第四幕 第三場
いまおれと小森ミクはブレーメン広場の近くにある、赤煉瓦造りのグリム王国資料館の中に隠れている。資料館は二階建ての建物で、一般的なレンタルビデオショップぐらいの広さだ。そこには一階に展示されたグリム王国の縮尺模型のほかに、グリム王国にかんする資料などが展示されている。建物の中は明かりがついているおかげで見晴らしはよく、だれもいないことを確認すると、二階へと身を潜めた。
「どうして停電が復旧したのかわからない」おれは言った。「けどいまとなっては、外を歩くのはとても危険だ」
「わたしもそう思います」小森は同意する。「丸見えですから」
「かといって、いつまでもここには隠れていられない……」
おれは自分の手に持つ拳銃に視線を落とすと、ついで小森が手に持つ拳銃へと視線を移す。こちらはいま二丁の拳銃を所持している。数ではこちらのほうが有利。だがそれはつまり……。
「小森さん、よく聞いてくれ。扉も使えない、電波妨害も止められない。こうなったら、生きのびるために戦うしかない」
小森はきびしい顔つきになる。「ウルフを殺すんですね?」
「ああ」おれはうなずいた。「もともとおれはやつを殺すためにここへ来た。だからもとからその覚悟はある。けど小森さん、あなたはちがう。だからそれを無理強いするつもりはない。だがおれは体を痛めてあまり動けない。だから援護が欲しい。やつを殺せとは言わない。足などを撃って相手の動きを止めてほしい。そうすれば、とどめはおれが刺す」
小森は逡巡しているらしく、返事を先延ばしにしている。おれは待ってやることにした。
「……ひとつ確認させて蝶野さん」小森が口を開いた。「あなたはもう警察をやめて、刑事でない。それはほんとうの話なの?」
「……そうだが」おれは眉をひそめた。「なぜいまそんな話を?」
「警察の人間ではないと言うのなら、協力してあげるわね」
小森はこちらに向かってウインクしたかと思うと、突然自分の口の中に手を突っ込んだ。そしてその手を引き抜くと、その手には布らしき塊が握られていた。するとふっくらとしていた小森の顔が、一瞬でしゅっと引き締まる。ついで小森が自分の髪の毛をつかむと、それがずるりと滑り落ち、カツラだと判明した。
目の前で起きた変身におれはたじろぐ。「きみはいったい?」
「わたし?」そう言った小森の声音は変わっていた。「わたしはただのシンデレラよ」




