第五幕 第七場
「あら、そんなにわたしに会いたかったの?」コハルは少し困ったようにして、はにかんだ。「この男は罪深いね。あんなにアカネのことが好きだと言っておきながら、こんなにもわたしに会いたいなんて言われたら、わたし困っちゃうわ。だってアカネに嫉妬されちゃうもの」
そのことばにわたしは驚きが隠せず、ただひたすらあぜんとさせられた。
「……き、きみが長谷川の孫娘だったのか」マコトも心底驚いた様子だ。「ちょっと待ってくれ。それじゃあこの誘拐事件は、ほんとうにただの狂言誘拐じゃないか。きみは自分が長谷川の孫娘であることを利用して、自分の祖父に狂言誘拐を仕掛けたんだぞ。なぜそんなことをした?」
その問いにコハルは微笑みつづけるだけで、答えようとしない。
自分の祖父に狂言誘拐を仕掛ける。どのような動機があってそんなことをしたのだろうか。名乗り出れば長谷川ヒロユキの財産の半分が譲られるというのに、あえて狂言誘拐で身代金を要求する。そこには狂気じみた理由が感じとれる。おそらく長谷川に対して強い憎しみがあるのだろう。でなければこんなことはしないはずだ。
「答えてくれ」マコトは言った。「なぜこんなことをした?」
コハルはくすくすと笑い声を漏らしだす。「冗談よ」
「冗談?」マコトは顔をしかめた。「どういうことだ?」
「わたしが長谷川の孫娘なんて嘘よ。でももしかしたら、それも嘘かもね」コハルはいたずらっぽい笑みを浮かべた。「さてわたしが長谷川の孫娘か否か。あなたはどっちだと思う?」
「ふざけるな!」マコトが怒鳴った。「ほんとうのことを言え」
「だってあんた長谷川に雇われた、わたしたちの敵でしょう。そんなあんたに対して、ほんとうのことなんて、しゃべるわけないじゃないのよ」コハルはそこでわたしに視線を向ける。「ねえアカネ」
わたしは何も返事ができずにいた。いったいどっちだ?
「アカネ、さっきからどうしたのよ?」コハルは怪訝そうに眉根を寄せた。「黙ってないで、何か言ったらどうなの」
どう答えていいのかわからず、わたしは弱々しく首を横に振る。
「何それ?」コハルは肩をすくめた。「意味がわからないけど」
「彼女は記憶喪失だ」マコトが説明する。「だからきみの問いかけには答えられない」
「記憶喪失?」コハルはあきれたかのような顔つきになる。「それはいったい、どういうことなの?」




