第五幕 第十場
つぎの動画ファイルを再生した。だが画面は真っ暗なうえ、手ぶれがひどく、何が起きているのかわからない。
「急げ、急げ」坂本の声が聞こえた。
暗視撮影モードに切り替えられる。するとグリム王国の町並みの一画が映し出された。だが依然として画面のぶれがひどく、様子はわからない。
「そこで止まりなさいウルフ!」女の叫ぶ声が聞こえた。
画面のぶれがおさまりはじめた。すると顔を隠した四十歳ぐらいの女性と、刃物を持ったウルフの姿を映し出す。ふたりは道の真ん中で、あいだに噴水を挟むような形で対峙している。そんなふたりの様子を、画面は建物の陰からのぞくようにとらえていた。
「わたしの名前は長谷川モモコ」女はそう名乗ると、帽子とマスクをはずして素顔をさらす。「旧姓、早乙女モモコと言えば、だれでもわかるでしょう。わたしは長谷川ヒロユキの妻です」
ウルフは何も言わず、モモコを見ている。どうやら相手の出方をうかがっている様子だ。
「何をしているんだあの人は」坂本が声をひそめて言う。「どうする助けないと。でもいまはまずい。タイミングを見計らうんだ」
「ウルフ」モモコは言った。「わたしはあなたが卑劣にも自分の娘をだしに、狂言誘拐を仕組んだのは知っています。あなたから脅迫状が届いたあと、わたしの家に刑事がやってきました。あなたが犯行現場で残した物的証拠からDNA鑑定をした結果、夫の孫娘の父親とされている人物と一致したそうです」
坂本が驚きの声を漏らす。「なんだって……」
「わたしはこの真実に大変なショックを受けました」モモコは話をつづけた。「だからこの事実は夫には内緒にしてあります。ただでさえシンデレラ事件以降、夫は精神的に参ってしまい、体を悪くしてしまいました。いまでは病床に伏せています。そんな夫に対してこんな残酷な真実は告げられません。わたしは夫の体をきづかい、そしておのれの良心に従い、真実を隠しました。たとえそれが夫にそむくような行為でも、それがよき妻としての役目だと信じて」
坂本がつぶやく。「どおりでこちらには、聞かされてないわけだ」
「ウルフ」モモコの口調が鋭くなる。「あなたの妻であり、夫の娘でもあるユキナさんは、二十年以上前に失踪しました。その間、夫は娘を捜そうともしませんでしたが、わたしはその理由は尋ねませんでした。夫が夜中に隠れて娘の写真を見て泣いている姿を見て、何かつらい理由があるのだと察したからです……」
ウルフはただ静かに話を聞いている。襲いかかる様子はない。
「ですからあなたがた夫婦が、夫に対して何かしらの特別な感情があるのはわかります。それが恨みなのかはわかりません。けどこうしてあなたがたは、自分たちの娘を利用してお金をゆすろうとしている。それは卑劣きわまりない行為です」
ウルフは未だ黙している。
「自分たちの娘を夫の孫娘として名乗りださせたくない、けどお金は欲しい。もしそうならいくらでもお金は用意します。夫が約束したように財産の半分がほしいと言うのなら、わたしが話をつけましょう」そこまで言うとモモコは涙ぐんだ。「だから夫の孫娘を利用して、これ以上あの人を苦しめないでください。そしてできることなら、ひと目でいいから夫に孫娘の顔を見せてあげてくだ——」
突如として銃声が鳴り響いたかと思うと、モモコは糸が切れた操り人形のごとくその場に倒れる。
「まずい!」坂本がそう叫ぶと、画面がモモコに向かって進みだす。その間にも、銃声は断続的に聞こえてきた。そしてモモコにたどり着く前に、坂本のうめく声が聞こえたかと思うと、画面は大きく傾ぎ、そのまま地面へと向かって落ちていく。
「撃たれた」坂本の咳き込む声が聞こえてきた。「ちくしょう!」
坂本がおのれを鼓舞するかのように雄叫びをあげると、画面が動き出し、前へと進みだす。そして噴水に近づくと、その陰に隠れるような形で視線が低くなった。すると画面はそこから顔をのぞかせるかのようにして、あたりの様子を探る。どうやらウルフがいる方向の道から銃弾が飛んできているらしく、その道の先にふたりの人影が見てとれた。ズームアップすると、その特徴的なシュルエットからユイとコハルだと判明する。
「あのコスプレ女ども」坂本が怒りの声をあげた。
画面がズームバックするとウルフが映り込む。ウルフはその場に立ち尽くしていたが被弾はしていない様子だ。どうやら暗闇のなか距離があるせいで、相手は下手な鉄砲も数撃てばあたるの考えで撃っているらしく、不運にもモモコと坂本はそれに被弾したようだ。
やにわにウルフがユイとコハルに向かって駆け出す。すると銃声は遠ざかっていく。坂本がこれを好機だととらえたのか、画面が動きだしモモコを映し出す。すると画面はモモコの下半身だけを映し出す構図になった。どうやら坂本がモモコを引きずって移動しているらしい。やがて建物の陰に隠れると、画面はそこに寝かせたモモコを見おろすような形になる。
「モモコさん」坂本が呼びかける。「しっかりしてください!」
だがすでに事切れており、モモコが返事をすることはなかった。
坂本の声にならない声が聞こえると、動画はそこで終了した。




