁や床を見たり触ったりしている。
業者の方と話す気はない様で、みんながいる方には近づいて来ない。
ただ細かく、頻りに何かを確認している様だ。
気になる事があれば言うだろうから、そっとしておく。
「すみません、もう大丈夫です。」
「じゃあ次行きましょうか。」
あらかた話が終わったらしい紫乃さんが戻って来る。
会場内を見終わった後は座れそうなところに移動して、
希望の内装をまとめた資料を提示しながら話し合いを進める。
予め準備してきた資料と、
業者の方が用意して下さった資料とを比べながら話をする。
先程何かを確認していた橘さんは、圧倒的な指摘の多さだった。
こんなところまで、と思うほどたくさんあった。
言い方を変えると、まだこんなにも改善すべき点があるという事。
さっきの行動は、その為の確認。俺の観察力や想像力が足りてない証拠だ。
指摘を受けて後は俺たちの要望を実現可能なところ、
実現は出来るが安全性が不充分なところを判断して貰う。
しっかり話し合いをして、気付くと昼を過ぎていた。
ある程度のところで切り上げ、今日の打ち合わせはおしまい。
時間を気にしていなかったせいで昼食を取り損ね、全員ぺこぺこに。
今回の話し合いで出た俺の反省点の多さに、
無意識のうちに神経を使っていたせいもあるかもしれない。
まぁ悪いのは俺なのだから自業自得か。
近くにファミリーレストランがあったので、そこで昼食をとる。
「あ〜…。疲れた。」
「 紫乃、随分集中して話してたからね。」
席に着くなり倒れ込む紫乃さんを労る宮丘さん。
隣に座るかと思ったが、向かいの席に移動した。
はじめはどうしてかと思ったがすぐに納得する。
宮丘さんが紫乃さんの隣に座れば、
必然的に俺と橘さんが隣になるんだ。
……出来れば避けたいところ。指摘受けたばっかというのもあるけど、
普通に嫌われてる可能性があるんだよなぁ。仕事中はそんなの関係ない感じだけど。
宮丘さんはそんな空気を汲み取ってくれた。
橘さんは当たり前の顔で宮丘さんの隣に座り、
俺も紫乃さんの隣に座る。ささっとメニューに目を通して、注文を済ませた。
「俺全然見に行けてないんですけど、絵の進行状況はどうですか?」
「まぁまぁです。」
「 真琴さんは忙しいからねぇ。
紫乃は謙遜してるけど、なかなか良い感じだと思うなぁ。」
紫乃さんは嫌そうな顔をしたが、照れ隠しな気がする。
順調なのなら、安心して良いか。絵は描く人のその時の、心情や体調が大きく影響する。
描ける日は描ける、描けない日は描けない。
それ程繊細で、精神に直結してくる。決して大袈裟ではない。
紫乃さんは前と比べると、とても顔色が良くなった。
そして何より、少し肉がついた気がする。出会ったばかりの頃は、
がりがりで今にも倒れそうだった。
それは宮丘さんがきちんと管理してくれているおかげ。
聞くところによるとご飯はきっちり3食、睡眠時間も削らない様見張っているとか。
俺なんかよりよっぽど、健康的な生活を送っている。
健康な生活が体調にはもちろん、精神状態の安定に繋がったのかな。
精神が安定せず、作業が進まないなんてよくある話だ。
実際その事で思い悩む人は多く、さらに悪化してしまう人も珍しくない。
…俺も。例外ではなかったから、よく分かる。
「最近は特に調子が良くて、少し目を離すとすぐ徹夜してね。
徹夜が悪いとは言わないけど、その分睡眠はとらせてるから。」
「ありがとうございます。こっちも橘さんや
宮丘さんの知り合いの方がとても良くしてくれて。
計画していたより少し早めに準備は進んでます。」
お互いの進行状況から最近あった出来事まで。
普段ゆっくり話せない事を、ご飯を食べながらたくさん話した。
と言っても俺と宮丘さんがずっと話していて、
紫乃さんは無言で橘さんは時々口を挟むくらいだったけど。
久々にこんな時間を過ごした。
展覧会への準備が全て楽しいのかと聞かれれば、そうとは言えない。
苦しい事もあるし、辛い時もある。
けどそれと比べて余るくらいに、楽しくて成功させたいと強く思う。
多少精神面だったり体調面だったりを削っても良いと思えるくらい、
俺にとってこの展覧会はとても大切なものになった。
ご飯を食べ終え、俺はまだ仕事かあるので本社に送って貰った。
橘さんには紫乃さんと宮丘さんを
家まで送って貰う。3人の乗る車を見えなくなるまで見送って、
本社に入った。いつも使っている部屋に向かうと、誰か立っている。
「…何してるんですか。」
「お、戻って来た!最近どんな感じ?」
にこにこしながら絡んでくるのは社長、相変わらずうざい。
こんなところで何してるのか知らないが、早めにどっか行って欲しい。
露骨に嫌な顔をしているのに、にこにこしてご機嫌な社長。
本当に時々、頭おかしいのかなって思う。…いや割と思うか?
