表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/99

第一幕 第六場

 おれは体が痛むのを我慢しなが女のもとに急ぐ。女は連結されたミニトレインの陰に隠れるような形でうつぶせで倒れており、そのためその顔はよくわからない。


 おれは女のもとにたどり着くと、屈んで声をかけた。

「もしもし、だいじょうぶですか?」


 女の口からうめくような声が漏れだしたが、意識があるようには思えなかった。


 おれは懐中電灯をその場に置く。そして女の肩をつかむと、その体を仰向けにする。そしてその顔があらわになるやいなや、その額に血が流れているのを見てとり、狼狽してしまう。


「おい、しっかりしろ!」


 女の肩を強く揺さぶり、何度も声をかけた。すると女はけだるそうにまぶたを持ち上げると、うつろな目で夜空に視線を漂わす。


「だいじょうぶか?」


 女は返事をせずに目をしばたたかせると、緩慢な動作でその上体を起こした。そして困惑した様子でこちらを観察するかのように、見つめてくる。おそらく目覚めたばかりでまだ意識がはっきりせず、自身の現状が把握できてないのだろう。


 おれは女の意識が覚醒するの待つことにした。その間、こちらも女を観察するかのように見つめる。女は黒いショートカットの髪型をしており、その顔立ちはごく平均的なもので、ショートパンツにノースリーブという格好に薄手のパーカーを羽織っている。おそらくは二十歳前後であろうその女は、どこにでもいそうな典型的な女子大学生を彷彿とさせた。


 女を観察していると、その額から流れる血がほほをつたうのを見て、おれはすぐにスーツのポケットからハンカチを取り出すと、それを女に差し出した。


「これを使うといい」


「……えっ?」女がようやくことばを発した。「なんのこと?」


「額から血が流れている。怪我しているんだろ」


 女は額に手を沿える。そして離すとその指先についた血をまじまじと見つめた。


「これでわかっただろ。このハンカチで血を拭くんだ」


「……あ、ありがとう」


 女はわけがわからないといった様子でハンカチを受け取ると、血を拭いはじめた。そして怪我した箇所と思われる右側頭部、こめかみの上のほうをハンカチで押さえる。


「きみが車の持ち主か?」おれは問いかけた。


「……車?」女は首をかしげた。「なんのこと?」


「表に停めてある車のことだよ。きみはそれでここに来たんじゃないのか?」


「ごめんなさい。なんのことだかわからない」そこで女はことばを切ると、すまなさそうな顔つきになる。「それよりも……あなたはだれですか?」


「ああ、そうだったな。悪かったよ。目覚めていきなり見知らぬ男に質問されたら、だれだって困るよな」おれはきまり悪さから自分の頭をかいた。「おれの名前は『蝶野コウジ』だ。じつは車で事故を起こしてしまって困っているんだ。だから助けを呼びたい。もしも携帯かスマホを持っていたら貸してもらえないだろうか?」


 女は答えず、ただひたすら困惑している様子だった。


「頼むよ!」思わず声が大になる。「電話を持っているんだろ」


 そのことばで女ははっとすると、自身が着用している洋服のポケットを調べはじめた。するとパーカーのポケットからスマートフォンが出てきた。


「あるじゃないか!」おれは歓喜の声をあげる。「あとでいくらでも礼をするから、頼むそれを貸してくれ」


 女はしぶしぶといった様子でスマートフォンを差し出した。おれはそれを受け取ると、すぐさま電話をかけようとしたがロックされており、解除にはパスワードが必要だった。


「ロックされている」そう言っておれは女にスマートフォンを返した。「パスワードを解除してくれ」


 女はスマートフォンの画面を見つめる。「……わからない」


「わからない?」おれは眉をひそめた。「自分のスマホだろ」


「たぶんそうだと思う……」


「だったら解除してくれ。それともパスワードを忘れたのか?」


 女はスマートフォンから視線をあげると、あたりを見まわす。それがすむとこちらに視線を据えた。「ここはどこですか?」


「へっ?」思わず素っ頓狂な声をあげる。「何を言っているんだ、きみは。それはこっちが訊きたいよ」


「わからない。ここがどこで、自分がだれなのか」女は真面目な顔つきで言う。「たぶん頭の怪我のせいなんだと思います。だからその……教えてください。ここはどこで、わたしはだれで、どうしてここにいるのかを」


 そのことばの意味が頭にしみ込むのに、しばし時間を要した。

「……つまりきみは記憶喪失なのか?」


 女は弱々しくうなずいた。「そうみたいです」


 おれはうなだれると同時に頭を抱えた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