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1歩先で笑う君を。  作者: 劣
16/30

再会そして、話をしよう。


「……。」


「着きました、ここです。」


紫乃(しの)さんは青い顔のまま、目の前の家を見ている。

辿り着けるか不安だったが、なんとか来れたな。

入口のすぐ前に、車が止まっている事に気付く。

あの車種…。もしかして(たちばな)さん居るのか?

そっと車から降りると、家の中から慌ただしい音がした。

玄関が勢いよく開き、誰かが出て来る。


「何の音だ?!」


「こんにちは。俺です。」


焦った様子の表情から一変。俺だと分かると驚きつつ、

呆れた様な複雑そうな表情になった。簡単に分かりやすく言うと、

何やってんだこの馬鹿は。って顔された。

(たちばな)さんの後ろから宮丘(みやおか)さんが出て来る様子はない。


遅れて車から降りた紫乃(しの)さんは目を大きく見開き、少し震えている様に見える。

(たちばな)さんと面識がある様だが、

(たちばな)さん自身は紫乃(しの)さんに何の反応も示さない。

…目の前に居るのが紫乃(しの)さんだと、気付いていないのか?


「お話がしたくて来ました。お邪魔させて下さい。」


「いや、突然過ぎるだろ。それにお前、道覚えてたのか?

あれだけめちゃくちゃな道順で行ったのに。」


やっぱり、そうだろうと思った。 (たちばな)さんはあの日、わざと遠回りをしたり

出来るだけ多くの道を使ってここに来た。俺が"裏切る事"を恐れ、警戒していた。

まぁ実際こうして連れて来てしまっているし、反論は出来ないけど。

どうしても紫乃(しの)さんと宮丘(みやおか)さんを会わせたくなかったのだろう。

……もう、手遅れだけど。


「俺、道覚えるのは得意なんです。運転は苦手なので苦労しましたが。」


俺の運転苦手発言に紫乃(しの)さんの肩がビクッと跳ねる。

これは帰り、車に乗ってもらうのが大変そうだな…。

車を挟んだ先に居る紫乃(しの)さんの腕を掴み、

(たちばな)さんの目の前まで移動する。

紫乃(しの)さんは最初俺が何をするのか分かっていなくて抵抗しなかったが、

家に近付くと察した様で腕を振りほどこうとした。


強く強く、腕を掴んで離さない。だけど少し怖くて、

紫乃(しの)さんの顔を見る事は出来なかった。黙って連れて来た、

罪悪感からだろうか。連れて来た事自体に、後悔はしていない。

でも俺は、部外者だから。その事が何処か、無意識に引っ掛かっているのかもしれない。


「…?そいつ、誰だ。」


(たちばな)さんの声色に少し、低く静かな怒りが混ざる。

しかしそれはここに第3者を連れて来たことに対してで、

この人物が紫乃(しの)さんであると気付いていない様だ。

紫乃(しの)さんは、気付いているみたいだけど。

掴んだ腕から伝わってくる緊張感。微かではあるが、震えている。

当時宮丘(みやおか)さんと関係の深い人物だったであろう(たちばな)さん。

そんな人目の前にすれば、 嫌でも宮丘(みやおか)さんを思い出す。


「あれ、お会いした事なかったですか?

