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幕間 その六

 ビデオカメラは自分の体を激しく揺さぶると、その体を宙へと浮かべる。あたかもだれか人の手によって、そうされたかのように。そしてビデオカメラは長谷川ヒロユキへと近づいて行く。近づくにつれ長谷川の顔には恐怖がにじみでる。


「長谷川のダンナ!」怒りで振るえる男の声が聞こえた。「約束どおりおまえの命と引き換えに、偽物のウルフをぶっ殺して、おまえの娘を助けてやるよ」


「近づくな岡崎!」長谷川は杖をつかむと、おびえるようにして、それをこちらに向けて構えた。「これ以上、わたしのそばに寄るんじゃない」


「どうしたんだよダンナ。殺してくれてもかまわない、そう言ったのはあんたのほうだぜ。それとも何か。やっぱり自分の老い先短い命のほうが大事になったのか、自分の娘よりも」


 長谷川は苦々しい顔つきになると杖をおろした。


「さあ好きに選べよダンナ」男は挑発するような口調だ。「自分が生き延びて娘を見殺しにするか、それとも自分の命を差し出して娘を助けるかだ」


「……おまえの孫娘でもあるんだぞ」


「知るかよぼけ!」男は怒鳴った。「いまのいままでその存在を知らなかったんだぞ。それがいきなりおまえには孫娘がいましたって言われてもよ、こっちはぜんぜん実感がねえよ。おれ自身、その子をどうしたらいいのかわからない。そのせいでいらついている。こんなにもいらついたのは、産まれてはじめてかもな」


「だけど事実なんだ」長谷川は切実に訴える。


「それがどうした!」男はふたたび怒鳴る。「こっちは冷酷な連続誘拐殺人機ウルフなんだぜ。自分の孫娘だって嬉々として殺すかもな。そのくらいおれの本性は残虐だ。だから平気で人を誘拐できるし、身代金が受け取れなかったら、その怒りで人質を残忍に殺し、その様子を撮影した映像を遺族に送りつける。さらにはネットにも公開するいかれた野郎なんだよ」そこで声の調子を落とした。「おれはふだんは陽気な人間を気取っているが、ほんとうは血も涙もない最低のくず野郎だ。自分でも自覚がある、最悪の人間だってな。そんなおれが、わざわざ孫娘を心配して助けるわけないだろ」


「……悪魔だ」男に気圧されたらしく、長谷川はあぜんとした様子だった。「おまえは悪魔そのものだ岡崎」


「そうさ、おれは悪魔さ。だからおまえにいま一度、取引を持ちかける」


 長谷川は困惑した口調で言う。「取引?」


「そう取引だ。民話や伝説、おとぎ話のなかで、悪魔が人間に取引を持ちかけることなんて話、よくあることだろ。だからおれはおまえに取引を持ちかける」男はそこで間を置いた。「おまえの命を差し出せば、おまえの娘を助けてやる。さあどうする?」


 長谷川は苦しげな表情になると、返事ができずにいる。


「……所詮は自分の命のほうが大切ってことか」男はため息まじりに言う。「でもまあ、あんたらしいよ長谷川ヒロユキ。よかったな生き延びることができて、自分の娘の命と引き換えによ」


「……待て岡崎」苦渋に満ちた顔つきで長谷川は言う。「取引する。わたしの命は差し出す。だから娘を助けてくれ」


 ビデオカメラはしばし無言で長谷川を見つめつづける。まるでそのことばが本気なのかどうか見極めるかのように。


「……どうやら本気のようだな」男が言った。「ダンナが娘のために命を捨てる覚悟があるとは意外だったぜ。なら撮影をつづけるとしようか。さあ、話をつづけてくれ」


 長谷川はとまどっている。「何をつづけるんだ?」


「おいおいダンナ忘れたのか、これはあんたに頼まれて撮影しているんだぜ。これは遺言であり、メッセージであり、罪の告白なんだろ。だから話せよ。もし運良くあんたの娘に会えたら、これを見せてあげるからさ」


 長谷川は苦しげな表情で小さくうなずくと、こちらに視線を据えた。そして息をつくと、目に涙を浮かべて語りだす。


「名前もわからない娘よ。もしおまえがこの映像をここまで観ているのなら、わたしがしでかした罪がわかるはずだ。許してくれなんてことは、けっして口が裂けても言えない。そんな資格がわたしにないことも自覚している。だけどこれだけは言わせてくれ」


 長谷川はそこで涙を流した。


「おまえのことを愛している。シンデレラ事件でその存在を知ったそのときからずっとだ。願わくは生きているうちに、一度でもいいからその顔が見たかったよ。だがわたしはこれからおまえのために死ぬ。わたしが死ぬことで、おまえを愛していたと証明したい」


 長谷川は涙をぬぐう。


「もしおまえが助かったのなら、わたしの娘としてわたしの家族に名乗り出てほしい。そしてできることなら、わたちのもうひとりの娘であるノゾミと仲良くしてほしい。血はつながっていなくても、彼女もまたわたしにとって大事な娘だ。わたしはおまえたちふたりの娘を誇りに思うよ。ふたりとも愛しているから……」


 長谷川がいい終えると、ビデオカメラは自身の電源を落として、撮影を終了させた。

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