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第六幕 第十二場

 おれは倒れて苦しそうに喘いでいるウルフを見おろし、拳銃を構えつづけている。未だに引き金が引けない。どうしても引けない。引こうと思うたびに、小森の泣き顔がよぎる。ほんとうに復讐することが正しいのか、迷いが生じてしまう。


「……どうしてだ。どうして妹を殺した?」おれは問いかける。


 ウルフはゆっくりとこちらに視線を合わせた。「……復讐か?」


「ああ、そうだ。おれには妹がいた。猫が好きで、よく家から近くにある公園で野良猫と遊んでいたよ。そんな妹をおまえは公園から誘拐し、そして残忍にも殺した。妹はまだ十三歳だった」おれはそこでことばを切ると、目に涙を浮かべる。「どうしてだ。どうして妹を殺したんだ!」


「……撃たないのか?」ウルフがか細い声で言った。「妹の復讐なんだろ。ならさっさと撃っておれを殺せばいい。なのになぜ撃たない。まるで撃たなくてすむ理由がほしくて……話をしているみたいだぜ」そこでくすりと笑う。「それともおれに……なにか同情できるような理由が必要だったのか。娘が病気で金に困っていたとか、孫娘を助けるために脅されてやったとかさ。だけどそんな理由はないぞ。おれは世間で報道されているとおりの人間だ。それ以上であっても……それ以下はない」


「そんなのわかってる!」おれは叫んでしまう。「おまえは冷酷な連続誘拐殺人機だ。ゆるしてはおけない。だから殺す」


「だったら早く殺せ。どうせおれはもう手遅れだ。このままではいずれ……おれは死ぬ。それならおまえの手で殺して……復讐を遂げればいい。それでおまえも満足だろ?」


 おれは涙をこぼすと拳銃を持つ手を震えさせる。


「どうやらおまえにはおれを殺せないようだな。なら、ひとつ頼みがある。これを長谷川の孫娘とされている人物に渡してくれ」ウルフはそう言って、レインコートのポケットからビデオカメラを取り出すと、震える手でこちらに差し出す。「さっき渡しそびれ……」


 言い終える前に、ウルフの手からビデオカメラがこぼれ落ちた。ウルフが死んだ瞬間だった。だけど何の満足感もない。ただひたすら空虚でむなしい気分だ。おれは復讐を果たせなかった。ただその死を見届けることだけしかできなかった……。


 おれはウルフが落としたビデオカメラを拾いあげた。そしてビデオカメラの中身をたしかめる。そこに記録されてるのは録画時間の長いひとつの動画ファイルだけだ。おれはそれを再生する。画面には老人が現れ、長谷川ヒロユキだと名乗り、語りはじめた。

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