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第三幕 第十八場

 おれは自分が抱えている秘密をすべて明かしたことで、心の重荷が軽くなったように感じられる。おかげで頭がさえてきた。いろんなことが起きて混乱していたが、おれの目的は復讐だ。それだけに集中しろ、と自分に言い聞かす。


「その銃を返してもらおうか」おれは言った。「そうしないとウルフを殺せない」


「だめだ」マコトは依然として、こちらに拳銃を向けたままだ。


「なぜだ」おれは相手に鋭い視線をあびせる。「ウルフを殺さない限り、やつはここで人を殺しつづけるぞ。現にあんたの婚約者は殺された」


「婚約者?」マコトは眉を寄せた。「いったい何を言っている?」


「おまえこそ何を言っている?」おれは首をかしげる。「おまえの婚約者のカオリのことだ。殺されていたぞ」


 マコトの顔つきが愕然としたものへと変わる。「嘘だ……」


「嘘じゃない。その証拠に怪しいビデオカメラを残して、彼女は死んでいたよ」おれは小森ミクが手に持つビデオカメラへと、あごをしゃっくった。「あれに見覚えあるだろ?」


 マコトの視線が動くと、その顔はみるみる青ざめていく。その様子を見て、佐藤アカネが不安げな表情を浮かべた。


「あのビデオカメラには、きょうの分だけしか動画ファイルは残されていなかった」おれは倒れた際に落とし、いま足下に転がるビデオカメラをあごでしゃくる。「そしてこのミステリー愛好会が使用したビデオカメラにも、きょうの分だけしか動画ファイルが残されていない。まるできょうこの日のために用意されたかのように」


 おれは一歩前へ歩を進める。


「近づくな!」マコトが怒鳴った。「撃つぞ!」


「ひとつだけなら偶然ですませた。だけふたつもある。しかも持ち主はおまえと佐藤。しかもおまえたちふたりは、停電になったとき、すぐさまその場を動き出した」おれはひと呼吸間を置く。「おまえたちは、きょうここで何かが起きることを事前に知っていたな?」


 マコトは無言のまま、険しい表情でこちらを見据える。


「沈黙はイエスってことだぜ」おれはほくそ笑むと、ふたたび一歩前に出る。


「止まれ!」マコトは叫んだ。「じゃないと——」


 つぎの瞬間、銃声がとどろいた。するとマコトの手から拳銃がこぼれ落ち、その手からは血が噴き出した。一瞬何が起きたのかわからず、おれは頭が真っ白になる。


「全員動くな!」


 突如として魔女がそう叫んで現れた。魔女は右手に拳銃を構え、そしてその左手には炎を掲げ、自身の姿を照らしている。


 まるで魔法のように炎を扱うその姿に、その場にいた全員が目を奪われた。魔女はおれたちから少し離れたところに立っている。おそらくはおれがマコトと言い争っているあいだに、接近していたのだろう。目の前のことばかりに意識が集中し、そのことに気づけなかった。


 やにわに魔女が炎をこちらに向けて放つ。炎は弧を描くようにして、ちょうどおれとマコトのあいだに落ちてくる。そのためおれとマコトはあとずさり、無理矢理引き離された。


 おれは落ちてきた炎に目を向ける。その炎は魔法ではなかった。どうやら何かを燃やしているようで、目を凝らすとそれが分厚い札束だとわかった。そしてその炎に向かっていくつもの札束が飛んできて、その火にくべられる。するとたちまち炎は大きくなり、あたりを明るく照らし出す。


「全員動くなよ」魔女が言った。「わたしはその男とちがって、動けば躊躇なく撃つからね」


 魔女が拳銃を構えながら、こちらに向かって近づいてきた。やがてその姿が明るく照らされると、その人物の正体が判明する。


「おまえは……レイヤーのユイ」おれはつぶやくようにして言う。


 そのことばに反応したのか、ユイはこちらに向き直る。魔女のコスプレをしたその着衣は乱れており、ところどころ汚れている。頭にかぶっていたはずのとんがり帽子はなく、その長い髪はぼさぼさになっていた。まるで嵐のなかを突き進んできたかのようなその姿に、おれは困惑してしまう。いったい何があったんだ?


「おまえは見ない顔だな」ユイがこちらにきびしいまなざしを向けた。「まさかおまえがアップルか?」


 ユイの口からそのことばが飛び出してきたことに、おれは驚かされる。そのため返事ができずにいた。


「質問に答えろ!」ユイは声を大にする。


 その声でおれは我に返ると、首を横に振る。「おれはアップルじゃない」


「アップルじゃないか……」ユイはため息をついた。「でもまあ、いいや。もうアップルなんかどうでもいい」そこでことばを切ると、一同に順繰りに目をやる。「だれが扉を使えなくした?」


 だれも何も言わない。とまどいの視線を返すだけだ。


「おいおい、だんまりはやめてくれよ」ユイは言う。「いずれ連絡がないことを不審に思ったフェアリーリゾート社が動き出す。その前にここから逃げないと、全員捕まるだけだぞ」


 ふたたび沈黙と困惑が訪れた。


「まったくわかったわよ。譲歩しようじゃないの」ユイは舌打ちする。「あの南京錠の鍵をはずしてくれれば、電波妨害は解除してあげる。それでいいだろ?」


 そのことばにおれは驚愕する。「おまえがここを圏外にしているのか?」


「あたりまえだろ。じゃないと警察に通報されるからね」


「なんでウルフを手助けするようなまねをするんだ?」


「ウルフの手助け?」ユイは顔をしかめる。「してないわよ」


「してるじゃないか!」思わずおれは声を荒らげてしまう。


「あーもう、うるさいわね、あんた!」ユイはうんざりといった口調で言う。「いいから扉をあけろよ。このままだったら殺されるか、捕まるかしかないぞ」


 ユイが苛立ちをあらわにするも、やはりだれも何も答えない。


「じゃあもういい」ユイは銃口を一同に向けて的を選ぶようにただよわすと、佐藤の前で止めた。「だまっているなら殺して鍵を奪うだけだ。まずはおまえから」


 ユイが引き金にふれたその瞬間、闇を一掃するかのごとく強烈な光があたりを照らす。

 そのため暗闇に慣れきった目には、それが耐えきれず、思わず目をつむってしまう。だが状況が状況なだけに、無理矢理どうにか薄く目をあける。そしてそれを目にした瞬間、思わず声をあげた。


「ウルフだ!」 

 ウルフはユイから五メートルほど後方に立っていた。しかも銃を手にし、こちらに狙いをつけている。


「嘘でしょう!」そう言ってユイが振り返り、その拳銃をウルフへと向ける。だがそれよりも先に相手の拳銃が火を噴き、ユイは膝から地面へと崩れ落ちる。


「走れ!」


 やにわにマコトが叫んだかと思うと、血だらけの手で佐藤の手をとって走り出した。するとウルフがこちらに駆け出してくる。


 殺される、とおれは思った。いまこの手には拳銃はない。ここで死ぬのか復讐も果たせずに!


 だがウルフはおれを一顧だにせず通過すると、逃げたマコトと佐藤を追跡する。おれは急いで落ちていた拳銃を拾いあげると、ウルフの背中めがけて銃口を向ける。だがすでにその姿はブレーメン広場から消えていた。


「ちくしょう!」


 おれはくやしさのあまり、おたけびをあげた。その声は明るくライトアップされたブレーメン広場で、むなしく響くだけだった。

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