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1歩先で笑う君を。  作者: 劣
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彼の恐れたもの。


それから2日後。駅前にて。

俺はスーツではなく、普段のラフな格好で立っていた。

変に力を入れてスーツ着る必要もないだろう。

…もし2人ともスーツだったら、それはその時考えよう。

すると目の前に一台の車が止まった。

太陽の光を反射して輝く、見るからに高級そうな黒い車。

窓には外から車内が見えない様になっていた。

前の方の窓がゆっくりと開く。恐る恐る覗くと、見覚えのある顔。


たちばなさん。」


「乗って。」


無愛想にそう言うと、窓を開けた助手席のドアを開けてくれた。

爽やかさがなくなったたちばなさんは私服だった。

スーツじゃなくて良かったと安心したが、助手席に座る事に気分が沈む。

まぁ変に後ろに座りたがるのもあれだし…。

助手席ってなんか緊張するんだよなぁ。

俺が乗り込んでドアを閉めると、窓もすぐに閉めてくれた。

車内は静まり返っている。


横目で運転するたちばなさんを見る。

…イケメンはどんな服装で何してもかっこよくていいな。

イケメンで仕事が出来て、スーツが似合う。

誠治せいじさんとはまた、種類の違う大人な男性。

私服くらいダサいとか、欠点ないのかよ。

ラフな服装も着こなしてて、こんなかっこいい車乗ってるとか。

…イケメンなんてバナナの皮踏んでこけてしまえ。


というか今更な気がするが、

たちばなさんは俺の前で猫かぶるのをやめたらしい。

さっきから不機嫌全開なのもそうだが、

一瞬だったが話し方というかトーンが明らかに違う。

まぁ変にキャラ作って欲しい訳じゃないし、良いけど。

猫かぶりモードは仕事時のキャラなのかな。

受付さんはうっとりしていたし。

いくら仕事出来てもこんな中身じゃ、近寄ろうとも思わないし。

素のたちばなさんみたい人が同じ会社に居たら、

俺だったら真っ先に避けるか逃げる。


車は街を抜け、どんどん人気のないところに入って行く。

乗車してから、どれくらい経っただろう。

気付けば辺り一面木々に囲まれていて、森の中に居た。

初めの方は森の中と言っても広い道を走っていたのに、

どんどん狭くなって本来なら絶対車で通る様な道ではない道を走っていた。

車内の揺れもどんどん強くなる。

何だか不安になってきて、 たちばなさんを見た。

険しい顔は変わらず、無言で運転している。

募る不安の中、突然開けた場所に出た。

目の前にはしっかりとした造りの小さな家があった。

木製な家は、きちんと手入れされている事が分かる。

家の前に、車を止めた。

たちばなさんは無言のまま、車を降りた。

俺も慌てて車を降りる。


「おい、来たぞ。」


たちばなさんは強く扉を叩いて、大きな声で叫ぶ。

しばらくして、中から小さな足音が聞こえた。

がちゃがちゃと何やら音がして、扉が開かれる。

中から出て来たのは真っ白な肌の男性。

俺より少し身長の高いその人は、

こんなに暑いというのにカーディガンを着ていた。

たちばなさんを見た後、俺と目が合い微笑んだ。


「はじめまして。お待ちしていました。」


中に案内され、リビングらしき部屋のソファに座る。

その人は1人掛けのソファに座り、

たちばなさんはいつの間にか居なかった。…キッチンの方で音がする。

部屋の中も外観と同様、綺麗だった。

冷房は効いているものの、カーディガンを着る程ではない。

元々寒がりなのだろうか。

袖から見える手首は、とても細い様に見える。


「僕が宮丘みやおか 創静そうせいです。

遠くからお越し頂き、感謝します。」


伊上いがみ 真琴まことです。」


俺は自分の名刺を取り出して、机に置いた。

宮丘みやおかさんは頭を下げ、名刺を受け取る。

宮丘みやおかさんには名刺がない様だ。

なので宮丘みやおかさんが名刺に目を通している間、

俺はじっと宮丘みやおかさんを見るしかなかった。

少し長い前髪から覗く、綺麗な目。

紫乃しのさんより、痩せ細った身体。

不意に顔を上げて、目が合う。

宮丘みやおかさんは微笑んで立ち上がったかと思うと、

