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第三幕 第十四場

 すべての動画ファイルを確認し終え、おれはビデオカメラの液晶ディスプレ画面から顔をあげた。すると小森ミクが不安そうにおれの顔を見つめてくる。狭苦しい女子トイレの個室にいたため、その顔はとても近い。


「これで全部ですか?」小森ミクが訊いてきた。


「ああ、これで全部だ」


「そうですか……」小森はあごに手を添える。「あの、わたし思うんですけどマコトっていう人、たぶん怪しいですよ。停電するなり婚約者を置いて突然いなくなるなんて、おかしすぎます」


「たしかにそうだな」おれは同意する。「それに婚約しているにもかかわらず、浮気をしているようだったし、しかもその相手があの佐藤アカネ。このつながりは何かあるな」


「何かってなんですか?」


「さあ、そこまではわからない」おれは肩をすくめる。「けどふたりのあいだに面識があるのは確実だ。おそらくは元恋人関係が妥当かな。しかもいまだに未練があるらしい」


「だとしたらあのうろたえた様子は当然ですね。婚約者と元カノがいっしょのツアーにいるんですもの。きっと彼は気が気じゃなかったでしょうね」


「婚約者といっしょにグリム王国ツアーに参加したら、たまたま元恋人に出会ってしまった。そんな偶然あると思うか?」


「あるからこうして再会したんでしょう。わたしには何か運命的なものを感じます」


「運命ね……」おれはそこで一考する。「悪いが仕事柄、運命なんてことば信じてないんだよ。一見偶然に見える出来事も、調べてみると、じつは裏ではつながっている、なんてことはよくあった。いまここで起きていることも、もしかするとそうかもしれない」


「刑事の勘ってやつですか?」


「ああ」おれはうなずいた。「そしてその勘が言っている。このマコトなる人物を調べあげれば、何か手がかりがつかめるかもしれない、と」


「でもこれ以上は何もわかりませんよ。ビデオカメラにはきょうの分だけしか動画ファイルは残されていませんし、それも全部確認してしまったわけですし」


 おれはとあることに気づきはっとする。「……あれ?」


「どうかしました蝶野さん」


「どうしてきょうの分だけしか映像が残されていないんだ?」


「たぶんそれはグリム王国見学ツアーに参加するにあたって、新しくビデオカメラを購入したからじゃないですかね。もしくは前もってデータを消去したのかも」


「だとしてもこの偶然はおかしすぎる」おれはそう言うと、もう一台のビデオカメラを取り出す。「このビデオカメラはミステリー愛好会がドキュメンタリー撮影に使用した物だ。このビデオカメラにもきょうの分だけしか動画ファイルが残されていない」


 小森が首をかしげる。「それがどうかしたんですか?」


「おれはきょうここで三台のビデオカメラを見つけた。ひとつはミステリー愛好会の物、もうひとつはクレイジー石原の物、そしてこのビデオカメラ。クレイジー石原のビデオカメラにはきょうの撮影分以外にも動画ファイルが残されていた。けどいま目の前にあるこの二台のビデオカメラには、きょうの分しか動画ファイルが残されていないんだ。一台だけならただの偶然ですませたが、これが二台ともとなると、話はちがってくる」


「たしかに言われてみれば、おかしいですね」


「しかもそのビデオカメラには佐藤とマコトがかかわっている。偶然にも再会した元恋人、さらにはそれぞれのビデオカメラには偶然にも、きょうの分だけしか動画ファイルが残されていない」


「そして偶然にも、ここで殺人が起きている」小森が言い添えた。


 おれはうなずいた。「しかも連続誘拐殺人鬼のはずのウルフが、どういうわけかここでは無差別殺人をおこなっている。これらのことがすべて偶然ですむはずがない」


 小森が顔をこわばらせた。「もしかしてこれは、仕組まれたってことですか?」


「そう断言はできない。けどそれに近い何かがあるはずだ。おそらくそれがわかれば、この窮地を脱出する突破口になるはず。そのためには佐藤かマコトから話を聞きたい。いや、佐藤のほうは記憶喪失だから無理だ。探すならマコトだな」


「でもあの女の人はほんとうに記憶喪失なのでしょうか?」小森が疑わしげな口調になる。「もしかすると、演技をしているかもしれませんよ」


「いや、佐藤の反応からして記憶喪失なのはほんとうだろう。偶然にも記憶がもどらないかぎり、探しても意味ない。けどきょうここでは偶然がありふれている」おれはそこで苦笑する。「もしかすると偶然記憶がもどっているかもな」


「この状況で笑えない冗談はやめてください」小森は顔をしかめた。


「悪かったよ。よし、それじゃあマコトを探しに行こう。それができるか否かで、おれたちがここから生きて出られるかが決まる」


 こうしておれたちは、ふたたびトイレをあとにした。

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