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第三幕 第二場

 わたしは目の前の信じがたい光景に戦慄していた。蝶野コウジと名乗った男が拳銃を手にしてそこに立っていたからだ。


「落ち着いてくれ佐藤さん」蝶野はなだめるような口調だ。「おれは刑事だ」


 そのことばはわたしを困惑させられる。「あなたは……刑事?」


「ああ、そうだ」蝶野は力強くうなずいた。「おれは刑事だ。だから拳銃を所持している。けっして、おれは犯罪者のたぐいではない。だから安心してくれ」


 安心できるはずもない、とわたしは思った。この男は怪しすぎる。いまはまだ信用はできない、ほんとうに刑事だとわかるまでは。


「蝶野さんは……ほんとうに刑事さんなのですか?」わたしはおずおずと尋ねた。


「ほんとうだ。おれは……」ほんの一瞬、ためらうかのように蝶野は間をあける。「おれは刑事だ」


 だめだ信用できない。「もしそれがほんとうなら、何か証明できる物を持っていますか。例えば警察手帳とか」


「警察手帳……」


 蝶野は視線を泳がせると、ポケットを探り出す。だが何かが見つかる様子はない。


「どうやら車に忘れてきたみたいだ」蝶野は笑みを繕い言う。「大事な物なのに失敗したよ。あのときは事故を起こして気が動転していたらしい。すまないが証明できる物はもってない。けど信じてほしい、おれは刑事だと」


 こいつ刑事ではない、とわたしは確信した。だが相手は銃を持っている。下手には逆らえない。


「……わかりました」わたしは疑いのまなざしを向ける。「だったら教えてください。刑事さんは事故を起こしたと言いましたけど、こんな夜にこんなへんぴな場所で何をしていたんですか?」


「そ、それは……」蝶野はことばを濁す。「とある事件を追っていたんだ」


「その事件ってなんですか?」


「そ、それは……」蝶野の笑みが引きつりはじめる。「ウルフだ。おれはウルフの事件の担当なんだ。だからウルフの事件について、たれ込みがあって、それで調査しにきていたんだよ」そこではっとした表情を浮かべる。「あっ、それに、たれ込みどおりここでウルフが殺人をおこなっていたじゃないか。ほらね、これでおれが刑事だってわかってもらえたかな」


 その場しのぎのつたない嘘だ、とわたしは思った。いま目の前にある情報だけで、どうにかそれを駆使してごまかしているにすぎない。もしやこいつがウルフで、わたしが記憶喪失なのをいいことに利用している可能性もある。


 これ以上この男とかかわるのは危険だ!


 どうにか逃げ出さないと。だが蝶野は拳銃を所持しており、圧倒的優位な立場にいる。だけど弱点もある。やつは体を痛めており、そこをつけば逃げられるかもしれない。いまは従順に従うふりをしてチャンスを待つのよ。


「わかりました蝶野さん」わたしはなんとか平静さを装う。「わたしは蝶野さんが刑事だって信じます」


「ありがとう佐藤さん」


 蝶野はほっとした様子だった。おそらくはこちらの意図に気がついていない。というよりも、なんとかわたしを信じ込ませることばかりに気がまわって、こちらの思惑を気にする余裕がないようだ。

 これならいける!


「とにかくここを移動しよう」蝶野が言った。「いつまでもここにいるのは危険だ」


「はい、そうしましょう」


 わたしは蝶野とともに教会の外へ出る。蝶野が進む先を警戒し、わたしが背後を警戒する。クレイジー石原の死体を通り過ぎ、少し進んだところでわたしは計画を実行する。


「蝶野さん」わたしは強くささやいた。「あそこにウルフがいます。こちらに向かって歩いてくる」


「何!」蝶野がこちらに向き直る。「隠れるんだ佐藤さん」


 わたしたちは物陰に隠れると、蝶野は緊張した様子で銃を構えた。その表情は険しい。


「ウルフはどこだ?」蝶野が訊いた。


「あそこです」


 わたしが適当に指差すと、蝶野はビデオカメラで必死にその姿を探しはじめる。かなり集中しているようで、こちらがあとずさっていることに気づいてはいない。わたしは蝶野に背を向けると、そのまま足音を立てぬよう慎重に歩き出す。やがてじゅうぶん離れたと確信すると走り出した。


 これなら逃げられる、とわたは思った。蝶野は歩くことすらままならず、ましてや走れないのだから。いまとにかく拳銃の弾が届かぬ距離まで逃げるんだ。


 わたしは必死に走りつづけた。やがて行く先に風車小屋の姿が現れ、そこに倒れていた死体を目にしたとき、はたとその足を止めた。なぜならばその死体の正体が、久保田だとわかったからだ。

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