面識はあると思っていたのですが。」


「…。」


わざと、とぼけてみせる。 紫乃(しの)さんは何も言わず俯いてしまった。

(たちばな)さんは、それでも分からないらしい。

当時の事を知らないから確定は出来ないが、

時間が空いた事によって紫乃(しの)さんが成長したからか。

(たちばな)さんと宮丘(みやおか)さんの関係は親しくても、

紫乃(しの)さんの顔をはっきり覚えていなくてもおかしくはない。

そこに年単位の時間が空けば、尚更。


「あの、 宮丘(みやおか)さんは?」


「…?!!ちょ、え、」


「あ?どうしてそんな事を聞く。」


俺から出た名前に驚き、こちらを凝視する紫乃(しの)さん。

(たちばな)さんは機嫌が悪いのか、

嫌そうな顔をするばかりで答えてくれない。このままじゃ話が進まない。

こんな所で言い合ってる場合じゃないんだ。


「すみません、失礼します。」


「あ゛!?おい、!」


俺は(たちばな)さんの静止を振り切り、 紫乃しのさんを連れて家に入る。

紫乃(しの)さんは困惑していて、何も言わない。

中に入ってソファがあった方向に向いた時だった。思わず、足を止める。

目の前の光景に、息が止まりそうになる。俺が急に止まったせいで、

俺の背中に鼻をぶつけて小さな声をあげる紫乃(しの)さん。


その後ろから来た(たちばな)さんを見ると頭を抱えていて、

俺に気付くとほら見ろと言いたげな顔をされた。

初めてこの家に来た時、生活感のない部屋だという印象だった。

本当にここで暮らしているのかと疑う程の、綺麗さ。

よく覚えている。そうなると尚更、驚きが隠せない。


綺麗に並べられていたはずのクッションは生地が破れて、

中から羽が飛び出してあちこちに飛び散っている。

ソファ自体も、刃物の様なもので切り付けた様な傷だらけ。

飾られてたであろう花瓶や置物は床に転がっていて、

割れているものもあるのか破片が散らばっている。

空き巣でも入ったのかと言いたくなる様な散らかり様。

ソファを傷付けたであろうはさみが、机の下に転がっているのが見えた。


「えこれ、どうしたんですか?」


「… 創静(そうせい)、ここ数日情緒不安定になってる。

今日はさっきようやく疲れて寝てくれて、寝室に運んだところ。

寝てるうちに片付けようとしたら、お前らが来た。」


事情を話す(たちばな)さんの顔色は良くない。その数日間、

付きっきりだった事が見て分かる。どうして宮丘(みやおか)さんが

こんな行動をするのかは、分からないらしい。少なくとも今まで

こんな事なかったらしく、始まったのは俺と会ってから。

俺はここに来る前にメールをしたのだが、

それどころじゃなかったらしくスマホ自体見ていないとの事。

ため息をつきながら後片付けを始めるたちばなさん。

その後ろ姿は疲労の色をまとっている。横目で紫乃しのさんを見ると、

紫乃しのさんも俺を見て困った様な表情をした。


…まずはここをどうにかしないとか。

俺と紫乃しのさんは無言のまま、近くに落ちているものを拾っていく。

たちばなさんは少し驚いた顔をしたけど、何も言ってこなかった。

3人で黙々と部屋を片付ける。散らかっている大きなものは拾って、

破片は音で起こしてしまわない様にほうきで丁寧に取り除く。

ぼろぼろになったクッションは俺とたちばなさんの手で、

それっぽいデザインに縫って誤魔化した。

捨てないのかと疑問に思ったが、すぐに解決した。


「割れたものはもう、どうしようもないけど。

せめてまだ直して使えるものは、そのまま使いたい。

そうじゃないと創静そうせいが気にするんだよ。」


それ以上 たちばなさんは何も言わなかったが、何となく察した。

部屋のものが変わっていたら、さすがに気付くか。しかもその原因が、

原因だったら尚更。何から何までたちばなさんの行動は

宮丘みやおかさんを思っての事だと気付く。

長年一緒に居るとこうもなるのか…?


