表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1歩先で笑う君を。  作者: 劣
12/30

それぞれの覚悟。


苦しそうに話す宮丘(みやおか)さんに、何も言えなかった。

(たちばな)さんの表情もこころなしか、険しそうに見える。


「僕がずっと紫乃(しの)に頼ってしまったせいで、

紫乃(しの)を1人にしていた事に気付かなかった。

僕が、僕さえ居なければ。あの子はきっと、

沢山の人に囲まれる様な人だった。」


「…そ、それはっ、」


「分かってます。多くの人に囲まれる事が必ずしも幸せだとは

言いません。ただ、あの子は1人すぎた。それに…」


言葉に詰まる宮丘(みやおか)さんは、

苦しそうに胸を抑えている。

胸を抑えるその手は、震えていた。

何故かそこで俺は、気付いた。気付いてしまった。

どうして宮丘(みやおか)さんは、こんな行動に出たのか。


「…倒れて、しまったんです。ちょうど3冊目の本についての

打ち合わせ中で、もちろん前兆はなかった。

だから僕自身も驚いたし、

そこに居た文仁(ふみひと)にも迷惑をかけてしまった。」


「確かに驚いたけど、迷惑とは思ってねぇよ。」


やんわり否定する(たちばな)さん。そっか、担当者さんだから。

打ち合わせ中に倒れるなんて…。もし俺がその場に居たとしたら、

何が出来ただろう。打ち合わせの相手が、突然倒れるなんて。

今仕事をしているからこそ分かる、起きた事のの大きさ。

第一、人が倒れるなんて。仕事以外でも一大事だ。


文仁ふみひとは僕の身体が弱い事を知っていたから、

すぐに救急車を呼んで対応してくれました。

対応が早かったおかけで大事には至らなかった。

でも僕はそこで、危機感を持ちました。」


「…。」


「その時までは調子が良かった事もあったけど、忘れていたんです。

自分の身体の弱さを。そこで焦りました。もしもの事があったら、

紫乃しのはどうなるのかって。僕にばかり時間を

使ってしまった紫乃しのは、これからどうするのかって。」


他の誰でもない大切な人の時間を奪っていた事に気付いた時。

俺だったら、どうだろう。それが宮丘みやおかさんの場合、

紫乃しのさんから離れるという選択だった。


「怖くて仕方なかった。 紫乃しのを1人にする事が。

泣いて、泣いて、考えました。どうするって、どうしようって。

そこで当時仲の良かった、

照汰郎しょうたろうさんに助けを求めました。」


「社長に、ですか。」


「仲良くなった当時はまだ照汰郎しょうたろうさんも大学生でした。

話を持ちかけた時はもう卒業していて、美術関係の会社を起業してから

4年程経った頃だと思います。…正直に言うと、丁度いいと思ったんです。

言い方が悪いですけど、利用しない手はないと思いました。」


宮丘みやおかさんの目に、不安の中に確かな強い意志が見えた。

…迷っている暇も、なかったのだ。

それだけ宮丘みやおかさんは、焦っていた。

はじめの印象から、随分見方が変わった。

この人は、ずっと強い。

少なくとも今の俺に“自分以外の人のために”、

好きな事を辞められる覚悟はない。

それをこの人は、2年前にやってのけた。

それが、"正しい選択"だったのか。俺には分からないけど。

純粋に、すごいと思った。


照汰郎しょうたろうさんには、簡単に事情を話しました。

それと伊上(いがみ)さん、

あなたを担当にして欲しいとお願いしました。」


「…は?」


突然の展開に、思わず声が零れた。

俺を、指名したって、どうして?

大体なぜ宮丘(みやおか)さんは俺を知っているんだ。

俺は社長に入社の声を掛けられるまで、

今の人たちの誰1人として知り合いだった人はいない。

どの人も会社に入ってからの関係だ。


「…どこで、俺の事を、」


「"展覧会"です、大学の。」


そこまで言われて、思い当たった。

あの…?でももう3年近く前の事。

そんな前から、俺を知っていたのか?


