第三幕 第十一場
カオリと名乗った女が持っていたビデオカメラには、婚約者であるマコトといっしょにグリム王国を満喫する映像が残されていた。何か気になるところや怪しい行動がないかと早送りでたしかめるも、いまのところ特に見つからない。
そんなふうに作業をつづけ、やがて残り動画ファイルはあとわずかとなった。動画ファイルを再生すると同時に早送りする。だが画面にグリム王国ではなく、彼らが宿泊していると思われるホテル内部の映像が映し出されたため、すぐに早送りをやめた。いま画面ではホテルの廊下を歩く様子が流れている。
「まったくダーリンはどこへ行ったのでしょうか?」カオリの声が聞こえた。「もうそろそろしたら、グリム王国見学ツアー夜の部がはじまるというのに。これから本番ってときにいなくなるんだから、もう……」
どうやら撮影者はカオリで婚約者のマコトを探しているらしい。やがて画面は廊下を突きあたり、そこにある窓から外を眺めるような構図になる。あたりはすっかり日が落ち、ホテルの敷地に設置された野外照明には明かりがついていた。
「……んっ、あれは?」
画面が動き出した。すると外に設置されたベンチのそばで、何やら言い争うふたりの男女の姿をとらえた。
「……もしかしてダーリン?」
画面がズームアップされると、言い争っている男の人物がマコトで、女が佐藤アカネだとわかった。
「何しているのよ?」カオリは困惑している様子だ。「っていうか相手はだれ?」
画面ではしばしのあいだ、ふたりが言い争う様子がつづいた。距離があるため、何をしゃべっているのかわからない。
やがて佐藤が泣き出したらしく、その目をぬぐいはじめた。するとマコトは佐藤を抱きしめた。拒絶される様子はない。
「えっ!」カオリの驚く声が聞こえた。
ほどなくして抱擁を解くと、マコトは自分の唇を佐藤の唇に重ねた。ふたりはそのまま動かない。それが一分近くつづいた。その間、カオリはひと言もことばを発しない。
やがて佐藤のほうから唇を離すと、マコトに背を向けてそのまま逃げるようにして立ち去る。マコトはそれを呼び止めようとするが、佐藤はそのまま画面から消えてしまった。
カオリの重苦しいため息が聞こえると、そこで動画は終了した。