「…あの、」


ひと通り片付けが終わって、ソファでひと息ついた時だった。

ずっと黙ったままだった紫乃しのさんが口を開く。

あぁそうだ。 たちばなさんにこの人が紫乃しのさんだって説明もしてなかった。

片付けが終わって、ひと息ついてる場合じゃない。話はここから。

たちばなさんは無言のまま、飲み物を入れてくれる。

…何というか。この人が入れたとは思えない程、優しい味がする。

俺も紫乃しのさんも思わず、ほっとひと息ついてしまうくらいに。


「それで?どんな御用があってこんなところまで来た。」


「そ、 そうちゃ…。 創静そうせいが居るって本当ですか。」


「…ん?その呼び方、」


紫乃しのさんが口にした呼び名に反応するたちばなさん。

どんどん、険しくなっていく表情。きっともう、気付いた。

持っていたカップを机に置き、前のめりになる。

俺と紫乃(しの)さんの間に、緊張が走る。


「…おい伊上(いがみ)。返答によっては、分かってるだろうなァ?」


冷たい声と、刺さる様な視線。ぐっと、息を呑む。

大丈夫、分かっていた事だろう。覚悟もしてきた。

それだけの事を、俺はするのだと。握りしめた両手はうっすら汗ばんでいる。

全身に力を込めて、 (たちばな)さんの目を見た。


「彼は、 紗浦(さうら) 紫乃(しの)で…」


「ま、真琴(まこと)さ!?」


言い切る前に、目の前が真っ暗になった。

聞こえた紫乃(しの)さんの声と、顔面に強い痛み。

気付いた時にはソファを飛び越え、後ろに吹き飛んでいた。

鼻血が出ていない事が不思議なくらい、顔の感覚が分からない。

(たちばな)さんは立ち上がっていて、鬼の形相でこちらを見ていた。

俺を殴ったであろう拳は、強く震えている。


「…帰れ。」


「っ、嫌です。」


「お前、自分が何をしてるのか分かって…」


「分かってます。その上で、会って欲し…」


「ふざけるな。」


怒りに震えるその身体と、強い眼光。

俺は、思ったよりも冷静に要られた。先程の緊張は、もうない。

たちばなさんの気持ちだって、分からない訳じゃない。

だけど俺にも、譲れない気持ちがある。


「間違っている、とは言いません。俺は部外者だから。

詳しい事情も知らずに口出し出来る立場ではないです。でもそれは、

たちばなさんも同じはずです。例え俺より事情を知っていても、

部外者である事に変わりはありません。」


「…あ゛ァ?」


「これは紫乃しのさんと宮丘みやおかさんの問題です。

俺も、あなたも。部外者で…」


「言わせておけば、ごちゃごちゃと。」


頭に血の上ったたちばなさんがソファを乗り越え、俺の胸ぐらを掴む。

紫乃しのさんが慌てて引き離そうとするが、

たちばなさんとの圧倒的な力の差にはどうしようもない。

無抵抗のまま胸ぐらを掴まれているので、少し苦しい。


「怒っているのは、図星だからですか。」


「ほぉ、言うじゃねぇかァ。」


青筋が見えそうな程、眼孔が開いているたちばなさん。

多分これ以上俺が何を言っても怒らせるだけ。かと言ってこのまま

胸ぐら掴まれ続けるのも地味にきつい。どうしたものかと思っていると、

“誰か”がたちばなさんの腕を掴んだ。紫乃しのさんかと思ったが、

紫乃しのさんは初めからずっと掴んでたしその手は紫乃しのさんと

逆側から伸びてきている。そこまで考えて、はっとした。

たちばなさんもその手を凝視したまま、固まっている。


「やめて、あげて。」


「な、… そうせいいつから、」


「何か話し声が聞こえるなって思って、降りて来たらこの状況だった。

とにかく離してあげて、苦しそうだ。」


たちばなさんは掴んでいた胸ぐらを離してくれる。

思ったより苦しかったのか、咳が出た。心配して駆け寄ってくれた

紫乃しのさんは、怯えた表情で宮丘みやおかさんを見ていた。

俺の肩を掴んで、震えている。 たちばなさんはすぐに俺たちから、

宮丘みやおかさんを庇う様にして後ろへ距離をとった。


「どうして降りて来た、早く部屋に戻れっ!」


「大丈夫、大丈夫だから。 文仁ふみひと落ち着いて。」


焦った様子のたちばなさんは急いで宮丘みやおかさんを

部屋に戻そうと階段の方へ押して行く。

宮丘みやおかさんは困った顔で、それを止めているが聞こえていない。

妙に落ち着いている宮丘みやおかさんと、焦っているたちばなさん。

紫乃しのさんは緊張している様だし、今冷静なのは俺と宮丘みやおかさんだけ。

さっきの部屋の様子を思い出すと、落ち着いている宮丘みやおかさんに違和感を感じる。

あれだけ暴れた人が、寝ただけでこんなに落ち着くものなのか。

するとたちばなさんを説得する事を諦めたのか、

宮丘みやおかさんは俺たちの方を向いた。


「困らせてごめんね。…久しぶり、 紫乃しの。」


「っ!……、 そうちゃ、」


我慢して言いたい事を飲み込んで、ようやく読んだ名前。

顔なんて見なくても、声だけで充分だ。泣きそうな声、震えている手。

出来るなら今すぐにでも、飛びつきたいだろうに。

感情を押し込んで、我慢しているのが伝わってくる。

俺は何とも言えない気持ちになる。感動や、達成感に似たそれ。

…やっと、再会、した。苦しい様な、泣きたくなる様な。

それでいて胸がいっぱいな気持ち。

さて。ようやく、本題に入れる。


「話をしよう、 紫乃しの。」


そう呼ぶ宮丘みやおかさんの表情は今までで1番、優しい顔だった。


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