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第六幕 第七場

 ウルフは握った刃物を、マコトへと振りおろすのを止めた。


「もう一度言います」わたしは両手を掲げながら言う。「わたしはシンデレラです。そして長谷川ヒロユキの孫娘です」


 ウルフは何も言わず、ただじっとわたしを見つめている。わたしが発するその先のことばを待つように。


 その様子を見て、交渉できるかもしれない、とわたしは思った。もしかするとこの窮地を脱することができるかも。


「わたしがあなたの名前をかたり、今回の狂言誘拐を計画し、実行しました」わたしは決然とした口調で言う。「そのことであなたを怒らせてしまったことはあやまります。けど、いま目の前にいる彼は関係ありません。だから殺さないでください。もしどうしても殺したいというのなら、わたしを殺してください。その代わり、どうかお願いです。彼を見逃してください」


「何を言い出すんだアカネ!」マコトがわたしに驚愕の面持ちを向ける。「そんなことはよしてくれ。ぼくは——」


「黙ってて!」わたしは叫んだ。「いまわたしはウルフとしゃべっているの。だからおねがい」


「けどぼくは——」


 ウルフがマコトののど先に刃物の先端を突きつけた。そのためマコトは口を閉ざすしかなかった。


「どうしてだ?」ウルフが口を開いた。どこかで聞き覚えのあるような声だ。「どうしてこんなことをした?」


「それはわたしが長谷川ヒロユキを恨んでいたからです」


「……その理由は?」


「わたしは物心ついたときから、母とふたり暮らしでした。父はわたしが産まれる前に亡くなったと聞いています。わたしたちは頼れる身内や親戚の人間はおらず、金銭的に貧しい生活を送っていました。そのため母は朝早くから夜遅くまで必死に働いていました。わたしを育てるために」


「……それは娘思いのいい母親だな」


 わたしはうなずいた。「けどそのがんばりのせいで母は体を壊し、病床に伏すようになり、そして亡くなりました。死の間際に母は、わたしに血が付いたハンカチを形見として譲りました。ハンカチは血守りと呼ばれる物で、自分の血を大事な人に送り、それをお守りにする風習だと説明されました。ハンカチには母以外にも別人の血が付着しており、それがだれなのか聞く前に母は亡くなりました」


「そうか……」


「けれどわたしは血守りの効力なんて、いっさい信じていませんでした。それを持っていた母は苦しんだ末、亡くなったのですから。むしろ呪いだと思っていました。これを持っていれば自分も母と同じ運命になるのではと思い、一度は捨てようとしました。けど母から譲り受けたもの、やはり捨てるわけにはいきませんでした」


 わたしはそのとこのことを思い出し、暗澹とした気分になる。


「だからハンカチは母に返すことにしました、わたしの血とともに。母が天国で幸せになれるようにと願って。わたしはそれを母がとても大事にしていた指輪とともに、遺骨がはいった箱にしまいました。そしてその箱を母が生前よく話してくれた、母がもっとも大好きだった場所に……」


 わたしはそこで大きく息をつく。


「グリム王国のグリュック城の前に置いてきました。そしてそれがシンデレラ事件を引き起こすなんて、そのときのわたしは夢にも思っていませんでした」


 事件のことを思い出し、わたしは心の底から怒りがわいてくるのを感じた。そのため声音に怒気がまじりはじめる。


「わたしのした行動がシンデレラ事件としてテレビで報道され、わたしは自分がフェアリーリゾート社の社長である長谷川ヒロユキの孫娘だと知りました。そしてその長谷川が涙ながらに、わたしに名乗り出てほしいと言っている姿を見て怒りを覚えました」


「それはどうしてだ?」ウルフが訊いた。


「長谷川は自分の失踪した娘を捜そうともしなかった。それにもかかわらず、わたしという孫娘の存在を知ったとたん、名乗り出てほしいと捜しはじめた。わたしたち親子がいままでどんなつらい苦しい生活をしていたかも知らず、そのせいで母は死んでしまったというのに」わたしは掲げていた手を握った。「長谷川が最初から母を捜していてくれれば、母は死なずにすんだんです……」


「……それがおまえが長谷川ヒロユキを憎む理由か?」


「ええ、そうです」わたしはうなずいた。「だからわたしは名乗り出なかった。たとえ好きだった人と離ればなれになろうとも、児童養護施設行きを選んだわ。そして長谷川を心の底から憎んだ。長谷川だけじゃない、その再婚相手も呪った」


「なぜだ?」


「長谷川が母を捜してくれなかったのは、再婚し家庭を持ったからだ。自分がいま幸せだから前妻の子供をないがしろにされた。だからわたしは許せない、長谷川たちが。だからいつの日か、復讐してやると誓った」わたしはそこで声を大にする。「だから今回の誘拐事件を計画し、実行したのよ!」


「そう、それが動機か……」ウルフがため息まじりに言う。

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