「展覧会であなたの作品を見た時はまだ、

こんな事になるなんて思ってもいませんでした。

ただ綺麗な、繊細な絵を描く方だなって思ったのを覚えています。」


「…。」


紫乃(しの)は篭もりがちだったので、

よく展覧会などに誘って連れ出してたんです。

でも本当にまさか、当時見た絵を描いた人が

照汰郎(しょうたろう)さんの会社に入るなんて思いもしなかった。」


分かっていてか、知らずにか。

どちらにせよ、俺は何も言えなかった。

しかしこんなところで俺の絵を知っている人と会うとは。

あまりに予想外な出来事に、正直戸惑っていた。


紫乃(しの)が気付いているかは、分かりません。

何も知らない顔してても、妙に鋭いところがありますから。」


「それで?俺の絵を知っていたところで、

俺を指名する理由にはならないと思いますけど。」


絵の事を持ち出され、変に棘のある言い方になってしまった。

まぁ訂正するつもりは、ないけど。

静かな怒りと、焦りが底の方で溜まっていくのが分かる。

反対に宮丘(みやおか)さんの表情は穏やかなまま。


「確かにそうですね。ですが、あなたが"描く方"での

入社でないと聞いたので、少し調べさせて頂いたんです。

まぁ個人で個人を調べると言っても、限度がありましたけど。」


「…。」


「すみません、あまり気分の良い話ではないですね。

正直僕も当時は焦っていて、余裕がありませんでした。

今では無神経な事をしたと、反省しています。

でも、調べて確信しました。

あなたはきっと紫乃(しの)を支えてくれるって。」


宮丘(みやおか)さんは、微笑む。

この人はどこまで、知ってるんだ?

