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1歩先で笑う君を。  作者: 劣
14/30

変わらないで。


“OB”と書かれた名札を首から下げて、

事務室の受付を後にした。まずは俺の作品探し。

作品が保管されているであろう倉庫はそこら中にある。

その中で俺が行った事、使った事のある倉庫を手当たり次第に回るしかない。

正直記憶も確かではないので、思い出せる範囲で倉庫をまわる。

鍵のかかった倉庫もあるが、

基本的に絵が保管されている倉庫は施錠されてないはず。


「おや、君は…。」


「!」


探す事に集中してしまって、近付いてくる人物に気付かなかった。

長袖のシャツをまくり、塗料で汚れたエプロンは年季が入っている。

見慣れた服装に、顔。その人は当時、俺の所属していた学科の

授業を担当していた先生。当時から変わらぬ姿に、少し驚いた。

まぁあの頃からバケモノみたいな体力と元気さだったし、

むしろヨボヨボだった場合の方が想像つかないか。


「懐かしいなぁ。卒業してから全く連絡も顔も出さないで。

まぁ在学中もこっちに居るより旧講舎に居た君だったからなぁ。」


「… 羽場はば先生。」


大声で笑ったかと思うと、俺の肩をバシバシ叩いた。

面倒な人に見つかったかと思ったが、

これはむしろ好都合かもしれない。

この人なら俺の作品が講内に残っているか知っていてもおかしくない。


「昔俺が展覧会に出したであろう作品が見たくて。

まだ残っていたりしないかと思ったんです。」


「君の作品か…。うーん、あるとすればうちの教室付近の倉庫か。

残っているかまでは分からないが、展覧会に出展したものなら

そこに入れるからな。」


良い情報を得られたのですぐに移動しようとしたが、

またバシバシ肩を叩かれて結局昔話に付き合わされた。

ようやく解放された頃には、10分程経っていた。

小走り気味で、言われた倉庫へ向かう。

大学自体は大きく広いため、迷子になる人がざらに居る。

さすがに俺は何度も行き来した道に迷う事はないけど。


「ここか…。」


そっと扉を開くと絵の具の匂いが鼻をつく。

薄暗い部屋に明かりをつけるとずらりと絵が並んでいた。

こんな中からあるかも分からない自分の絵を見つけなければならない。

気が遠くなりそうだが、そうする他術もない。

荷物を端に置いて、端から順に絵を見ていく。

どの絵も明るく、学生らしい初々しさを感じる。

ひとつひとつ見る度に、俺の心は重くなっていった。


俺にだって、こんな時期はあった。

けれど自分の才能の無さに打ちのめされ、筆を置いた。

この絵を描いた人たちはどうだろう。

大好きであろう絵を、続けているかな。

今も元気に大学に通っている子かな。

頭にちらつくのは、友人たちの絵を描く姿。

…絵を、嫌いになったりしてないといいな。


黙々とキャンバスを見ては、

色んな感情が身体中を渦巻いて消えていく。

のどの奥の方が焼ける様な、詰まる様な感覚。

こうなる事が分かっていたから、来たくなかった。

どうしようもない気持ちに押し潰されそうだ。


どのくらいこの部屋に居たか。集中していたものの、疲れが出始めた。

一度手を止め、部屋全体を見渡してみる。

まだ、半分にも届いていない。

この量だ、俺1人でやるとしても1日では見きれない。

今日はここまでにして、後日改めるか。

そう思い、立ち上がってふと視線を向けた先に。

…時が、止まったかと思った。


そこにあったのは、見覚えのある絵。

自分の鼓動がやけに耳に響く。

描いた時の記憶は忘れてしまったか、思い出せない。

なのにどうして、俺はこの絵を知っているんだ。

そっと手を伸ばして、触れてみる。懐かしい絵の具の感触。

触っただけで、分かってしまう。これは俺が使っていた絵の具。

俺は絵を描く時、決まって同じものしか使わなかった。

だから、嫌でも分かってしまう。間違いなく、“俺の絵”。


「本当に、残ってた。」


だって3年も前の絵なのだ。残っている方が珍しい。

こんな、才能もない絵を。誰が、残してるんだ。

見れば見る程。残されている理由も、

宮丘みやおかさんや紫乃しのさんの目に止まった理由も分からなかった。

…見れば、この目で見たら。何か分かると思ったんだけど。

結局、謎が深まっただけだった。


目的の絵も見れたので、

移動させた絵たちを綺麗に片付けてから部屋を後にした。

さて、これからどうする。

旧講舎で会ったあいつの言っていたOBが気になるが…。

探すあてはない。在学中の人だったら

講内を探せば会えたかもしれないが、OBとなればそうもいかない。


ひとまずもうここに用はない。さっさと出よう。

長く居たい場所でもない。しかし廊下に人が居る事に気付いた。

部屋に入る前は無人だった。それにその人は、

通りすがりという訳でもなさそうだ。

壁にもたれて、俺が部屋から出てくるとこちらを見た。

考え事をしていたせいか、その人が動き出すまで全然気付かなかった。

この倉庫に用があって、俺が居たから待っていたのだろうか。

ろくに顔も見ずそんな事を思い、そのまま通り過ぎようとした。


「久しぶり、 真琴まこと。」


「…!」


不意に名前を呼ばれ、驚いて顔を上げた。

見てすぐに、分かった。"そいつ"の待ち人は、”俺“らしい。

そこで何となく、俺の絵が残っていた理由を察した。

スラっとしたそいつは、優しい笑顔を向けてくる。

短髪だったのが、少し伸びて大人びて見える。

元々茶色だったはずだが、染めているのか紫がかった茶髪になっていた。

その姿が、時を感じさせる。


「…樋之山ひのやま。」


「酷いなぁ。苗字でなんて、呼んでなかったでしょ?

