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第六幕 第十場

 おれと小森ミクはあてどなくグリム王国を歩いていた。先ほどの一件が尾を引いてか、おれたちは無言のままだった。母を殺され、その復讐を果たして小森の泣き顔が頭にこびりついている。

 おれも復讐を果たせば……。


「蝶野さん!」小森が突然声をあげた。「あれ見てください」


 そう言われ、小森が指し示す方へと顔を向けると、そこにはウルフの姿があった。ウルフは生垣のそばにある木に背を預けるようにしてすわっていた。その姿を見た瞬間、胸が高鳴った。だがそれと同時に言い知れぬ不安に襲われてしまう。なぜそう感じてしまうのか、自分でもその理由がわからない。


「……ウルフだ」おれはささやくように言った。「やつがいる」


「それだけじゃ、ありません」小森はさらに奥へと指を指す。「あれを見てください」


 おれが視線を遠くに向けると、その先にある角をまがろうとする佐藤アカネとマコトの姿が見えた。ふたりは自分たちと同じように肩を組んで歩いている。いったい何事かと思い目を凝らすも、その理由を知る前にふたりは道をまがり、その姿を消してしまった。


「佐藤アカネです!」小森は語気鋭く言う。「今回の事件の首謀者です。追いましょう」


「わかってる」おれはうなずいた。「けどそのまえにウルフだ。やつのほうが危険だ」


「そうでしたね……」小森は舌打ちすると、くやしげな顔つきになった。「けどウルフは力つきて倒れているように見えますけど、もしかして彼女たちにやられたのかも」


「とにかく行ってみよう」


 おれたちは拳銃を構えながら、ウルフのもとへと急いだ。ウルフはこちらが近づいても動こうとはせず、そのため最初は死んでいるかと思われた。けど目の前に来ると、それがまちがいだと悟る。ウルフは苦しそうに肩で息をしていた。その右手にはしっかりと刃物が握られており、近づけば刺される危険性がある。なのでおれはじゅうぶんに距離をとることにした。


 おれは小森の肩にまわした腕をはずすと、拳銃を構えた。小森もそれにならう。


 ようやくかたきを見つけた。だがあせるな、と自分に言い聞かせる。まずはたしかめなければいけない。こいつが本物なのか、それとも偽物なのか。


「答えろ」おれは問いかける。「おまえが本物のウルフか?」


 ウルフは息苦しそうにしているだけで、何も答えない。


「聞こえているのか!」おれは叫んだ。「ちゃんと返事をしろ!」


 おれの怒りの叫びに反応したらしく、ウルフはゆっくりと顔をあげて、こちらを見つめる。


「もう一度訊く」おれはけわしいまなざしを向けた。「おまえは連続誘拐殺人鬼ウルフなのか?」


 ウルフがうめくように何かをささやいた。だが声が小さすぎて、何を言っているのか聞き取れない。


「何を言っているのか聞こえない。もっと大きな声で言うんだ」


「……だよ」ウルフは激しく咳き込んだ。「おれは……だよ」


「なんだって?」


 あえて聞き取れないようにしゃべっているように思える。もしかして罠か、と警戒した。だが相手をよく観察してみると、撃たれたとおぼしき弾痕の跡がレインコートに残されている。すわっている地面にもウルフのものと思われる血が見てとれた。やつはいま虫の息だ。それはまちがいない。おれはゆっくりとウルフに近づく。


「危険ですよ蝶野さん!」小森が叫んだ。「もどってください」


「だいじょうぶだ。やつはもう動けないはずだ」


 小森が警戒するなか、おれはウルフに歩み寄ると、そのそばにかがんだ。ウルフの顔に自分の顔を近づける。


「おまえが連続誘拐殺人鬼ウルフか?」


「……ああ、そうだが」


 ウルフが自身を本物だと認めた瞬間、突然腹部に鋭い痛みが走り、おれは苦悶の声をあげた。それに呼応するかのように小森が発砲する。するとウルフの手から刃物がこぼれ落ち、自分がそれに刺されたのだと悟った。すぐさまそれを拾いあげると、背後へと放り投げた。小森が急いでおれの体をひきづり、ウルフから引き離す。


「だいじょうですか蝶野さん?」小森は心配するような口調だ。


「……だいじょうぶだ。傷は深くない」おれはやせ我慢する。「それよりもやつは認めた、自分が本物ウルフだと」


「なら撃ってください。いますぐ復讐のために殺してください」


 おれは刺された傷をかばいながら、ふらつくようにして立つ。そして地面に倒れふし、苦しげに喘ぐウルフへと銃口を向けた。

 ようやく復讐のときが訪れた。なのに引き金が引けない……。


「蝶野さん、早く撃ってください!」小森が叱咤する。「じゃないとあいつらに逃げられます!」


 引き金を引け、と命じるもおれの指は動かなかった。


 小森の舌打ちが聞こえた。「わかりました、ここは蝶野さんにまかせます。わたしはあいつらを追いますから」


 そう告げると小森は走り去り、おれたちをふたりっきりにした。

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