近くにあった棚の引き出しから何かを持ってきた。

机の上に置かれたそれは、写真。

仲良さげな若い男性が2人、肩を組んで笑っている。


「これは… 紫乃しのさんと、 宮丘みやおかさんですよね?」


「はい。高校卒業後、大学に進学するのを機に

あの家に住み始めました。最初は僕1人でしたが、 紫乃しの

大学進学を機に一緒に住む事になりました。」


「…でも大学って、近くじゃないですよね?」


「田舎でしたし、大学からは遠かったです。

でも静かで人もいない、僕たち2人にとっては最高の家でした。

写真は紫乃しのが引っ越して来た日に撮ったものです。」


背景を見ると確かに、あの家が写っていた。

今程痩せてはいなく、2人とも健康そうに見える。

元から痩せ細っていた訳ではないらしく、

平均的に見ると少し細身なのだと思う。

それなりにちゃんと、生活していたみたいだった。

…いやどこ目線だよって話だけどさ。気になったんだよ。


「まぁ男2人なので、家事が大変で。僕は料理出来たので

料理は僕の仕事でした。 紫乃しのは料理もそうですが、

家事全部出来なくて。家事に関しては僕も人の事言えないですけど、

料理教えたり家事も一緒に楽しくやってました。」


そう言って笑っている宮丘みやおかさんは、

笑っているはずなのにどこか悲しげに見えた。

ちゃんと、仲良かったんだ。

写真から伝わる、2人が信頼し合って支え合っている事。

向かう先は違うけど同じ、夢を追う者。


「毎日楽しかった。僕1人じゃ味わえない事を、

紫乃しのが教えてくれたんです。」


「…じゃあどうして、」


俺の言葉に、悲しげに微笑む宮丘みやおかさん。

少し、胸が痛んだ。…きっと、分かってる。

誰よりも、理解しているんだ。

楽しい時間を終わらせてしまったのは、

他でもない宮丘みやおかさん本人で。

批判される事も、後ろ指を指される事も。


「… 紫乃しのとは幼馴染です。

記憶もない程小さな頃から、一緒に育って来ました。

紫乃しのは小さい頃すごく泣き虫で、

悲しい時や怒っている時、嬉しい時でも

感情が高ぶると泣いてしまう子でした。」


「…。」


「そんな紫乃しのがよく笑ってくれたのが、

“絵”でした。昔は僕が描いていたんです。

紫乃しのがお題を言って、僕が描く。

そうしたらすごく喜んでくれました。」


幼い2人がスケッチブックを囲んで、

楽しそうに話しながら絵を描く姿が頭に浮かぶ。

きっとそこは優しくて、幸せな空間。

紫乃しのさんのあの背中は、

宮丘みやおかさんが絵を描く姿を見て出来たもの。


「…僕は生まれつき、身体の弱い子供でした。

紫乃しのは活発で運動の出来る子だったのに、

そんな僕に合わせて遊ぶ場所は決まって室内でした。」


「…。」


「楽しそうな声が聞こえてくる度に、

窓の外を見つめる紫乃しのに申し訳なくて。

…だから言ったんです。行っておいでって。

でも紫乃しのは、頑なに行こうとしなかった。

まだ小学生になる前の話です。」


「…健気だよなぁ。」


宮丘みやおかさんの座っている1人掛けソファの、

肘掛けに腰掛けて呟くたちばなさん。

片手にはどこから持って来たのか、瓶を持っていた。

中身はジュースみたいだ。…一瞬酒飲んでんのかと思った。

仕事時とのギャップは相変わらずすごいと思ったが、

もう慣れたのかそこまで違和感も感じなくなった。


紫乃しのが絵を描き始めたのは、小学生になった頃です。

僕は変わらず家にこもりっきりでしたが、

そんな僕に毎日沢山の外の景色を描いてくれました。

今日はどんな景色を見たとか、見た事のない植物があったとか。

笑顔で楽しそうに、話してくれて。」


「…。」


「当時はお世辞にも、上手だと言えない絵だったけど。

紫乃しのの絵が僕を外の世界に連れ出してくれました。」


ふと作業部屋にあった風景画を思い出した。

これが紫乃しのさんが風景を描くきっかけなのだろうか。

しかしここまでの話を聞く限り、

宮丘みやおかさんの方が紫乃しのさんに支えられていた印象がある。

宮丘みやおかさんの話を聞いただけで、

そうだと決め付けられはしないけど。

てっきり紫乃しのさんが宮丘みやおかさんを

忘れられないのだと思っていたが、そういう訳でもないのか…?


