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第三幕 第十七場

 懐中電灯を手にしたマコトが、蝶野コウジの手からこぼれ落ちた拳銃を急いで拾いあげると、すぐさまそれを構えた。


「ふたりとも動くな!」


 マコトは蝶野と小森ミクに向けて懐中電灯の明かりを向けると、ふたりから距離をとるべくゆっくりとあとずさる。そしてわたしに向かって自分の後ろに隠れるようジェスチャーする。わたしはそれに従いマコトの背中に隠れ、その肩越しからふたりを見つめた。


 蝶野は地面に倒れ伏せてうめき、小森はおびえるようにして両手を掲げている。


「おいそこの男」マコトは蝶野に銃口を向ける。「ひざまづいて、両手をあげろ」


 蝶野はこちらをにらみつけると、不承不承といった様子でゆっくりと上体をあげてそのまま膝立ちになり、その両手を掲げた。


「おまえが蝶野コウジだな?」


「ああ、そうだが」蝶野はぶっきらぼうな口調だ。


「おまえはいったい何者だ?」


「おれは刑事だ」蝶野は視線をそらした。


「嘘をつくな」マコトは声を強めた。「もう一度訊く。こっちの目を見てちゃんと答えろ。嘘をついているとこちらが判断したら、おまえを撃つぞ。言っておくが脅しじゃない。状況が状況だからな。ぼくはこれ以上、冷静でいられる自信がない。だから頼むから正直に答えてくれ」そこで間を取る。「おまえはほんとうに刑事か?」


 蝶野はこちらに視線を向けると、苦々しい顔つきになる。「おれは……刑事ではない。だが以前はそうだった。これはほんとうのことだ」


「警察を辞めたのか?」


「ああ、そうだ」


「ならどうしておまえは銃を持っている?」


「警察を辞める際に無人の上司の机の上に辞表とバッジを置いてきたが、銃だけは持ち出した。つい半日前のことだ」


「どうして銃だけ持ち出した?」


「ある人物を殺すためだ」蝶野はきびしい顔つきになる。「だから警察を辞めた。これから人殺しをする人間が、刑事であってはいけないからな」


 その発言にわたしは寒気を覚えた。やはりこいつは危険人物だったのだ。逃げて正解だった。


「ある人物?」マコトが言った。「それはだれのことだ?」


 蝶野は掲げた両手を握りしめると、唇を噛んだ。「……長谷川ヒロユキの孫娘の父親だ」


「えっ!」わたしは思わず驚きの声を漏らした。


「どうして孫娘の父親を殺す?」マコトは質問をつづける。「その理由を答えろ」


「死んだ妹のかたきだからだ」


「妹のかたきだと?」


「ああ、そうだ。妹は殺された。だからそいつに復讐する」


「おまえの話は飛躍しすぎて意味がわからない。ちゃんとわかるように説明しろ。おまえが知っていることすべてをだ」


「おれの妹は七年前に誘拐され、そして無惨にも殺された。連続誘拐殺人鬼ウルフの最初の被害者だ」


 わたしはそのことばに驚きを禁じえなかった。蝶野の妹はウルフによって殺害された……七年前に。七年前といえば、シンデレラ事件と同じ時期だ。これは偶然の一致なのだろうか?


「おれはウルフに復讐を誓った」蝶野は話をつづける。「だからこそ刑事になったんだ。そしてウルフ事件の担当になり、やつの正体を突き止めようと、毎日身を粉にして働いたよ。その結果、無能上司に私怨が強すぎるという理由で担当をはずされた。それが半年前の出来事だ」


 蝶野は苦笑する声を漏らした。


「おれは無能上司を呪い、自分ひとりでひそかに捜査をつづけた。そんなある日、またウルフによる誘拐事件が起きた。だが被害者家族は警察には通報せず、身代金を支払ったことで人質は解放された。その人質は十三歳の女の子だった。奇しくもおれの妹が亡くなったときと同じ年齢だったよ……」


 蝶野が悲しげな表情を浮かべる。


「彼女は無事解放されたとはいえ、そのショックから精神的に衰弱し病院に入院していた。仲間の刑事の話ではショックが大きすぎて、事件について何も事情聴取ができないとのことだった。不憫に思ったおれは彼女に会いに行っていた。そして彼女の姿を見るなり、涙していた。おそらくは亡くなった妹と彼女を重ねて見ていたんだと思う。いつのまにかおれは彼女に自分のことを語り聞かせていた」


 蝶野はそこで間を置くと、深く息をつく。


「おれは話の最後に彼女に生きていてよかった、と伝えた。すると彼女はおれに同情したのかわからないが、事件について話をしてくれたよ。そして教えてくれた、目隠しをされて監禁されていたとき、一度だけ抵抗して相手の顔を引っ掻いたと。それを聞いておれはすぐに彼女の爪あいだからウルフのものと思われる皮膚を採取すると、それを知り合いの鑑識に頼んでこっそり調べてもらった」


 蝶野の口元がゆがみ、にやりとした笑みを漂わす。


「DNA鑑定を終え、それを警察のデータベースで照合した結果、該当者がいたよ。その人物は長谷川ヒロユキの孫娘の父親だった」


「なんですって」わたしは思わず声を漏らした。


 シンデレラ事件と連続誘拐殺人鬼がつながり、わたしは驚愕する。長谷川ヒロユキの娘であるユキナは失踪後、ウルフの娘を出産していたのだ。


「おれは事情を聞くために長谷川に会いに行った。だが彼は病床に伏せているらしく、代わりに再婚相手である早乙女モモコが対応したよ。おれは伝えたよ自分が知った真実を。相手はとても驚いていた。だがウルフとその娘については所在はわからない、と答えた。だからおれは自分とウルフの因縁を説明し、そのうえでかくまっていないか、と強く脅すように問いただした。けど答えは同じだった。相手の反応を注意深く探ったが、怪しいところはなかった……」


 蝶野は依然として、にやりとした笑みを浮かべている。


「せっかくウルフにつながる証拠を手に入れたのに、やつがどこにいるのかわらない。悶々とした日々を過ごした。けどそんなある日、知らない番号から電話がかかってきたよ。そいつはボイスチェンジャーのような物で声をごまかし、『アップル』と名乗った。最初はいたずら電話だと思った。けどそいつは長谷川の孫娘の父親がウルフだと知っていたし、つぎにやつがどこに現れるのかも知っていると言った。おまえに復讐のチャンスを与えると言い添えてね」


 いったい何者なの、とわたしは思った。しかもどうしてアップルと名乗った人物は、長谷川の孫娘とウルフの関係を知っている?


「おれはアップルを信じ、その指示に従い車を走らせて東京を出た。アップルからは逐一連絡がはいり、つぎはどこどこへ向かえと指示されたよ。そしてここ付近まで誘導されると、突然電話が通じなくなった。あせったおれは事故を起こしてしまい、そしてこのグリム王国に迷い込んだ。しかもこのグリム王国は圏外にされていた」


 そこまで言うと、蝶野はくすくすと笑い声を漏らしだした。


「いまになってようやくわかったよ。アップルはこのグリム王国の見学ツアーに参加した人間のうちのだれかだと。けど何者かによってここを圏外にされたのでおれに連絡できなかった。おそらくやつはおれをここに誘導したかったにちがいない。その証拠にここにウルフは現れた」


 蝶野はいい終えると、ゆっくりと立ちあがる。


「おい、勝手に動くな!」マコトは声を荒らげる。


「おれのことは全部話した。もういいだろ」

 蝶野はこちらに手を差し伸べると、笑うのをやめた。

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