第四幕 第十三場
「あの女性が長谷川ユキナ?」小森ミクは信じられないといった様子だ。「そんな馬鹿な」
「よく考えてみてくれ」おれは言った。「長谷川ユキナはおそらくはウルフの妻であり、その娘を産んでいる。そのウルフが自分の娘を誘拐したと言って狂言誘拐を実行し、ここに現れたんだ。万が一に備えて協力者として長谷川ユキナをここに呼んでいたとしても、それはおかしくはない」
「おかしいですよ」小森が反論する。「蝶野さんは言ったじゃありませんか、ウルフは単独犯だと」
「たしかにそう言った。だけどいまは考えが変わったんだ」
「どうしてですか?」
「だって長谷川ユキナは、長谷川ヒロユキのもとから失踪している。それはなぜか?」おれは鋭い口調になる。「おそらくはなんらかの確執があったからだ。たぶん恨みか何かだろう。そんな彼女なら長谷川ヒロユキに対してその恨みから、自分の娘を利用しての狂言誘拐に協力するはずだ」
「たしかにそう考えてみれば、ありえないこともありませんけど……」小森は納得いかない様子だ。「でもやっぱりおかしいです。長谷川ヒロユキと、その娘であるユキナとのあいだに確執は、わたしもあったと思います。だから長谷川ヒロユキは失踪した娘を捜そうともしなかった」
おれはうなずく。「ああ、そうだったな」
「それならそんな長谷川ヒロユキに対して、誘拐された人質の証明として自分の血を送りつけますか?」小森は言った。「しないでしょう。いままで娘を捜そうともしなかった冷血な人間ですよ。もしかすると身代金を支払わない可能性だってある」
「おそらくは何らかの理由で、自分と娘の血をまちがえたんだろう」
「今回の誘拐事件において、人質の存在を証明する重大な証拠ですよ。そんなミスをすると思いますか……ってあれ?」小森は首をかしげる。「おかしいわ」
「どうした小森さん?」
「いまあらためて考えてみると、長谷川ヒロユキは送られてきた血が長谷川ユキナのものだとわかってて、身代金を用意していますね。いままでろくに捜そうともしなかった娘のために……」
「たしかにおかしいな」おれは同意のうなずきを返した。「それに孫娘の血だと称して、娘の血が送りつけられたことを疑問に思わず、どうしてウルフの要求をのんだんだ。今回の誘拐事件、どこかちぐはぐだ……」




