第二幕 第五場
映像を見終え、わたしは信じられない思いで画面に釘付けになっていた。人が殺された。しかもふたりも殺された。いったいだれがなんのために……。
「あいつは……『ウルフ』だ」蝶野がつぶやいた。「どうしてここにいる?」
「……ウルフ?」
わたしは蝶野に視線を向ける。液晶ディスプレイ画面の明かりに照らされた蝶野の顔には驚愕の色が浮かんでいたが、それでいてどこかうれしそうにも見える。気のせいだろうか?
「まさかウルフがここにいるなんて」蝶野は口元をぬぐう。「わけがわからない。どういうことなんだ……」
「あの蝶野さん、いったいウルフってなんのことですか?」
蝶野ははっとすると、わたしに顔を向けた。そして落ち着かなげにこちらを見つめる。何度か心落ち着かせるように深呼吸すると、話しはじめた。
「きみもいまの映像で見ただろ。あの狼マスクをつけた殺人鬼を」
わたしはうなずいた。「はい」
「やつはウルフと呼ばれている連続殺人鬼だ。これまでに何十人も人を殺してきている」
「何十人も……」わたしはそのことばに血の気が引く思いだった。
「佐藤さん、さっきの動画もう一度再生してくれ。そしてウルフが教会に現れたところで一時停止してくれるかな」
「……わ、わかりました」いまだ衝撃にとらわれつつも、なんとか返事をした。
わたしは言われたとおりにビデオカメラを操作する。そして指定されたウルフと呼ばれる殺人鬼が教会に登場したところで、動画を一時停止した。
「少しわかりづらいな。佐藤さん、このビデオカメラは停止中の画面をズームアップできる機能はついているかい?」
「ちょっと調べてみます……」わたしはしばしのあいだ、ビデオカメラをいじる。「どうやらできるみたいです」
「よし、ならウルフをズームアップしてくれ」
「はい」
わたしはビデオカメラを操作し、画面をウルフに向かってズームアップする。すると蝶野が画面を指差しはじめた。
「これがやつの特徴だ。ウルフは犯行の際、その正体を隠すため、黒いレインコートに狼マスクを着用し、手には白い軍手をはめる」
蝶野が指摘したウルフの特徴が、画面から確認できた。
「つまりそのウルフという殺人鬼が、ここで人殺しをおこなっているんですね」
「ああ、そうだ。だけどおかしいんだ」そこでことばを切ると、蝶野は眉根を寄せた。「どうしてやつは人を殺しているんだ?」
「へっ?」わたしは思わず素っ頓狂な声をあげる。「殺人鬼だから人を殺しているでしょう?」
「ああ、すまない。説明が足りてなかった」わたしのとまどいを察し、蝶野は補足する。「結果的にウルフは連続殺人鬼となったが、やつは本来は誘拐犯なんだよ。ターゲットを誘拐し監禁すると、その様子を自分の変装した姿とともにビデオカメラで撮影。その映像をターゲットの家族に送りつけて身代金を要求する。そして受け渡し場所に少しでも警察の気配を感じればウルフはけっして現れず、後日ターゲットをいたぶり殺害した様子を記録した、『スナッフビデオ』と呼ばれる映像を家族へと送りつけるんだ」
わたしは思わず顔をしかめた。「ひどい……」
「しかもやつはそれだけじゃない、そのスナッフビデオの映像をネットに流出させるんだよ。だから『スナッフ愛好家』と呼ばれる頭のいかれた連中からは、まるで宗教の神さまのようにあがめられている。熱心な信者どもはウルフによる誘拐事件を待ち望み、その失敗を願っているよ。そうすれば自分たちの大好物である殺人映像が楽しめるからな」
「狂っている」
「ああ、やつは狂っている。人を殺す事をなんとも思っていない。だけど、いま観た映像のように誘拐もせずに、ただ単に人を殺害していることが謎なんだ」
「ただ単に殺しを楽しみたいだけなんでしょう」わたしは険悪感をむき出しにして言う。「あなたもいま言ったじゃない、やつは狂っているって。そんな人間の行動なんて、謎だらけであたりまえよ」
「まあ、そうなんだが……」蝶野は腑に落ちないといった様子だ。
「もしかしてグリム王国の扉を使えなくしたのはウルフかも」そのことに気づき、わたしは身震いを覚えた。「きっとそうだわ。そうやって閉じ込めた人間を殺していくつもりなのよ。どうしよう」
「……もしそう仮定するのなら、やつはなぜグリム王国にいる人間を殺す必要があるのか。もしかするとここにいる人間に何か関係しているのかもしれない。佐藤さん、つづきの動画ファイルを再生してくれ。もしかすると、その手がかりが得られるかもしれない」
「わかりました……」
わたしは恐怖で震える手でビデオカメラを操作する。落ち着け、と自分に言い聞かせると深呼吸し、そして再生ボタンを押した。




