幕間 その五
ビデオカメラは長谷川ヒロユキを見つめつづける。長谷川はこちらにけわしい視線を向けていた。
「もう一度言う」長谷川は言った。「ウルフに誘拐されたのは、わたしの孫娘ではない。おまえの孫娘だ、岡崎」
「意味がわかないな?」男の困惑する声音が聞こえた。「わかるように説明してくれよ、長谷川のダンナ」
「ああ、そうだな。わかるように説明してやる」長谷川の語気が鋭さを帯びた。「シンデレラ事件のとき、三人分の血が付着したハンカチをDNA鑑定をした結果、とある真実がわかったよ。だがわたしはその真実を伏せ、あの血液はわたしの娘と孫娘のもの、そしてその孫娘の父親のものだと世間に発表した」
「おいおい、そりゃどういうことだ。DNA鑑定の結果、親子関係は証明されたんじゃないのか?」男は問いかける。「それが全部嘘だってことなのかい?」
「意図的に情報を操作したが、親子関係があるのはまちがいはない。ただし逆だったがな」
「逆?」
「そうだ。わたしの孫娘とされる人物はわたしの娘だ。そしてわたしの娘とされていた人物は、わたしの亡くなった前妻エリナとほかの男の子供だったのだよ。七年前のシンデレラ事件のとき、その真実を知ったわたしは、その男がだれなのか調査した。そして該当する人物が浮かびあがった」そこで長谷川は長々と間を置いた。「それがおまえだよ、岡崎ケンイチロウ」
男のため息が漏れ聞こえた。「……ダンナ、話が突然すぎて、頭が混乱してきたよ」
「話は簡単だ岡崎。おまえはわたしの前妻エリナと不倫していた。そしてエリナはおまえの子供を妊娠。わたしはその子供を自分の子供だと思い込んで育てた。それがユキナだ」長谷川はきびしい顔つきになる。「そしておまえがユキナの父親だ」
「なんてこったい……」男は愕然とした口調だ。「そうか、そういうことだったのか。だかあのとき血を……」
「認めるか岡崎?」長谷川は追撃に出る。「おまえはエリナと不倫していた。そしてその結果、エリナはおまえの子供を妊娠し出産。それがユキナだ」
「……ああ、認めるよ。たしかにおれとエリナさんはそういう仲だったよ。けどよ、ユキナちゃんがおれの娘だったなんて、いまのいままで知らなかったよ。これはほんとうだ、ダンナ」
「そうか認めるか。なら理解したな、ユキナはおまえの娘だと」
「理解したよ。あのとき、ユキナちゃんが産まれたときエリナさんは、おれの血が欲しいと言ってきたよ。なんでも血守りとかいう、どこぞの古い習慣だって話だ。いつか娘のお守りにしたいって話だったけど、そういうことだっていまわかったよ」
「わたしはエリナを愛していた。そして彼女もまたわたしを愛してくれていると信じていた」長谷川は声を振るわせる。「だが真実はちがった。おまえたちはわたしをだました。わたしの信頼を裏切ったんだ!」
「落ち着けよダンナ」男はなだめるような口調になる。「ご怒りはごもっともだ。けどよ、あんたが自分の自慢話しか能のない、退屈な男だからいけないんだ。よく愚痴を漏らしていたぜ、あんたの魅力は金だけだとさ」
長谷川は怒りの表情になると、杖をつかんでこちらに投げつけようとする。だがすんでのところでそれを堪えると、杖を置いた。
「おれが憎いかダンナ?」男は挑発する。「たしかにおれがあんたの立場だったら、おれを殺したいほど憎んでいる。けどよ、その話が真実だとしたら、どうしてユキナちゃんがおまえの娘を産んでいるんだよ!」
「それがわたしの罪だ」
「……きさま!」男の声音に怒りが混ざる。「仮にも自分の娘として育てたユキナちゃんを犯したのか、このくそ野郎!」
「わたしは愚かだったよ」長谷川はこぶしを握った。「エリナが亡くなったとき、わたしはどうしようもなく追いつめられて精神的にまいっていたんだ。美しく育った娘にエリナの影を重ねてしまい、そして……」
「そしてなんだよ!」男は怒鳴り声をあげた。「それで犯したのか。だからユキナちゃんはあんたのもとを去ったんだな。だからおまはユキナちゃんを捜そうともしなかった。当然だよな、自分の娘を犯したんだからよ」
「だがわたしの娘ではなかった」
「だから許されるってのか!」男はふたたび叫んだ。「最悪の気分だよ。ユキナちゃんがおれの娘だったと知って驚いた。しかもその娘があんたに犯されて孕まされ、その子供を産んでいたなんて知った日にはよ、あんたを殺したい気分だよ」
「老い先短い身だ。わたしを殺してくれてもかまわない。だから頼む岡崎。わたしの娘を、おまえの孫娘を、誘拐されたウルフから助けてくれ。そのためならわたしの命を差し出してもかまわない」
「……安心しろよダンナ」男は突然冷静な口調になる。「あんたの娘はウルフになんか誘拐されてはいない」
「何を言っているんだ岡崎?」長谷川はいぶかしむような顔つきになる。「現にウルフはわたしの娘を誘拐し、その証拠として血の染み付いたハンカチを送ってきた。DNA鑑定の結果、わたしとユキナのあいだにできた娘だと証明されたんだ」
「たしかに誘拐されたのは、ほんとうのようだな」男はそこで冷静さを保つかのように深呼吸する。「それでダンナ、金の受け渡しの日時と場所は?」
「今夜だ。場所はグリム王国のグリュック城だ」
「ふざけたチョイスだ。わざとシンデレラ事件とかぶせている」
「わたしもそう思う」長谷川は同意し、うなずく。「おそらくは今夜のグリム王国見学ツアー客に紛れ込んで金を回収しにくるだろう。だがあからさまに監視をすれば、ウルフは現れないはずだ」
「……いや、現れる。たとえ監視されていてもな。そこまでして金が欲しいんだ、だからかならず現れる。なにせおれの名を名乗るぐらいだからな」
「……どういう意味だ?」
「長谷川のダンナ。あんたはおれに対してその秘密を正直に打ち明けてくれた。だからおれも、あんたに対しておれの秘密を正直に話すよ」男はそこで間を置く。「おれが連続誘拐殺人鬼ウルフだ」
長谷川は大きく目を見開く。「……なんだって?」
「おれがウルフなんだよ」男の口調がぞんざいになる。「だからあんたの娘を誘拐したのは、おれの名をかたる偽物だよ。まったく最悪な気分がもっと最悪になったよ。信じられるか、おれの偽物がおれの孫娘を誘拐したんだぜ。こんなことを聞かされて冷静になれるはずがない」
「おまえがウルフなのか?」
「ああ、そうさ。おれがウルフだ。だからその偽物をいまからぶっ殺しに行くよ。グリム王国にいるやつらを片っ端から殺せば、そいつは死ぬ。簡単なことだろ」
「やめろ!」長谷川は声を大にする。「そんなことをすれば無関係な人間まで死ぬぞ」
「安心しろよダンナ。人が殺されているとわかれば、無関係な人間はさっさと逃げ出すさ。それでもグリム王国に居残るのは、どうしても金が欲しい偽物だけだ」
「やめろ、やめるんだ」長谷川はうろたえだす。
「だいじょうぶ。最初にグリム王国を停電にさせて、一般人には警告してやるからよ。ここ危険だ、すぐに立ち去れ、と。それを察知できない危機管理能力のない馬鹿は死ぬけどな」
言い終えると、男は狂ったような笑い声をあげた。