何、親友の名前も忘れたの?」


そんな事を言ってはいるが、何処か嬉しそうに笑っている。

目の前のこいつは樋之山ひのやませき

高校から大学まで一緒で、一緒に居る事が多かった。

当時の俺にとっての、数少ない友人の1人。

大学卒業を機に距離を置いていたため、

本当に久しぶりだった。…出来ればずっと会いたくなかった。


「お前か、俺の絵を残す様に仕組んだのは。

それに噂、異彩だなんだってのも。」


「仕組んだなんて人聞きの悪い。あれは確かに残すべき作品だよ。

他のものだってそうだ。君は全て処分してしまったけど、どれも…」


「うるさい。お前に関係ない。」


冷たく言い切ると、少し傷付いた様に笑った。

こいつは昔からこうで、少しも変わっていない。

俺なんかの絵に執着して、凄いだなんだって戯言ばかり。

それに噂を聞いた時、異彩という妙な呼び名に引っかかった。

これはせきが俺を褒める時に使っていた呼び名だったから。

俺とせきは同じ学科で、絵を描いていた。

俺があの旧講舎で絵を描く時も、ほとんど付いて来る変な奴。

出会ったのは高校時代。


俺がまだ絵を描く事を”楽しんでいた“頃、仲良くなった。

小さなスケッチブックに絵を描いていた俺を見て、”初めて“。

初めて、俺の絵を褒めてくれた人。

周りはいつも、俺が絵を描く事を良しとはしてくれなくて。

否定され、遊びだと言われ続けた。

そんな中唯一、綺麗だと。凄いと言ってくれた。

俺の創る世界を、認めてくれた。

(せき)が居てくれたおかげで、大学に行く決心だって出来た。


(せき)は元から絵を描いていた訳じゃなく、

俺が描いているのを見て興味を持ち始めた。

最初こそ声も出ない様な絵を描くレベルだったが、

教えた事はすぐに吸収するし要領が良かったためかすぐ上達。

俺は風景画やモノを描く事が多いが、

(せき)は人物や動物をよく描いていた。


時には同じモノを描いてよく競った。

初めの頃は俺の圧勝だったのも、

時間が経つにつれて稀に負ける日があった。

そんな日は悔しくて、やけくそで沢山絵を描いた。

ずっと1人で絵を描いてきた俺にとって、

(せき)は良きライバルで良き理解者だった。


もちろん大学進学も親は猛反対だったが、

必死に2人で勉強して死ぬほど絵を描いた。

苦しい時期だったけど、2人だから頑張れた。

大学合格が決まった日は、2人して泣いて喜んだのを覚えている。

青春時代なんて青臭い言い方だが、

人生の中で貴重な時間はいつも(せき)と一緒だった。


それなのに俺は、 (せき)を1人にした。

恨まれたっておかしくない事をした。

自分の無力さを目の当たりにして、ろくに話もせず。

距離を置いて、逃げた。絵からも、 (せき)からも。

(せき)と絵を描く様になってから、毎日楽しくて幸せだった。

…忘れていた。俺の絵は誰にも歓迎されていない事を。

それを思い出した時にはもう、受け止めきれなくなっていて。

怖くて苦しくてどうしようもなくなった。


「俺はいつだって真琴(まこと)の絵が凄いと思うし、好きだから。」


「はっ。お前の戯言には吐き気がする。」


自分が(せき)に対してしてきた事は充分理解している。

なのに俺はまだ、 (せき)にこんな事しか言えない。

俺は眉間にしわを寄せて渋い顔をしていたが、

(せき)は酷い事を言われたにも関わらず優しく笑っていた。


「良いんだ、言いたいだけだから。それにそう言うって事はさ。」


「…。」


「まだ、割り切れてないんでしょ?絵を描く事。

それなら良い。まだ真琴(まこと)の中で絵が…」


「っ!分かった様に言うなっ!!お前に何が分かるっ?!」


図星、図星だった。気付かれていた。

何年も一緒に絵を描いてきただけあるよなぁ。

声では酷い事を言うのに、心の声は穏やかだった。

(せき)は多分今も、ずっと待ってくれている。

いつか、いつか俺がまた。絵を描く日がくるって思ってるんだ。

けど、俺はもう。戻るつもりも、気力も覚悟もないんだよ。

俺はずっと、弱いから。


これ以上話しても酷い事を言うだけ。早くこの場から離れたい。

(せき)に背を向け、歩き出す。

本当は(せき)の居る方向を通る道が近道なのだが、

外へなんて何処からでも行ける。

とにかく今は(せき)の前から居なくなりたい。


「ま、 真琴(まこと)っ!俺は信じてるから。待ってるから。

だから、どうか…!」


「…っ。」


「絵を、絵を描く事を。嫌いにならないで…!」


(せき)は追いかけて来なかった。

ある程度離れた階段の影にたどり着いて、歩くのをやめた。

(せき)の声が何度も、頭の中をぐるぐるしている。

…涙が出そう、胸が苦しく締め付けられてる。握り締めた拳は震えていた。


「…嫌いになれたら、こんな思いしてないんだよ。…くそっ。」


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