「順調ですよ、社長こそどうしたんですか。」
「いやぁ〜久々に話がしたいなって…」
「あ〜忙しいんで、仕事に戻りますね。じゃあ。」
「いやいやっ!冷たくない!?」
スルーして部屋に入ろうとしたら、阻止されてしまった。
…くそ、逃げ損ねたか。とりあえず立ち話もなんだからと
部屋に入って椅子に座る社長。自分の家です、という様な堂々ぶり。
まぁ社長だし、自分の会社でこそこそするのも変だけど。
遠慮って言葉、知らないのかなこの人。
「いや〜俺も最近忙しくってさ〜。
誠治がなかなか休ましてくれなくて。」
「誠治さん、ただでさえ仕事多くて大変なんですから。
余計な仕事増やしてないで、ちゃんと仕事してください。」
「やってるって!俺を誰だと思ってんだよ〜。」
やれやれと首を降っているが、普段あれなのだから仕方ないと思う。
この前 誠治さんと会った時は、まだ顔色は良かった。
まぁあの人は少し会わないだけで、げっそりしてる確率高いからな。
さすが会社1の苦労人。会う度に心配になる。
「そうだ真琴。 紫乃の絵は見に行かないの?」
「は?なんでそんな事聞…。」
「やっぱり、見に行ってないんだな。」
…ハメられた。行ってるって言えば良かったのに普通に聞き返していた。
この人のこういうところが嫌なんだ。
普段の会話に紛れて、カマをかけてくる。
あまりにも自然に行われるそれに、気付ける人は少ない。
少なくとも俺は誠治さん以外に、
上手くかわせている人を見た事がない。
「なーんか変だと思ったんだよ。あ〜、でも。
気付いたのは俺じゃないよ?」
「じゃあ誰がそんな事…。」
「えっと創静?って居るだろ。本社に来てた時に偶然ね。
なんか文仁と廊下で話してたらしいところに、俺が通りかかった。」
宮丘さんが…?俺が寝てしまった日か。
まぁ橘さんを呼んでくれたのは誠治さんでも、
提案したのはどうせ社長だろうし…。話してもおかしくはないか。
宮丘さんはともかく、 橘さんは愛想がない。
仕事モードの時は別だが、普段は他人と全く関わろうとしない。
仕事モードの時との温度差に、別人だと疑うレベル。
こう見えてもうちの社長だし橘さん、仕事モードだったのかな。
橘さんが話さなくても宮丘さんだしそういうの慣れてるか。
「最近どう?って聞くだけのつもりが、逆に質問されて〜。」
「な、何て聞かれたんですか。」
「え?気になる??」
急に楽しそうにワクワクし出す社長。どこに喜ぶ要素があった。
全然話なんて聞くつもりなかったのに…。
思いもよらない内容に喰い付いてしまった。
社長は話す気になっちゃったし、これは簡単に出てってくれない。
「 真琴が紫乃の絵を見に行かないって。 文仁がね、
何か知りませんかって聞いてきて。なーんで俺に聞くのかなって思った。」
「…。答えたんですか。」
「い〜や、その前に聞いた。なんで俺に聞くのって。」
平然とした顔、質問を質問で返したのか。…まぁ社長らしいか。
何も言わないだけで、2人とも気付いていた。
何も言われないからって、甘えてたんだなぁと今更ながら思う。
良くないとは思っていたし、どうしようかとも思っていた。
だけど結局甘えて何もしなかったんだから、ただのずるい言い訳だな。
「そしたらあの2人、面白い事言うんだよ。"俺たちより付き合いが長いから、
もし知らないとしても何か分かる事があるんじゃないか"だって。
確かにあの二人に比べたら長いけど、ずっと一緒じゃないし。
それに"長さ"じゃなくて"質"で言えば、自分らのがよっぽど良いのにね。
鈍感さにちょっとイラってきちゃって、それは教えてあげなかった。」
「…2人が、そんな事を。」
「けどまぁ、質問には答えたよ。怖がってんじゃないのって。」
「な、本当にそう言ったんですか!?」
うん、と当たり前だとでも言いたげな顔で頷かれた。
怖い、怖いか…。あながち、間違いでもないのか?
だとしても意味深過ぎる。無意識なのか、わざとなのか。
宮丘さんはともかく橘さんは、
そんな事を聞いた後にも関わらず俺に普通に接していた。
少なくとも俺は、違和感を感じなかった。
「そしたらどういう意味とかさ〜。しつこかったから、
自分らで聞けば?って言った。それ以上は俺から聞く事じゃないし、
俺はそこまで優しくないからね〜。」
社長はにこにこしてたり情に厚い様な態度をとるが、
不意にこうしてすごく冷たく感じる事がある。
それが意図的なのか無意識なのかは、分からないけど。
話す事に満足したのか、立ち上がり部屋から出ようとする社長。
思ったより早めの退出に少し驚いたが、これで仕事が出来る。
するとドアノブに手をかけたところで、振り向いた。
「あの人らも、あの画家も。大切な人なんだろ?」
「…。」
「あんな顔、させちゃだめだろ。」
トーンを下げた、優しく言い聞かせる声。それだけ言うといつもの社長に戻り、
にこにこしながら部屋を出て行った。…どんな、顔してたんだ。
変に緊張していたのか、一気に身体の力が抜ける。
力を入れてるつもりはなかったんだけど、無意識みたいだった。
分かってる自分が一番、自分を面倒だと思う。
社長は多分、気付いている。知ってて、言わないでくれた。
けど俺自身まだ、自分で自分が分からない。
どうしたいのか、どうしてこんな"気持ち"になるのか。
「…本当に、だっさいなぁ俺。」




