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第六幕 第八場

「長谷川の孫娘がいまここにいるだと!」おれは愕然とした表情で言った。「いったいだれなんだ?」


「……あいつとは児童養護施設で出会った」コハルは息を喘がせながら言う。「あいつは氷の女王と呼ばれていたよ。冷血で血も涙もなく、自分以外の人間を人として扱わないあの態度。ふつうの人間なら、そんなやつとはお近づきにはなりたくない、と考える。けどわたしはそこが気に入ったよ。だからあいつから今回の計画を持ちかけられたとき、すぐに乗ったさ。同じ趣味の仲間を誘ってね」


「わたしはそんなことが聞きたいんじゃない!」小森ミクが怒声を発した。「そいつがだれなのかさっさと教えろ!」


「……おまえは早乙女モモコの娘だとか言ったな」コハルがさもうれしそうに言う。「だったら気をつけろ。あいつは長谷川だけじゃない、おまえたち親子も憎んでいる」


「どうしてよ!」


「さあな、わたしが知るかよ」コハルはそこで咳き込んだ。「けど、あいつはおまえたち長谷川一家を……心の底から憎んでいる。そのせいで性格がゆがみ……氷の女王と呼ばれるくらいにね」


 小森は額に青筋を立てる。「いったいそいつはだれなのよ!」


「……長谷川アカネ」コハルは力ない笑みを浮かべる。「とはいっても、いまは佐藤アカネって名前だけどな。やつは自分が長谷川の孫娘だとう立場を利用して、今回の狂言誘拐を企てた首謀者だよ」


「佐藤アカネが長谷川の孫娘で事件の首謀者?」おれはにわかには信じられなかった。「そんなことって……」


「そうか、あいつが……あの女がすべての元凶か」小森はそう言うと、コハルに銃口を向けた。「教えてくれてありがとう。だからあなたはもう死んでいいわよ」


「やめるんだ小森さん!」おれは小森の腕を取った。


「こいつを殺す!」小森は拘束する手を振りほどくと、おれを突き飛ばす。「母さんのかたきをとるのよ」


「だめだ!」おれはすぐに上体を起こして小森を見あげる。「殺してはいけない」


「どうしてよ?」小森は濁った目でこちらを見つめる。「蝶野さん、あなただって復讐のためにウルフを殺しにここへ来たんでしょう。なのにわたしに復讐するなと言うの?」


「ちがう、そうじゃない。けどきみがそんなことしても——」


「しないといけないの!」小森はおれのことばをさえぎる。「でないと死んだ母さんが浮かばれない。だからわたしは復讐する!」


 いい終えると同時に、小森は引き金を引いた。銃声がとどろき、銃弾がコハルの胸を突き抜ける。そのため血を吐いたかと思うと、すぐに動かなくなった。


 小森はその場で立ち尽くし、涙しながら震えていた。おれは何も言えずに、その様子を見つめるだけだった。


 しばし無言の間が流れる。


「……蝶野さん」小森が口を開いた。「母さんのかたきをとったはずなのに胸が苦しいです。全然気分が晴れません。いったいどうしてですか。せっかく復讐を果たしたのに……」


 おれはゆっくりと立ちあがると、小森の肩に手を置いた。だがしかし、かけるべきことばが見つからない。


「……わたしは母さんのことが好きでした」小森が言った。「だから……母さんのかたきをとってうれしいはずなのに、それなのにちっともうれしくない……」


「小森さん……」やはりかけるべきことばが見つからない。


「……蝶野さんわたしの話を聞いてもらえますか。シンデレラ事件が起きるまで、わたしは母の再婚相手の長谷川ヒロユキさんのことが好きでした。義父もまたわたしのことを実の娘のようにかわいがってくれました。義父はグリム童話が好きで、それでわたしにいろんなグリム童話のお話を教えてくれました。あの忌々しい事件が起きるまでは……」


 小森はそこで涙をぬぐう。


「あの日以来、義父は変わってしまった。まるで何かに取り憑かれたかのように、シンデレラと孫娘を必死に捜しはじめた。そのせいでないがしろにされたわたしは、それを不快に思いその捜索を邪魔したりしました。だから今回の誘拐事件が起きたときも、同じように邪魔をしようとしました。その立場を利用し、ツアーガイドとして潜り込み、アップルの名前をかたって……」


「そうだったのか……」


「母も私と同じでこの誘拐事件を失敗に終わらせたい。義父の孫娘がいなくなれば、またわたしたちは元通りになる。そう考えていました。けど母はちがった。あの人は義父のために本気で孫娘のことを思って行動していた。だとしたら、わたしはどうするべきだったんでしょう……。わたしはただの愚かな娘だったんでしょうか?」


 小森はそう言うと、苦笑する声を漏らした。


「ごめんなさい蝶野さん、こんなときにくだらない話をして。けど、どうしてもだれかに聞いてほしかったんです。いまのわたしの気持ちを……。だからもうだいじょうぶです。行きましょう」


 小森は悲しげな笑みを見せると、おれに肩を差し出した。おれはそれに無言で腕をまわす。そしておれたちは歩き出した。

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