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第三幕 第一場

「ツアー客の中にウルフが紛れ込んでいた可能性は考えられないでしょうか?」


 おれは佐藤アカネのそのことばに、驚きを禁じえなかった。思わず佐藤の顔を凝視してしまう。狭い懺悔室の中、ビデオカメラの液晶ディスプレイ画面の明かりに照らされたその表情は険しい。


「佐藤さん、きみはツアー参加者のなかにウルフがいると言いたいのか?」


「あくまでも可能性の話です」


「どうしてそう思うんだ」おれは問いただす。


「具体的な根拠があるわけじゃないんですよ。けどなんとなくそう思うんです。あの扉はツアー客のだれかによって、使用できなくされたような気がするんです」


「されたような気がする?」おれは眉をひそめた。


「はい」佐藤はうなずいた。「あの扉のことを考えると、どうしてだか胸がざわつくんです。きっとここにいるだれかが閉ざしたんだろうなって、感じてしまうんです」


「だからツアー参加者のなかにウルフがいるかもしれないと」


「はい」佐藤はふたたびうなずいた。「でもなんとなくそう感じるのであって、あくまでももしかしたらの話です」


「可能性の話ということか……」


 佐藤アカネと名乗ったこの女、何やら怪しい、とおれは思った。具体的な根拠はないと言っているにもかかわらず、どこか断言するようなものの言い方だ。そもそもこいつは、ほんとうに記憶喪失なのだろうか?


 ……いや、記憶喪失はほんとうだろう。命の危機にさらされているこの状況なら、すぐにでもスマートフォンのロックを解いて、外に助けを求めるはずだ。


「……わかった」おれは言った。「女の勘を信じよう。それにもしかすると、きみのその胸のざわつきは、失われた記憶からの無意識の警鐘かもしれない。だがそうなるとツアー参加者のなかで信用できそうなのは、きみのサークル仲間である久保田と神谷だけだ」


 佐藤は一考する。「……たしかにそうなりますね」


「なら、そのふたりを探そう」


「わかりました」


「よし、ならいまからここを出て捜索することになるが、ウルフがいるとわかった以上、もう懐中電灯は使えない。明かりをつけて歩けば、殺してくださいと言っているようなもんだ。わかるな?」


「はい」佐藤はこわばった表情を浮かべてうなずく。「それは自殺行為ですよ。いままでウルフに見つからなかったのは、ほんとうに幸運でした」


「ああ、佐藤さんの言うとおりだ。こんな最悪の状況のなか、おれたちは最高についていたらしいな。おかげでビデオカメラもふたり分入手できた」


「ビデオカメラがふたり分?」佐藤は困惑している様子だ。「それがどうかしたんですか」


「外は月明かりがあるとはいえ、かなり暗い。歩く程度にはだいじょうぶだと思うが、人を探すとなるとかなり手こずる。だからビデオカメラの暗視機能を利用する」


「なるほど」佐藤の困惑は感心へと変わる。「そいつは名案ですよ、蝶野さん」


「なるべく液晶ディスプレイ画面の明かりが漏れないよう、手で隠しながら移動するんだ。なるべく行く先をズームアップしてたしかめて、ウルフと鉢合わせしないよう気をつけろ。わかったな?」


「はい、気をつけます」


 おれたちは準備をすませると、ビデオカメラ片手に静かに懺悔室を出る。そして物音を立てないよう慎重に、教会の出入り口の扉の前にやってきた。


「ここはおれが先に行く」おれは小声でささやく。「ウルフが石原のときみたいに、扉の陰に隠れているかもしれないからな」


 おれはスーツの内側に手を滑らせると拳銃を手にする。左手にビデオカメラ、右手に拳銃を構えると教会の扉を開いた。そして足を引きずりながらも、すばやく外に出ると扉の陰に銃を向ける。だがそこにはだれもいない。まわりを見まわしてみるも、怪しい人影は見あたらない。しばし耳をそばだててみる。だが何も不審な音は聞こえてこなかった。


「いまならだいじょうぶだ、佐藤さん」


 おれがそう言って振り返ると、佐藤のその顔は恐怖で引きつっていた。そのため背後にウルフが現れたかと思いすぐさま確認するも、だれもいない。


「佐藤さん、だいじょうぶだよ。だれもいないよ」


 おれがそう声をかけても、佐藤の顔は恐怖で引きつったままだ。


「どうしたんだよ佐藤さん、外に出るならいまだ」


 佐藤はおびえた様子で立ち尽くし、動こうとしない。なぜだ?

「佐藤さん、いったいどうしたんだ?」


 佐藤は震える手でおれを指差した。「……ど、どうして銃なんか持っているんですか?」


 そう指摘され、おれはそこでようやく自分の失態に気づいた。

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