「僕には友達なんて呼べる人は居なくて、

いつも部屋で1人だったけど、苦には思いませんでした。

僕には紫乃しのが居たから。…だから気付きませんでした。

紫乃しのの大切な時間を独占してしまった事に。」


真っ直ぐどこかを見ている目は、後悔の色に染まっている様に見えた。

隣で黙って聞いているたちばなさんは、

興味なさげにあくびをしていた。

2人の温度差に“違和感”を感じつつも、

俺はただ黙って話を聞く事しか出来なかった。

…俺が掛けられる言葉なんて、何もなかった。


「… 伊上いがみさん。 家の床に溢れるキャンバスの絵を見ましたか。」


「え?あぁ、風景画ですよね。」


「あれが“未完成”な事に、お気付きですよね?」


…思いもよらない言葉に、目を丸くしてしまった。

確かに、そう感じてはいたけど。

まさか言い当てられるとは思いもしなかった。

宮丘みやおかさんがあのキャンバス達の事を知っているのなら、

あの風景画たちは宮丘みやおかさんが姿を消す前からあったのだろう。


「あれは引っ越してからしばらくして、 紫乃しのが描き貯めたものです。

…いつかその場所に一緒に行って、仕上げに僕を描いてくれるって。

それが夢なのだと、よく言っていました。」


ぞっと、した。身体中に鳥肌がたつ。

“それ”は紫乃しのさんが風景画たちを、

描き貯めた理由に対して、ではない。

冷静になって、考えろ。床が埋まる程の風景画。

俺は最初からずっと、“風景画”だと思っていた。

あの絵は、1つだって、完成されて、いない。


「そんな話を聞いて、知っていながら。

紫乃しのさんの前から、姿を、消したんですか。」


1つだって、絵を完成させる事のないまま。

未完成を、知っていながら。


「はい。その通りです。」


あっさりと答えた宮丘みやおかさん。

自分の声が、喉が震えるのが分かる。

どんな、どんな気持ちで紫乃しのさんは風景を描き続けたのか。

紫の(しの)さんはきっと幼い頃よりは動ける様になったであろう

宮丘みやおかさんを、色々な場所に連れて、見せてあげたいって。

思い出を、残そうって。きっと、そう思っていたはずだ。

なのに、それなのに、この人は…!


「あなたはっ!!1度でも紫乃しのさんの気持ちを

考えた事がありますかっ!?」


「おいっ!!」


頭に血がのぼった俺は、 宮丘みやおかさんに掴みかかっていた。

すかさず反応したたちばなさんによって、

すぐに引き離されたけど。頭には血がのぼったまま。

手が震えている。…悲しさ、怒り。

今は後者の感情が大きく上回っている。


「お前こそ、何を聞いてたんだ!?

さっきから黙って聞いてれば、ごちゃごちゃと。」


「だめだよ文仁ふみひと。やめて。」


「うるせぇ!!もう黙ってられるか。いいか?

創静そうせいはあのガキのために、

わざわざこんな事やってんだよ。」


文仁ふみひとっ!!それ以上は許さない!!」


宮丘みやおかさんを完全に無視して、俺の胸ぐらを掴んだ。

宮丘みやおかさんは必死に止めようとするが、

力で叶うはずもなく振り払われてしまっていた。

それでも必死に止めようとする宮丘みやおかさん。

ずっと冷静だった彼の焦り様に驚いた。

それにたちばなさんの言葉。

紫乃しのさんの、ため。


「昔っから一緒に居たって事もあるが、あのガキは異常だ。

異常なまでに、 創静そうせいに執着し、依存していた。

誰の目からも分かる程な。そしてあのガキは

創静そうせい以外には何もいらないと言う。

…まぁまだ、それだけなら可愛いもんだったな。」


「ふ、 文仁ふみひと。嫌だ、やめて、」


「あのガキに絵の力がある事は認める。だけどな、

やっぱり所詮ガキはガキだった。力の価値を分かっちゃいない。

あのガキは自ら、絵を辞めようとした。

それが創静そうせいとって、どれ程怖いものかも知らずに。」


「…は?」


たちばなさんの後ろで泣きながら座り込む宮丘みやおかさん。

紫乃しのさんが、絵を辞めようとした…?

その事が宮丘みやおかさんにとって、怖いもの?

あまりの展開に、頭が追い付いていない。

キャンバスに向かう紫乃しのさんの横顔が浮かぶ。


「あいつには確かに才能があって、環境だって整っていた。

なのに紫乃しのはそれらを放棄しようとした。

そうする事が、 創静そうせいを追い詰めるとも知らずに…!」


そっと、 宮丘みやおかさんに目を向ける。

たちばなさんの足を掴んで座り込んだまま、

顔を覆って俯いている。

さっき感じた2人の違和感は、これだったのか。

たちばなさんはずっと、我慢していたからか。

全てを知った上で、 宮丘みやおかさんの気持ちを尊重していた。

…いやまぁ今は無視して、話してしまってるけど。


過去に抱いた感情は、今後の自分に大きく影響していく。

それはトラウマだったり、楽しい思い出だったり。

良い事、悪い事。多種多様で、人はそれを“経験”や“成長”と呼ぶ。

宮丘みやおかさんにとって、その出来事はトラウマだったのだ。


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