第四幕 第十場
「記憶喪失だと?」神谷と名乗った男は、冷ややかな笑みを浮かべている。「この状況で、そんな馬鹿げたことを信じろと」
わたしは苦笑しながらうなずいた。
「ふざけるな!」神谷はそう怒鳴ると、左手に持っていた拳銃をわたしに向けた。「いいかげんにしろアカネ。本気で怒るぞ」
「やめろ彼女が言っていることはほんとうだ!」マコトがそう叫んで割ってはいる。「彼女はほんとうに記憶喪失だ」
神谷は銃口をマコトの背中に向けると、唖然とした顔つきになり、重いため息をついた。
「……ちくしょう」そう言って神谷は頭を抱えた。「この男がいるのを忘れていた。なのにいろいろ口を滑らせてしまった……おれは馬鹿か」苦虫を噛みつぶしたような顔つきになる。「それもこれも予定外のトラブルがつづいたせいだ。おかげで精神的に追いつめられてこうなってしまった。もうこいつを殺すしかない」
「待って!」わたしはマコトをかばうようにして、神谷の前に出て両手を広げる。「撃たないで」
「どけよ!」神谷は怒鳴った。「もうこいつを殺さなきゃ、おれたちはおしまいだ」
「お願いマコトを殺さないで!」わたしは必死に懇願する。
「……おまえら、知り合いだったのか?」神谷の表情がわけ知り顔へと変わる。「そうか、そういうことか。借金で金に困っていたおれたちを利用したな。利用するだけ利用して、この男と金を持って逃げるつもりだったんだろう。そうだろアカネ」
「ちがう、そうなんじゃない!」わたしは首を大きく横に振る。
「記憶喪失なのに、よく否定できるもんだな。この嘘つき」神谷はあざ笑う。「児童養護施設にいたころから、おまえはおれたちのことを馬鹿だと見下していただろう。だからおれたちのことを利用して切り捨てる。このくそったれの『氷の女王』め!」
「氷の女王?」わたしは怪訝な表情になる。「なんのことよ?」
「いいかげん記憶喪失のふりはやめろ。こっちはおまえを助けようと、人を撃ったんだぞ。こんなはずじゃなかったのに。何が銀行強盗より楽して安全に稼げるだ。殺されかけたし、殺しもした」神谷は苦しげに表情をゆがめる。「……もういい、いますぐここを出て、長谷川にシンデレラだと名乗り出ろ。そして懸賞金をよこせ」
「そんなの無理よ。だって扉は鎖で閉まっているわ」
「安心しろ」神谷がにやりと笑う。「金を横取りしたやつらが逃げられないよう、おれがやったんだ。だから鍵はおれが持っている」




