第一幕 第五場
足を止めて眼前の光景に見入っていた。白い外壁に赤煉瓦の三角屋根を持つ中世ヨーロッパ風の民家の家。おそらくは十六世紀あたりの建築様式だと思われるそれらの建物が、噴水を中心にして四方に広がり、町並みをつくっている。
ほんの一瞬、タイムスリップということばが脳裏をよぎったが、そんな馬鹿げたことがあるはずがない、と自分に言い聞かせる。落ち着いていまの状況をたしかめろ。
深く息をつくと、目の前にある噴水の泉へと視線をもどす。噴水は中央にある銅像部分からは水は噴出されておらず、またその痕跡も見当たらない。視線を落として月を反射する泉へと向けると、そこには落ち葉やゴミなどが浮いていた。長い間使用されていないことがうかがえる。
「汚れているな」
数歩後ろに下がると、噴水の泉を全体的に見渡してみる。風にあおられて集まってきたのか、噴水の泉の外壁に沿うようにして落ち葉がたまっている。よく見ると周辺にも落ち葉は散らばっており、所々の石畳の隙間からはススキと思われる植物が長く伸びていた。
「……荒れているのか?」
今度は民家の建物群へと視線を走らせた。その窓からだれかがこちらを見ている様子はなく、耳を澄ましても人がいる気配は感じられない。ためしに近寄ってみた。窓ガラスはひどい汚れで、そのため中の様子がわからない。まるで長年空き家だったかのようだ。
「だれもいないのか?」
廃墟然とした町並みをぐるりと見まわす。人の痕跡が皆無だとわかると、墓地に等しい空気を醸し出しはじめた。まるできもだめしにでも来たような気分に陥ってしまう。
いったいぜんたい、車の持ち主はこんなところになんの用事があって立ち寄ったんだ。そしておれはそれを追いかけるように、どうして壁の中へ来てしまったのだろうか。よくよく考えれば、車のところで待っとおけばよかったのでは?
ここ最近の自分は冷静ではない、とおれは思った。このまま引き返せ、と理性は言っている。だが本能は時間が惜しいと強く訴えている、すぐに車の持ち主を探し出せ、と。
しばし黙考したのち、おれは本能に従い廃墟をさまよい歩きはじめた。するとすぐに複数の分かれ道に出くわす。そこには道しるべが立っていた。だが錆び付いて汚れていたため、その文字は読めなかった。
破れかぶれの気持ちで道を適当に選ぶと、それをひたすら突き進んだ。そして進んだ先に見えてきたのは、中世ヨーロッパの町並みとはほど遠い……いや、異質いいうべき物だった。
おれは困惑からつぶやいてしまう。「……観覧車?」
遊園地などに置いてある大型の物とはちがい、規模こそ小さいがまぎれもなく観覧車だと、その独特のシルエットから判断できる。
なぜこんな不釣り合いな物がここにあるんだ?
混乱しつつも観覧車のある場所へと向かった。そしてたどり着いてわかった。そこは広場のような広い敷地に遊園地などでおなじみの遊具が設置されており、観覧車に加えメリーゴーランドやフリーホール、さらにはコーヒーカップなどがあった。どれもこれも遊園地に置いてある物と比べればひとまわり小さく、その光景はさながらミニ遊園地といったところだろうか。
どうやらここは何かしらのテーマパークなのだろうか?
疑問に答えを出すために近づいてみる。どの遊具にもその入り口に、立ち入りを禁じるかのようにロープが張られている。おそらくこれらはもう使用されていないのだろう。その汚れと錆び付きぐあいから察せられた。
あたりを見まわしてみる。遊園地の敷地内にある芝生や花壇では、植物が好き放題に生えている。手入れされた様子はなく、やはりここは廃墟のようだ。
ここも人の気配はない。そう思って移動しようとしたそのとき、人が咳き込む音が自分の耳に届いた。あわてて周囲に視線を走らせる。どこだ、どこから聞こえた!
息をひそめ耳を澄ませる。だが聞こえてくるのは虫の鳴き声だけで、人間が発したと思われる音は聞こえてはこない。
「だれかいるのか?」
そう問いかけてみたものの、返事はなかった。
懐中電灯の光をあちらこちらに投げかけながら、音が聞こえたと思われる方向へと進む。するとふたたび咳き込む声が聞こえた。
だれだ、とふたたび問いかけたが、またしても返事はない。
おれは舌打ちすると、先ほど聞いた音で行く先の方向を修正しながら歩き出す。そこにあるのは草が多い茂る芝生。そこへ進んでわかったのだが、そこはもともと芝生などではなくミニトレインが走っていたと思われる場所で、地面にはレールが敷設されていたが、草のせいで見えづらくなっており、危うく足を引っかけて転びそうになってしまった。
足下に気をつけながら中程まで進むと、地面に倒れふす若い女の姿をとらえた。倒れている女のすぐそばには、なぜかビデオカメラが落ちていた。