大体俺の何を調べたら、そんな考えになる。

少なからず今より荒れていた時期に、

まさかそんな事思われるなんて。


「失礼を承知でお聞きしますが…。

伊上(いがみ)さんは"当時の方々"と、距離を置いてますよね?」


「…。」


「これ以上は話が逸れるので言いませんが、

きっと紫乃(しの)の気持ちを、分かってくれるんじゃないかって、

勝手な話ですけど。そう、思ったんです。」


本当に、勝手な話だ。

全部、仕組まれていたって事か。それも知らないところで。

俺は何も知らず、思惑通りに動いていたと。

これじゃ、あやつり人形もいい所だ。

凄く、吐き気がする。


「ですがここまで辿り着くのは、"予想外"でした。

まぁ思った以上の結果だっただけで、

僕は間違っていなかったと思う事が出来ましたけど。」


「あまり、舐めない方がいいですよ。」


「…え?」


確かに事情を知らなかったし、

この人らの思惑通りに動くいい人形だったかもしれない。

ただ、俺は"自分の意思"で今まで動いていたんだ。

それを"仕組まれたもの"だなんて、思いたくない。


「俺は俺の意思で、ここに居ます。

それを"仕組まれていた"のひと言で片付けて欲しくはない。

今も、これからも。俺は俺の意思で動きます。

例えあなた達の思惑通りであろうと、それはただの偶然に過ぎない。」


「い、 伊上(いがみ)さ…」


「勝手にやらせて頂く。」


俺はそれだけ言うと、立ち上がる。

これ以上ここに居ても、むかつくだけだ。

一礼して、玄関に向かった。

宮丘(みやおか)さんは慌てて追ってくる。

後ろの方で(たちばな)さんだろう、

大きめのため息が聞こえた。


「待ってください、気分を害してしまった事は謝ります。

ですが…」


創静(そうせい)、もういいだろ。その辺にしとけ。」


俺の腕を掴んだ宮丘(みやおか)さんの腕を、

(たちばな)さんが掴んで払った。

まさか(たちばな)さんがそんな事するとは思ってなくて、

俺は振り向いたまま立ち止まった。

宮丘(みやおか)さんの表情には、どこか焦りを感じた。

この人は何をそんなに、怯えているのだろう。


「話さなければならない事は話しただろ。」


「そう、だけど!」


「落ち着け。ここで焦っても仕方ない。」


さっきまでとは立場逆転。

(たちばな)さんが宮丘(みやおか)さんをなだめている。

きっと2人はこうして支え合って来たのだろうと、

ぼんやりそんな事を思った。

…そう思ったと、同時に。どうして。


「どうしてその関係を、

紫乃(しの)さんと築こうと思わなかったんですか。」


不意に、零れた言葉だった。

(たちばな)さんは驚いた顔で俺を見た。

宮丘(みやおか)さんはより一層顔色が悪くなり、

傷付いたような顔をしていた。

だって、そうだろう。色々言ってはいたが、結果。

宮丘(みやおか)さんは逃げたんだ。

紫乃(しの)さんの前から、逃げただけ。


「あ、あなたに、何が分かる?!!」


「っ!」


「本当に大切な人の人生をっ、自分が狂わせてしまったと!

そう気付いた時の恐怖が、!あなたに分かりますかっ?!」


綺麗事じゃない。

宮丘(みやおか)さんから溢れた、素のままの言葉。

さっきまでは紫乃(しの)さんのためだってばかりだった。

少し見えた気のする宮丘(みやおか)さんの本音。


「その恐怖から逃れたくて、離れる事を選んだんでしょう?

言い方が違うだけで所詮は自分が可愛かった。

それ以上罪悪感に押し潰されるのが怖かった。違う?」


「っ!…そ、それは、」


宮丘(みやおか)さんは言葉に詰まる。

この人はまだ、分かっていない。

…声に出さなきゃ、伝わらないんだよ。

声にならない言葉を、心で強く唱える。

宮丘(みやおか)さんにはまだ、"言葉に出来ていない事"がある。

俺は深く息を吸い込む。ゆっくり、声を出す。


宮丘(みやおか)さん、言ってください。

あなたの、あなた自身の事を。」


「…っ。」


宮丘(みやおか)さんは言葉を詰まらせたまま、

力なくその場に座り込んだ。強く、唇を噛み締めながら。

(たちばな)さんは、何も言わない。

それは俺が"闇雲に言っている"訳ではないと分かったから。


「…怖かった。 紫乃(しの)の絵が見れなくなるんじゃないかって。

昔から、1番近くで見てたから。

僕にとっての"絵"は紫乃(しの)の絵だけ。

なのにもし自分が原因でって…。そんなの死んでも、死にきれない。

だったら自分が生きて、見守ってあげられるうちに、

どうにかしないとって、必死だった。」


宮丘(みやおか)さん…。」


「誰より、あの子の幸せを願っていたはずなのに。

気付いたら自分のせいで、誰よりも幸せから遠ざけてしまったって。

自分が何より憎くて、悔しくて…」


きっと1人で苦しんで、悩んで。

そうして見つけた、最善策。

(たちばな)さんが何も言わず協力していた理由が少し、

分かった様な気がした。

ただ俺は、理解は出来ても"共感"は出来ないけど。


「…今日はこれで失礼します。

色々好き勝手に言ってすみませんでした。

俺は俺で、やらせてもらいます。いいですよね?」


「…。」


「…送る。」


宮丘(みやおか)さんは何も言わず座り込んだまま。

見かねた(たちばな)さんは宮丘(みやおか)さんを無理やり立たせ、

ソファに移動させてから駅まで送ってくれた。

移動中は特に話す事もなく、車内は静かだった。

駅に着いて車から降りようとした時、

(たちばな)さんは口を開いた。


「お前が何をしようがどうでもいいけど。」


「…。」


創静(そうせい)の"頑張り"を無駄にする様な。

気持ちを踏みにじる様な事したら…分かるよな?

関わるんなら、腹くくれよ。中途半端は許さねぇ。」


今までで1番、冷たく鋭い眼力。

俺は黙ったまま車から降りて、一礼した。

(たちばな)さんはそのまま、去って行った。

俺はただ、車を見送った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