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第六幕 第十四場

 ウルフに託されたビデオカメラの中身をたしかめ終えたおれは、小森ミクのあとを追ってグリム王国を進んでいた。自分のもとを去る前の小森のあの様子から佐藤アカネを殺しかねない、そう懸念していた。長谷川ヒロユキのふたりの娘同士が殺し合いをする、そんな最悪の状況だけは阻止しなければならない。どうかふたりとも無事でいてくれ。


 だがその願いは見事に裏切られた。おれがグリム像のある広場へとさしかかったとき、小森がグリム像のそばで仰向けに倒れていたからだ。


「小森さん!」


 おれは叫ぶとグリム像へと急いだ。だが交通事故で痛めた体に蓄積された疲労、さらにはウルフに刺された傷が体力を蝕んでいる。いつ倒れてもおかしくない状況だ。それでも気を失うな、とおのれを鼓舞しながら必死に歩きつづける。


 やがて小森のもとにたどり着くと、そのそばにかがんだ。小森は腹を撃たれているようで、そこから出血している。そのためその体はぐったりとしており、最悪のシナリオが脳裏をよぎる。


「小森さん、しっかりしろ!」


 おれは小森の体を揺さぶって声をかけた。すると小森のまぶたがわずかに持ちあがり、うっすらとした細目でおれを見つめる。


「……蝶野……さん?」


「だいじょうぶか小森さん?」おれは声をかける。「意識はちゃんとあるのか?」


「……蝶野さん、あれが見えますか?」


「あれってなんだ?」


「あれですよ」


 小森はわずかにあごを動かして、それを指し示した。おれは示された方へと顔を向ける。そこにあったのは台座の上に鎮座するふたりの兄弟の姿。グリム像だ。


「グリム像?」小森の意図がわからず、呆然とおれはつぶやいた。


「そうですグリム兄弟です」小森はわずかにうなずく。「わたしがグリム童話を……好きだって話しをしたでしょう。だから最後にその姿を見れてよかっよ」


「最後なんてそんな馬鹿なことは言わないでくれ、小森さん」おれはけわしい表情になる。「きみは死んだりなんかしない」


「……蝶野さん、わたしはもうだめみたいです」小森は悲しげに微笑んだ。「だからお願い……わたしの話を聞いてくれませんか」


 小森は自分の死を悟り、おれに何かを伝えようとしている。だからおれはそれを聞いてあげることにした。おそらくは小森は助からないだろう。それはひと目見たときから理解していた……。


「……わかった」おれは神妙な面持ちでうなずいた。


「ありがとう……蝶野さん。最後だからこそ、わたしの大好きなグリム童話のお話をしてもいいかな。眠る前にその話をすると、決まっていつもいい夢が見れるんですよ……わたし」


 おれは目に涙が浮かんでしまう。「……ああ、かまわないよ」


「……蝶野さん、グリム童話って二百話もあるんですよ。知っていましたか?」


「……そうなんだ」おれは涙をぬぐった。「知らなかったよ」


「わたしね……そのなかでも『金の鍵』というお話が好きなんです。そのお話はグリム童話のいちばん最後のお話で……二百話目のお話なんです。わたしはそのお話が……どこか切なくて、とても心に印象深く残っているんですよ」


「……どんなお話なんだい?」


「ある冬の寒い日、貧乏な子供が……薪を拾いに行くんです。すると偶然にも金の鍵を拾うんですよ。だから子供は……思ったんです、鍵が落ちているなら、それに合う何かがあるんじゃないかと。だから鍵が落ちていた……地面を掘ったんです。すると何が出てきたと思います……蝶野さん?」


「想像もつかないな」おれは小さく首を横に振る。「いったい何が見つかったんだい?」


「……見つかったのは小さな箱でした。その箱には鍵穴があって、子供が持っていた……金の鍵がそれにぴったりと合うんです。そしていざ、その箱をあけようとしたところで……お話は終わってしまうんですよ。だから子供が箱をあけて何を見たのか、それでどうなってしまうのかわからないまま……物語は終わるんです。その先は読む人の想像にまかされるんですよ。だからどこか切なくて、とても印象に残るんですよ、このお話。だからこそグリム兄弟はこのお話をグリム童話の最後にしたんだと……わたしはそう思うんです」


「とても興味深い話だな」


「……ありがとう蝶野さん」小森はゆっくりと目を閉じた。「またわたしの話をきいてくれて……おかげでよく……ね……む……」


 それ以上、小森が何かを口にすることはなかった。

 小森が死んだ。おれはそれをなすすべなく、見守ることしかできなかった。おれは自分の無力さを嘆いた。


 自分は何もできなかった。復讐も、だれか人を守ることすらも。

 そう思うと気力が萎え、意識がどんどんと遠のいていく。やがておれは小森のそばに倒れると、そのまま気を失ってしまった。

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